第13話 がんばれ、と彼女は


「はろはろー、信さん」

「……こんにちは」

「おぅ、こんにちは。二人も今日は食べ歩き?」


 爪楊枝を口にしながらゆるゆるとこちらに挨拶する信康。

 その様は、まさしく近所の兄ちゃん、悪い表現でおっちゃんと言ったところか。

 しかし、不思議と癒される気分になるのが、彼の持ち味だ。

 那雪も那雪で、彼と会っているときはとても心が温まる。

 先ほどの立ち回りによる軽い疲労も、早く事を解決せねばという切羽詰まった気持ちも、いつの間にか消えてなくなっていた。


「そんなところだよん。折角のイベントだし。ねー、ゆっきー」

「ん、先輩の方は……まあ、言うまでもなさそうだよな」


『印度屋』入口の立て看板に『印度屋名物ビッグバンカレー! 二十分以内完食で無料+賞品ゲット!』の貼り紙と、少々――ほんのわずかに膨れている信康の腹部から見るに、想像は実に容易い。


「ああ、ちょいと軽くもらってきた。今回も美味かったぞ」

「美味かったって……アレをたったの二十分で、しかも味わって食べられるのって、先輩くらいのものなんじゃ」

「え、そうなの?」

「そうでしょ……」


 ビッグバンカレー。

 ライス三・五キロに激辛ルー一キロを盛り込んだ、『印度屋』が誇る名物メニュー(三千五百円)だ。大食いの人にはよくよく親しまれているのだが、単純な量が量である上に尋常ではない辛味も付いてくることから、完食するにはかなりの体力と時間を要する。

 中学時代、那雪と桜花は、同級生の女子三人と共にこの『印度屋』を訪れた際、『五人でなら食べられるだろう』と、このビッグバンカレーに挑んでみたことがある。だが、量はともかく特有の辛味によってリタイアする者が続出し、結局は半分も消化することが出来なかった。

 それくらい一般人には強烈であるだけに、商店街の食べ歩きウィーク期間に於いてはチャレンジメニューとして用いられており、制限時間があるとすれば成功者はほぼゼロと町内で推移されていたのだが……。


「おかしいな。二十分あるんなら軽く三周できるだろ?」

「できないよっ!?」

「うーむ? そんなものなんかねー」


 桐生信康には、まるで造作もないことのようであった。

 その細身のどこにそんな胃袋が……とよく思うのだが、深く考えてもしょうがない。全部『だって、桐生先輩だし』で片付けられてしまうくらいの理不尽属性を持っているのだ、この先輩は。


「で、無料ついでの賞品はこれだったんだよな」


 と、信康が通学鞄からゴソゴソと取り出したのは、貼り紙のとおりにビッグバンカレー完食により貰った賞品の目録。中身は、特有のロゴと、町のご当地ヒーローであるカレッジセイバーのイラストが描かれているチケットが二枚。


「オーシーパークのチケット?」


 充実した設備と豪華なアトラクションが売りの、市では有名なテーマパークである。全国的な雑誌でもよく紹介されている。

 年に一度、カレッジセイバーが出張興行でヒーローショーを行う期間があり、確か、もうすぐその期間がやってくるはずだ。

 前々から行きたいとは思っているのだが、学生には入場料が少し高めなのがネックと言えばネックか。


「そいや、なゆきちもオカちゃんも、カレッジ好きだったろ? 当日フリーパスでいろいろ遊べるらしいから、今度の連休にでも一緒に行っておいで」


 と、いろいろ考えていたところで、信康がチケットを一枚ずつ手渡してきたのに、那雪は目をまん丸にしてしまった。


「ちょ、いいの? 先輩もカレッジ好きだったんじゃ……」

「うん。でも、俺の友人連中はカレッジに興味ないみたいだし、一人で行ってもしょうがないしなー。だったら、カレッジ好きななゆきちとオカちゃんに行ってもらった方がいいだろ」

「いや、でも、えーと……」

「なゆきち、もしかして行きたくなかった?」

「…………」


 行きたい。正直行きたいけど、これはやはり信康が勝ち取ったものであるので、そんなに易々と受け取っていいものかと思うと気後れしてしまう。

 人の厚意は素直に受け取れと師には教えられているが、しかし、これは……。 


「ふむ……」


 と、那雪があたふたする傍ら、桜花がわずかの間だけ何かを考え、その後に――軽く、那雪にだけ見える角度でウインクをして見せた。

 那雪には一瞬、その意味が分からなかったのだが


「信さん信さん、わたしは小説の方が忙しいから、辞退しようかと」

「ん? あー、そういや賞に応募するんだっけ?」

「うん。そういうわけなんで――信さんが、ゆっきーと一緒に行ってきて」

「お、桜花?」


 またも目をまん丸にする那雪だが、桜花はニコニコと微笑のまま。


「俺?」


 信康も、ちょっと驚いてるようだった。

 そうだ。いくら友達付き合いのある先輩後輩の仲とはいえ、いきなり、そんな、男女二人きりで遊園地など……これではまるで、デートみたいではないか。

 いくら毎時ニュートラルな信康とはいえ、意識しないはずが――


「俺は別にいいけど」


 あっさりOKされてしまった。

 ……なんだろう。先輩とデートというのは非常に嬉しいはずなのだが、やるせない胸のもやもやを那雪は感じずにいられない。


「なゆきちは良いのか? 俺なんかと一緒で、イヤじゃない?」

「い、いえ! 決してそんなわけでは!」


 ただ、もやもやするとは言え、信康と二人きりで遊びに行けるのはまたとないチャンス。しかも前から行きたかったオーシーパーク。カレッジセイバーのヒーローショー付き。

 これでいやだと言ったら、それこそ神様のバチが当たる。


「先輩とご一緒出来て、か、感激でありますっ!」

「おいおい、口調が変だぞ。ははは、なゆきちは相変わらず面白いなー」

「あ……あぅ」


 緩く笑って、信康はポンポンと那雪の頭を撫でてくる。先輩の手のひらの大きさと柔らかな感触が頭から伝わってきて、那雪は胸の鼓動が爆発的な加速を開始するのを感じた。

 抑えようとしてもすぐに無理だとわかったので、せめて、顔には出さないように平静で居ようと思ったのだが、このまま保ちきれるか……!


「ああそうだ、わたしちょっと用事があったんだったー」

「えぅ?」


 と、緊張の糸が切れかけたタイミングで、今までこちらを見守っていた桜花がそのように言った。

 声音が少しどころかかなり棒読みだったのだが、信康は『そうなん?』と真に受け取って、その手が那雪の頭から離れる。

 少々残念ではあるが、那雪の呼吸を落ち着かせるには、正に絶妙の間の入れ方だった。


「わたしはこれにて退散するんで、食べ歩きは二人で行ってきてくださーい」

「え、あ、桜花」

「――がんばれ」


 ポン、と肩に手を置いて、最後の一言を那雪の耳元でささやき、


「じゃ、また今度っ!」


 と言い残して、桜花は人混みの中に去っていく。


「んー、オカちゃんもいろいろ忙しいんだなー」

「そ、そだね」

「俺はまだ食べ歩きするけど、なゆきちはどうする? なんなら奢るけど」

「え……そ、そんな、チケットもらった上に、そこまで……」

「大丈夫。『印度屋』行く前に、『雲龍』でもボーナスゲットしたし」

「あ……もしかして」


 ラーメン屋『雲龍』の特別メニュー『ギガノトラーメンネオ』(二千五百円)、制限時間十五分、完食で賞金一万円。

 先ほどの菜奈姫の得意先回りで『雲龍』を通りがかった際に、貼り紙を見たから知っている。それを達成した後の状態で、『印度屋』のビッグバンカレーを軽々と超越したのか、この人は……!

 想像するだけでも、那雪は胸焼けがしそうになったのだが。


 ぐううぅぅ~~~~……


「っ!」


 想像とは裏腹に、腹の虫はわりと元気だった。

 そういえば、この食べ歩きイベントにあって、那雪は菜奈姫にもらった『葉月屋』の月天草一つしか食べていない。菜奈姫の得意先回りだったりマタンゴとの立ち回りだったりで、あちこち動きまわったのが効いているためか、わりと大きな音だった。


「ははは、腹減ってるんならそんなにも遠慮すんなって。ほらほら、お兄さんがなんでも奢ってあげよう」 


 信康はまたも緩やかに笑い、


「ほぅぁお……っ!」


 那雪の手を優しく取って、商店街を足取り軽く歩き出した。

 先ほどの頭ナデナデから完全に回復してない状態で、腹の虫を聴かれたことと、今、先輩と手をつないでるこの状態に、那雪の鼓動はまたも再加速。

 腹が鳴動したり鼓動が加速したり頭が沸騰したりで、もはやなにがなんだか、いろいろ忙しい那雪の全身活動だったので。

 紙片の調査続行の使命感は、既に軽く吹っ飛んでしまっていた。



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