第38話 お主の欲望を我がために使うが良い


 那雪の判断は一瞬だった。

 念動、闘気……!

 漂う陽炎を両の手甲に集中。クロスして重ねて、上段から襲いかかってくる長大剣を真っ向から受け止める。


「ぐうっ……!」


 インパクトの瞬間、猛烈な重みが手甲にのし掛かった。


「お、お、お、あ……!?」


 踏ん張る未舗装の地に波紋状の亀裂が入り、崩れていきそうな感覚。

 このまま長大剣を受け止め続けては、確実に圧し潰される。


「こ、のぅ……で、やあああああああっ!」


 だからこそ、出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかの判断も一瞬。

 クロスした手甲で長大剣を挟み込み、無理矢理、両手投げの感覚で横に振り払う。全力で。

 そうすることで、長大剣の軌道はなんとか斜めにズレる。

 ズレはしたが、


「――――っ!?」


 至近距離で着地した長大剣は、大きな衝撃の圧を発生させ、耐姿勢を取ってなかった那雪はその圧に煽られて吹っ飛び、受け身を取ることも叶わないまま地面に叩きつけられた。


「くはっ……!」


 衝撃で息が詰まった。呼吸が出来るようになるまで数秒を要し、出来た頃には――自分の五体が、ダークグレーのボディスーツではなく、学校の女子制服の姿になっていくのがわかった。

 変身が解けてしまったのだ。


「く……はっ、はっ、はっ」


 荒く息を吐きつつ、那雪はなんとか起きあがろうとするが、手足が上手く動いてくれない。何とか上体をあげるまでには至ったが、それまでだ。

 桐生信康の顔をした桐生ライトニングが、こちらの眉間に右手の手刀を向けている。

 距離はあるが、その手刀に漂っている蒼白のオーラは、いつでも実体化してこちらを串刺しに出来ることだろう。

 事実上の、王手詰みだった。


「勝負あったようですね」


 と、降りかかってくる声。

 見ると、菜奈芽が上空から歪んだ笑みでこちらを見下ろしていた。

 右手に紫の陽炎みたいなものを浮かべて桐生ライトニングに向けているのは――鬼火の陰気で怪人の動きを制御していると、なんとなくそんなイメージが伝わってきた。


「……なんのつもりだ。暢気に話している場合かよ」

「ふ、フフフ、もはや決着が付いた今、少しお話をしようと思いまして」

「へっ……そんな余裕ぶっこいてるやつは……大概、その隙を突かれて惨めにやられちまうってお約束だ、ぜ?」

「その辺の抜かりはありませんよ。どのように減らず口を叩いても、あなたにそんな力など一握りも残されていないのは普通にわかりますし、それに――」


 と、菜奈芽が紫の陽炎を操る右手の小指を少し折る。

 ただ、それだけで、


「っ……!?」


 桐生ライトニングの左手が一閃され、その先にあった林の木の一本が斬り飛ばされそうになったところで、


「う、わ、わわわわっ!?」


 その木の枝に茂った葉っぱの中に隠れていたらしい、シュバルツブロッサムの姿である桜花が慌てて飛び出してきた。

 桜花が無事であったことに、那雪は一瞬安堵したのだが、


「――っ!」


 直後に、今の那雪と同じく桐生ライトニングの左の手刀を突きつけられ、その場で釘付けになる。

 今、桜花までこうなっては、完全な劣勢だった。


「うう……ごめん、ゆっきー。何とか助けようと思ってたんだけど」

「いや……」


 弱々しく謝ってくる桜花に、那雪は簡潔に応える。

 打つ手を考えたいところだが、全身を蝕む痛みと疲労感で、頭が上手く働いてくれない。


「まったく、あなたの欲望は本当に素晴らしいものです。ここまで大きな力を生み出せるとは。わたしの想像以上でしたよ」

「……褒められても嬉しくねーし、あんたのための力でもねーよ」

「正直、ここであなたの存在を果てさせてしまうのは惜しい気持ちです。どうです? これからもこの大いなる欲望を生み出し、わたしの出世に役立ててみませんか?」

「死んでもお断りだ」

「いえいえ、悪いお話ではありません。あなたの力を借りられるならば、わたしが神の頂点に立つのに何年もかからないでしょうし、頂点の暁には、あなたやそこのお友達にも、町だけに留まらず県の神様の座だって与えちゃいますよ? 県全体を統括するのであれば残業は多少あるでしょうが、昇給あり、完全週休二日制、神様保険福利厚生完備、賞与は年二回ともなれば、いい条件だと思いませんか?」


 町だけではなく県統括の神様があったりするとか、サラリーマンの待遇提示みたいな決まり文句とか、その辺りはツッコミが追いつかないので無視しておいて。

 那雪の中で答えは、すでに決まっている。


「何度だって言ってやる。答えはノーだ。町が失くなってしまえばいいとか言ってるやつなんかに、誰が従うものかよ」

「ふ、フフフ、厳しいですね。それがあなたの正義ですか?」

「……何が言いたい」

「だとしたら、バカバカしいですね。わたしの振りかざす力を前に、あなたは膝を折っている。この期に及んで正義だのなんだのの戯れ言は、現実に向き合ってないだけのただの逃避です」

「…………」


 これには、返す言葉もない。

 菜奈芽は鼻で笑い、続ける。


「それに、正義はみんなを泣かせたりはしないとかいう、あのご当地ヒーロー、わたし嫌いなんですよね。なんというか生理的に。一応、町の繁栄によるわたしの業績アップに役には立ててましたが、何度その存在を抹消してやろうと思ったことか」

「うわ……まさかの町の名物全否定。よくそれで神様になれたね」

「お黙りなさい」


 桜花のツッコミにも耳ざとく反応し、菜奈芽は桐生ライトニングに指一つで命を下す。ただそれだけで、蒼白のオーラは実体剣となり、桜花のシュバルツブロッサムのマスクバイザーのみを真っ二つに斬り飛ばした。

 一瞬、那雪は肝を冷やしたが、桜花の顔には傷一つ付いていない。


「あなたも相当な欲望の持ち主ですからここで生かしてますけど、あまり口が過ぎると、その綺麗なお顔に傷を入れさせていただきますからね」

「…………」


 桜花は沈黙するものの、心は平静を保っているようであった。

 なおかつ、こちらに視線を送ってくる余裕まである辺り、修羅場の経験も少ないというのに、まったく肝の太い幼馴染みだと、那雪は思う。

 いろいろな意味で。


「さて、どこまで話しましたか……まあいいです。つまるところ、正義の味方というのは、大いなる力の前では無力ってことです。理解できましたか?」

「つまるところと言っても、あんまり纏まってねーぞ」

「あなたも口が過ぎるようですね。そこまで、無力な正義の味方を最もお望みとは、愚かもいいところです」


 そのようにせせら笑う菜奈芽に対し、那雪は、

「…………あんた、なんか勘違いしてんだろ」

「はい?」


 一つ息を吐いて、菜奈芽を睨みあげた。

 するとどうだろう、手放さないように精一杯だったはずの意識が明確になり、動かなかった手足に活力が湧いてくる。


「私の一番の望みは、正義の味方じゃねーぞ」


 だから、自分の足でしっかりと立ち上がり、上空の元神様にそのように言ってやれた。


「何を言っているのですか? あなたは町を守るために――」

「町を守りたいってのは事実だけど、本来町を守るのはナナキの役目であって、わたしではない」

「ですが、あなたは姫に協力して、あんな幼稚なヒーローの姿で――」

「そんなもん、私の黒歴史の後処理のためだっつーの。正義の味方もやりたいことではあるけど、あくまで憧れであって、私が最もやりたいことはもっと別のことだ」

「……では、あなたの最も望むこととは一体?」


 その問いに返答するのは、少し恥ずかしかったが。

 そこはもう、勢いで。


「恋だっ!」

「……は?」

「先輩にコクって、高校生活をそりゃもう甘く過ごすのが私の夢だっ!」


 手刀のオーラを眉間に突きつける桐生ライトニングを、逆に指で示しながら、言ってやった。


「え……え? いや、あの……」


 むろん、菜奈芽は困惑したようだが、那雪はかまわず続ける。


「でも、今ちょっと先輩が、私とナナキとあんたのせいで怪人になっちゃっててコクろうにもコクれないから、まずは、先輩のことを力尽くにでも元に戻したいんだよっ! 先輩が元に戻りさえすれば町の危機も解決するんだから、私もナナキも万々歳ってことだっ! わかったか!?」


 なんとも、恥ずかしい話ではあるが。

 今朝、クラスメートの青山椎子に自分の最もやりたいことを問われ、一番に思い立った結果は――つまり、そういうことだ。

 先輩を助けることも、桜花の気持ちと向き合うことも、町を危機から守るのも、那雪の意志であり、望みであるが、それは一番ではない。

 何より今、七末那雪がやりたいことは。

 中学生の頃、いつしか好きになっていた桐生信康という少年に、自分の想いを告げることだ。


「あ、あなた、町の危機を自分の色恋のついでで語ってません?」

「何が悪いっ!」

「え、ちょ、開き直った!?」

「私はヒーローに憧れてるだけのごくフツーの女子高生だっ! あんたみたいな行き遅れには二度と味わえない青春真っ最中だぜっ! どーだ、羨ましいかっ!?」

「な、な、な……っ!」


 煽りを混ぜた宣言に、案の定、菜奈芽の顔は紅潮し、脳が沸騰したかのように涙目になった。


「い、行き遅れじゃありませんしっ! それに、羨ましくもありませんしっ! わた、わたしが本気になれば、世の中の男の一人や二人っ……!」

「で、最後には男に逃げられるわけだなっ。ナナキから聞いた話だと、確か今、三百三十四連敗中だとか――」

「失敬なっ!? ま、ま、まだ二百の一歩手前でしゅしっ……!」

「そんだけでも充分だってーの! なあ、ナナキッ!?」

「いいえ、まだ二百連敗を迎えない限り、わたしにとっては許容――え?」


 那雪が口に出したその名を聞いて、一瞬『何のこと?』を率直に現した表情を、菜奈芽はするのだが。

 もう、その時には。

 宙に浮かぶ菜奈芽の、更に上空で、那雪にとっては見慣れた二メートル四方の琥珀色のモニターが現出されていた。

 ――収納型カミパッドだ。



「チンクシャの言うとおり、フツーは五十でも大記録じゃ」



 声が響き、黒髪おかっぱの和装の少女――緒頭町の仮襲名の神様である菜奈姫が、両の足を揃えた姿勢で、収納型カミパッドから文字通り『射出』された。


「チンクシャ直伝っ! 直下雷撃と言う名の――サンダーボムブレイクゥッ!」


 射出の勢いを存分に乗せた上空からの両足蹴りは、菜奈芽の頭頂部を正確に穿つ。


「――――ッ!」


 蹴りを受けた菜奈芽は、悲鳴を上げる間もなく、手に浮かべていた紫の陽炎を散らしながら、中空から地面へと激突……ではなく、めり込む形になった。

 どうやら菜奈姫の本体と同じく、菜奈芽も実体がないらしい。

 実体のない者同士だと、干渉は可能と言うことか。


「ククク、チンクシャの発想はいつも我の笑いの種であったが、実際やってみると爽快じゃな」

「く……お、おのれ、姫……いつの間に……っ!」

「ここに駆けつける前から、あらかじめオーカと分離しておいたんじゃ」


 やはりか。

 今さっき桜花がこちらに視線を送ってきた時、桜花はともかく菜奈姫が絶対に何かをやると感じて、那雪は菜奈芽に煽りを入れたのだが。

 まさか、桜花を囮に菜奈姫が自ら仕掛けるとは、思いも寄らなかった。


「さあ、今のうちじゃチンクシャ! 菜奈芽の加護が弱まっているうちに、一気に桐生少年を叩くぞっ!」

「わかってる! 来い、ナナキッ!」


 言いたいことはいろいろあるが、細かいことは後だ。

 那雪が手を伸ばすと、その先にいる菜奈姫は柏手を打ち、


「菜奈姫の名の許に、我が全霊を七末那雪に委ねるものとする!」


 その小さな姿を琥珀色の霧に変え、那雪の伸ばした手の中に吸い込まれていく。一瞬だけ視界が琥珀に染まり、自分の五体に微かな重みが伴っていく感覚は、これで二度目だ。

 一度目は違和感が半端なかったが、今は――とても心地いい。


『合一、完了!』


 頭の中で声が響くと共に、自分の五体を蝕んでいた痛みが徐々に引いていく。早急に、菜奈姫が治療の加護を施しているのが、なんとなくわかった。

 すぐに完璧とまでは行かないが、最低限動かせるようになっただけでも、那雪には充分だ。


『チンクシャ、そのまま変身じゃっ!』

「いや――ナナキ、そのままぶつかる」

『な……!?』


 頭の中で声を詰まらせる菜奈姫に構わず、那雪は突きつけられた手刀の軌道から横へのワンステップで外れ、そのまま桐生ライトニングへと駆け出す。

 一方の桐生ライトニング、菜奈芽の加護が外れてわずかの間だけ動きを停止していたようだが、やがて活動を再開。

 向かってくる那雪を目にしてから、無表情のままで、神速を展開する。


『無茶じゃ、チンクシャ!?』

「いいや、今が無茶する時だ。ナナキ、さっきの超感覚を頼む。あとは――今私の中に今ある欲望を叶える準備をしとけっ!」

『欲望……む、これは……っ!』


 一瞬だけ、菜奈姫が声を失ったようだが。


『……なるほど。ならばやってみせいっ! 我、菜奈姫の全てを持って、お主に助力してくれよう!』

「サンキュー、ナナキ!」


 神様(仮)の激励を受けて、那雪の胸中はシュバルツスノウに変身する時以上の高揚に満たされ、同時に――菜奈姫からの加護で、感覚が広がっていく。


「…………っ!」


 桐生ライトニングの動きが見える。

 変身していなくても、見えてくれる。 

 そう。

 彼のことを、那雪はいつも見てきた。

 決して、長い時間ではないけれど。

 どんな姿であろうと、どんな速さであろうと。

 ――決して、彼のことを見失ったりはしない。


「つかまえ――」


 目まぐるしい視界の中で、那雪は彼に手を伸ばそうとするが。

 その前に、桐生ライトニングの手刀が迫る。

 避けられない。


「ゆっきーっ!」


 横から桜花の声が聴こえて、直後、飛来した弾丸が桐生ライトニングの手首に命中し、手刀の軌道がズレる。


「そのまま、いっちゃえっ!」


 やってくる声に、心の中で、愛する幼馴染みに最大級の感謝を送り。

 那雪は、軌道がズレた手刀を避け、カウンター気味に相手の懐に潜り込み、マントの前が開けた桐生ライトニングの胴を、全身でホールドする。

 ――師に教えられた蹴り技とは別に、我流で覚えたベアバック。

 先日、桜花で試した甲斐もあってか、力の込め方も熟知済み。

 胴だけであっても自分の腕の長さが足りないが、それでも構わない。


『よし……菜奈姫の名の許に――其の欲望を、七末那雪の力とする!』


 菜奈姫の祝詞が聴こえる。

 数瞬の後、開けたマントが戻ってきて、桐生ライトニングの胴と那雪の全身を覆い、マントによる力の吸収が始まろうとする、寸前。


「先輩っ!」


 精一杯の勇気と、


「私、ずっと前から」


 ここまで来た勢いと、


「先輩のことが――」


 己の人生最大級の欲望を持って、



「すりれふっ!」



 …………。


「か、噛んだ――――っ!?」

「え、あ、あれ?」

『チンクシャ。お主、土壇場でそれはなかろうがっ! このヘタレめっ!』

「い、いや、これは違うくてだな……!」


 無意識ともいえる失態の上に、外からは桜花が、内からは菜奈姫がツッコミを入れてくるのに、那雪は大いに焦る。もちろん、菜奈姫の加護による力も発揮されないままだ。

 緊張していたわけではないし、舌が回っていないわけでもない。何より、勇気がなかったはずがない。


「……まさか、いつものやつか?」


 でも――これは、知っている。

 この現象は一例にすぎない。

 他にも、視界に入ってきた子猫のピンチだったり、道に迷ったお婆さんだったり、突然鳴り響く彼の腹の音だったり、一切合切。

 ――告白しようとする時に、いつも入ってくる、謎のインターセプト。


「ぐう……っ!?」


 心当たりを見つけた頃には、遅かった。

 開いていたマントが戻って那雪の全身を覆い、桐生ライトニングをホールドする腕の力、踏ん張る足の力が湯水の如く抜けていく。

 固有である吸収の能力が、那雪の全身の力を奪っているのだ。


「ふ、フフフ、フフフフフフッ!」


 復帰したらしい、菜奈芽の声が笑い声が聴こえてくる。


「ど、どうやら、あなたは欲望解放を力に転換してぶつけようとしていたようですが、残念でしたねっ! わたしの何気ない仕掛けが、ここで役に立ってくれたようですっ!」


 仕掛け? なんのことだ?


「ここまでのものとは思っていませんでしたが、あなたに想い人がいることは知っていましたからねっ! ですから、高校受験時のあなたに加護を与える過程で、あなたの持つ大いなる欲望の解放をさせようと誘導する傍ら、もう一つおまけで、仕掛けてあったのですよ!」


 ……まさか。


「あなたの恋愛を微妙に邪魔する呪いですっ! 連戦連敗のわたしを差し置いて、小娘がリア充になろうなんて絶対に我慢なりませんでしたしっ!」

「原因はおまえかっ!? っつーか、神様のくせに呪いとかあり得ねーだろ!?」


 なんともまあ、アホらしい原因であった。

 だが、全てが全てで、納得がいった。


「……っ!」


 桐生ライトニングが神速を展開し、ホールドする那雪を振り解こうとする。

 今、力を吸収されているものの、体内に居る菜奈姫の加護で、なんとか最低限の感覚を保てている。

 その最低限を持って、那雪は、彼のことを放さない。放したりはしない。

 全力で、しがみつく。


「無駄です! わたしのこの二百連敗手前によって磨きあげられた嫉妬心の前に、あなたの一人の力など――」

「黙れっ! ぼっちのおまえと違って――私は、一人なんかじゃないっ!」


 そう。今、那雪には、


「頑張れ、ゆっきーっ! わたしがついてるっ!」


 十年以上も自分を想ってくれて、なおも応援してくれる幼馴染みと。


『よくぞ言うたわっ! もう一度行くぞ。気張れよ、ナユキッ!』


 自分の欲望に素直で、それでも人を笑顔にする神様(仮)が居る。

 七末那雪は、一人ではない。


『菜奈姫の名の許に――其の欲望を、七末那雪の力とする!』


 今一度聴こえる、菜奈姫の祝詞。

 そして、もう一つ。



『お主の欲望を、我がために使うが良いっ!』



「――――っ!」


 いつか聞いた、しかしその時とは趣が異なる菜奈姫の激励を内から感じて。

 しがみつくのがやっとだった那雪の腕に、足に、全身に、そして心に。

 感じたことのない熱が、高揚が、意志が、欲望が湧いてくる。

 ――今なら、どんなことでも出来る。

 シンプルに、前を行く気持ちを持って。

 今は無表情でも、それでも仮面が割れて視界に捉えられている、桐生ライトニング……否、桐生信康という少年の顔を、しっかりと見据えて、



「好きだ、先輩っ!」



 想いを、口に出した。

 それは、菜奈姫の加護によって見えない力に変換され――那雪を覆うマントに、即座に吸収される。

 しかし、


「ずっと前から好きだったんだっ!」


 一度、外に出た想いは、那雪の中からどんどん溢れてくる。


「いつも緩やかなところも、メシ食って幸せそうなところも、カレッジセイバーの話で盛り上がって笑ってるところも、たまに有り難いこと言ってくれるところも!」


 その溢れてくる想いも、吸収されていくけど、


「一緒にいて、安心できる、そんなところもっ!」


 構わない。


「全部!」


 どんどん、吸収させる。


「ひっくるめてっ!」


 だって、それが、


「桐生信康が、好きだああああああっ!」


 ――七末那雪なりの、想いを伝えるってことだから。

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