第2話

 君太はパンダ舎を後にした。

 僕が途中でいなくなっても、誰も気づかないだろうな……。

 そう考えながら。事実、元クラスメイトたちは、君太が一人だけ、取り残されたのに、誰一人として、声をかけようとしなかった。

 それなら、ここでおさらばだ。

「さよなら。高校生活」

 もちろん、答えてくれる声はない。期待もしていない。

 冷たいアスファルトの地面を寒風が吹き抜ける。

 ブルッと身を震わせながら、君太は、コートのボタンを閉じた。

 どこかからカラスが飛んできて、君太の眼の前をババッと横切った。

 黒い羽が目をこすったような感触に、君太は、目を瞬かせた。

「ぎゃぁぁぁっ!」

 突然、小さな悲鳴が前方から沸き立つ。悲鳴に呼応したように、鳩が数羽、パッと飛び立った。

 はっとして目を開くと、小学校に上がるかどうかというくらいの小さな女の子が、君太の前にいて、怯えた眼差しで、君太を見上げていた。

 目が合った。

 すると、女の子が腰を抜かしたようにしりもちをついた。

 やばい。はたから見れば、僕が女の子を突き飛ばしたように見えているに違いない。

 すぐに抗議の声が上がった。

「ちょっと!何するんで……すか……」

 母親らしい若い女の人が飛び込んできて、女の子を抱きかかえながら、にらみつけてきた。

 おおっ。恐ろしい。子熊を守る母熊ほどに。母親は子のためなら、獰猛になれる。近頃は、モンスターになるやつもいるらしい。

 だが、瞬時に、形勢は逆転した。

 パンクしたタイヤからスッと空気が抜けるように、母親の怒りがしぼむ。

 そればかりか、まるでライオンに吠えられたかのように、母親の顔に畏怖の色が浮かんでいた。

 女の子を抱きかかえると、母親は、逃げるように無言で立ち去った。

 君太は何もしていない。母親をにらみ返したわけでもない。

 ただ、あっ、女の子が転んでいる。やばいな。と思いながら、立っていただけ。

 女の子に手を差し伸べようとはしない。そんなことをすれば、号泣されるのは必須だ。もちろん、悪い意味で。

 そんな感じで、君太は、ただ、そこにいるだけで、人から避けられる存在だった。

 僕の居場所はどこにもない――。

 そうあきらめていた。

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