第二話



 始業式を無事に終え、その後教室で簡単な自己紹介を済ませてから、優は初めての高校生活の初日を終えた。

 行くべき場所があった優はライン交換だなんだしている同級生をよそに、さっさと一人帰路につくつもりだったのだが.........。

「おい、伊賀月。私と勝負をしろ」

 校門前にて、堂々とした振る舞いで立ち伏せていた美月が優を呼び止めた。

 周りに他の生徒はおらず、優も自分が一番早いと思っていたのだが、まさかの先客がいた。

 始業式の時の校長の演説の時もやたらこちらに視線を飛ばしてきており、なにやらあちら側には因縁があるらしい。

「勝負なんてしねえし、だいたいどうやって勝負すんだよ」

「とぼけおって、の勝負に決まっておろう」

「..........何のことか知らねえけど、ごっこ遊びならほかの奴を誘ってくれ」

「では二日後、貴様の家に出向くぞ。足を洗って待っておるがよい!」

「え、ちょっ.........」

 こっちの言葉に耳を傾けることなく、美月は走り去ってしまった。

「なに、あの子なりのデートの誘い方?」

 後ろから竜胆が肩に手を置いてきた。

 優の予想通り、あれは今風ではないようで苦笑いをしている。

「そうならもうちょっと慎ましく誘ってほしいもんだな。それと足じゃなくて首だよな多分」

「.........まあ、あれはあれでドジっ子っぽくていいんじゃねえの?―――――で、結局どういう関係なわけ?」

 竜胆の興味津々と言った表情に、今度は優が苦笑いをして返した。

「いや、マジで知らねえんだわ。なんか家柄での因縁があるらしいけども、俺そんなのに関わった記憶ないしな」

「あ、そうなの?ま、いいや。一緒に帰ろうぜ!」

「あれ、近所だったっけなぁ」

「それまで忘れてるかあ?」

「冗談だよ冗談」

 竜胆は入学初日だというのにもう既にクラスの中心のような人物になっていた。恐るべきコミュニケーション能力である。

 優は、そんな彼はライン交換会に参加していると思っていたが、彼も急ぎの用があるらしい。

 優は小学生時代の軽いノリしか備えてないので、高校生活でそれが通用するかいささか不安であったのだが、今、肩を組んでいるこいつと上手いことやれているので、まあ大丈夫だろうと根拠のない自信が優の中で芽生えていた。

「しっかし、いつ戻ってきたんだ?連絡なかったしちゃんと心配してたんだぜ?」

「ありがとよ」

「ありがとよって.........軽い、誠意がない」

「じゃあその証に今度なんかおごってやるよ.......っと、じゃあな」

 一緒に歩いてものの数分。少し早すぎる別れになんとなく申し訳ない気持ちになりつつも、優は進路を横にした。

「あれ、お前んちそっちだっけ?」

「寄るとこがあるんでな」

「...........そっか、じゃまた明日な」

 手を振る竜胆と別れ、一応、何かおごる事を頭のメモに殴り書きしてから、優は一人で繁華街の方へと足を進めた。

「――――あんま変わってねえな.........」

 約三年ぶりに訪れた繁華街は、優が見慣れない高層ビルがちらほらあったものの、やはり帰って来たのだと実感できる懐かしさのようなものがあった。

 記憶を頼りに歩き回り、ようやく見えてきた目的地である小さな和菓子屋。

 「ひだまり」という看板が掲げられた店先で竹箒で掃除をしている少女が一人。

 優の記憶と全く違わぬ光景は、そこだった。

「........ほんとに、変わってないな」

 この声は、呼びかけのためではなく、優の口からふと零れた物だった。

「.........お兄ちゃん?」

 しかし箒の女性はそれを聞きとったのか、箒を持つ手を止め、驚いたような表情で優を見た。

「久しぶりだな―――――あおい

 優の妹は、満面の笑顔に、僅かに煌めく涙を添えて「おかえりなさい」と言った。




――――――――――――――――





「帰ってくるなら連絡してよ。私が顔忘れてたらどうするの」 

 優の二つ下の妹、葵は冗談そうに言った。

 実に三年ぶりの再会である。

「そんな薄情な妹だとは思えなかったからな」

「もう........あ、お母さんにちゃんと挨拶しておきなね。きっと、喜ぶよ」

「ん、ああ。そうだな」

 優は葵に言われ、客間の役割を持つ空間の、隣の部屋の襖を開けた。

 学生かばんを横に置き、正座する。

「―――――ただいま、母さん」

 花が添えられた写真に向けて、優は帰宅を報告した。

 優の母は、優が中学生の年代で既に他界をしている。

 母は父と離婚し、別居しているその間でも優に手紙を書き続け、さらにはあの山を登って、こっそりと会いにすら来ていた。母は自分を愛してくれていると優は確信していた。

 そんな母が死んだ理由は、意味も分からぬ「呪い」だと言う。

 そのを告げられて、嘘をついていると、そんなもので母が死ぬわけないと、幼き優は父親を嫌った。

 その頃から、優は父が町の人々を悪から救う陰陽師だと知らされていた。

 ..........そんなすごい人が、何故大切な人一人すら護れない?

 幼き頃から何度も疑問に思ったそれは今になっても変わらない。

 しかし、優はそんな父の息子という事で、中学生になるはずの歳で、同じ陰陽師として育てられることを運命づけられていた。

 ―――――そして、そこで優は母親の「仇」が存在すると知る。

「あなたの無念は―――――必ず」

 優は一人、自分でも意識せずに拳を握りしめていた。

 復讐。

 それは死者の前で誓う事でも告げる事でもないと優は自覚しているが、そのために。そのためだけに一人の妹を放って、父との暮らしを耐え忍んだ優を、だれも咎める事はできないだろう。

「ねえ、お兄ちゃんっ」

 声と共に襖が開けられる。

 見るまでもなくわかった妹の方に振り返ると、どこか慌てていた。

「なんだ?」

 険悪な表情を隠すように優は笑顔を見繕った。

「えっと........悪いんだけど、店番頼まれてくれないかな?ちょっと買い物に行かなきゃ」

「ああ、いいよ。別に用はないしな」

「ありがとう!あ、一応制服はやめてね?お店の服はそこのクローゼットに入ってるから」

「わかったよ、ほら早く行ってきな」

「それじゃあ............いってきますっ!」

 とは言ったが、すぐには襖を閉めず、葵は何かを待つように優の顔をジッと見る。

「..........ああ、いってらっしゃい」

 優がその言葉を言うと、葵は笑顔でもう一度小さく「いってきます」と言ってから買い物へと出て行った。

 葵は、まだ中学生だ。

 その年でありながら、長い間この店で一人生活し、今まで守り続けてきた。きっと優には考えきれない苦悩があったに違いない。

 「いってきます」も、「いってらっしゃい」も、きっと「ただいま」も、葵にとっては久しぶりのはずだ。

「さてと.......」

 葵に言われた通り、その場に高校の制服を放り投げ、クローゼットに入っていた白い業務用の服を着た。

 優は小さい頃に母の営むこの店に遊びに来たとき、ほんの少しだけ接客の記憶が残っているため、恐らくは大丈夫だ。その時はかなりあやされていた気もするが、大丈夫だ。

 まあ、そんなに客は来ないだろう。と、死んだ母に怒鳴られそうな考えをしながらも、とりあえず優はカウンターの内側に立った。

 ふと見た時計に刻まれていた時刻は四時。

 少し早くも街中ですれ違う人々を夕日が照らしはじめていた。

 夜が、月明りと共に顔を出す時間帯が近づいていた。

 少し先に会社終わり、学校終わり、あるいは買い物目的の人々が溢れる中、そこでは異常とも言える人影が優の目に留まった。

「なんだ.........あの子」

 そう思わず呟いてしまうほど。

 制服に身を包んだ学生や社会人、もしくはエプロン姿の主婦で構成された人混み中、優の目に映ったその少女は何とも奇妙な格好をしていた。

 年は葵と同じぐらいと想定できる身丈で、それにはあまり見合わない漆黒のローブを身に纏っていた。

 それだけでなく、日本においてあまりメジャーと言えないであろう純白の髪を長くなびかせている。

 絹を思わせる白い艶めきが黒い夕日を反射し、その少女の端正な顔立ちと底知れぬ気品を際立たせていた。

 何より優が異常だと思ったのは、それだけの存在が間近にありながら、町の人々は目を釘付けにされるわけではなく、誰もその少女に目を向けず手元の携帯端末をいじったり、もしくは会話を楽しんでいた。

 もしや自分が知らぬうちにあのような美小女が溢れる世界になったのだろうか。  そんな考えをぼうっと少女を眺めながら優が考えていると、その少女がこちらの目線に気づいたのか、優の方に顔を振り向かせた。

 まずいと思い、優は咄嗟に視線をずらす。

 最近は少女とは言え侮るなかれ、「じっと見ていた罪」とかで賠償金を要求してくるかもしれない。

 チラと少女を見ると、こちらに一直線に歩いてきていた。

 そして店に入店。

 それから、何を言われるかと覚悟していた優の前――――――その和菓子が陳列されているカウンターを覗くようにしゃがみこんだ。

―――――そう言えば店だったな、ここ。

 自分がいる場所を思い出してほっとしてから、何にしようか悩んでいるあろうその少女に優は声をかけた。

「当店のおすすめは「きんつば」ですよ」

 母直伝の自慢の一品。

 それがよく買われていた記憶はあるし、幼いころの優も大好きだったし、残っている数を見ると、今もその味は葵によって受け継がれているようだ。

「ッツ..........!」

 そんなただのお勧めだったのだが、少女はそこで初めて優の存在に気づいたと言わんばかりに驚いて見せた。

「えっと........どうされました?」

「.............」

 じとーっとした目線で優の方を見て、その少女は悩むようにしながらも、しかしまた商品の品定めに戻った。

―――――なんなんだ、この子?

「ふーん、エリスが見えるなんて珍しい人だね」

 ふと、そんな声が店内に響いた。

「.........別にいい、買うし」

 そこで少女は、返事をするように初めて声を出した。

 優は店内を見渡したが、少女の他には客はいない。

 かといって外からとも思えないほど近くでその声は聞こえた。

「なんだ........今の声?」

「ッツ..........!」

 再び少女は驚いて見せる。信じられないと言った様子だった。

「あれ?もしかして僕の声聞こえてる?」

「聞こえてる........って、誰だ!どこにいる!」

 優も再び店内を見渡す。

 しかし見えるのは、がらりとした店内と昔ながらの和菓子だけだ。

「........驚いたな、修験者かなんかかこの人。まあいいや、丁度いいじゃんエリス。こいつに話聞こうよ」

「.........そうだね」

 首肯した少女の身から、唐突に、火事でも起きたのかと思うほど大量の

「な、なんだ........!?」

 白でもなく、黒でもなく、紫色のどこか不気味な煙。それが―――――。

「はいはいこんにちは、声の正体です」

 喋った。

「喋ったぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うるさいなあもう、なんだ、声は聞こえるのに姿を見んのは初めてか」

 煙はくねくねとその体(?)を揺らしながら流暢に喋りつづける。

 優が知る限りでは、喋る煙というものは存在しないし、恐らく万人共通の知識のはずだ。

「き、君は............?」

 自分の知り得ぬ目の前の事象に優は動転しながらもそう尋ねる。

「あー僕の名前はサブジーグイヴァス015。名前っぽくないし呼びづらいし長いからサブでいいよ」

 気さくに記号のような名前を言って見せる煙。

 そして実体を持っているとみられるその体で、少女の背中をつんつんとつつき、同じように挨拶を促す。

「.........熾天使、エリス・デスティニー、です」

 煙とは逆に無愛想に、その天使は凛とした声で、そう言った。

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