群島と子どもたち5

 地球が太陽を前にどれだけ自転したところで、〈群島〉で暮らすものたちの見る景色には朝も夜もない。季節など旧世界遺産に保存された知識データとしての情景でしかない。それでもジェミニポートの子どもたちは網膜下端末を介して共有される基準時間に従い、規則的な基地生活を続けている。

 およそ三〇時間後。基地中枢となる司令塔アイランドモジュール内、第一ブリーフィングルームに、基地内ランク最高位スリー・スターズの十名のダイバーを中心とした子どもたちが緊急招集される。

 ブリーフィングルーム内部は直径二〇メートルの真球型ドーム構造をしており、支柱シャフトがX字に通されている。ここは低重力環境で、緩やかな曲面アールを描く純白の内壁面には、一定間隔ごとに手すりと踏み段ステップが備えつけられている。

 召集された子どもたち各々が踏み段に立ち、三六〇度からドーム中心部を注視していた。ダイバーらの顔触れには硬い表情を崩さないルリエスも含まれ、離れた位置にハルタカとヨンタの姿もある。

 ドーム中心となるX字の交点に、突如として人影がする。

 さながら旧世界の宗教儀礼を連想させる意匠をした、白い着衣の男だ。地球軌道上に十二基あるオービタルダイバーの基地をそれぞれ統率する、十二名の管理官の一人。

 男はこのジェミニポートにおいて唯一の大人であり、戦士となる子どもたちを導く立場にある人物――ラムダ・フランツエイドス担当管理官だ。


【――ご機嫌よう、人類希望の子どもたち。顔ぶれに変わりなく、みな元気そうで何よりだ】


 短く刈り込まれた金の頭髪は活発さを演出するが、蒼玉サファイアの瞳はおそろしいほどに澄み渡り、淀みなく穏やかな口調で語りかける。白い肌に刻まれたわずかな皺が、子どもたちにはない成熟の証しとしての陰影を落としている。

 ラムダ担当管理官は一人だけ重力に縛られているかのように靴音を響かせ、神妙な面持ちで整列する十名のダイバーたちへと歩み出た。


【さて、今回の緊急招集は、君たちの想像どおり、新たな作戦指令伝達のためのものだ。三日前に我が基地が取り逃がす結果となった箱舟――コード名〈ディスカバリー6〉の軌道座標がようやく特定されたと、先ほどサジタリウスポートより報告を受けた。我らジェミニポートは即時にこれを叩く】


 ラムダの伝令に、ブリーフィングルーム内がにわかに色めき立つ。特に前列に並ぶダイバーらなど、硬く拳を握りしめて雪辱を果たせる歓喜を隠さない。

 立体視映像ホログラムがラムダの頭上に浮かび上がる。球体から三本の長大な線が突き出た図形――地球と軌道エレベーターを表した模式図だ。その図上に、今回の標的・ディスカバリー6の軌道座標が示される。


【なお、本任務から初参加となるメンバーもいるため、状況のおさらいをする。続きを頼めるかな、ネイディア補佐官?】


 そう促しながら、ラムダの視線がかすかにハルタカを伺った気がした。

 指示を受けたネイディア補佐官――ジェミニポートの七級生にして実質的なリーダー役の女子が壁を蹴って浮き上がると、ラムダの傍らまで辿り着いた。


「では、作戦本部から状況報告します。本日より三日前――観測衛星が地上、旧北米地域ケープ・カナベラルにおいてフューチャーマテリアルの急激な隆起を確認しました。基準時刻一二〇七、同地点より発射された未確認の打ち上げ機を捕捉。同一二一六、未確認打ち上げ機は四機に分離したのちに、三機が消失ロスト、一機が大気圏を離脱し、軌道上に既存した別の構造体と融合ドッキングし総質量を回復させたものと推測されます」


 ネイディアの解説に合わせて、中央に投影されたホログラムが当時の状況を再現していく。


「同一二二五、軌道上での活動を開始した当該融合体を箱舟〈ディスカバリー6〉と命名。近傍軌道を通過するASからの迎撃行動を受けたものと推測されますが、それを何らかの手段で突破。観測班による軌道計算の結果、二時間以内にジェミニポート近傍軌道を通過したのち、コロニー〈アガルタ〉に最接近するものと結論づけられました」


 ハルタカの耳に覚えのある名が含まれていた。

 同じくそれに気づいたヨンタが、


「……なあ。いま出たアガルタっての、お前の出身コロニーなんじゃ」


 と耳打ちしてくる。


「うん、ぼくとルリ姉の生まれ故郷だよ。前に事故があって、もう誰も住んでないらしいけど……」

 と答える。

 それでももしあの場所が戦火に包まれたとしたら、内心穏やかではいられないだろう。


「同一三○四、ニルヴァ分隊、ダイバー五名が敵侵攻阻止のため軌道甲冑VLSの装備にて緊急出撃。ニルヴァ分隊はディスカバリー6と接触後、およそ二分間の交戦を経て、敵機入出力端子ソケット発見スキャンに成功。ニルヴァ分隊長によりただちに中央処理装置コアの破壊を試みました。しかし――」


 唐突に、ダイバーの一人が拳で壁面を打つ音が響く。呆気にとられたネイディアが、そこで一旦言葉を区切った。

 作戦当事者であるダイバー分隊の銛手ストライカー・ニルヴァだ。この黒髪の男子は、うなだれるように寄りかかっていた手すりからようやく顔を上げる。怨嗟に歪む切れ長の碧眼。剥き出しの歯が感情を隠そうともしない。


「――しかし、構造崩壊するかに見えたディスカバリー6本体が四機に分離し、交戦軌道から離脱しました。これはこれまでの戦闘で初めて確認された箱舟の行動パターンです。以降、標的消失ロスト。……この作戦にてダイバー一名が殉職。現時刻に至ります」


 躊躇われるようにネイディアから伝えられたのは、既報だ。死んだ男子の名は自分の耳にも届いていた。重苦しさの高まった空気を代わりに断ち切るように、ホログラムが暗転する。

 有事には整備班を務めるハルタカはくだんの作戦に同行していたわけではなかったが、ディスカバリー6との交戦状況だけは耳にしていた。それが、この基地にとってどのような意味を残した作戦だったかも。

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