姫の魔王 IFエンド

【IF 怒り】


 ――そして、願いは叶えられた。



 皮膚は爛れ、毛髪は全て抜け落ち、両目は潰れ、動くことさえ出来ない。

 身体には、まともな部分など一つとして残ってはいない。

 その身からは、強烈な腐臭が漂っていた。


 だが、彼は息をしている。


 性別はおろか、それが人間であるかも分からぬほどに原型を失っていながら、まだ彼は生きていた。


「あ……、うぅ……」


 苦痛の滲む呻き声。

 身体中を蝕む激痛は休まることなく続く。 


 ――不死の呪い。


 人々は、これをそう呼んだ。


 何も出来ない身体となり果てながら、絶対に死ぬことはない。

 水の一滴も飲まずとも、炎にくべられても、首を切られたとしても、死なない。

 どれほど苦痛に苛まれようと、死ぬことは許されない。


 呪いに囚われたものは、永劫に続く痛みに声を上げる以外、なにもできない。


 これは呪い。

 ――生きとし生ける全ての者を対象とした。


 これは怒り。

 ――この残酷な世界に対する。


 これは願い。

 ――全てを憎んだ一人の少女の。



 あの日、少女が願った呪いは、今や大陸全土を飲み込み、そこに住む人々全てにいきわたっていた。


 貴族も、奴隷も、子供も、老人も、誰一人として例外はない。


 呪いは無常に、永劫の苦痛を与える。



 永遠に続く呪いに苛まれながら、人々は声を聞く。


 この世の全てを憎んだ少女の呪詛の声を。


 それは彼女の最後の言葉。

 呪いに溶け込み、消え去る前に残した言葉。


『世界よ、呪われろ』


嗚呼、今日も世界は怨嗟で満ち溢れている……。






【IF 悲しみ】


 ――そして、願いは叶えられた。



 魔物が巣食うと言われ、誰も近づかぬ森の奥深くにそれはあった。


 建てられてからそう日が経過していないであろう、真新しい黒の城。

 その周囲には、何故だか魔物の姿は一体も確認できない。彼らは皆、ここを避けているようである。


 そのせいか、この森において城の周りだけはとても静かで、魔物の巣食う場所だとは到底見えない。


 静かにたたずむ黒城の姿は、どこか場違いな雰囲気を醸し出している。

 だが、城に住む二人の人物は、どちらもそんなことに興味を持ってはいなかった。


「ねぇ、今日は何をする?」


 楽しげに弾んだ少女の声。

 城の中、たった二人しかいない住人の片割れが、聞いた。


「姫ノ、望ムママニ」


 返ってきたのはとても人とは思えぬ、歪な声。

 その声音には、忠誠、そして親愛が込められていた。


「うーん、それじゃあ今日は、久しぶりに町へ行ってみたいかな」


 少女――黒いドレスに身を包んだ美しい姫は、少し考える仕草をした後、そう答えた。


「分カッタ」


 短い了承の言葉とともに、床に転移の魔法陣が描かれ始める

 それが完成し、移動が起こる前、姫は傍らに佇む従者に言った。


「ねぇ、魔王。これからも、ずっと一緒にいてね」


 魔王と呼ばれたその従者は、全身を黒い甲冑に覆われていた。

 彼は姫の前に膝を付き、冷たい鉄の腕で、彼女の手を取る。


「我ハ、永劫ニ貴女ト供ニ」


 それは、心からの忠誠。

 永遠に、彼女と供にいることへの、誓い。


「ありがとう、魔王」


 魔方陣が完成し誰もいなくなった城に、消える寸前に姫が言った声が響く。

 なにもかも忘れて、全てを取り戻した二人は、とても幸せそうだった。




【IF 怒り+悲しみ】


 ――そして、願いは叶えられた。


 王宮は騒然となっていた。


「久しぶりに帰ると、なんだか、感慨深いものね……」

 

 その原因である少女が呟く。


 彼女は、姫。


 そう、先日連れ去られた姫が戻ってきたのだ。


 大陸中から何人もの者が挑みながら、誰一人として助け出すことが出来なかった彼女の帰還。


 それは国中の人間が絶望視し、同時に願っていたこと。

 本来ならばその奇跡に誰もが喜び、その帰りを祝福したであろう。


 けれど、彼女を出迎える者はどこにもない。


 誰にも迎えられず、姫は歩いていく。

 ゆっくりと、まるで普段と変わりなく王宮を進む。


 ――大量に放たれた魔物により、悲鳴の溢れるその場所を。

 

「ねぇ、あなたはどう思う?」


 傍らを歩く、たった一人の従者に姫は声をかけた。


 けれど、黒い甲冑の人物はなにも反応しない。

 彼はただ、主の願うままにその力を振るうだけ。


「無駄、よね……」


 自嘲の混じった落胆。


 己を苦しめ続けた王宮への復讐を果たしながら、姫の心は後悔に染まっていた。

 それは、憎しみに駆られ復讐の道具にしてしまった、彼に対するもの……。



 全てが終わったあの日、彼女を満たしていたのは怒り。


 自分達を苦しめた王宮への、怒り。


 彼女は復讐の為に思い通りに動く存在を求め、――願った。

 全能の姫がなんの異論も抱かず、己に従う存在になることを。


「私、間違ったのかな……? ねぇ、魔王教えてよ……?」


 縋るように、懺悔するように、魔王へ抱きつく。


 けれど、彼はただされるまま。


 振り払うことも、抱きしめることもしない。


 無口ながらも、いつも彼女のことを思ってくれた、優しい魔王はもういない。

 今、隣に佇む存在は、姿が同じだけで彼とは違う。


「分かってる、そんなこと……」


 自分がそう願ったのだから。

 感情のない、ただ命令を聞く人形を。


 ――ガチャリ。


「え?」


 突然身体に伝わった感触に姫は驚愕する。

 それは、冷たく硬い腕の包容。


「あぁ」


 けれど、希望を抱き顔を上げる。しかし、すぐにその顔は落胆に染まった。


 魔王の足元に転がる、剣を握った兵士の亡骸。


 攻撃から姫を守るため、彼は彼女を抱きしめたにすぎない。

 それは『姫を守る』という命令に従っただけの行動。


「何を期待したんだろう……」


 悲しげに呟くその瞳からは、涙。

 全て自分のせいだと分かっていても、悲しみは消えない。


「ねぇ、戻ってよ……?」


 ただ、姿が同じだけ。それ以外は全く違う。

 別物とは分かっていても、姫は彼に泣きついた。


「前みたいに、声を出してよ……? 優しく抱きしめてよ……?」


 無駄なこと――そんなこと分かっていた。

 けれど、それでも、彼女はやめられない。


「あ……」


 また、抱きしめられた。


 どうせまた同じこと。そう思いながら、姫が顔を上げる。

 だが、今度はどこにも彼女に危害を加えそうなものはなかった。


「姫ヨ、泣カナイデクレ」


 聞き間違えるはずがない、懐かしい人ならざる声がした。


 それは少し困ったような、彼女を心配する声。


「う、そ……?」


 ありえない。


 けれど、この声は、この雰囲気は――、

 目の前にいるのは――、


「あなたは、誰……?」


 恐る恐る、願いを込めて、姫は聞く。

 

「我ハ魔王。貴女ヲ迎エニキタ」


 返ってきたのは、初めて会ったときと同じ言葉。


 姫の本当の願いは、この日、ようやく叶えられた。




【怒り+憐れみ】


 ――そして、願いは叶えられた。


 逃げ惑う。

 怯え震える。

 泣き叫ぶ。


 王宮に溢れるのは、絶対的な恐怖。


 燃え盛る紅蓮に、絶えなく沸き続ける魔物の類。

 どう足掻こうと逃れようのない、死への誘い。


「次はどうしようかしら?」


 まるで遊びを考える子供のような、無邪気な少女の声。


「さて、どうしましょう?」


 クスクスと、心底おかしそうにもう一つの声が答える。


 そこにいたのも、また少女。

 お揃いの黒いドレスに身を包む二人は、容姿や髪型、声に至るまで、完全に同一だった。


 神に愛されたと言われた美貌はそのままに――けれど、身に纏う雰囲気は暗く禍々しいもの。


 かつての優しく、悲しい姫君はもうどこにもいない。

 ここにいるのは、二人の堕ちた姫。


 あの日の願いが、彼女達を変えた。

 自分を押し殺していた姫は、いまや己の赴くままに力を振るう。


 姫が願ったのは、意識と力の同調。

 それは、本当の意味で、同一の存在となること。


 もはや、どちらが本物だったのかなど彼女達にすら分からない。


 だが、そんなことに意味はない。

 二人であると共に、一人なのだから。


 姫はもう、寂しさに苦しむことはないだろう。


 ――最高の理解者がいるのだから。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


そんなわけでIFエンド集。

個人的には怒りENDがお気に入りだったりします。


皆様のお気に召すような結末があれば幸いです。


次回はまた全く違う魔王の物語をお届けいたします。

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