第12話 お主を信じて良かった
光を握り締めた瞬間、大人数に周りを囲まれながらの変身というのもなんだかカッコいいなー……などと、非常時だというのに頭の片隅で思いつつ、那雪の視界は灰色へ。
「シュバルツスノウ、ここに参上!」
そして、視界がクリアになる頃には、ダークグレーの装甲に全身が覆われた感覚と、胸の中から湧き上がる高揚に満たされる。
だから、今からやることも、もちろん出来ると思う。
「ナナキ、続いて六ページだ!」
「うむ」
指定の通りに菜奈姫が手帳のページを開き、菜奈姫の名の許のいつもの祝詞の後に、手帳から飛び出す光の粒が上空――約三十メートルに到達したのを確認した直後、
「ナナキ!」
「なんじゃ」
「すまんっ!」
那雪は隣にいる菜奈姫の腰を抱きすくめ、ひょい、とお姫様抱っこする。突然のことに『いぃっ!?』と菜奈姫が変な声を出すのにも構わず、
念動、闘気……!
強く、イメージ。
すると、那雪の両手両足に漂っていた陽炎が前方で密集伸張し、上空の光へと到達するための階段を形作る。
「ぃ……よっしゃあああああっ!」
「おおおおおおおおぅっ!?」
そして、地を蹴って走りだす。初速からスパート。
裂帛の気迫と悲鳴とが重なる中、那雪は菜奈姫を抱っこしながら、陽炎の階段を二段飛ばしで駆け上がる。
そして、上空の光まで残り五メートルといったところで、
「ナナキ――もっかい、すまん!」
あらん限りの力をこめて、菜奈姫の身体を上空に文字通りぶん投げる。『のわあああああぁぁぁ……!?』と悲鳴が遠ざかっていくのを感じながら、那雪は上空を浮かぶ光の位置と――
「見えた……っ!」
眼下に居る標的の位置を補足。
商店街の入り口あたり。のろのろと歩く人達と離れて、どっしりと腰を据えている異形。紺色の寸胴の身体と短い手足、薄紫と赤茶色の斑模様の傘という、大きなキノコを彷彿とさせる姿は、間違いない。
自分がデザインした中級怪人――マタンゴグレート。
「――――!」
当のマタンゴは、上空を飛翔するこちらに、たった今気づいた。ビクッと驚いたかのように全身を震わせ、直後、慌てて背を向けて商店街の方角へと逃走しようとするも、
「――遅い!」
既に、那雪は陽炎の階段を跳躍していた。光の粒にまで到達してから回転、光の粒をオーバーヘッドキックの要領で蹴り抜く。
そうして繰り出されるのは、自分が考えたシュバルツスノウの超必殺技の中にあって、唯一の遠距離攻撃。
「強蹴剛射という名の……アサルトシューターディスタンスッ!」
蹴り抜かれた光の粒は、琥珀の弾丸となって、逃走するマタンゴグレートへと一直線飛翔。
異形がその弾丸に気付き、こちらに振り向こうとした矢先、轟音と共に爆発が起きる――ものの、
「……む」
手応えが、なかった。
当たったとはわかったものの、仕留めたという感覚が伝わってこない。
空中で回転して地面への着地を決めた後、那雪は爆発の埃で見えないその場へと急行しようとするのだが、
「……ぁぁぁああああああああっ!?」
上空から聴こえてくる悲鳴。
見ると、菜奈姫が手足をバタつかせながら空から降ってきていた。
空から女の子が落ちてくるのは、某親方に伝えたい一種の神秘なのかもしれないが、相手がこいつでは神秘も何もあったものではない……などと、思っている場合でもない。
「よっと」
階段状にしていた念動闘気の陽炎を操り、菜奈姫の身体を捕らえて落下スピードを軽減させ、それから那雪自身の腕でふわりと受け止める。
『むーん』と目を回しているものの、それと言って外傷はないようだ。
「……ん?」
と、そこで、気付く。
周囲、こちらを狙ってきていた人々が、動きを止めていることに。
そして、その向こう――爆発の煙が晴れた商店街の入口にも、誰も居ない。
「…………」
やはり、あの手応えの無さの通りだったか。
腕の中で目を回す菜奈姫を置いていこうかどうか迷ったが、まだ警戒レベルは下げられないため、菜奈姫を抱えたままその場へと急行するが。
マタンゴグレートらしき異形の影は、もうどこにも見当たらない。
「逃げられたようじゃのう」
と、なんとか意識を復帰させていた菜奈姫が、ぽつりと呟く。手のひらに浮かべていたカミパッドには方位針が映っているのだが、先ほどのような反応は見せずに、針をゆっくりと回転させる休眠状態になっていた。
こうなっては、またあの異形の力が発生しない限りは、標的を見つけ出すことができない。
「……すまん」
「謝らんでよい。我も足を引っ張っていたことだし……どうやら、人の子への操作も解けつつあるらしいしな。それよりも、さっさと降ろさぬか」
「…………」
腕に抱えていた菜奈姫を下ろし、それから那雪は変身を解いて元の姿に戻る。
直後、町の人々は動き出し。先の異常事態から元の流れを取り戻し始めていた。何事もなかったかのように活気が溢れ始め、商店街も食べ歩きウィークというイベント特有の賑わいを見せる。
周囲には一部、違和感を覚えているらしき人も見受けられるが、
「よし、逸らせた。町の修復も抜かりなしじゃな」
いつの間にか菜奈姫がカミパッドを指先でいじっており、今しがた処理を終了させたらしく、一つ息を吐く。すると、記憶の混乱が見られた人達も落ち着きを見せ、元の賑わいに混じっていった。
これで全て元通り……と言いたいところだが。
「くそう、あともう少しというところで」
「悔やむなチンクシャ。町を守れたのじゃ。もっと胸を張らんか」
「しかしよ、奴がこれからまたどこかで、さっきのように人の心を弄ぶんだと考えると、胸なんて張れるかよ……」
「ふむ。まあ確かに、未来が絶望的なチンクシャの胸部を思うと、張れる胸も無いわけなのじゃが」
「何度もそういう事実を突きつけてきてんじゃねーよっ!?」
最初に知らされた時はそれどころではなかったのだが、改めてその事実を反復されると、なんとも言えない絶望感が那雪の両肩に重くのしかかった。
同時に、なんだか目の奥が痛くなってきたのは、おそらく心の汗だ。そう思わないとやってられない……って、そうじゃない。
「私の胸はどうでもいい。いや、よくないけど、今はいい」
「ククク、そう焦るな。人の子達に害は及ばなかったのじゃ。それにな」
「? それに?」
「我は、お主を信じて良かったと思うておるぞ?」
「――――」
普段するような小憎たらしいものではなく、それでいて桜花がするものとは別種の、穏やかな笑顔で菜奈姫にそう言われると、那雪には何も言えなくなってしまった。
町の人達を守ることでこいつを笑顔にしようと思って、自分は最善の手を考え、実行した。その結果が、今、目の前にあるものだとすれば。
……少しは、私も何かが出来たのかな。
実感は、まだ湧かない。
形にするには、もっと、多くの人を笑顔にした後なのかもしれない。
「さーて、今日は異形も出なさそうじゃし、軽く食べ歩いて帰るかのう」
グッと背伸びをしながら、菜奈姫がカミパッドから紙袋と那雪の通学鞄を取り出し商店街の中へと進んでいくのに、那雪はハッとなって、慌ててその後を追う。
「おい、のんびり言ってる場合か。奴の他も出てくるかもしれないんだから、調査続行に決まってんだろ」
「チンクシャよ、休息も大事な調査の一部じゃぞ。取れる休息を取っておいて、体調を万全にすることも……おっと」
と、急に、菜奈姫は手のひらに展開したカミパッドを己の眼に手早く投影し、表面の人格を桜花へと切り替える。
何事かと那雪は思ったのだが、数瞬もしないうちに、その理由がわかった。
「おー、なゆきちとオカちゃんじゃん」
今し方通りがかった店舗――カレー専門店『印度屋』の入口から、長身細身の、着崩した詰め襟の学生服姿の少年が姿を現したのだ。
那雪達の一つ上の先輩、桐生信康であった。
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