第6話
だが、すぐに、違うと気づいた。君太の手を見る目が険しい。
「バイ菌だらけ! 汚らわしい! そんな手でおれん様に触ったら承知しない!」
「ぴゅん太! 里見様に失礼ですよ!」
君太は思わず、自分の手をまじまじと見つめた。
垢だらけと言われるほど汚いとは思わない。さっきトイレに行ったときに、石鹸で手を洗ったし……。
「里見様、どうか、ぴゅん太の言うことは気にしないでくださいね。垢嘗めの衛生基準と私たち人間の衛生基準は、違うんです。つまり、私たちにとっては、問題なくても、垢嘗めからすると汚く見えてしまうものなんです」
「おれん様。それは違います。人間は衛生観念がなさすぎるんです。バイ菌だらけのものでも平気で触ってしまう。その手でおにぎりを食べると、バイ菌も一緒に飲み込んでしまう。だから、人間は風邪をひくし、病気になるんです」
「そこまで心配しなくても、人間には免疫力があるんですよ」
「手だけじゃないぞ! 服も垢だらけ! 汚らわしい! おれん様に近づくな!」
ぴゅん太は険しい眼差しで佳恋と君太の間に立ちふさがろうとした。
「引っ込んでいなさい。ぴゅん太!」
佳恋は、ぴゅん太の首っ玉をつかむや、象舎の方にポーンと放り投げてしまった。
ソフトボールでもやっていたのかと思うほど、鮮やかな投げっぷり。
悲鳴を上げながら、象にぶつかったぴゅん太は、サッカーボールみたいに象の鼻で蹴飛ばされて、二度目の悲鳴を上げていた。
「象には、妖怪が見えるのかな?」
「ええ。妖怪は、あちこちにいて、本来、誰にでも見えているはずなんです。腰抜けの世界の人々だけですよ。見えていないのは」
「あの腰抜けって?」
「もともとは、お腰のものを差していない。つまり、刀を差していない人々ということで、腰無しと呼んでいたんですけど、いつの間にか、腰抜けと呼ぶようになってしまったのです。ちょっと、侮蔑の意味も含んでいますよね」
佳恋は、象に蹴飛ばされているぴゅん太を放置したまま、歩き始めた。
ぴゅん太に代わって、君太が佳恋のお供をする。
おれんさんは、人が従ってくるのが当然と思っているようなところがあるなあ。ぴゅん太はおれん様と呼んでいたし、どこかの高貴なお嬢様なのだろうか?
「あの。おれんさん。僕、おれんさんのことがまだよくわからないんだけど……」
「ああっ。ありましたわ。あれです。私、あれ、食べたかったんです」
佳恋が指を差したのは、軽食を売っている売店だった。
カウンター上の表示板を見上げて、佳恋は、ホットドックを指さした。350円。
それを買うために、佳恋は、どこからともなく紙入れを、取り出した。パンパンに膨らんでいる。
傍らからのぞき込むと、一万円札が少なくとも百枚は入っている!
「ええっと……。350円ということは、このお札が350枚いるということですわね。どうしましょう……。足りないみたいですわ」
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