群島と子どもたち7

 役目を終えたネイディアがブリーフィングルームの壁際まで戻ると、ラムダが再び子どもたちの前に立った。


【まだ若く尊い命が失われたことを悔やむばかりでなく、我々はこの悲劇を乗り越える必要がある。君たちはまだ子どもだが、我々の敵は平等に君たちを襲うのだ。ならば君たちの誰もが戦士となり、生き延びて明日を勝ち取るしか術はない】


 ラムダの冷淡で抑揚の薄い声が、ただ静かに諭すように子どもたちに語りかける。


【見失ったディスカバリー6の分離体うち、三機はすでに他の基地が総勢を上げて追っている。残る一機を我々が落とす。これが今回の作戦概要だ】


 ラムダが右手を掲げると、呼応して再び地球の模式図が浮かび上がった。AからDの四つに分離した赤点――箱舟ディスカバリー6の破片が軌道を周回している。


【前回、ディスカバリー6の撃沈には失敗したが、敵も機体が欠損した影響で本来の機能を失っているはずだ。これを確実に沈めるべく、本作戦ではニルヴァ――君の分隊と、ルリエス分隊の合同作戦とする。我々ジェミニポートが追う標的は、ディスカバリー6分離体Aとなる。ただ現在の敵は、我々には予測がつかない、さらに新しい行動様式を備えている危険性がある。この合同作戦は用心の意味も含めていると、君たちには受け止めてほしい】


「担当管理官。僕に作戦の主導権をくれ!」


 と、そこで担当管理官の伝令を割って、ニルヴァが声を上げた。


「仲間の仇をとりたいんだ。今度こそ確実にヤツを仕留める。この僕の手であのデカブツを粉々に砕いてやる!」


 右腕を掲げ宙を掴み、不敵に握りつぶしてみせるニルヴァ。冷静に戻ったのか、冷淡に見据える視線がラムダのものと重なる。

 それを受け止めたラムダは、表情もなくただ黙したままだ。ハルタカから見ても得体の知れないところがある大人だったが、ニルヴァの思惑を見透かしているのかもしれなかった。


「あと担当管理官。今回の作戦ではも僕の隊に加えることにするから」


 そう言ったニルヴァは、何の意図なのかはっきりとハルタカを指さした。


「えっ…………ぼくって、どうしてぼく……?」


「ニルヴァてめえ、ハルタカを連れてくって、一体何の真似だ!」


 唐突なニルヴァの宣言にヨンタがいきり立ち、呆気にとられたハルタカを庇うように躍り出てきた。だが腕組みするニルヴァは彼など歯牙にもかけず、薄ら笑いを浮かべたままラムダの決断を待っている。


「ラムダ担当管理官。僕の分隊は先の戦闘で貴重な戦力を一名失った。そしてこのハルタカ四級生は、開発班ながらたぐいまれなる軌道甲冑の操縦技能スキルを持っているのもよくご存じのはずだ。だが大変嘆かわしいことに、そいつは機械弄りにかまけてばかりの、だ。あなたも彼の能力を高く評価しているでしょう? なら利害関係の一致だ! この僕から彼に、自分の能力を最大限に生かす機会を与えてやりましょう」


 大仰にも演技がかった口調で、さも組織の利益のためだとばかりにニルヴァが言い放つ。今にも飛びかかりそうな形相のヨンタを制止しつつも、ハルタカはそんなニルヴァの挑発よりもルリエスの様子が気がかりだった。

 見ればルリエスは、肩を並べる仲間たちの間から、一心に険しい視線をラムダへと繰りつけていた。彼女のあれは睨んでいるというか、


「……〝この野郎、ウチの弟に余計なマネしやがったら目からビームで焼き殺すぞ〟……」


 どうせこんなことを考えているのだろうと、こっそり声に出してしまっていた。人前では仏頂面を決め込む〝ルリ姉〟が無言の威圧を送る様には、背に厭な汗を感じるしかない。

 それを関知してか知らずか、瞼を閉じていたラムダは、一呼吸置いてニルヴァに返答した。


【――ニルヴァ五級生、それは君たっての申し出だと理解しよう。ただ残念ながら応じかねる。ハルタカ四級生には本作戦と並行してやってもらいたい、別の重要任務があるのだ。正規ダイバーではない彼をこの場に呼んだのもそのためだ】


 その言葉に、ようやくハルタカも合点が行った。輸送班であるヨンタだけでなく開発班の自分までブリーフィングに呼ばれた理由が、作戦投入される装備についてだけだとは到底思えなかったからだ。かたや余裕の笑みを崩さないニルヴァも、わずかに歯噛みの仕草をみせる。


【任務の詳細はこれから伝達するが、君ならやり遂げてくれると確信しているよ、ハルタカ】


「わかりました、担当管理官のご命令とあらば」


 これまでの中でまだ聞かされていない情報があるのだろうと応じれば、能面めいたラムダの顔が静かな笑みをたたえた。

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