断章(一月第一土曜日)

 年末もお正月も私の仕事には関係ない。何なら土日も、昼も夜も。

 なんて思わせぶりなことを言ったけど、私はただのカフェのアルバイトだ。二十四時間年中無休が売りの安いコーヒーを出すお店。ソファは固くて古くさくって、制服だってふた世代前の萌えキャラみたいに安っぽいフリフリ系。

 ところで私には愛想がない。だって求められないし。

 この店に来る人は笑顔のサービスなんて求めていない。夜中の客は特にそうだ。彼らは読書とか勉強とかスマホゲームとかと一晩中孤独に向き合っていて、邪魔されないことだけを求めている。もしくは酔っ払ったあげくに始発までの時間つぶし。

 私は深夜シフトしか入らないから、愛想なんて捨ててきた。故郷に。過去に。化粧室に。さあ、どこだろうね。それは嘘だけど、私は元々愛想がない。大学でもすぐ誰かに「怒ってんの?」って聞かれるし、怒ってなくてもそう言われるとムッとしてしまう。そうするとみんな「やっぱ怒ってんじゃん」って言う。お前のせいだよ。愛想のない私にこのバイトはぴったりで、毎週水土に入ってもう一年近くになる。土曜は遊びたい日もあるから時々休ませてもらうけど、友達ほとんどいないし彼氏もいないし特に趣味もないから、休むのも二、三か月に一回くらい。そうだ、友達と言えば。

 私の唯一の大学の友達である絵里奈と年末に飲んだとき、ちょっと引く話をされた。絵里奈は最近、あまりにも寂しくて死にそうな日があって出張ホスト? を頼んだらしい。寂しくて死にそうってまあ分からなくはないけどウサギかよ。お金を払って来てもらって、話を聞いてもらったりぎゅってしてもらったり、あと場合によってはセックスもするんだって。マジか。その話を聞いて私は思わず絵里奈を怒ってしまった。そもそも知らない男を自宅に呼ぶなんて、何されるか分からない。最悪殴られたり殺されたりするかもしれないし、セックスだってこっちが嫌がっても「そういう仕事だから」とかなんとか言って無理矢理されるかもしれない。部屋を盗撮とか盗聴とかされて脅されるかもしれない。そんな危ない奴にわざわざお金払って慰めてもらうなんて気が知れないし、ぶっちゃけ気持ち悪いって思った。私は正直に、そんな危ないの二度と利用しちゃダメだよ、すでに個人情報とかだって悪用されてるかもしれないでしょ、ホント絵里奈はそういうとこフラフラって言うかあり得ない、馬鹿じゃないのって絵里奈に伝えた。

 絵里奈は、うんごめんね、って言ったんだけどごめんねじゃねえよ。私に謝ってもしょうがないでしょ、自分をもっと大事にしなさいよ、謝るんなら親に謝んなさい。って思ったけど、それは若干言い過ぎかもって思ったから口にはしなかった。その代わり、そういう寂しい時はちゃんと私に言え! 飛んでいくから! って言ったんだけど、絵里奈は曖昧に笑うだけで、あーこりゃイマイチ伝わってないなー馬鹿だこいつ、馬鹿。って思ってイライラした。心配してんだよ、こっちは。

 愛想のない顔を一層不機嫌にゆがめ、私は絵里奈と飲んだ日のことを思い出す。

 うん分かった、気を付ける。そういう危ない目に遭うかもしれないから、もう呼ばないよ。約束する。でも……、でもね、その日来てくれたお兄さんは、全然そういう人じゃなくて、なんていうか優しい……とも違うんだけど、すごく自然に、私の寂しさを溶かすみたいにしてぎゅっとしてくれたんだよ。たまたま私はいい人に当たっただけかもしれないけど、私の他にもああいうことが必要な女の人も、世の中にはいるんじゃないかな。

 絵里奈は私の顔色をうかがいながら、そんなようなことを言って、出張ホストを呼んだことを正当化してきた。危ないよー、また呼びそうだよー、絵里奈。もうホント、友達でいるの考えるわ。

 って勢いで思ったけど、本当は絶対友達をやめない。

 絵里奈と、そんな程度のことで友達をやめたりしない。私は絵里奈が大好きだ。絵里奈は馬鹿だし脆いし弱いしフラフラしてるし将来のこととかちゃんと考えてない感じだけど、優しくていい子だ。私みたいなひねくれ者に優しくしてくれて、私がきついことばかり言うのに、離れたりせずに隣にいてくれる。大学に入ってから三年間ずっと。思えば、私がわざわざ土曜バイトを休むときって、いつも絵里奈と遊ぶためだった。もう、出張ホストなんかじゃなくて私を呼べよ。寂しい土曜の夜だって、飛んでって抱きしめてあげるのに。

 そんなことを考えていると、トントン、とカウンターを叩く音がして顔を上げた。

 お客さんが立っていた。

「注文、いいかな」

「あ、すみません。いらっしゃいませ。どーぞ」

 うつむいて絵里奈のことを考えていたら、お客さんが来ていたのに気付かなかった。

「ココアと」

「シナモンドーナツですね」

 私が先回りしてそう言うと、お客さんはにっこり微笑んだ。

 この人、毎週水曜の夜中に来て、ココアとシナモンドーナツを頼んでいく常連さん。甘いものに甘いものという組み合わせな上に、めちゃくちゃ甘い顔のイケメンなので、私はこっそりスイーツさんと呼んでいる。

 トレイにシナモンドーナツを載せ、ココアを作る。温めている間に、振り返ってお会計。税込八一〇円。これもいっつも同じ。

 お釣りを渡そうとして、あれ? でも今日土曜日? と気が付いた。スイーツさん、土曜に来たことあったっけ?

 私の疑問が顔に出ていたのだろう、スイーツさんは笑って言った。

「あ、今日はね。お正月休みなんだ。店長が年に一回くらいは土曜でも休めって」

 なるほど。そういうことか。

 私はお釣りを渡し、うなずいた。どんな仕事してる人なんだろう? 美形だしモデルとか? って思ったけど、今店長って言ったな。普通に飲食とかか。

 気になったけど、それを聞くような愛想は私にはない。あったら、とっくに他のバイトをしてる。

 私はココアに戻って、出来上がったらカップに入れて、ドーナツと一緒に渡す。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 スイーツさんはそのまま定位置である、店の一番奥のソファへと向かった。

 いつも読書もせず、パソコンやスマホも出さず、ゆっくりゆっくりシナモンドーナツを食べてココアを飲んで、ちょっとぼうっとして一時間くらいで帰るスイーツさん。美形だけど、どことなく不審者っぽくもあるスイーツさん。せっかくのお正月休みなのに、いつもの深夜カフェでいつもと同じく一人きり。彼女とか友達とかいないのかな。

 そうだ、友達と言えば絵里奈。

 絵里奈のことをたぶらかした出張ホストのことを想像すると本当ムカつくし、もしも偶然出会うこととかあったら、熱湯でもぶっかけてやりたい。

「あちっ」

 そんなことを考えていたら、奥からスイーツさんの声がした。

 ごめん、ココア熱くしすぎたね。

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