第5話
聞きたいことは、山ほどあった。
どうして普通の目なのにその妖怪が見えるの?
その妖怪とはどんな関係?
どうして僕の苗字を知っているの……?
でも、どれ一つとして、口にすることができなかった。
運命を感じた――。それは彼女だけでない。僕もだ。
こんな風に、同じ年頃の女の子に言い寄られたことは、一度もない。彼女たちはたいてい、僕の眼を見ると、ギョッとして目をそらす。避けることはあっても、近づくことは無いのだ。
それがスタンダードだと思っていた。女の子と普通に話すことはあり得ないと思っていた。
なのに、彼女は僕に近づいてくれたばかりか、名前まで知っている?
「里見君太様。私、あなたのことも、あなたのご先祖様のことも、かなり知っていますわ。書物をたくさん読んだんです」
「はあ……。それはどうも……」
下の名前まで知ってるんだ……。僕、名前を名乗っていないし、もちろん名札を付けているわけでもないのに。
「でも、こうしてお会いすると、信じられませんわ」
「はあ……」
「あなた様が、あの闇将軍を打ち負かしたなんて……。不忍の里の名だたる剣豪が束になってかかっても、勝てなかったあの闇将軍を自害に追い込んだなんて」
「あの……」
「どれほどの、偉丈夫なんだろうと、私、勝手に妄想していたんですけど、お会いしてみると、ごく普通のお方なんですものね」
いったい、この子は何の話をしているんだろうと疑問に思わざるを得ない。
闇将軍とか、ゲームか何かの話?
もしかして、コスプレのキャラになりきっている?
名だたる剣豪とか……。そもそも僕は、剣道経験すら皆無なのに。
そんな感じで、女の子が一方的に、話した後で、ようやく、気づいたらしい。
「あっ。私、自己紹介していませんでしたね」
「ええ」
「私、佳恋と申します」
「佳恋さんですか」
「みんなからは、おれんと呼ばれているので、おれんと呼んでくださいね」
「おれんさん。なんか、江戸時代風の呼び方ですね」
「まあ。私たちの世界では、まだ江戸時代が続いていますわ」
佳恋がクスッと微笑んだ。
その笑顔。この動物園にいる動物よりも。いや、この世界のどの女の子よりも愛らしいと君太は本気で思ってしまった。
だけど、おれんさんの話は頓珍漢だ。
「あの、それで、こちらは?」
正直、なんと聞いたらいいか、迷った。この生き物は何? と聞くべきか、このペットの名前は何? と聞くべきか。
でも、意思を持っていて、しゃべるペットなんて、僕たちの世界ではありえない。意思がある以上、人間と同格に扱うべきだろうと思った。
「垢嘗めです。妖怪の垢嘗め。ぴゅん太という名前で、桜田門宿を寝所にしているんですよ」
君太が、ぴゅん太を見下ろすと、ぴゅん太は、今にも、君太の手に舌を伸ばそうとしていることに気づいた。
えっ……。舌で握手するつもり?
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