孤独の星々、最後に瞬く星4

 ビリビリとしたノイズを吐き続けるヘッドセット。赤色の警告色がバイザー内で瞬いている。船外服越しに伝わってくるコツコツとした振動は、周辺を漂う破片が接触しているせいだ。

 いま目前で起こった現象について、ハルタカは言葉にするのを一瞬躊躇った。


「…………破壊された……のか、あのアガルタが……」


 瞼の裏側に思い出されるかつての情景が、ガラスのように呆気なく砕け散った。二の句の継げようがない。

 けれども疑問を挟む余地もない、圧倒的なまでの現実が眼前にあった。かの超巨大構造物は、許容を越えた衝突エネルギーを受けて大小様々なパーツに分解され、それらをあらゆる座標に向けて撒き散らせ続けているのだ。


【――アガルタとの衝突の直前に、気体の急速な熱膨張を観測。この爆発は人為的に引き起こされたもの――つまり爆薬を仕掛けた〈群島〉を衝突させたのですわ。なんという愚策を……】


 呪詛めいた声色のアーネに、ハルタカもようやく我に返る。こうして直面しているのは、自分がどこまでもニルヴァを侮っていたのを思い知らされる光景だ。


「ニルヴァが基地からありったけの爆薬を持ち出してたのは、武器として使うためじゃなかったのか……」


 おびただしいまでの破片が〈楽園〉の雨のように、暗黒世界を灰色に暈かしていた。かつてアガルタを構成していたあれらパーツは、やがて地球の引力とコリオリ力に絡め取られて、地平の彼方へと落下し続ける凶器と化すだろう。


「でも、まさか――あの〈群島〉、間違いなくカプリコーンポートだった。連絡の取れなくなってたカプリコーンポートそのものがニルヴァたちに従ったって言うのか!?」


 にわかには信じがたいことが、信じがたい人間たちの繋がりによって現実と化した。神経系を締め付けてくるかの徒労感に、ハルタカはルリエスハリオンに背を預けることしかできない。


【もはやわたくしたちのいかなる兵装をもってしても、あれらデブリ全てを焼き尽くすことは不可能ですわ。あれをやった人類種にまともな知性があるなら、最初からケスラーシンドロームが起きることなど織り込み済みでしょうね。人類種がわざわざそんな危険を冒した目的など、予測演算したくもありませんせんけれど】


 アーネの声色にはひどく冷たい感情が滲んでいた。過程はどうあれ、自分たちの目的――アガルタに潜む箱舟の破壊は達成された。だが実際には、誰もが絶望の淵へと転がり落ちているとしか思えなかった。


【では、この愚策にて障害が除去されたか否か。わたくしは〈楽園〉の復旧を確認しましょう。どうあれ、わたくしにはわたくしなりの戦いを継続する必要がありますので――】


 交信終了オフラインを返し、太陽光を金色に反射するアーネミカヅキが低深度域へと沈んでいく。


【――るー、どうしたらよい、ハルくん?】


 躊躇いがちのルリエスからの問いかけに、すぐには答えられなかった。

 この展開を想定した一手も用意していたはずだ。なのに、それがまた悪手となる未来が視界をよぎり、また決断を鈍らせる。


「…………るーちゃん。作戦どおり、基地の皆にこれを知らせよう。ジェミニポートだけじゃない、残った全部の基地に。あの破片がデブリの大嵐になる。二次災害が拡大することだけは絶対に食い止めよう」


 ルリエスは頷き返し、つい数分前までアガルタのあった軌道高度から躯体を下降させていく。


【るー、やハルくん、なりの戦い、続ける?】


 それは先ほどのアーネの言葉をなぞったものだった。

 〝戦い〟とは、かつてのハルタカにとって迫り来る箱舟の阻止を意味した。この軌道世界に生まれ落ちた人間たちは、生き延びて大人になるためにそう宿命付けられている。その因果に加担せねば、呆気なく死に押し潰されてしまうのだ。


「ああ、行こう。ぼくたちにはぼくたちなりに戦う必然があるから、ここまで来たんだ」


 そう言葉にして、胸にわだかまる数々の疑念や迷いに一本の道筋を突き付ける。

 自分と姉とは合わせ鏡のような存在だ。その姉の未来の姿――ルリエスハリオンがまだ自分を求めているのなら、ふたりがともに在ることこそ必然なのだと。


【んー、だめ。るー、のシステムが〝間に合わないよ〟って言ってる。足りないのは〝時間〟あんど〝伝達手段〟みたい】


「全基地に伝えてまわる余裕なんてもうないのか……。ジェミニポートは退避してくれてるはずだけど、他の基地は――ネットが断たれた現状じゃ、確実に初動が遅れる……」


 観測衛星も測位衛星も全て不通となった現状、基地に接近する脅威を知ること自体が困難だ。もはや基地を動かすのも基地から逃げ出すことも容易ではない事態に追い込まれていた。


【ねえハルくん、もういちど〈楽園〉に行ってみよう?】


 と、そこで思いがけない提案がルリエスからなされた。


「でも……これで〈楽園〉の通信状態が回復したとしても、あそこからじゃ基地に連絡は取れないよ?」


【ふふん、ハルくん、は、おつむ、かたい】


 すぐに思いがけない台詞が返ってきて、したり顔をして胸を張る小さい〝るーちゃん〟の姿が、既視感のように脳裏をよぎってしまった。


「る……るーちゃんってば、また無茶な作戦を考えてない?」


 だから考えなしに、いつもみたいに姉の無茶と無謀を疑って返すしかない。


【だって、〈楽園〉には、るー、たちだけじゃないって、アーネ言ってた。みんなに、おはなし、してみよう?】


「……それって、ほかのアリス=サットのことを言ってるの!? やっぱり無茶だ! たとえ彼女らがぼくたちの話に耳を貸してくれたとしても、それ、どうやって基地に伝えるんだよ……」


 だが、そんな自分の泣き言にも、彼女は他愛もないことだと笑うのだ。


【だいじょぶ。みんながアーネ、みたいなら、絶対にだいじょぶ】


 大丈夫とは到底思えない喩え方をされて、強引な姉の幻影を纏うこのASには呆気に取られるしかなかった。

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