孤独の星々、最後に瞬く星2
VX9を駆るハルタカの傍らには、見慣れた銀色の中継衛星が浮かんでいる。VX9でいつものように有線接続し、データの送受信を開始する。
【――はろー、ハルくん。るーのこえ、きこえてますか? どうぞ】
たどたどしくて、今のルリエスの言葉遣いにはなんだか微笑んでしまう。それらしい文章を組み立てて何とか会話を成立させようと努力してくれているのだから、笑うなんて酷いやつだと理解しているのだが
ルリエスハリオンは、記憶を持たずに生まれたまったく新しいASだ。同じルリエスであっても、ハルタカの知るルリエスの記憶や経験を覚えているわけではないらしい。
「よく聞こえてるよ、るーちゃん。いま作業が終わった。接続ケーブル、伸ばして?」
【――りょーかい、どうぞ】
すぐ頭上側で軌道を同期していたルリエスハリオン――その円環型ユニットとドッキングしている六基の花弁が、各々に独立した探査衛星の機能を持つことがわかったのは今朝だ。
その一基が
流線型の輪郭を描く探査衛星の底部から、折りたたまれていたマニピュレーターが伸びてくる。その
「――よし、接続確立。オービタルダイバーの十二基地のチャンネルを検索する。ジェミニポート、今はどのあたりにいるのだろう……基地がある深度はここよりもう少し上なんだ。ひょっとしたら箱舟が増えたせいで、安全域側に退避しているかもだけど――」
ルリエスがいる時、ハルタカは考えをなるだけ言葉に出すようにした。その方が彼女も言葉を覚えるし、いつか記憶を取り戻してくれる気がしたからだ。
「どうにかして人類側の基地とコンタクトをとらないとね。アガルタに箱舟が隠れてるってみんなに知らせれば、基地のどこかが討伐隊を派遣してくれるはずなんだ。そうなれば結果的に〈楽園〉へのハッキングが止められるから、ASの迎撃網を復活させられる」
今の自分に描けるシナリオがそんなものだった。
人類側にどこまで頼れるかはハルタカにも未知数だったが、かと言ってAS側がアガルタを直接攻撃すれば、その破片が途方もない量のデブリ帯と化し、人類領域へと襲いかかるだろう。もはや選択肢はない。
VX9経由で中継衛星のコンピューターを操作する。ヘルメットバイザー内の投影モニターがしきりに文字列を吐き出している。
だが中継衛星がした主張は、ハルタカの不安を掻き立てるものだった。
「ヘンだな。十基しか見つからない? 基地の数が合わない。見当たらなくなってるのはカプリコーンポートとタウラスポートだ。あそこはダイバーの士気が高い基地だから、そんな簡単に沈むことなんて考えにくいけど……」
状況から安易に事実を断定するのは危険だ。でも不確かな直感が胸騒ぎとして警告してくる。
「ここからジェミニポートの基地内ネットに接続しよう。スプトニカみたいには行かないけど、内容を見ることくらいなら大丈夫」
中継衛星を経由して、ジェミニポートの基地内ネットを探す。基地内ネットは、文字通りに基地所属者たちの任務における連絡手段や、日常的な交流を目的としたものだ。
だが、今度はそれの接続にも失敗する。
「――いや、接続失敗にしては妙だな……これ、ネット自体が落ちてる?」
モニターに瞬く"not found"の文字列。自分でも初めて見る事態だった。
「どういうことなの。基地内ネットの管理は〈天蓋都市〉がやってる。向こうで何かトラブルがあったか、あるいは……」
脳裏を過ぎる厭な予感を振り払う。基地の数が足りないのだって、きっとネットワークに異常があったからだろう。見当たらない二基が急に消えてなくなるなんて余程の事態なのだから。
【――あらーと、ハルくん。てっき、箱舟、をほそくしました】
厭な予感をルリエスからの交信が断ち切った。いや、予感を結論づける言葉とも言えた。
【――アーネミカヅキ、のしじのとおり、るー、は迎撃行動、にいこうします、どうぞ】
「ちょっ――るーちゃんっ! まだ体にも慣れてないのに、いきなり戦闘とか無謀だよ! アーネにも止めさせるよう伝えて」
【――アーネ、からのでんごん。〝だまらっしゃい、おチビのコバンザメふぜいが!〟だって。ねえハルくん、こばんざめ、って何?? えっ、そうなの――アーネひどい、ばかばか――!】
ハルタカの訴えは聞き入れられないようで、ルリエスハリオンから残り五基の探査衛星が順繰りに離脱していく。探査衛星は彼女の兵装の一つだ。各々の機首に、砲身らしき装備が備わっていたことを今さら思い出してしまう。
後方に展開した円環型ユニットがセンサーアレイを花開かせ、解き放たれた探査衛星たちが、ハルタカの視認できない軌道座標で交戦を開始したことを告げる。
【――るー、がハルくんを、まもる。ハルくんはハルくんのこと、やって】
彼女の言葉に、かつての姉の姿と、同時に自分たちの世界が置かれた現状を思い出す。
この軌道世界で人間は長く生きられない。それは箱舟だけにとどまらない。あらゆる脅威と戦わなければ、生命などいとも簡単に押し潰されてしまうのだ、と。
「わかったよ、るーちゃん。基地内ネットは諦める。もう後先を考えてられる事態じゃない。ジェミニポートの回線に直接訴えるしかない」
中継衛星越しに音声が届くよう、回線操作を切り替える。今は無防備なVX9を護衛するために、ルリエスの分身である一基が警戒にあたってくれている。
回線のステータスが〝
「こちらハルタカ四級生。ジェミニポート、聞こえてますか。どうぞ?」
恐る恐るマイクに送り込んだメッセージに、すぐさま応答があった。
【――――るの……――聞こえてます、ハルタカ四級生。こちらジェミニポート。私は代表代行のネイディア七級生。ハルタカ四級生、君に状況説明を乞う】
耳に覚えのある声からしても、応答者はネイディア補佐官だった。声色は淡々とした事務的なもので、非難の色は感じ取れない。ただ肩書きが普段と違っていたのが気になる。
「緊急事態につき説明は省きます、ネイディア補佐官。箱舟の異常発生の原因をコロニー・アガルタで発見しましたが、いくつかのトラブルに見舞われ、現在こちらは箱舟と交戦中――」
回線に応じているさなかにも、前方から接近する異物をVX9が警告する。
ルリエスハリオンの探査衛星が、VX9もろともにハルタカを引っ張り上げる。マニピュレーターで連結された中継衛星が追随する。すぐ下方を、一〇メートル級の小型箱舟が二隻、こちらを嘲笑うかのように外殻を蠢かせて通過していく。
直後に驚くべき速度で飛び去っていった二基は、視界から見えなくなっていたルリエスハリオンの探査衛星たちだ。低軌道側に急降下していったそれらが指向性エネルギー兵器の白光を放つ。射線上に赤く炎が上がり、密かに迫り来ていた別の箱舟を仕留めたのだとわかった。
【あっ――ちょっとこら、待ちなさ――】
【――オレにも話させてくださいよ、たのんます!】
緊迫する戦況のさなか、回線の向こうで繰り広げられる押し問答。その相手がヨンタだとわかって、ハルタカの胸中に気まずさと嬉しさが同時に込み上げてくる。
「――ヨンタ、そこにいるの? 今は指揮室?」
【ああ、指揮室だよ。こっちもこっちで、かなりマズいことになっちまってな】
ヨンタにはすぐさま謝罪の言葉を述べるべきだった。結果的に自分が彼を裏切ったことについてだ。
「マズい? そっちの基地内ネットが落ちてるのと関係があるの?」
なのに、彼の二の句がハルタカの言葉を奪うことになった。
【今よ、こっちの基地が完全に孤立しちまってんだ。例のネット障害が悪化したんだ。通信が切れちまってて、担当管理官との連絡が一切取れなくなってる。隣の基地との連絡手段もねえ。お前との連絡が取れたのだって奇跡だ】
「そんな……今ぼくは中継衛星越しに話してるんだ。そっちに危険を知らせるつもりだったのに、そんなことになってただなんて……」
基地の二つが見当たらないことを思い出し、込み上げる不安がにわかに実像を帯び始める。
【とにかく、生きててくれてよかった。死んじまったらぶん殴ることもできねえしな】
やり場のない感情を抑えつけるように、そう静かに伝えてくる。きっとヨンタだってある程度の事実を悟ってのものだ。アガルタでの戦いの後、基地に戻ったものがいるだろうから。
「……ごめん、ヨンタ。ルリ姉が…………死んだよ。ぼくのせいだ」
だから、ハルタカにはそう言葉にするしかなかった。
心の奥底で、あれは真実ではないと信じていたかったことだ。忘れた涙をもよみがえらせる呪いでしかない。けれども自分たちの社会ではそう結論づけるより他ないのだと、自身を抑えるヨンタから急き立てられた気がして。
【…………ニルヴァがこっちに戻ってきたあと、あいつ……普通じゃなかった。元からヤバいヤツだとわかってたけど、ついに一線を越えやがった】
「ニルヴァが一線を越えた? まだそっちで何かあったの?」
その名を耳にした瞬間からザワついていた心臓が、いきなり踏み付けられた感覚がした。
自分はもう、ニルヴァが一線を越えるだろう理由を知ってしまっている。
【オレにも全ッ然意味わかんねえんだよ。基地が孤立しちまって、ただでさえみんなで団結しなきゃいけねえってタイミングなのに、そしたらニルヴァの野郎――】
【――ハルタカ君、私がヨンタ四級生に代わって説明します】
割り込んできたネイディア補佐官の口から、想像したくもなかった事実が冷淡に告げられた。
【ジェミニポートで反乱が起きました。その首謀者がニルヴァ五級生よ】
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