第36話 迎える逆風
「ナナちゃん、加護をお願い。さっさと片を付けるよっ!」
『承知』
分断された対岸で、那雪と桐生ライトニングが対峙する様子を何とか視界から追い払いつつ。
桜花は、すぐそこに迫る北原ギガンティスと草壁デストロイに向き直る。
本当は今すぐにでも那雪の助太刀に行きたいが、この二体も、決して放置していい怪人ではない。横やりを入れられると面倒なことになるから、早急に片を付けなければ。
そんな思いで、桜花は、鉄砲を北原ギガンティスに向ける。
「――んっ」
発砲。一発、二発、三発と容赦無用の連射。
如何にもパワーキャラである見た目の通りに、標的の動きは鈍い。
頭に一発、胴に二発と命中して、北原ギガンティスはわずかに仰け反るのだが、
「……効いて、ない!?」
仰け反っただけで、その橙色の肌には傷一つ付いていない。
驚きと焦りに胸中がざわめきながら、もう一度発砲しようとするも、
「わ、わ、わ……!」
遅れてやってきた草壁デストロイがそうさせてくれない。
細剣の刺突が襲ってくるのに、桜花は慌てて地を蹴って、大きく距離を取る。那雪のように紙一重で避けてカウンターなどといった器用なことが出来ないので、どうしても動きが大味だ。
それをわかってか、草壁デストロイはしっかりとこちらに対応し、刺突の連続を繰り出してくる。
速さは桜花が上なのだが、どれだけ距離を離そうとしても刺突がギリギリで迫ってきて、どうしても動きが鈍る。
そこまで長い刀身というわけではないのに、細剣のリーチは思いの外に長い……否、これは、
「ピンポイントで、リーチが伸びている……!?」
刺突の切っ先が最もこちらに突き出される瞬間、細剣の刀身が一メートルほど伸びており、それが桜花の目測を狂わせている。
目の錯覚というわけでも何でもなく、ただただ純粋に伸びてくるのは……そうだ、那雪が設定した下級怪人、デストロイソルジャーには『武器の伸縮』の能力があった。
下級といえど馬鹿に出来ない、というコンセプトだったはずだ。
そして、今。
攻撃の度に、細剣の伸長距離は徐々に増えてきており、その一つ一つに、こちらに迫ってくる念のようなものが、微弱に伝わってくる。
その念を、言葉で表すならば――
「まさか、草壁先輩」
『オーカ、後ろじゃっ!』
とある可能性に思い至ろうとしたところで、桜花の頭の中で菜奈姫の声が響き、直後、殺気を感じる。
見ると、北原ギガンティスがいつの間にかぴったりと桜花の背後を取っており、両手に持った巨大な棍棒を大きく振りかぶっていた。
桜花は横に跳ぼうとするが、草壁デストロイの刺突に阻まれて、避けられない。
「――――!」
反射的に、手に持っていた鉄砲を盾に使う。
棍棒のインパクトの瞬間、猛烈な衝撃が桜花を襲い、
「んぁっ!」
盾にした鉄砲がいとも簡単に砕け散り、桜花自身も吹っ飛ばされた。
一瞬、飛びかけた意識をなんとか保って姿勢制御。足から着地して擦過するが、倒れる、というところまではいかなかった。
打撃された箇所の痛みは、ない。寸前に菜奈姫が加護を働かせてくれたらしい。
しかし、それでもじんわりと重みが残っていることから、
『ぬぅ……何度も喰らいたくない打撃じゃな。加護が間に合わなくなる』
「ごめん、ナナちゃん、気をつける」
『それと、草壁少年の内面に気を取られるな。ケジメは付けたはずじゃ』
「ん……」
どうやら、バレていたようだ。
もう一週間近くも文字通りずっと一緒にいるのだから、それも当然か。
「わかってるよ」
彼の気持ちを断り、なおかつ那雪に想いを伝えた今は、何をすべきかは明確。あちらに未練があるにしろ何にしろ、その未練はもう届かないってことを彼に伝えなければ。
なおも向かってくる草壁デストロイに、桜花は距離を取りながら、射撃で応戦する。
『オーカ、あの草壁少年の怪人の狙いは気付いておるな?』
「なんとなく」
一度の交戦で、あちらの戦術はもう読めていた。
草壁デストロイは細剣の伸縮機構と刺突の技術で桜花のスピードを抑制し、出来る限り特定の方向に避けさせている。
そして、その方向の行き着く先は――北原ギガンティスの棍棒の射程内だ。
草壁デストロイの刺突は単なる誘導にすぎず、その一撃こそが本命。
もちろん、誘導するためのものといっても、刺突も刺突で当たったら致命傷になり得る。それだけの剣筋が感じられる。
単純だが、効果的な戦術。
この形を成し得ているのは、ひとえに草壁デストロイの刺突の技術か、それとも――否、これ以上は考えるまい。
今、考えるべきは、どうやってそれを崩すか、だ。
「ナナちゃん、三十三ページと三十四ページの用意をお願い!」
『承知。一気にケリを付けようぞ』
菜奈姫の声を脳内に響かせつつ、桜花はイメージして再度手中に鉄砲を構成し、草壁デストロイに向けて牽制の三連射。草壁デストロイは射撃に怯みつつも、こちらへの刺突を止めない。
桜花、横や後ろに跳んで刺突からの回避を続け――北原ギガンティスの位置を把握。直後、
「よし……行くよ!」
刺突の合間を正確に見極め、草壁デストロイに背を向けて、北原ギガンティスに向かって走る。
それを見てか、北原ギガンティスは、慌てたかのようにカウンター気味の棍棒のスイングを放ってくるが、インパクトのタイミングは既に桜花の頭に入っている。
桜花はその場で跳躍してスイングを回避、なおかつ北原ギガンティスの肩に着地、その肩を足場にしてまたも跳躍し、その巨体を越えて背後を取る。
「ナナちゃん!」
『菜奈姫の名の許に、その記述を媒介にして、鈴木桜花の力とする!』
呼ぶと共に、祝詞が聴こえる。
左手にカミパッドを表示させ、カミパッドから飛び出した光の粒子を右の鉄砲の筒先で引っかけ、着地を待たないまま射撃体勢、照準、そして、
「炸裂轟弾という名の――エクスプロードフレアショットッ!」
発砲。先と違って菜奈姫が体内に居るので、反動はとても軽い。
射出された弾丸は、北原ギガンティスの背中の手前で炸裂する。
「グ、ゲェッ! ガゴゴゴゴ……ォ!」
発生する衝撃は、確実に北原ギガンティスの橙色の肌に浸透しているらしく、三メートルの巨人は苦悶の声を上げる。
先程のような通常射撃はダメージが通らないものの、やはり、必殺技はある程度通ってくれる。
そして、先の桐生ライトニングの時と同じで、炸裂轟弾の衝撃滞留の時間は長い。
その間に、攻撃を重ねれば……!
空中射撃から着地した桜花は、その滞留に向けて、今一度鉄砲を構える。
『菜奈姫の名の許に、その記述を媒介にして、鈴木桜花の力とする!』
その所作に呼応するかのように菜奈姫の祝詞が響くと共に、左手のカミパッドからは琥珀の粒子が発生し、その粒子は意志を持っているかのように鉄砲の筒口へ収まった。
装填、照準、すべてよし。
「旋風光子という名の、スパイラルエア――」
そのまま、発砲、という最後の行程が行われる、その前に、
「――!?」
照準していた北原ギガンティスの巨体の脇を掠めて、今までのものよりも更に長く伸びてきた草壁デストロイの細剣が、桜花の鉄砲の筒口を正確に穿った。
穿ったときには、鉄砲の引き金は既に絞られた後であり、結果、
「きゃっ……!?」
『オーカッ!?』
手元で鉄砲が暴発し、至近からの衝撃に、今度こそ桜花の意識は吹っ飛んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
一方、那雪は集中力が極限までに整っていた。
菜奈姫が体内に居ないので、先ほどのような無限に広がるような超感覚がないから、神速で動く桐生ライトニングの姿を視認するのは難しい。
だが、
「来るっ……!」
感覚の残滓はある。
蒼白のオーラを纏った神速の手刀も、そのタイミングをしっかり見極め、那雪は念動闘気を纏った手甲で捌くことができる。
衝撃は重い。上手く逸らさないと、一瞬で手の骨が砕けてしまいそうだ。だからどうしてもこちらの動きが鈍り、攻撃に行こうとしたときには桐生ライトニングに間合いを離されている。
桐生ライトニングのスタイルは、神速を生かしたヒット&アウェイ。
先ほどに見せた長大剣は、モーションが大きいためか、一定の近距離を保てば出してこないようだ。
そして、力を吸収するマントの防御については、
「――――」
今まで戦った中で一点、気づいたことがある。
マントの吸収が働く範囲は主に胴部分で、基本、三百六十度をカバーしているが、それは動きが止まっている時のみであり、神速で動いている時、もしくはこちらに仕掛けてくる時は。
――前面が広がって胴が露わになる。
だからこそひとつ、試せる手が、ある。
出来る出来ないについては、考えている暇はない。
「やって、見せる!」
そして、交錯の瞬間はやってくる。
桐生ライトニングの右の手刀に対して、
「はっ!」
那雪は、念動闘気を纏った己の蹴りをぶつけに行く。
「!」
手刀と蹴りがぶつかり合った衝撃による反発の力に弾き飛ばされ、桐生ライトニングと那雪はわずかによろめき、たたらを踏む。
体勢を直し、なおも桐生ライトニングが仕掛けてくるが、那雪は既にタイミングを見極めている。
「……せいっ!」
二度目は、一度目よりも上手く出来た。
やってきた手刀を、那雪は下から蹴り上げる。
この時に於いては、弾き飛ばされたのは桐生ライトニングのみだ。
さすがに驚いたのか、桐生ライトニングの神速にわずかな動きの鈍りが見える。その鈍りは、那雪にとっては大きな成果だった。
三度目の交錯は、桐生ライトニングが仕掛けようとする前に、那雪から動いていた。マントの前が開いた瞬間を見極め、懐に突っ込んで、
「おりゃあっ!」
桐生ライトニングの胸部に、掌打を叩き込んだ。
カウンター気味の一撃に、桐生ライトニングはたまらずよろめく。
力の吸収はない。当然だ。その力の働く範囲は既に熟知している。
このまま押し切る……!
菜奈姫が近くに居ないから、手帳の必殺技はできない。
だが、那雪には――正義の味方を目指すと決めた幼少の頃から磨きあげた、蹴り技の技術があり。
今このときに限っては、一度、菜奈姫を体に宿したときに体験した超感覚の名残が、その技術を更なる高みに昇華させてくれる。
「踏み蹴り!」
甲冑の足甲を思い切り踏み抜くことで、桐生ライトニングの動きを止める。
「前蹴り!」
更に、下腹部。
「中蹴り!」
胸部と、急所への二連撃で、怪人の膝を折らせ、
「蹴り上げ!」
ちょうど良い高さに来た甲冑の仮面の顎を、蹴り上げる。
後方によろめきながらも、桐生ライトニングはまだ倒れない。
それをわかっているからこそ、那雪も追い打ちをやめない。
「――――」
柔らかに膝に力を込め、そのバネを使って、跳ぶ。
空中で、縦の前方一回転の遠心力を加え、顎の上がった仮面の眉間への、
「踵、落としぃっ!」
念動闘気を一点集中させ、渾身の一撃を見舞う。
綺麗な手応えを踵に残しながら、那雪は蹴り足を足場に前へ跳んで着地すると共に、
「直蹴五段というの名のジョーカークインティプル。――おまえは死ぬ」
反射的に呟き振り向くと、桐生ライトニングが倒れるまでは行かずとも、地に膝をついたのが見えた。
効いている。確実に。
だが、まだ終わりではない。
地に膝をついたとはいえ怪人のプレッシャーはまだまだ健在だし、これくらいで終わる相手ではないというのは最初から知っている。
事実、桐生ライトニングが膝をつく時間はほんの数秒。
わずかによろめきながらも立ち上がり、こちらに向き直ろうとしている。
だからこそ、
「トドメ、行くぜっ!」
那雪が、駆けようとした、その直後、
「――――」
こちらに向き直った桐生ライトニングの、仮面の眉間の部分――先程、直蹴五段の締めの踵落としを決めた箇所に縦の亀裂が走り、ガラスの砕けるような音と共に仮面が真っ二つに割れ落ちた。
「な……!?」
はたして、仮面の中から出てきたのは――いつも見慣れた桐生信康の顔であった。
ツンツンの短髪、高校生の男子としては少々彫りの深い老け顔、そしていつも緩やかな雰囲気を放っている糸目、一切合切。
その顔を見て、ほぼ反射的に、那雪の動きは止まる。
今、目の前の相手は桐生信康ではなく、桐生ライトニングだとわかっていても。
止まって、しまう。
「あ――」
気がつけば。
桐生信康の顔をした桐生ライトニングは、蒼白のオーラを纏った両の手を挙げて、高さ十メートル超の光の長大剣を形成させており。
こちらの頭上に、振りおろしていた。
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