名無し神

「ど、どうぞ..........」

 優は天使と名乗る少女と、一応煙(性別不明)にも店の和菓子と茶を振る舞った。

 何やら話をしたいとの事なので、とりあえずは客人として、客間でもてなすことにしたのだ。

「いやー、わざわざごめんね。エリスは甘いものに目がなくて」

「それは別にいいんですが、えっと.........サブさん?でしたっけ」

「あー、呼び捨てでいいよー」

「..........じゃあ、サブ。質問なんだが、生きてるのか.........?」

 優の目の前の存在に対する純粋な疑問だった。

 形を持たずに、ふわふわと浮きながら会話をするこいつが生きているとは到底思えなかったのだ。それこそ、あやかしたぐいではないか。

「んー、生きてる.........っていうか、君等の世界でいう機械みたいなものじゃないかな?まあ会話できればいいじゃん」

「じゃあ、それ食べれるのか?」

 優がサブのためにと置いたきんつばを指さす。

「無理。だから私が食べる」

 口早かつ元気に答えたのは隣の少女だった。

 なんと一緒に出したお茶はそのままで、皿のきんつばはキレイに無くなっている。

「...........まあ、そういう事。僕は飲んだり食べたりする必要ないんだ。便利っちゃ便利な体だけど、エリスがおいしそうに食べてるのを見ると時々羨ましくもなるね。ほらいいよ食べて」

 飼い犬に餌をやるように、隣のエリスにきんつばの乗った皿を体で渡した。

「そんでまあさっきも言ったけど、君に聞きたい事があってね。君は結構霊的な経験が強いでしょ?陰陽師とかかな?」

 サブは見事言い当てた。

 あまり有名な職柄ではないはずなのだが。

「..........まあ、一応な」

「やっぱりねー、霊力が弱い一般人にはエリスや僕は見えないもん」

 ああ、だから町の人々は見向きもしなかったのか。

 と、優は納得したところで一つ疑問に思う。

「..........それじゃあ、俺がその霊力の弱いただの一般人だったら、この子は店に入って何をする気だったんだ?」

「............」

「............」

 サブがちらとエリスの方を見て、エリスが無言でそれを見返す。

 まあ優にはだいたい想像がついていたが.........。

「.........しばしの拝借を」

「食いもんは返せないだろうが..........いいよ窃盗するつもりだったって正直に言ってくれれば。警察とか呼ばないから」

 どうせ捕まえられないだろうしな。と優は脳内で補填した。

「いやー、僕もやめろって言ったんだけどね」

「その割にはそれらしい葛藤もなく軽やかな足取りだったがな............って、結局聞きたい事って何だ?あまり店を空けたくないんだが........」

「ああそうそうごめんね。―――――君は「名無し神」って知ってる?」

 名無し神。

 聞いたことがあるようでない。恐らくは名前を持たない神という意味合いなのだろうが、それについて詳しく聞かせてと言われても優には説明できないだろう。

「........いや、知らないな。それがどうかしたのか?」

「あー........まあ君にならいいか。えっとね、その名無し神ってやつがここら辺に潜伏しているって情報が入って僕らが来たんだ。それは一応、僕らにとっては良くない事なんだよね」

「そもそもその.......エリスって子も天使だとか言ってたが、お前ら一体何なんだ?」

 優の質問を受けたサブが、少し悩んだようにして、既に二人分を食べ終えたエリスを見る。

「どうする?一応人に言っちゃダメなんだけど」

「.........これ........きんつば?の、お礼に」

 それはOKという事なのだろう。

 その体のどこでしているのか、サブは咳ばらいを一つして。

「えっとね、エリスは「名無し神」をために来た神の使徒。僕はそれのサポート。僕らは神様の命令で天界から来たんだ」

 神だの天界だのがいきなり出てきたが、一応陰陽術を通してそれに近しいことを学んだ優はあまり抵抗なく、その情報を飲み込むことができた。

「神様、ね.........というか本当にその子が天使........?そんなにすごいのか?」

「そりゃあもうエリスはすごいんだよ?そもそも天使には階級があって下から順に基本的に知られてる天使からその上の大天使とあって大きく九段階に分けられてるその中でも彼女の持つ熾天使は最上位でさらにはデスティニーと言う名前は数少ない――――」

「わかったわかったっ!そこまでの理解は求めてない!.......んで、その最上位の熾天使が来たってことは、それだけ重要なことなのか?その名無し神ってのは」

 とりあえず、エリスがすごいという情報は理解した優がサブに尋ねる。

「お、いいとこつくねお兄さん。んでも......そこら辺は僕もわかってないんだ........」

 さっきまでの饒舌なしゃべりから一転、サブの歯切れは悪そうだった。

「実は名無し神の出現自体はそんなに珍しくないんだ。神様の命令だから来たけど、ほんとはエリスが請け負うような仕事じゃないんだよね.......っとまあそれはさておき、知らないんなら君とこれ以上いても仕方ないからお暇するね」

「あ、ああ..........」

 何やらエリスは名残惜しそうにしていたが、「ほらいくよ」とサブがやや強引にローブを引っ張り、ずるずると引きずりながら退出していった。

 どうやら、優は知らないほうが思考がスッキリするような程度の理解をしてしまった。

 なんでその名無し神が出現するのだとか、放っておくと何がまずいのとか、機会があれば聞きたい事ができてしまった。

 .........まあ人には人の世界、神と天使にも同じように世界があるのだ。と勝手な解釈をして、優は再び店番に戻った。

 タイミング良く、その瞬間に葵が帰ってきた。優は少し冷や汗をかいた。危うくサボっているのが..........いや、一応接客の過程では無きにしも非ず、しかし振る舞ったきんつば四個分の埋め合わせをしなければなるまい。

「ただいまっー!!」

 トンっと飛ぶ必要もないのに、やたら大きな袋を持ったまま葵は空中から敷地に入り、着地した。

 優は帰ってきた時にと、言う準備をしていた言葉に、現在の状況を少し付け加える。

「おかえりなさい。袋が大きいが、どうしたんだ?」

「えっへへーまあ色々ね。―――――で、あのトラックそうじゃない?」

 大きな買い物袋を一旦床に置いてから外に出て、葵はある方向を指さした。

 優もつられてその方向を見ると、宅配業者のものでは無いトラックがゆっくりと近づいてきていた。

 恐らくは優の荷物が積まれたトラックだろう。荷物と言っても大したものは無いので、設置に業者の手を煩わせる必要はないだろう。

「んー、多分そうだな、荷物はどこに置けばいい?」

 優は、町に出て住む場所はここだと決めていた。

 理由の一つはそもそもアパート暮らしだなんだが不安だったから。もう一つは、妹を護るため。父と同じ過ちを繰り返さないために。と。

「二階の部屋ならどこでも空いてるよ..........じゃあ本当に―――――おかえりなさい。お兄ちゃん」

 夕日に照らされたその笑顔。それに紛れていたのか、葵はいづいたようなそぶりは見せなかったが、ほんの少し優は頬を赤らめていた。

 兄弟でなければ、惚れていたかもしれない。




―――――――――




「...............」

 サラダとごはんと焼き魚。

 一般的な夕食としてはまあそのぐらいだろうと優は想定していた。

 だが現実。

 ふつふつと煮えたぎる鍋に野菜はもちろん、目玉となっているのは頭がどっかりと乗っかった大きな魚。

 「お、鍋か」と優が反応した後に運ばれてきたのは、それと同じくらいの存在感を放つ大きなステーキ。鍋の隣でじゅうじゅうと音を鳴らしながら鉄板で踊っている。

 クリスマスでもないのに七面鳥も焼かれていた。

 その他もろもろが続々と運ばれ、とりあえず贅沢な物詰め込みました。と言った具合の馳走が小さな食卓に展開された。

 過剰表現でも何でもなく、優が今までに見た中で一番豪華な食事だった。

 そして優にとって驚きなのが、それが今目の前にいる妹の手によって作られたという事。優が知っている時よりも和菓子作りが得意になっているということならさほど驚かなかったが、まさか実際の料理の腕前も上がっているのは想定外だった。

「.........やたら時間かかってると思ったら、どうしたんだこんなに」

「奮発しましたっ」

 エプロン姿のままで、えへんとそこまで豊満ではない胸を葵は張る。

「せっかくお兄ちゃんが帰ってきたからねー、お祝いお祝い」

「別に祝う程のことじゃないだろう.......別に今日だけってわけじゃないんだ」

「だって、本当に久しぶりだもん。こうやって食事をするの.......」

 葵は表情を少し暗くした。

 そう、本当に、血のつながった者と囲む食卓というのは葵にとっては久しぶりだろう。

 優は一応父と食事をとる事もあったが、むしろ優は一人での食事を好んだ。優は葵の感情を分かっているようで、もしかしたら分かってないのかもしれない。

「.........よーしっ、じゃあ愛する妹が作ってくれた料理だ。俺が一人で残さず全部食べてやろう!」

「あ、ちょっと!私も食べるから!」

「なんだ、お兄ちゃんのために作ってくれたんじゃないのかー?」

「一人ならこんなに作る訳ないでしょ!半分は絶対にもらうからね!あといただきますもするの!」

 ―――――と、久しぶりに、伊賀月家の夜が賑わった。

 葵との食事取り合い合戦の最中、優がちらと見た時に、心なしか母の写真は笑っていた。

 その時ばかりは、神も天使も心霊現象も信じたいと優は思った。........そしてその隙に、一番大きな肉を葵に取られたそうな。



















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