ムジョウの大陸
髑髏や眼球、人間の死骸を使って装飾された悪趣味な城。
その最奥で玉座に座る、惹き込まれるような美貌の男。彼は愉しげに笑うと、突然の訪問者へ問いかける。
「さて、我に何のようかな?」
「決まっているだろう! 魔王よ、お前を倒し、世界を救うためだ!」
剣を構える精悍な青年は、憎しみをこめて目の前の男を、魔王と呼ばれる怪物を睨みつけた。しかし、魔王は青年の言葉を受けても、気にした様子はなく笑みを崩さない。
「我を倒す? 世界を救う? ははは、面白い冗談だ。貴様程度に何ができると?」
「黙れっ! 笑っていられるのも、今だけだ!」
嘲りを隠そうともしない魔王の言葉に、青年は声を荒げて襲い掛かった。
その速度は目で追えぬほどに速く、余裕の笑みを浮かべていた魔王の首もとへ剣が振り下ろされる……。
///
豪華でありながら、どこか落ち着いた雰囲気のある玉座。そこに座るのは、悲痛な表情をした老年の男。
「頼む、この国を、いや世界を救ってくれ……」
大陸一の国力を持つ大国の王は、祈るように頭を下げた。彼がそうまでして懇願する相手は、まだ二十にも届いていないであろう、若い青年だった。
「顔をお上げください、王よ。必ずや、私が魔王を倒し、世界を守りましょう。この聖剣と、我が血に誓って……!」
そう言うと、青年はその手に持った曇り一つなく輝く剣を掲げる。
それは、この国に古くから伝わる聖剣。邪悪を滅ぼし、光をもたらすと言われる伝説の武器であった。
封印から目覚めた古の魔王を倒すため、国の象徴であった聖剣は、かつて魔王を封じた英雄の末裔たる青年へと託されたのだ。
「頼むぞ、そなただけが希望なのじゃ……!」
王の言葉を背に受け城を後にすると、青年は遥か遠くにある魔王の城へと馬を走らせる。
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三日三晩馬を走らせ、青年は魔王が住むという城のすぐ傍までついに辿り着いた。聖剣の加護か、一睡もせず食事もとっていないというのに、そこに疲れた様子はない。
「さっそくお出ましか……!」
青年が剣を構える。その先には、大小二体の魔物。
子供程の大きさの、醜悪な顔をした小柄な魔物。もう一体は、青年よりも頭一つ大きな一つ目の魔物。どちらも、突然現れた青年を前にうろたえている。
「はあっ!」
容赦なく振りぬかれた聖剣により、一つ目の魔物が胴体から二つに両断される。
耳障りな鳴き声をあげると、青く不気味な血を撒き散らし、魔物は地面に倒れ息絶えた。その様子を見た小柄な魔物は、逃げるでもなくその場に座り込んで震えだす。
「お前達が、人間にやってきたのはこういうことだ……!」
怯える魔物の頭に聖剣が振り下される。縦に割られた魔物は、一つ目と同じように、地面に青い血を撒き散らし骸となった。
「魔物どもよ、我が歩みを阻むのなら、この聖剣の錆となることを覚悟しろ!」
その言葉に恐れをなしたのか、魔物達は散り散りに逃げ出し、城へ向かう青年に立ちはだかろうとするものは居なかった。
///
人の骸で飾られた禍々しい城。
その唯一の入り口である城門には、大勢の魔物が集まっていた。
一様に黒き鎧に身を包んだ魔物達の手には剣や槍の武器、後方では弓を構えたものもいる。道中に倒した魔物とは違い、統率された軍勢であることが窺えた。
「だが、そんなもの関係ない。邪魔をするものは切る、それだけだ」
ひるむこともなく、青年は聖剣を振るい軍勢に疾走する。空より放たれる矢の雨を受けてもその歩みは止まらず、瞬く間に魔物達の元へ辿り着く。
「さぁ、愚かなる魔物どもよ、聖剣の錆となるがいい!」
高揚した様子で、聖剣を振るっていく青年。
魔物の武器に貫かれても全く効いた様子もなく、逆に聖剣の一振りで彼を取り囲んだ魔物達が紙屑のように両断されていく。
最後に残ったのは、返り血に塗れて一人立つ青年と、その足元に血溜まりを作る大量の魔物の死骸。
「魔王よ、今、お前の元へ行くぞ……!」
血と屍を踏みしめながら、青年は城の中へと進んでいく。
///
城内にも魔物は残っていたが、城門ほどの量ではなかった。魔物達は、青年の前に立ちはだかると同時に切り捨てられていく。廊下を血で汚しながら、ついに彼は城の最奥へと辿り着いた。
そこにいたのは、玉座に座る豪奢な服装の老いた魔物。そして、それを守るように剣を構える鎧姿の魔物達。
「邪魔をするな……!」
羽虫を払うように青年は、襲い掛かる鎧姿の魔物達を一薙ぎで切り伏せた。そして、玉座に座る魔物、この世界を滅ぼさんとする魔王の首元へ聖剣を振り下ろす。
「これで、世界は救われるのだ……!」
歓喜の声と共に一閃された聖剣は、王の頭を刎ねた。
――彼を魔王討伐に向かわせた老王の頭を。
「え……?」
戸惑い見回す。
そこはいつか王より聖剣を受けた玉座の間だった。
床には王の警護をしていた騎士達の死骸が転がっている。
玉座には首から上をなくした王の身体と、転がるその頭部。
手元にあったのは聖剣ではなく、腕と一体化した禍々しい黒剣。
「ひッ!?」
目の前の光景を理解できず、後退る青年。
けれど、その際、血溜まりに映ったものを目にしてしまう。
醜悪な怪物となった自らの姿を……。
///
髑髏や眼球、人間の死骸を使って装飾された悪趣味な城。
その最奥で玉座に座る、惹き込まれるような美貌の男。彼は愉しそうな笑みを浮かべ、傍らの側近に話しかける。
「そういえば、あの勇者はどうしているだろうか?」
「さて、私には分かりません。ただ、かの大国が滅んだとは聞き及んでおります」
その返答に満足そうに、魔物の王は笑みを深くする。
「ふふっ、魔物と思い人を殺め、その果てに王を殺す。なんと、皮肉な結末だろうか」
「わざわざ力まで与えてやるのは少々やりすぎですがね」
「そう言うな、たまには戯れもいいものだ」
その態度に側近は苦笑しつつ、一つ気になっていることを質問する。
「そういえば、最近各地で城の襲撃が起きていますが、それも魔王様の仕業ですか?」
「なんだ、それは?」
首をかしげ、記憶を探る魔王。しかし、そんなことを命じた記憶はなかった。
「では、一体誰が何のために……?」
――ぼとり。
そう呟いた後、唐突に側近の頭が落ちた。
「……はっ?」
――ぼとり。
唖然とする魔王の頭も、次の瞬間には床に落ちる。それに遅れて二つの胴体から人ならざる青い鮮血が噴出した。
「魔王ハ、何処ダ……」
例え己が悲願を達そうとも、狂った怪物はそれに気づかない。
人も魔物も区別がつかぬ怪物は、魔王を求めて城を探す。
///
怪物に襲われ幾多の城が滅んだ。
怪物の話は知れ渡り、まだ襲われていなかった城も打ち棄てられていく。
新たな城が建とうとも、すぐに怪物に滅ぼされた。
そしていつしか、この大陸からは城がなくなった。
人々は怪物への恐れと、城を建てることへの忌避をこめてこの地をこう呼んだ、
――無城の大陸、と。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二作目にして魔王の名前がタイトルから消える事案。
けど、魔王はしっかり出てくるのでどうか。
姫ノ魔王とは違って救いようもない欝エンドです。
タイトル的にこれがやりたかっただけな物語。
暗い御伽噺的な何かを目指そうとして出来上がった物語になります。
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