常識問題高校生ver
「じゃーんっ!」
次の朝、学校へ行く準備をしていた優の目の前に、葵がスマホを突き出した。
優は知らない小さな四角形のそれを。
「...........なんだそれ?」
「うっそでしょ........?スマホだよ!スマートフォン!」
「すまほ?」
「.........あきれた、まさかまだパカパカケータイから時代が動いていないレアな人が居たなんて..........」
珍しい、というよりは信じられないと言った具合で葵は肩を落とした。
「.......おい、無知を馬鹿にするな傷つくぞ。一体なんだそのスマホとは」
「えっと.......ケータイぐらいは知ってるでしょ?あの電話かけるコンパクトなやつ」
「ああ、あるな、今は確かラインとかなんとか」
「なんでラインは知ってるの..........まあいいや、それの今版がこれでスマートフォンを略してスマホって呼んでるの。........まあ今でもガラケー使ってる人いるけど」
「がらけー?」
「ううん何でもない。はいどーぞ、私の連絡先は入ってるよ」
「.............?」
「あげるの!お兄ちゃんに!連絡取れなきゃ困るかもでしょ?」
「俺に?使い方知らんぞ。というかこういうのって結構するんじゃないか?」
「ほーら変な心配しない。私が使い方を教えてあげるから」
「う、うむ.........」
―――――そして、電子機器という物を初めて触れた優には、スマホの兼ね備えた機能は何もかも未知の存在で、今度は格段に距離が近くなったにも関わらず、また学校に遅刻しかけた。
―――――――――
「はははは!なるほど。だからそれを初めて見る猿みたいな手つきしてるわけね」
..........と、優は朝の出来事を種に、竜胆と会話していた。
やはり優のような高校生は珍しいようだ。
「おい、流石に猿は聞き捨てならんぞ。一応電話とかラインでの連絡とか最低限の事はできるようになった」
「ほーん、んじゃあテスト。俺とライン交換しよう、QRコード出してみてくれ」
「容易い事だ」
ふんっ鼻を鳴らし優は若緑色のラインアイコンをタップする。
―――――ええと確か.........あれ、QRコードって何.........。
「........えっと、わかる?」
迷子の子供に尋ねるみたいに竜胆が声をかける。
「―――――お願い.......します」
優はわなわなと手を震えさせながら、ピカピカの白いスマホを竜胆に手渡した。
「しっかしほんとに今どき珍しいな、スマホ持ってないってやつは俺も何人か見たことあるが、お前多分ガラケーも持ってなかったろ?ほいっ」
慣れた手つきで、ほんの数秒でライン交換を終わらせた竜胆が優に尋ねる。
「が、ガラケー.........」
「.........あれ、まさかご存じでない?」
「し、しょうがないだろう!ほら、あれだ!俺は山に籠ってたんだ!だから世俗には疎くてだな...........」
嘘は言っていない。実際にそれが原因で今もこうして猿のような手つきで優はスマホを触っている。
「山に籠ってた!?何おまえ修行僧かなんかか!?」
「ま、まあそんなところだ.......」
「...........ふーん、じゃあそんな修行僧に聞いてみるが、これは何かわかるか?」
竜胆は自分のスマホの画面の青い枠に白の鳥が描かれているアイコンを指さした。
「..........しらん」
「じゃ、じゃあこういう店とか、ほらスタバとかさ」
狼狽した様子で竜胆は喫茶店の写真を見せる。
「..............?」
――――――
そこからいくつか、休み時間中の竜胆先生の抜き打ちテスト。
がらけー時代から動いていない優にSNS等の知識はおろか、若者が一般的にしっていて当然的な判定のものさえ、答えられるものはなかった。
「おまえどんっっっっっだけ山に籠ってたんだ..........流石に世間に疎すぎだろ」
「め、面目ない.........」
「ほらもうその言い方がなんか古い」
「.............」
喋り方まで指摘されてしまってはぐうの音も出なかった。
「た、確かに少し時代に遅れてる事は自覚はしているが........やはり俺はとっつきづらいのか?どこか避けられてる気がするのだが」
「...........まあ、俺はお前のこと知ってるからいいけど、休み時間に得体のしれない巻物開きだす奴には話しかけづらいわな、てかマジで何それ」
竜胆は優の机に展開された長い書物を指差す。
それを「気にするな」と適当に受け流しておきながら、優は一考。
「........しかしだとしたらまずいな。出来れば友人関係と言うのは深めたいものだが」
「ずいぶんストレートな事言うやつだな...........しょうがねえなあ、俺が今どきの高校生ってもんをたたき込んでやる」
「今どきの、高校生?」
「ああ、どんだけ俺が学んだと思ってやがる任せとけ」
自信ありげの様子。まあ過去の彼ならいざ知らず、今の彼なら信頼できる。
「で、ではそれは何なのだ........?」
「まあ、色々あるんだが、とりあえずは部活に入る事をオススメする」
「部活?特定のスポーツや活動を同じ志を持つ者同士で結成されるものか?」
「........うん、まあそれだ。そこなら同じ年代の奴とも関わる機会があるし、その一環で会話能力も向上するはずだ。お前確か運動神経良かったよな?」
「た、確かにそうだが............」
優は口ごもってしまう。あまり放課後に時間を取られるというのは好ましくない。
「何、バイトでもしてんの?」
僥倖。その場に適していて尚且つ違和感のない言い訳が飛び出した。
「そう、バイトをして――――」
「うちの学校バイト禁止だぞ?」
「..........」
「ああーでもお前の場合家とかいろいろあるもんな、教師には別にチクらねえけどばれないように注意しろよ?」
竜胆の勝手な解釈で難を逃れた。優にとって注意すべきは修行僧である事を隠すことだろう。
「あ、ああ胆に銘じておく........」
「んー、じゃあちょうどいいや。俺も別に部活には入る気ないし、放課後久々に遊びに行こうや、そこで教えてやるよ。高校生ってもんをな」
―――――――
カラオケ 知る歌は国家のみ。
ボウリング 投げ方すら知らない。
ゲーセン 子供のころ遊んだコインゲームだけは馴染み深かった。
竜胆に誘われた優は放課後に約束通り遊びに行った。
竜胆が遊び場を見つけては、優もとりあえずついて行ったが、一緒に楽しむというよりは、教わっているような形になって、いつの間にか街灯がつき始める時間帯になっていた。
「ははははっ!お前ほんっとになんも知らねえんだな、逆におもしれえわ」
だが存外、竜胆はたのしげに笑ってゲーセンで手に入れた戦利品が詰まった袋を満足げに掲げていた。
「........竜胆はすごいな、何でも知っている」
優も不快な気分ではなかった。遊び方をほとんど知らなかったが、未知のものを手探りで遊ぶというのも中々興がある。
「ふつーだふつー。君が知らなすぎるだけだよ伊賀月くんよ」
「........野暮な事を聞くが」
「ん?」
「どうして俺にここまでしてくれるんだ?.......ああいや、嫌ってわけではないのだが、小学校以来お前とは付き合いが全くなかったものだからな」
具体的には言わなかったが、優にはこの竜胆の行為が理解できず、少し悪い言い方をするのであれば不気味だった。
少し真面目な顔をした竜胆は少々考え込むようにしてから。
「んー、まあその古い仲のよしみってやつだよ。気にすんな、なんか奢ってもらうとかで後でたっぷり返してもらうからよ」
「..............なんだ、食い物目的か」
「それもあるな」
笑って竜胆は返した。
優は安堵した。
竜胆の解答は正直であり、裏が無い。
優が今まで嫌と言う程見た汚れた人間のそれではなかった。
「そんじゃあそろそろ帰るかね。じゃあ明日な」
「ああ今日は金曜だ、早く帰れよ」
「.........何言ってんだ?金曜となんか関係あるか?」
「―――――いや、何でもないそれじゃあな」
「..........なんだかねぇ?」
竜胆は、優が行く道が昨日別れた方向とまた違う方向、それも竜胆の記憶にある優の家の方向でもない事に疑問を持ちながらも、自らも帰路についた。
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