第35話 蒼白の脅威
『あああああもうっ! まったく! まったく! お主は何故にそこまで壊したがるんじゃっ! あれほど壊すなって言ったじゃろうが! あの社、かなり高価なんじゃぞ!』
「だから悪いって言ってんだろ。それに、そういうこと気にして戦える状況じゃないだろがっ!」
頭の中から聴こえてくる菜奈姫の喚き声に応えながら、那雪は、爆発の生じた埃と煙で見えない前方を警戒する。
さすがにダメージが大きかったのか、桐生ライトニングはまだ姿を現さない。
追い打ちをかけたいところだが、先ほどの必殺技の後、足の動きが若干鈍くなっている。これも、桐生ライトニングに力を吸収されてしまったのが原因なのだが……以前ほどには、症状が酷くない。
今、体内にいる菜奈姫が加護を施すことで、すぐに万全になるだろう。
『……まあ、ともかく、お主の睨んだとおりじゃったな』
「だろ? これが空振りだったら、ほとんど絶望的だったけどよ」
『しかし、限られた時間で、手立てがこれしか見つからなかったのも事実じゃ。――よくぞ気付いた』
「へ、おめーに褒められるってのも悪い気はしねーぜ」
満足げに笑いながら、那雪は、先刻のことを思い出す。
先刻の昼間。
桐生ライトニングの対策を練る中で、固有の能力である吸収の力のカラクリに、那雪が気付いたことがあった。
気付いたのは、菜奈姫に見せてもらった町のエネルギー推移表から。
「そういや、町の加護の減っていくのはわかったけど、なんで、一瞬でなくならないんだ?」
「町一つ分の加護じゃぞ。時間がかかるのも当然じゃろうが」
「でも、私の力が吸収されたのは本当に一瞬だったぜ?」
「阿呆か。体格も胸部もチンクシャなお主を考えれば、規模が違いすぎて――」
「胸部は関係ねーだろっ! ……そうじゃなくてだな」
言って、菜奈姫が展開してるカミパッドを指二本で広げるようにスライドすると、モニターのグラフが拡大される。……この辺は市販のタッチパネルと変わらないのか、と驚きつつも。
「やっぱりそうだ。これ、微妙に階段式になってねえ?」
「む……確かにそうじゃが、何が言いたい」
「一度に吸収できる量に限界があるってことだよ。一定量を吸収して、いったん止まって、また一定量を吸収する繰り返しだ」
言われて、菜奈姫はもう一度カミパッドのモニターにある推移表を見つめ、拡大と縮小の操作を二、三繰り返してから、『ふむ』と息を吐いた。
「つまり、その一定量を超える力を一瞬でぶつければ、ダメージを通せると?」
「やってみる価値はあると思うぜ」
そして、その着眼は的中した。
ただ、単純に大きな力をぶつけると言っても一人分の力では無理なので、先ほどのように、桜花の攻撃に自分のものを重ねるという連携が必要とされるが、それも上手く行った。
となると、あとは、この連携をいくつ重ねられるかだ。
「桜花、大丈夫か?」
「いたたたた……」
鈍くなっていた足の感覚が元に戻り、次いで、那雪は未だに尻餅を着いたままの桜花を助け起こしにいく。
桐生ライトニングとのスピード戦の影響か、熱量負担が大きいらしい。特に足が小刻みに震えており、立ち上がるのもやっとのようだ。
「桜花、いったんナナキをそっちに移すぞ」
「だ、大丈夫だよ。これくらい」
「いや、ちゃんと万全にしとけ。私にはまだまだ桜花が必要だし、これから先もずっと、桜花が居ないとダメなんだ」
「…………ゆっきー、それ、ある意味すごいこと言ってるからね」
顔を背けてぷるぷる震えつつも、こちらに右の手をかざしてくる。
何故桜花がこうなっているのかはわからないが、納得はしてくれたらしい。
「よし、ナナキ」
『…………ふん』
「おい、おまえはおまえで何で不貞腐れてんだよ」
『知らぬ。まったく、こんな時でもイチャイチャしおって……』
そして、何故か自分の中にいる神様(仮)の不機嫌モードについても不可解だったが、ややあって、那雪の左手にカミパッドが浮かんだ。
『菜奈姫の名の許に、我が全霊を鈴木桜花に委ねるものとする』
祝詞が聴こえたので、那雪は桜花がかざした右手に己の左手を重ねると、重なった手からわずかな重みが抜けるような感覚を得る。
「っと、おかえりナナちゃん。……あ、なんだか心から癒されてる声だね」
「……何を言ってるのか、だいたい予想できるな、おい」
那雪の中にいた菜奈姫が、桜花の中へと移ったのだ。
今の手を重ねる一連は、その転移の合図である。
必要に応じて身体を行き来し、那雪にも桜花にも体内加護を施せるようにと、菜奈姫が即興で作り出した術式だ。
本当に怪人じみてきたよなー、こいつ、などと思いつつ。
桜花の足に十字マークアイコンが浮かぶのを確認してから、那雪は一息。
自分が万全になった今、桐生ライトニングの状態を確認したいのだが、相手はまだ煙の向こうから出てこない。
プレッシャーはあるから、さっきので倒したとは到底思えず、下手に突っ込めずに追い打ちをかけられないのだが、それにしても、出てくるのが遅いような――
「……ん?」
と、そこで、警戒を向ける方角とは別の方、社の広場の入り口あたりから発生する人の気配を感じて、那雪は視線を向ける。
そこには、人影が二つ、こちらへと歩いてきているところだ。
「な……」
身長百七十センチのガッシリ体型、大味ながらも美人ともいえる少女。
小柄な体躯ながらも、さらさらのマッシュルームカットが特徴の、イケメン少年。
「北原?」
「それと、草壁先輩」
北原加織。那雪とは知り合い――というか、一方的に因縁を付けてくる不良少女であり、手帳の怪人に巻き込まれた者として一度撃破したことがある。
そして、草壁と呼ばれた少年――草壁尚樹は、元はマタンゴグレートの少年であり、桜花に撃破されたと話に聞いている。
そういえば、桜花が初変身したという場に居たような気がする。桜花との関係が何かと噂になっていた件について実はまだ聞かされていないが、この場に於いては些末なことだ。
この二人が一様に、虚ろに輝く紫の眼で、こちらを見ているということは――
「まさか……!」
「ええ、そのまさかです。ナオキは元よりわたしの協力者ですが、カオリの方は少々無理に拉致させていただきました」
胸の中で渦巻く嫌な予感を見透かしたかのように、上空から、菜奈芽が鷹揚と声をかけてきた。彼女の手元には、紫に輝く鬼火が二つ。
「菜奈芽の名の許に、その記述を彼の者達の力としますっ!」
その鬼火を、柏手を打つことで解き放ち、
「ふ、フフフ、出し惜しみなしで行きますよ」
下の二人に吸着させる。
すると、二人ともそれぞれ全身が紫の膜に包まれ、膜は膨張して殻となり、それを中から破って――異形への変貌を遂げる。
北原加織は、大きな棍棒を持った、丸体型ながらも力感のある、全長三メートルの橙色の巨大鬼に。
草壁尚樹は、細剣と盾を構える、緑のマスクと皮の鎧姿の身軽な怪人剣士に。
「ギガンティスマウンテンと、デストロイソルジャーか!」
「ブフッ!」
出現した怪人の名前を想起して口に出す那雪に、上空の菜奈芽が吹き出した。
「確か、そ、そういう名前でしたね、これ……。最初に内容を改めたとき、わたしも大いに仰け反ったものですが……しっかり憶えてるあなたも相当なものです。いやはや、そのセンスには……ぐっ……脱帽で……ふ、フフ……!」
「う、うるせーっ!」
「ゆっきー、ナナちゃんがわたしの中で爆笑を堪えてるみたい」
「おまえらあああああぁっ!?」
非常時だというのに、叫ばずにいられなかった。
ここまでとなると、この神様達、本当は那雪の過ちを馬鹿にするために存在しているのではなかろうか、などと思ってしまう。
「……まあ、神様に大好評な感性はともかく、あなたの大いなる欲望はこれで全てのようですね。――そして」
再度、怪人となった北原加織と草壁尚樹――もとい、北原ギガンティスと草壁デストロイの、別方向。
「……先輩」
ズタズタになった社から立ち上る煙と埃の向こうから、二メートル超の甲冑の怪人、桐生ライトニングが、ゆらりと姿を現した。
まるで、先ほど受けた必殺技のダメージが残ってないかのように、メタリックブルーの甲冑は色鮮やかな見た目のままであり、歩む足取りにもまるで揺らぎは見られない。
しかも、甲冑の両の手甲には、蒼白のオーラが漂っている。
……あの光は。
自分が設定した、ライトニングソニックメヴィウスナイトの――
「まずいっ!」
「な……わわっ!?」
すぐさま、傍らにいた桜花を思い切り突き飛ばして、自分も横に跳躍する。
直後、桐生ライトニングが頭上に両の手を挙げながら組むと、両の手甲にあった蒼白のオーラもまた組み合わさり――軽く見積もっても長さ十メートルを超える長大剣となって実像化した。
「――――――――!」
振り降ろされた長大剣は、その長さの分だけ地面を真っ二つに両断する。
「な……な……なっ!?」
両断された地面は底が見えない溝を作り、その溝は徐々に広さを増していき――那雪と、突き飛ばされて尻餅を着いている桜花とを分断していく。
その時点で、那雪は『桜花を突き飛ばす』という反射的に取った選択を失態と悟った。
「桜花っ!」
今から跳び移れば、まだ分断されなくて済む。
そう思って、那雪は駆け出そうとするが――
「……っ!」
蒼白のオーラを両の手にしながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる桐生ライトニングの存在が、抑止力となった。
おそらく――目を離すだけで、あの長大剣に真っ二つにされる。
「くっ……!」
そして、対岸の桜花も、それが出来ないでいた。
残されていた北原ギガンティスと草壁デストロイが、桜花に迫っているからだ。
思わぬ形で、連携を断たれることになった。
先の通り、桜花や菜奈姫との連携があって初めて、桐生ライトニングにダメージを通すことが可能だというのに。
何より、さっきは菜奈姫が那雪の体内に居たことでギリギリ渡り合えていたが、この一対一の状況では、勝算は極めて薄い。
何より、まだ戦いに慣れていない桜花を、一人にしておくのも――
「ゆっきー!」
と、那雪の胸中が焦燥で埋め尽くされようとしたところで、対岸で、桜花が大声で自分の名を呼んできた。
大声であるのだが。
その声音が、日常でしているものとあまり変わらない軽快さを纏っているのに、那雪は一瞬きょとんとなった。
「ちょーっと待っててねー。すぐにこっち片づけるからっ」
「な……」
「絶対に、ゆっきーのことを守りに行くからっ」
そう言って、鉄砲を手に、怪人二体との相対を始める桜花。
その背中は、昔から自分がずっと守り続けていたものとはかけ離れた頼もしさに溢れており、
「……はは」
その頼もしさもまた、那雪は守りたいと思えた。
「――桜花、おまえには悪いが、私がこっち片づけるが先だぜ」
構えを取る。
相手は、昨日、自分を圧倒した桐生ライトニングで……あの長大剣を出してきたということは、那雪の設定の限りでは、昨日や先ほどの交戦時とはレベルが比べものにならない本気モード。
言わば、自分で設定した最高潮状態。
単騎で相手をするには、勝機は限りなくゼロに近い。
でも。
「待ってろ桜花」
那雪と桜花、何が何でもお互いのことを守るという、二人の間で築いた約束を果たすために。
そして、
「――行くぜ、先輩!」
長年とは言わずとも。
ずっと思っていた、自分のやりたいことのために。
那雪は、地を蹴り出していく。
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