第3話
「くしゅん……。パンダの赤ちゃんが見られなかったのは残念ですわ」
「おれん様。悔しかったら、どうぞ、思う存分お泣きになってください」
君太の脇を同じ年頃の女の子が横切った。君太は思わず、「えっ……?」と絶句してしまった。女の子の異様な様に。
桜の花びらを散らしたピンクの着物姿にオールアップの髪型。
ここは京都ではないし、銀座でもない。上野動物園だ。
着物姿でこの界隈をうろついている人なんて、珍しいから、それだけでも目を引く。
一見すると、銀座のママのような艶やかさ。銀座で一番幼いママという風情だ。
だが、君太が絶句した理由は、女の子よりもむしろその隣で女の子を見上げている奇妙な生き物だった。
女の子の腰にも届かない小さな二足歩行の生き物だ。ちょうど猿ほどの大きさだろう。
だが、猿とは似ても付かない気味の悪い生き物である。
カエルのように、ぬめぬめした緑色の胴体。裸足の先は鷹のような鋭い鉤爪が光る。
頭からは黒い髪が無造作に生えていて、肩のあたりにかかっている。散切り頭とでもいうのだろうか。
顔の半分は占めている丸い眼球は、はしっこく動いていて、塵一つ見逃さないのではないかと思える。
極めつけは、口から伸びている異様に長い赤い舌だ。
その生き物の背丈よりも長く伸びていて、先端が女の子の顎先でぴくぴくうごめいていた。女の子の目から涙が落ちるのを待つかのように。
女の子はギョッとして、身を引いた。
「私は泣きませんわ。舌を引っ込めなさい。ぴゅん太」
「どうぞ、お忍びの時くらい、素直にお泣きになってください。私めがおれん様の涙も顔の垢もぺろぺろ致しますゆえ」
「私の顔に垢なんてついていません。舌を引っ込めなさい。さもないと、置いていきますよ」
「そんなことありません。人間なら誰しも、垢がついているわけで、たとえ、おれん様のような美しいお方でも、垢はついているのでございます」
奇妙な生き物はそういうと、今度は舌先を着物の裾のあたりに伸ばそうとした。
ボコッと鈍い音が聞こえたような気がした。
奇妙な生き物が頭を抱えて転がっていた。
女の子はたいそうご立腹の様子で、奇妙な生き物を置き去りにして、ツカツカと去ってゆく。
「私は、おれん様の垢をなめて、きれいにして差し上げようとしただけです。ああっ、おれん様!置いていかないで……!」
奇妙な生き物が着物の女の子の後をスタスタと追いかけてゆく途中で、先ほど、君太の眼に腰を抜かした小さな女の子と母親の前を横切った。
あんな生き物が横切れば、腰を抜かすどころの話ではあるまい。たとえ動物園だろうと、あんな生き物がいるはずがない。
だが、悲鳴は上がらなかった。彼女たちには、奇妙な生き物の姿が見えていないのだ。
「もしかして……。妖怪か……。じゃあ、あの子は……」
君太は、急いで、着物の女の子の後をつけた。
もしかしたら、あの子は、僕と同じなのかも!
同じ眼を持っていて、同じものが見えているのかもしれない――。
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