孤独の星々、最後に瞬く星3
六基の探査衛星を再ドッキングし終えたASルリエスハリオンが、
ワイヤーケーブルを介して彼女に引っ張られる黄金剣――ASアーネミカヅキが背後を追随する。いかに〈楽園〉が分断されていようとも、有線接続という原始的手段であれば意思疎通が図れる。
【――そんな大きな図体をして、本当に常識外れの機動力ですこと。わたくしたちの躯体特性は各々の
後ろで言いたい放題のアーネに、ハルタカも苦笑を返すしかない。ルリエスはルリエスで、アーネのちょっとした皮肉に応じられるほどの機知をまだ得られていないようだ。
【正直言って今回ばかりはただの愚行では許されませんわ。これ以上面倒ごとを増やされるのであれば、人類種との融和など夢また夢だと、ASの皆もお前たちを見放すでしょう】
【……ねえ、アーネ、はどうして、そんなこと思うの?】
話の流れを断ち切り、ルリエスが回線に割り込んでくる。言葉を覚え始めて以降、ずっとこんな調子の彼女には、威風堂々としたアーネをしてもたじろぎ気味になった。
【だ、だって、考えるまでもないでしょうに! 人類種がこれから何をしでかそうとしているのか、もう一度復唱してごらんなさい】
【……んー、なんだっけ。アガルタ、だいばくはつ?】
「――当たってはいるけど、ちょっと大雑把すぎるよ、るーちゃん」
思わず横から口を挟んでしまっていた。自分たちが向かっている目的地のことがちゃんと理解できているのか、ルリエスにしがみついている側としても不安がないわけではない。
【……むう。ハルくん、は、るー、にはむずかしい。るー、のシステムが困ってる】
そして、自分の理解が及ばないことをシステムのせいにした。
こんなにも無邪気なルリエスはどこか懐かしかった。アガルタでの幼年期ぶりだ。ハルタカにとっての姉は、成長するにつれ弟と自分を守るために強く頑なになっていったことをふと思い出させる。それがわだかまりのように胸を刺してくる。
「ブリーフィングで話したことを思い出して。いま向かってるアガルタには新種の箱舟が潜んでるんだ。そいつをアガルタもろとも爆薬で吹き飛ばそうって考えた人間たちが、ジェミニポートで蜂起した」
ハルタカを反逆者として追ったニルヴァ自身が反逆者となるなど、想定してもいなかった。
だが事実、ニルヴァはラムダ担当管理官不在となったのを好機と捉え、ジェミニポートの半数を取りまとめ武装蜂起。そのまま基地を離脱した。
そうしてニルヴァの指揮下に、既に実行に移されていたのは、アガルタ破壊作戦だ。
アガルタで知り得た出自の秘密――網膜下端末を持つ子どもたちが少年兵の複製品だったという真実。それがいかに衝撃的だったとは言え、ニルヴァを支持するダイバーがここまで多くいたなど、ハルタカにも予想できなかった。
「もちろん、蜂起したひとたちの行動は人類側の総意じゃない。首謀者のニルヴァが多くの人たちを味方に付けられたのにも、彼の巧みな扇動があってのものだと思う」
ジェミニポートは二つの勢力に分断され、ネイディア補佐官やヨンタらのグループは内紛化を回避すべく状況を静観するしかできなかったという。
「それに、箱舟たちが何の目的で人間側のネットまで掌握したのかも、未だにわからないんだ。そんなことをしてもぼくたちに混乱を招くだけで、やつらに何のメリットがあるのか……」
ネットワークを掌握された結果、〈天蓋都市〉の大人たちとの関係が絶たれた。基地同士の繋がりも、だ。けれども、それが結果的に人類側を暴走させ、アガルタへの攻撃を煽る展開に繋がったのだ。箱舟たちのAIでも、そこまでの未来は予測演算できなかっただけなのか。
【とにかく、今はそのものたちを一刻も早く止めないといけませんわ。アガルタの破壊が結果として〈楽園〉の復旧に繋がったとしても、膨大なデブリ帯を地球軌道に残すことになります。それはわたくしたちASにとっても最悪の展開ですわ】
アーネの〈召使い達〉の演算結果によれば、アガルタの破壊によって生み出されるデブリは、二十四時間以内にオービタルダイバー全基地の軌道に襲いかかることになるという。そしてそれはデブリによって破壊された基地が新たにデブリ化する現象を繰り返す現象――ケスラーシンドロームを引き起こす。最悪の負の連鎖だ。
その後に残るのは人類が生存不可能な領域であり、膨大なデブリ帯はASたちの活動圏をもも著しく制限するだろう。
【アーネ。るー、の〝目〟にはまだなんにも見えないよ。このまままっすぐ、で正解?】
【まっすぐ進むしかありませんわ。〈楽園〉が機能していない間は、軌道座標すら正確に測位することができませんの。ああ、スプトニカねえさまったら、こんな右も左もわからぬ状況なのにどうやってアガルタの位置を探り当てられたんですの……】
「スプトニカは人類側の測位衛星をいくつも仲介してたみたいだ。今回はそれも箱舟に乗っ取られてしまった。もうそっちを復旧させてる時間的余裕がないから、地形の特徴と時間から割り出すしかない」
フューチャーマテリアルに覆い尽くされた地球にも、一定の特徴がある。かつて地上国家が健在だった当時の地形が失われたわけではないからだ。
【まって。前方、るー、の〝目〟が、何か、を捕捉。あらーと。何か、が急速に接近中なの】
【もう、報告は具体的になさいってあれほどわたくしが!】
ルリエスの報告を機に、二基のASがにわかに騒然とし始めた。
【こちらでも前方の軌道物体を捕捉。攻め込もうとする人間たちじゃなく、アガルタの方ですわ。よかった、まだ傷ひとつなく健在でしてよ】
【接触まで、三〇〇秒、をきったの。どうする、アーネ?】
【当星は離脱し、次の作戦行動への予備動作に移行します。減速を開始なさい、ルリエスハリオン】
交信終了のアラートと同時に、ワイヤーが外れてアーネミカヅキが急上昇していく。
「じゃあ、アーネと相談したとおりの作戦でやるよ、ルリ姉。アガルタに接触後、すぐにニルヴァたちの観測を開始して。彼らがまだアガルタ内に潜入していなければ、いくらでも止めようがある」
VX9の腰部コントロールユニットを掴み、ハルタカはいつでも飛び立てるよう身がまえた。
真っ黒な遠景を赤い光が瞬いたのはその時のことだ。
直後に、ひとつ、ふたつ、いや、もっと沢山――百や千を越えた閃光が上空で奔り、ハルタカのヘルメットバイザーを突き抜けてくる。
「――なにっ、この光! 何が起こったの、るーちゃん!?」
回線越しに声を張り上げた途中で、自分自身でも最悪の事態になった悟った。いま眼前で繰り返されている発光現象が、誘爆の連鎖反応としか思えなかったからだ。
【――ハルくん。あたらしい、あらーと。アガルタ、にたくさんの物体、が衝突をくりかえしてる、です】
ルリエスから直通で映像データが送られてくる。あの爆発現象は、アガルタ目がけて飛来する無数の軌道物体との衝突によるものだった。
「この軌道にデブリ帯なんてなかったはず――いや、違う。こいつはデブリなんかじゃない」
茫然とその様を見届けるしかできない自分の肉眼が、想像を絶するものを捉えていた。
――〈群島〉だ。数々の衝突によってひしゃげていくアガルタに、猛加速して接近していくあれこそは、オービタルダイバーの基地だった。
【――――――――何してるの、離れなさい! 早くッ!!】
急旋回してきたアーネの黄金剣ががなり立てたと同時に、アガルタと衝突した基地がぐにゃりとへし折れ、直後に視界が白一色で埋めつくされることになった。
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