(9)素敵な贈り物
「――義足?」
ユリアナに催促され、渋々といった
いそいそと包装用のリボンを外して蓋を取ると、姿を現したのは――トラウゴットからの贈り物、一対のバイオニクス義足だった。
「一見すればそう。でも手に取ったときに変な感じがしたのよ。バイオニクス義足は、人工関節コネクタとか、足首部分のモーターとか、いろんな複雑な機能が搭載されていて、その分とても重いのよ。片足で十キロ超――使う分には機械の補助があるから気にならないんだけれどね」
説明を続けながら、ユリアナは試しに右足を手に取った。
「でも、この義足は私でも持ち上げられるくらい軽いでしょう?」
「確かに、《白鳥》や《黒鳥》であれば、貴方が持って運搬するのは難しい印象がありましたが……」
ところどころに
すると義足は、表面に刻まれた太い線に沿って崩れたのだった。
一般的なバイオニクス義足を構成するには奇妙なパーツ、そしてコネクタやモーター、センサーなどの見受けられないシンプルな内部構造。
同様に左足のパーツもばらすと、違和感はより顕著になる。
「……銃のパーツ?」
――床に並べた義足のパーツを一瞥して、クラエスが呟いた。
「ええっと……見た目は奇妙ですが、ファランドール家が正規軍に
膝をついて、クラエスが恐る恐るパーツを手にした。しかしすぐに性分が疼いたのか、それぞれの部品を正確に把握するとあっと言う間に組み立ててしまう。最終的に形になったのは、見慣れた黒い銃ではなく――白く塗装された、やけにデザイン性のある代物だった。
「なるほど、まあパーティー用といえばパーティー用よね」
「目立ち過ぎて使えません。――飾りがある分通常のものより若干重心の取り方が難しいですが、動作そのものは問題なさそうですね。とは言っても、そもそも弾がないことには……」
「弾ならあるわよ」
間髪入れずに返して、ユリアナはおもむろに自信の左足――《黒鳥》の裏側に手を伸ばす。断端部を支えるソケットの下部にあるパネルを押せば、側面のパーツが床に落ちた。内側にあるのは空洞――その中にみっしりと詰まったライフル弾だった。
「……な、なんてところに隠してるんですか……!」
「バラドがここに物入れを作ってくれたから、どうせならと思って入れていたの。――あなたの可愛いミナが犠牲になってくれたおかげで、疑われずに済んだわ」
「ちなみに右足にはお菓子が入っているわ」、となぜか胸を張って宣言するユリアナを前に、クラエスはこめかみに手を当てて溜息をこぼす。
「金属探知機にかけたところで、義足そのものが引っかかるじゃない? 意外と盲点よね。私、見るからにか弱い乙女だし、銃なんて持てない細腕だし」
「どの口がそんなことを言うんですか。ああ……まったく……どこから叱ればいいのやら……」
項垂れる青年をよそに、ユリアナは「これで課題のひとつはクリアね」と朗らかな笑みとともに言い放った。
「――そういうわけで、作戦会議をするわよ」
時刻は深夜二時前、ユリアナは
「要望どおりちゃんと蜂蜜も持ってきましたよ」
部屋には小さいながらも給湯室とキッチンが付属している。ユリアナは礼を言い、向かい合わせに置かれた長椅子の片方に腰を下ろした。
濃い目に淹れた紅茶にたっぷりの蜂蜜を注ぐ。一口を含んで、お茶請けのシナモンクッキーを
「――本当にやるんですか?」
あいかわらず渋い顔をしたままのクラエスが、組み立てた銃を傍に置き、ユリアナの正面に腰を下ろした。お茶請けには手をつけず、砂糖を入れた紅茶を口に含む。
甘い紅茶を飲んでいるはずなのに、その表情は芳しくない。ユリアナはどうしたものかと思案した。――彼の心配はもっともだ。実現可能な計画を提示しない限りは、このまま強制帰宅させられるに違いない。
どうにか、彼を乗り気にさせなければいけない。
まず、目的を絞る必要がある。既に進行中のオークションを頓挫させることは難しい。副王領府に通報するのも、こちらが足もとを掬われる可能性を鑑みると、クラエスの言うとおりリスクが高い。それならば、せめて人身売買の《商品》をうまく解放して、
「ねえ、クラエス。
ふと思いついた疑問を口にすれば、「ルートは色々ありますよ」とクラエスは答えた。
「私のように家柄で決まる場合もあれば、バラドのように途中入隊するケースも稀にはあります。ですが圧倒的に少数派ですね。大抵は幼少期に難民キャンプでリクルートするんです。一方で、
「難民キャンプでリクルート……」
「選抜基準は色々あるんですが、合格したらほぼ強制ですね。
あっけらかんと告げられた内容に、ユリアナは言葉を失った。
話には聞いていたが、やはり生易しい環境ではない。ただでさえ軍社会は熾烈だというのに、属領人で構成される集団の扱いがどうなるのか――想像するだにおぞましい。ユリアナはゆっくりと
「……私、あなたの今までの人生をまったく知らないのね」
「もう終わった話ですから。……貴方のおかげでね」
そう言って、クラエスはいつになく柔和な笑みを向けた。
どこか寂しささえ感じる笑みに、ユリアナの胸はふと締め付けられてしまった。
無言になって、膝の上で組んだ手を見下ろす。
(……クラエスは、ずっとそういう環境で生きてきたんだわ。人身売買される子たちと同じように……だから……)
――だからはじめて出会ったとき、彼は自分に対して苛立ったのかもしれない。恵まれた環境にいる、《帝国人》の自分に……。
結局のところ、人は自分の立ち位置や、育った環境を基準にしか物事を見ることができない。他人の立場になって考えるということは、想像するよりもずっと難しい。
ユリアナは帝国人として育ったからこそ、あの場にいる人々を見て激しく憤り、傷つきもした。けれどもクラエスは違うのだ。
彼は、どちらかというとかれらに近い存在なのだ。
「……クラエスは、自分が幸運だったと思っているの? 私が言うのも変な話だけれど……私があなたを救ったように感じている? それとも――罪悪感を覚えている?」
けっして強い語調で問いかけたわけではないのに、一瞬、クラエスは
「……そういう、わけでは」
「私、あなたとただ一緒にいたくて必死で、何も考えてなかったわ。今のことだってそう。……誰かを救いたいとか、そういうんじゃないの。自分のためなのよ」
「わかっています。……だから、これは私の問題でしょうね。私は貴方を危険な目に
クラエスはテーブル越しに腕を伸ばした。
ユリアナの右手に触れて、しっかりと握りしめる。
「何よりも、貴方をコントロールしようとしてしまっていることが一番嫌だ。貴方はちゃんと意思があって、自分で決断ができる人間だ。そんな貴方を私は誰よりも尊敬している。だから……今の貴方も止められない」
どこか苦しげに言うクラエスに、ユリアナは小さくうなずいた。
クラエスは自分よりもずっと大人だ。
スカートの裾をぎゅっと掴むと、ユリアナは顔を上げた。
「――さっきのあなたの話を聞いて、ひとつ気になることを思い出したわ」
ユリアナの頭を過ぎったのは、昼間に見かけた軍用車両のことだった。
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