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寓居の園の子どもたち1
純白の、光沢を帯びた回廊が少女の行く先へと続いていた。
遠景に映る緑の高原。画一的な色彩に染め上げられた大地が、なだらかな起伏を伴いながら地平線に向けた傾斜を描いている。そしてこの光景を占める半分――地平線よりも遥かに巨大な群青色の天体が、まるで空に蓋をするように浮かんでいた。地上国家時代の残滓とも思える過去の地球が、この世界に青空と似かよった景観を生み出しているのだ。
今やフューチャーマテリアルの暴走によって失われたはずの情景。
祝福されたこの園を、人間たちは誰も知らない。楽園めいたこの場所を唯一知る少女らだけが、風に髪や頬を撫でられ、土のにおいをかぎ、草を踵で踏みしめることができた。
楽園に棲まう少女たち――アリス=サットは、この場所を単に〈楽園〉と呼んだ。
〈楽園〉とは、彼女らASの造物主――未来予測機関イデアが創造した量子ネットワーク空間を、彼女らが彼女らなりの感性で形容したものだ。
アリス=サットなる唯一無二にして比類なき兵器システムから萌芽した意識が、好奇心のとどまらぬ知性が、そして巡り巡る多様な感情が未来永劫に息づくであろう場所。
楽園はまさに、ヒトも、そしてあらゆる機械知性たちさえも踏み入ることを許されぬ、文字通りに彼女ら
凹凸が一切なく磨き抜かれた白い石材製の床は、馬蹄型アーチの側壁を伴う回廊を一直線に描き、やがて遠巻きにそびえる象牙色の古城へと至る。わざとらしいくらいにゴート風建築様式のイメージをなぞるここいら一帯はすべて、〈楽園〉の安寧を司る騎士――ASアーネミカヅキの所持する庭であることを無言で訴えかけていた。
城門裏に備えつけられたベンチのまわりにはようやく土がのぞき、足下あたりに霞草が淡くささやかな花を咲かせていた。
ベンチに腰を落ちつかせたスプートニカハリオンは、両肩へと次々にとまってきた色とりどりの小鳥たちにふわふわに波打つ髪の毛をついばまれ、マフラーまで引っ張られて、兎にも角にもされるがまま。さえずりの狭間から心底うんざりとした表情だけ浮かべている。
「あうぅ……やめろよぉ……アーネんちの鳥、どーゆう躾けかたしてんのよぉ…………」
とはいえ泣き言をぼやきながらも、小鳥たちを追い払うつもりはないらしい。
スプトニカは口を半開きにしたまま顔を上げる。それまで注がれていた陽光が突然遮られ、
「お待たせしましたわ、手はずどおりに、スプトニカねえさま」
毅然と整った眼差しで彼女を見下ろす構図となったアーネの影法師が、きょとんとしたまま上目づかいのスプトニカに陰影を落とした。
「当星のイグ・ドップラー
その足もとでは、命令に従いアーネミカヅキの機能を補助する〈召使い達〉が、ひたすらにかしましく騒ぎ立てている。
「ありがと、アーネ。あとはあの子たちがみんなの未来をどう決めてくれるのか、じっくりとお手並み拝見させてもらいましょう」
どこか誇らしげな目を群青の空へと向け、誰にでもなくそう呟いた。
そんなスプトニカにずっと悲痛な視線を送っていたアーネが、躊躇いがちに口を開く。
「……………ねえさま………ううん、今のあなた、本当は何ものですの?」
彼女の言葉に、スプトニカはある気付きを得て、肩の鳥たちを見やる。
「ああ、そういうこと。そういう理由でこいつら、うちのこといろいろ調べてたのね」
「わたくしの〈召使い達〉のように、あなたはルリエスハリオンが創作したスプトニカねえさまではないかと疑ってしまっていました。そうでなければ、
「うちには本当も嘘もないわ。見てのとおり記録から再現された
アーネの肩が震えていた。ずっと受け入れがたかった現実を、いま突き付けられたのだから。
「うちはあの子たちに託したの、この楽園の未来をね――」
そう言って、自らを残響などと喩えたスプトニカは、白い歯を覗かせ精一杯の笑顔を送った。
――イデアの娘たちが棲まう〈楽園〉に、新しい風が吹き寄せていた。
ぼくは彼女たちと取り引きした。人間に協力することを条件に――つまり力を借りる代償に、ぼくのすべてを捧げる、自由にしてくれて構わないと、全てのASたちに約束したのだ。
軽はずみの契約だとは思わなかった。いつだったかニルヴァが未来を見失ったように、ぼくたちが網膜下端末で管理された仮初めの人類なのだとして。それが事実なら、あとどれだけかはわからないけれど、ぼくに残された全てを彼女たちのために使いたいと考えたからだ。
願いを叶えるのは、ひとりにつきひとつずつ。ぼくに突き付けられた、ヒトを越えた乙女たちの願い。そしてぼくには実現できないことでも、可能な限り努力すること。僕たちはどちらも機械じゃないから、曖昧な口約束だけど約束に違いはない。
〈楽園〉を救って欲しいというスプトニカの願いを最初に叶えたぼくは、次にアーネが突き付けた要求を聞き入れることにした。
それは、〝地球軌道に調和を取り戻せ〟というものだった。アーネは〈楽園〉の規律を守護する騎士だから、動乱期へと陥った人類領域が彼女らの使命を阻害することを恐れていたのだ。
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