Orbiting-4: 遠き楽園の娘たち
遠き楽園の娘たち1
――顧みれば〝るーちゃん〟と出会うまでのぼくは、今よりずっとひ弱で、生の実感が薄い子どもだったように思う。
コロニー・アガルタの西第七学区にある初等教育センターで過ごした最初の二年間は、ぼくにとってはちょっとした地獄だったことを今でも忘れられないでいた。
アガルタで育てられた子どもたちは皆、ダイバーになる将来を決められている。
こんな子どもたちばかりの社会で弱者を守ってくれるものは、大人たちから伝達される教義ないし規範しかなかった。
あのころのぼくは〝見た目が女みたいなやつ〟だからという理由で、周囲から好奇の視線を浴びせられた。そもそも女性体自体が希少な社会だ。力が弱いから、顔付きや体格が彼らの基準から外れていたから、ぼくは施設の〝規範〟を満たしていない欠陥品という認識に皆が向かったのだ。
つまり、苛めてもいいやつだと見なされた。施設の教義ないし規範を守っていないから罰を受けるべきだ、と。
大人たちの監視が及ばなくなるタイミングを学習した皆は、思いつく限りの方法でぼくを好きにいたぶった。
なのにぼくは暴力に抵抗しなかった。怒り抗うという発想に至らずに、痛みや不快感をいかにやり過ごすかについてばかり考えてしまうのが、未成熟だった頃のぼくの性質だったからだ。
そんなぼくを見て初めて声を上げたのがルリ姉――かつての〝るーちゃん〟だった。
「――これはせいとうぼうえいだから。るーが、ただしいから」
あの日――施設の
最初の数発が決まるまでは〝るーちゃん〟が優勢だった。彼女は訓練室内に散らばっていた模擬戦用の武器を片っ端から投げ付けて、無重力環境にまだ不慣れないじめっ子たちを撃退していった――当然、邪魔な障害物でしかないぼくも巻き添えにして。
投擲するものがなくなった後は、〝るーちゃん〟の惨敗だった。十人がかりだから、逃げ回る彼女もあっという間に取り囲まれ、羽交い締めにされてしまう。みんなまだ小さかったから、単純に男で数が多い方が有利に働いただけだった。
そしてその先――いじめっ子たちの報復感情がただの暴力ではなく、同級生にはひとりもいなかった女性体としての〝るーちゃん〟自身に向かうのはすぐだった。
ぼくがかつて幾度となくされたのと同じように、〝るーちゃん〟の服も剥ぎ取って、身体の違いを調べようとされた。
ぼくは怖くて抵抗することができなかった。
ただ、これも正当防衛だと連呼する彼らのおぞましさに耐えきれなくなり、ぼくは死に物狂いで壁を蹴っ飛ばして、揉みくちゃにされていた〝るーちゃん〟へと飛びかかっていた。
もともと力ではどうすることもできないやつだったぼくは、いつものお決まりの自己逃避を決めこむしかなかった。
いじめっ子たちから奪い返した〝るーちゃん〟を胸に抱きしめて、彼女をこれ以上誰にも触れさせてたまるか、好奇の目に晒させるものかと庇いとおした。殴られても、引き剥がされようとしても、彼女の尊厳だけでもせめて守り抜くためにひたすら耐え続けた。
この騒動の結末は、ぼくたちふたりの隔離というものだった。組織の和を乱す因子――つまりは十人と二人の天秤では勝ちようがないハルタカとルリエスは、初等教育センターを事実上追放される結果になったのだ。
それからのぼくと〝るーちゃん〟は、落ちこぼれの問題児ばかりが集められる特別教育訓練室に転属させられ、アガルタでの残りの滞在期間、再教育を受けることになった。
それが結果としてぼくたちを相応しい道筋へと導いた。訓練を通じて〝るーちゃん〟はダイバーとしての才覚を目覚めさせていき、そんな彼女も頻繁に訓練用軌道甲冑を壊してしまうから、ぼくも整備の技術を身に付けていくことになった。
結局聞くことは叶わなかったけれど、女性体の〝るーちゃん〟はぼくよりももっと酷い目に遭ってきたのだと思う。なのに――いや、だからなのか、彼女はこんなぼくを庇ってくれた。
そんな〝るーちゃん〟だけど、ぼくにはちっとも頼もしいとは思えなくて。ときおり表情もなく感情を爆発させる姿など、ただひたすらに危なっかしくて。
なら、ぼくが〝るーちゃん〟の歯止めになれれば全てが噛み合うし、最悪だって阻止される。
そう信じて、ぼくと〝るーちゃん〟は互いの一部であろうと、姉と弟として、ずっとともに歩み続けようとしたのだ。
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