第34話 開戦
「何度来ても無駄なことです! さあお行きなさい、大いなる欲望の象徴よっ!」
上空に居る菜奈芽が命じると共に、社の前で仁王立ちしていた桐生ライトニングは、腕組みを解いて、ゆっくりと起動する。
最初は重機のように重々しく、刹那の後に、
「――――」
雷光の如き神速で、こちらに迫ってくる。
『行くぞ、チンクシャ!』
「……っ!」
瞬間、菜奈姫の声が聴こえて、那雪の全感覚が無限に広がった気がした。
見え、る……!
繰り出される手刀を、那雪は横に跳んで回避する。それが出来たことに自分で驚きながらも、これくらい当然と、頭の中のスイッチを切り替える。
そう、今、自分の中には――小憎たらしくて、傲慢で、いつも自分を嘲笑するけど、絶対的に信頼できる神様(仮)が居る。
「ナナキ、足にも加護を頼むぜ!」
『承知。疲労回復、熱量排気も任せよ』
次いで、那雪は地を蹴り出す。
外からではなく体内から得る菜奈姫の加護により、今まで出していたものよりも二段階ほど跳ね上がった速度は、先ほど横を通り過ぎた桐生ライトニングの神速にはわずかに追いつけない。
だが、匹敵できるだけで充分だ。
桐生ライトニングがこちらに切り返そうとするタイミングで、那雪は跳躍。
顔面に、速度の乗った跳び蹴りを見舞う。
「……!」
回避不能とみて、腕を交差して蹴りを受ける桐生ライトニング。インパクトの衝撃で少々後退するも、決定的なダメージはない。
すぐさま、相手がこちらを弾き飛ばそうとするも、那雪は桐生ライトニングの腕を足場にして小さく跳ぶ。後方一回転で膝から着地、さらには身を横回転させて桐生ライトニングに足払いをかける。
対する桐生ライトニングも跳ぶ。足払いが空を切る。
その跳躍の勢いで振り降ろしの手刀を落としてくるのに、那雪は手甲で受けようとするが、
「わ……っ!」
翻る甲冑のマントがこちらに触れようとしてきたのが見えて、慌てて身を引いた。
手刀もマントも何とか避けるが、無理な体勢での回避だったためか、身体のバランスが崩れそうになる。
その隙を見逃す桐生ライトニングではない。
一足飛びでこちらに距離を詰め、手刀を浴びせようとする、矢先、
「!?」
何処からか飛来した琥珀色の弾丸が、怪人の側頭部に直撃した、
桐生ライトニングはグラリとよろめき、たたらを踏む。
その一連は、那雪が体勢を立て直して距離を開かせるのと、次のアクションを起こさせるのに十分な時間を稼いだ。
「ナナキ、六ページっ!」
『承知。菜奈姫の名の許に、其の記述を触媒として七末那雪の力とする!』
菜奈姫の祝詞が頭の中で響く中、那雪は自分の右手にイメージを集中して、カミパッドを現出させる。
直後、そのモニター画面から、琥珀色の光の粒がこぼれ出た。
――菜奈姫の人格を表に出さず、なおかつ手帳をカミパッドに収めたままでの、必殺技の実現。
先刻、桐生ライトニング戦の対策を練っている最中で、あいつは『出来るようにした』と言っていたが、本当にやってのけるとは。
「強襲剛射という名の、アサルトシューターディスタンス!」
自分の中に居る仮襲名の神様に素直な感心と畏敬を抱くのと、その光の粒を前に蹴り出すのは同時。
蹴り足のインパクトの瞬間、射出された光の球は、高速で、寸分違わず真っ直ぐに桐生ライトニングに飛翔する。
しかし、
「――――!」
怪人の纏う甲冑のマントが翻った瞬間、光球は、ジュッと短い音を立てて、掻き消え……否、取り込まれた。
――桐生ライトニングが固有する能力、吸収の力が働いたのだ。
「く……っ!」
『……やはりか』
目の前で生まれた結果に、那雪が小さく呻き、菜奈姫が頭の奥で低く呟くも。
相手の能力は、予測していた通りのものだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「やっぱり、あのマントがネックみたいだね……」
その様子を、鈴木桜花は遠目から見ていた。
那雪と同じく、ダークグレーと桜色の装甲線のボディスーツを身に纏ったシュバルツブロッサムの姿であり、木の枝の上で、しゃがみ撃ちの体勢で鉄砲を構えている。
今、桜花は、菜奈神様の社のある広場から外れて、自然の林の中に身を潜めつつ、必要なタイミングで、桐生ライトニングに射撃を行う役だ。
以前、桜花が願ったような、那雪の横で戦うという立ち位置ではないのが歯がゆいが……この戦いに於いては必要な役割と思って、桜花が自ら志願したのだ。
それに、
『守ってくれよ、私のこと。私も、桜花のこと絶対に守るから』
二手に分かれる前、那雪は、そのように言ってくれた。
しっかり頼ってくれている、とわかっただけで充分だ。
「さて……」
溢れる高揚を胸に、桜花は、桐生ライトニングの特徴を改めて分析する。
あの雷光のようなスピードはもはや言うまでもない。
攻撃手段は、今のところ手刀のみのようだが、他にもまだあるかもしれない。そんな雰囲気がある。
そして、もっとも懸念されている『吸収』の力は……菜奈姫の見立ての通り、あのマントから働いているようだ。腕部分への那雪の蹴りも、頭への桜花の射撃も通った今の一連で、確信できた。
那雪も、もはやそれをわかっているのだろう。
中に居る菜奈姫の加護と、元より那雪の持っている反応速度と蹴りの技術で、桐生ライトニングの手刀を捌き、翻るマントも余裕を持って避けつつ、手や足などと言った局所に的確にこちらの攻撃を当てていく。
ただ、当てるだけでは、決定打にはならない。
だからこそ、
「んっ!」
交戦の合間、展開されているスピードが止まる一瞬を見極め、桜花は射撃する。
射出される琥珀の弾丸は、桐生ライトニングの甲冑の足首を穿ち、二メートルの巨体のバランスを崩させた。
そのタイミングを既にわかっていたのか、那雪は跳ぶ。
「せ……リャ――――――ッ!」
遠くからでもこちらに届いてくる気迫と共に、鞭のようにしなる跳躍回し蹴りが、桐生ライトニングの首筋を捉えた。
「――――!」
これは、ダメージが通ったようだ。
桐生ライトニングはたまらず横によろめくも、しかし、倒れない。地を滑りながらも足を踏ん張らせ、体勢を保とうとするが、そこで、
「まだっ!」
桜花は射撃する。狙いは頭――命中!
こんなにも上手く当たるのも驚きだが、同時に、当たって当然という確信もある。本当に、何となく。
「よっしゃあっ!」
畳みかけるかのように、那雪は走る。
避けられないとわかっているのか、防御を行おうとする桐生ライトニング。
「んっ!」
その挙動を妨げるように、桜花は今一度射撃する、が。
――射出された弾丸を、桐生ライトニングは手でキャッチした。
「!?」
その動きに驚いたのか、那雪の追撃に、若干の鈍りが見える。
鈍りがあるからには、桐生ライトニングはそれを受けることなく易々と避け、しかし、那雪に反撃を行うことはせず――
「……!」
桜花の方へと、甲冑兜の視線を向けてきた。
こちらの位置がバレた。予定より早い。
一撃一撃、移動しながら撃つべきだった、と後悔しても、もう遅い。
恐るべきスピードで、桐生ライトニングはこちらへ向かってくる。
「ぃ……っ!」
その圧倒的なプレッシャーに、一瞬、桜花は恐怖で足が竦んだ。
しかし、直後に、
『守ってくれよ』
先刻、愛する人がかけてくれた言葉を、その場で想起し、
「わたしが……守るっ!」
プレッシャーを退け、足に活力を取り戻させた。
跳ぶ。
「ふ、わっと!」
その刹那の後に、桐生ライトニングの手刀が通り過ぎ、足場にしていた木の枝が真っ二つになったのが見なくてもわかった。
回避されるも切り返して、桐生ライトニングがこちらに迫るが――桜花の発揮するスピードはその追随を許さない。
シュバルツブロッサムはスピードと射撃に重きを置いた設定のヒーロー。パワーは大きく劣るが、スピードだけならば、桐生ライトニングと互角以上に展開できる。
「つっ……!」
菜奈姫が体内に居ないので、熱量の排気が上手くいかずに足に痛みが走るのがわかるが、そこは歯を噛んで耐える。
これくらい、いつも那雪が向き合っている危険に比べれば……何より、初めて守ってくれたあの時、幼かった那雪が負っていた傷を思えば、なんてことはない。
追いすがる桐生ライトニングに牽制射撃を入れつつ、桜花は木々の間を駆け、さらに枝という枝を跳躍で渡り、林を抜けて社の広場に出る。
その、開けた視界、距離が遠く離れた先には――
「ゆっきー」
右手に浮かべたカミパッドから、琥珀の粒子を現出させている那雪が居た。
「桜花っ!」
そしてその粒子は、真っ直ぐに伸張していき、桜花――ではなく、後ろにいる桐生ライトニングとを繋ぐ道となる。
「……うんっ!」
何をしようとしているのか、すぐにわかった。
桜花は更にスピードをアップ。
それを見た那雪が、左手にもカミパッドを浮かべて、桜花に向けてスイングすると、そのカミパッドからも琥珀の粒子が現れた。
投じられた琥珀の粒子が弧を描いてこちらに向かってくるのを、桜花は、手に持つ鉄砲の筒口で受け止める。
『菜奈姫の名の許に、その記述を媒介にして――鈴木桜花の力とする!』
鉄砲に装填された光からは、菜奈姫の祝詞が聴こえたような気がした。
「んっ……!」
すぐさま、振り向き様に鉄砲を構え、間近に迫る桐生ライトニングに照準。
そして、思い浮かべるのは。
決戦前、桜花のために、まだ残っていた手帳の空白のページに那雪が書き足した、シュバルツブロッサム固有の必殺技。
「炸裂轟弾という名の……エクスプロードフレアショットッ!」
イメージのままに、発砲。
今までの射撃とは比べものにならないほどの反動が襲いかかってきて、桜花は耐えきれずに吹っ飛んで、体勢を保てずに尻餅を着く。
しかし、射出された弾丸は、すぐそこにいた桐生ライトニングの胴の真ん中へと飛翔し、インパクトの直前で、その名の通りの炸裂を起こした。
「っ!」
発生する衝撃が桐生ライトニングに襲いかかろうとするも、直前に、例のマントが胴を守る。吸収の力が働き、その爆発の衝撃がマントに吸い込まれ始めるが。
先刻に比べて、その吸収に時間がかかっているように見えた。
「上手く、行った……!」
思わず、桜花の口から呟きがついて出るのと、
「滑空舞空という名の、カタパルトエアバーストオオォォ――ッ!」
絶叫を共にした那雪の水平跳躍蹴りが、桜花の横を通り過ぎるのは同時。
桐生ライトニングと繋がれていた琥珀色の道を滑り、那雪の必殺技が、炸裂轟弾の衝撃が滞留している箇所に正確に穿つ。
またも吸収の力が働くが、その力が全て発揮されるよりも前に――衝撃は、桐生ライトニングを貫いた。
「――――!」
声にならない音のようなものを上げ、桐生ライトニングは吹き飛び、その先にあった菜奈神様の社に激突、後に爆発を起こす。
直後、何故か『ああああああああっ!?』という悲鳴が、桜花の耳に聴こえたような気がした。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「……見事な連携です。認識を改めないといけないようですね」
上空から戦況を見下ろしながら、菜奈芽は一人呻いた。
七末那雪の動きが、昨日見たときのものよりも大幅に違う。
彼女と同化している菜奈姫のサポートもあるのだろうが、それ以上に、どこか吹っ切れているようにも感じる。動きに迷いというものがない。
途中から割って入ってきた鈴木桜花も、戦い慣れていないとはいえ、持ち前のスピードを存分に発揮しており、なおかつ、那雪との息がピッタリ合っている。
二人とも、意志と欲望をもって、この戦いに臨んでいるのだ。
さすがにこのコンビが相手となると、大いなる欲望の核といえど手に余る。
「ですが、こちらにもカードは残っています」
我が手の中にある鬼火は、二つ。
その二つの輝きに呼応するかのように、林の中で控えていた二つの人影が、ゆったりと動き始めた。
「行きますよ――カオリ、ナオキッ!」
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