名前のない神様は信者が欲しい!
雨飴
高校生活 第一話
時期は春。
季節としては多分一番好きだという人が多いのではないだろうか。
気温は温暖で過ごしやすいし、春と言えば花見などの行事を楽しむ事もできるし、景色もそれに伴い華やかに彩られる事だろう。
出会いの春という素敵な言葉もある。
食パンかじった転校生と角でばったりとまではいかないものの、何か素敵な出会いがあるかもしれない。
そんな晴れやかで華々しい季節の今日に。
―――――何故だ?何故、俺はこんな事をしている?
優は座禅を組みながら自分の変な形に組まれている手に目を落とす。
というか単純に周りのおぞましい光景を目に入れたくなかった。
そんな少年の周りで何を言ってるかさっぱりわからない念仏をぶつぶつと唱えている複数の男達。
優の父、それとその弟子達。
なんでも優の父は高名な陰陽師だそうで。
そんな父に愛想を尽かして母親は離婚し、優の妹を連れて出て行ってしまった。
優が小さい頃の出来事だったので、その頃の記憶はあまりないが、今の優には何故母親が出て行ったかが痛いほどわかっていた。
「おい.......もういいか」
優は苛立ちを隠しきることはもはや不可能なのでこれでもかと態度に出して訴える。
意味不明な念仏を強制的に朝の七時から聞かされ続けて、かれこれ一時間が経過しようという所だった。
「何を言うまだ半分だ」
早口でそれだけを言い、父親はまた念仏を唱え始める
「ふざけんな!今日は入学式って言ったろうが!もう行かねえと間に合わねえよ!」
そう、今日は入学式。
いざ高校生ライフを踏み出さんとする大事な日。親からしても息子の成長の一歩を実感する大事な日のはずだ。
.........はずなのだが、時計は既に八時を回ろうとしており、父親が陰陽師だからかは知らないが、この家が建つのは町からそこそこ離れた山の中。もう全力で走っても間に合うかどうかという時間帯だった。そこまで耐えた優の精神力を称えるべきだろう。
「何を言うか、これは出て行くもののための大事な儀礼。欠かすことは―――――おい!何処へ行く!」
優は父の言葉を戯言と流して、玄関に足を向けた。
優は今日、この古い家を永遠に去るのだ。
二度と敷居を跨がない........という程の物でもないが、こんな山奥には相当な用事が無い限り出向くことはないだろうし、仮に父が危篤になろうが来ない事を優は誓っていた。
そんな人物のためのこの儀式は、厄払いとして行っている事を優は知っている。優は父の顔すら見たくないと思っているが、一応は自分の事を思ってくれてるらしいので、せめて別れの日ぐらいは命令を聞いてやろうと思っていた。
しかしそんな優の堪忍袋の緒がとうとう千切れる。更には自分の事を大して思っていないことが分かった。
優は古い木造の家の扉を荒々しく開けてから。
「もう二度とここには来ねえよ、クソ親父がっ!」
罵声と共に、それを荒々しく閉めた。
―――――――――――――――――
かなり遅めに家を出た優が駆けること一時間。
遅刻ギリギリ.......というわけでもなかったのだが、時計や携帯機器などの時間を確かめる術を持たぬ優は、桜の並木道を楽しむ余裕も無く校門を走り抜ける。
「..........はあぁ..........はあぁ.........間に合った、
白く、立派な校舎に備え付けられた大きな時計を見て優は安堵した。
私立、青月高校。学力が高いとか部活が強いとか、別段これと言った特徴も無い一般的な学校だ。
しかし入学できたという事自体が優には喜ばずにはいられない。
そんな様子を周りの同じ生徒と思しき人々はくすくすと笑いながら優を見て歯通り過ぎていく。
そこではっと自分がしていた行動を思い出し、優は今更ながら平静を装った。
今の光景を見ていた人物が同じクラスでない事を祈りつつ、クラス表が張り出されているところで自分が一年間過ごすこととなる教室を確認し、その階に足を運んだ。
「一年四組.........は、ここか」
慎重に確認してから教室に入り、入学初日だったのだが予想以上に教室は賑わっていた。三人程度のグループがいくつか形成されていて、ちらほらと机で一人退屈そうにしている生徒がいる、という感じだった。
中学での知り合いがいない優にとっては、友達作りという事柄で少し不利な環境に思えた。
「..............あれ、もしかして伊賀月か?」
「ん?」
ふと名前を呼ばれ、優が振り返ると、形成されていたグループの一つにいた男子がこちらを見ていた。人違いという事はなさそうだが、残念ながら、優の記憶に思い当たる人物は浮かび上がらなかった。
「えっと.....ゴメン、名前なんだっけ?」
「おいおいひでえな........まあ、小学生以来だもんな、竜胆だよ。
「あ、あっーー!思い出した思い出した....って竜胆!?」
優は思わずそう叫んでしまった。
竜胆節眞は昔、優の近所に住んでいて、小学生の頃はよく遊んでいた。――――が、優が知っている竜胆節眞は眼鏡をかけていて、いつも席で本を読んでいるといったどちらかと言えば地味目の奴だったはずで、こんな明るく笑って、髪を金色に染めているイケてるボーイではなかった。
「お前......眼鏡は?」
「ん?あー、コンタクトに変えた」
「その髪は?」
「イメチェンってやつ?ちょっと派手すぎたかもしんねえけど」
「いや、派手すぎんだろ!?あの地味で眼鏡で常に本を片手に携えていたお前はどこへ........」
「お前そんな感じに俺の事見てたの!?」
「え、あ、いやすまん。なんか、ちょっと驚いた」
「........まあいいや。んで、お前の方はどうしてたんよ?なんか小六の頃?いきなり学校来なくなったし、誰もお前が行った中学知らなくてさ」
「―――――まあ色々あってな」
「ふーん、そっか」
竜胆は優の物憂げな表情を見て察したのか、じゃな、と言って先程会話をしていたグループに戻っていった。
以前の彼ももちろん悪い奴ではなかったのだが、ここまで気が利くというか、うまい具合に受け流せる人物ではなかったはずなので、中学生時代に何があったか機会があれば聞いてみたいと思った。
優はひとまず会話できる人物がいた事に胸をなでおろし、自分の席につく。後ろから二番目。それも窓際でなかなかにいいポジションだった。
「――――お主、そこの席の者か?」
椅子に座って規定時間までおとなしくしていようと思っていたところ、急に一人の女子生徒が独特な感じで話しかけてきた。
「そうだけど......すまん、席を間違えていたか?」
「いや、問題ない」
ビシッと人差し指をこちらに向けて、
「我の名は
程よく賑わっていた教室が、そのやたら威勢のいい女性の声によって静まり返る。
優もその静寂にまぎれたかったが、自分の名前を自分の席の隣で叫ばれては無視もできず、とりあえず。
「えっと........どちら様で?」
「なっ.........私を知らんのか!?」
「まあ.........はい」
今度は本当に面識がないのだが、どうやらあちらは優の事を知っているようで、竜胆の時と似たような罪悪感があった。
「はあぁ.....伊賀月家の者は阿倍野家次期当主の私を知らんのか」
テレビの有名人かとも思ったが、後ろで傍観しているクラスメート達も、阿倍野家?だれ?みたいな感じの事を呟いていたので、そう言うわけでもなさそうだった。
「よーく覚えておけ、阿倍野 美月。―――――貴様を打ち倒す者の名だ!」
「..........はあ?」
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