遠き楽園の娘たち5
「…………う、……あ……いてて……………………」
それでもこの程度の呻き声で済んでいるから、あばらや肺を損傷したわけではなさそうだ。
ハルタカが身を寄せているこの空間――ASルリエスハリオンの躯体が、何らかの急激なベクトル変化に見舞われたらしい。
衝撃を受け放り投げられた二人は、天球型コントロールルームの壁面に叩きつけられた。スクリーン自体が柔らかい素材だったし、衝撃を和らげるエアバッグ状の素材が衝突箇所に展開されたお陰で命拾いした。その名残らしい流体ベッドに似たゲルが、役目を終えスクリーンへと染みこんでいく。
「だいじょうぶ、怪我はないルリ姉ッ――――――?」
ハルタカの頭を庇ってくれていた暖かいもの。咄嗟に口にしてしまったその名前。
「る……………………んん……」
彼女も痛みに呻いて、それからようやく瞼が見開かれる。助け起こしてやると、彼女は無事どころか心配げな表情を返して、怪我を確かめるように頬に触れてくる。
【――――そこの所属不明個体! あなた何ものですの? お返事くらいなさい!】
またさっきの声だ。神経質な声を張り上げ、誰に対してなのか問い詰めてくる。高く澄んだ声。自分より少し年下くらいの女の子のものに聞こえたが、にしては奇妙に大仰な言葉遣いだ。
再び天井を仰ぐ。目を凝らすと、前はなかった細長い管のようなものがスクリーンに映り込んでいた。
ぽかんとした銀翼娘を差し置いて、コントロールルームが懇切丁寧に状況説明してくれる。ルリエスハリオンの模式図に示された状況から、どうやら別の飛翔体が三本のワイヤーケーブルをこちらに引っかけて、危険深度まで沈む直前で引き上げてくれたらしい。
「ひょっとしてぼくたち、助けられた? こっちの上で引っ張ってくれてるの、さっきの金色の派手なやつか」
銀翼娘と互いに目を見合わせる。所属不明個体などと言い切ったからには、想像できることは一つだ。人類側の機体ではない――つまり相手はASで、しかもこちらの仲間とは限らないということ。
【……なんですの、我が勇姿を金色の派手なやつ呼ばわりとは失敬な! 直結なので全部聞こえていましてよ】
いきなり大上段からの物言い。このASがどのような姿をしているのかもわからないが、声を聞くだけでハルタカはたじろいでしまった。
【ところであなた……お声が随分と乙女らしくありませんこと? ――ハッ!? もしや声帯機能に損傷を負ってしまわれたのでして?】
かと思えば、やけに深刻そうな声で気遣いされてしまったため、悪意はないらしい。
【…………もし? いい加減なにか仰ってほしいのですけれど。このままではわたくしが〝独り言の多い可哀想な娘〟――みたいになってしまうのですけれど!】
ハルタカには声の主にうまく応答することができない――と言うより、第三者である自分が口を挟んでよい場面とは思えなかった。
【……こうして颯爽と登場したわたくしが窮地を助けて差し上げたのに
そんな無言状態に痺れを切らしたようだ。金色を自ら名乗った彼女が、再び声を荒らげる。
【わかりましたわ。そちらがその気でしたら、よろしいでしょう。いくら今の〈楽園〉が黙示録の闇に穢されているからといって、わたくしにはいかようにでもあなたを連れ込む手立てがありますのでっ!】
〈楽園〉――持ち出してきたのはハルタカにもはっきりと聞き覚えのある用語だ。
スクリーンに映る金色のAS――あれから伸ばされたワイヤーケーブルが、青白い電光を放ったように見えた。
すぐにコントロールルームが異変を訴え始める。周囲の宇宙空間を捉えていたはずの全天球スクリーン上が、割り込み表示された文字の羅列で埋め尽くされていく。
このコントロールルームと一心同体である銀翼娘にも変化が訪れた。肩を並べ唖然と耳を傾けていた彼女が身震いして、頭から生えた南国鳥の翼をビクンと逆立てた。
それが何かの合図だったのだろうか。ハルタカ自身が目で捉えていたコントロールルームの光景――それら全ての主観が強引に奪われ、己が意思に寄らずに暗転した。
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