茹蛸
私は其の姿を見て、はっと息を飲んだ。行燈に照らされた少女はまだ幼いが、どこか不思議な色気というか、男を惹き付ける何かを持ち合わせていた。赤い牡丹が所々にあしらわれている着物は白い絹のような肌によく映え、金魚の印が入った簪は、彼女の清らかさを引き立てるのに充分だった。私は知らぬ間に見蕩れてしまっていた。男が戸を閉める音など、聞こえもしていなかったほどだ。あまりにじっと見つめられているものだから、少女は困惑した面持ちで、
「もし......。」
と話し掛けてきた。私は茹で蛸の様に顔を赤らめて、たどたどしく返事をした。その後はだんだんと打ち解けて、世間話に興じるようになった。
彼女は中国と日本の混血で、母方の祖父が亡くなってから日本に移り住んできたという。母と父は離別していて、今は父の実家に身を寄せているらしい。私は此処が娼館であると云う事も忘れて、彼女の話に聞き入っていた。いや、本来ならば話など早々に打ち切って、事に興じるべきなのであろう。しかし、私にはそれが出来なかった。私には如何しても、彼女の清廉さを汚す気にはなれなかったのだ。程なくして、世話役の男が退出の時刻を告げに来た。私は名残惜しくて、彼女にまた来ると伝えた。彼女は笑って手を振った。
「よう、どうだったい?」
山田が部屋を出るなり話し掛けてきた。私は特に隠すこともないと思って、起こったことをそのまま話した。山田は信じられんといった顔をしたが、興を削がれたのか、それ以上追及してこなかった。山田が会計を済ませる間、私は外に出て海を眺めていた。日本海特有の荒波が岩壁にぶつかって、大きな飛沫をあげた。何時もは騒々しいと感じる波の声も、その時は共感できて、気がつくと大声を上げていた。私の頬は赤いままだった。幸いなことに、どちらも山田に勘づかれることは無かった。
それからというもの、私は松見屋の手伝いに精を出していた。老婆が喜ぶ顔を見るため、という事は断じてなく、駄賃として貰える小銭を貯めるためである。皆が嫌がる便所掃除もやったし、蜘蛛の巣取りなんかもやった。銭の貯まるのは牛の歩みであったが、仕事が見つからないので仕方が無かった。
花咲岩壁 憂類 @yurung13
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