第30話 守りたいって気持ち
「まったく。確かに我はオーカの想いの後押しをしてはいたが、そこまでしろとは言っておらぬぞ、まったく、まったく……!」
説教が終わった後も、菜奈姫はぷりぷり怒ったままだ。
いい加減足も痺れてきたので、那雪は胡座、桜花も正座を崩した女の子座りで、仁王立ちする神様(仮)を見上げる形になっている。
「悪かったよナナキ。この通り」
「やかましいチンクシャ。今、我は猛烈に機嫌が悪い」
手を床に付いて頭を下げても、菜奈姫に取り付く島はない。
「ナナちゃん、わたしからもお願い。機嫌治して。ね?」
「……まあ、オーカの頼みならば仕方あるまい」
あっさりと取り付く島があった。
「おい、なんだ今の対応の差」
「知らぬ。さて、さっさと話を進めねばな」
「コノヤロウ……」
結構と言わずかなり腹が立ったのだが、ここは抑えておいた。
菜奈姫の言うとおり、さっさと話を進めないといけない、と言う点については那雪も思うところではある。
「まずは、この画面じゃ」
手元のカミパッドを操作しつつ、こちらに向き合う形で床に座った菜奈姫が、モニターをこちらに見せてくる。
その画面内には、
「――――!」
あの、那雪を圧倒した甲冑の怪人――桐生信康が変貌した異形が映っていたのに、那雪は思わず息を呑んだ。
同時に、彼のことを巻き込んでしまったという事実を再認識して、悔恨が那雪の胸中に押し寄せてくるのだが……何とか抑えて、そのカミパッドの映像を見つめる。
映っている場所でいえば、菜奈神様の社の広場なのだが、甲冑の怪人は、その社の前で腕組みをしたまま動かない。
まるで、社を守る石像のようだ。
「……これ、何をしているんだ?」
「わからぬ。だが、あの甲冑の怪人が我の詰め所前に居座り始めてから、少々まずいことになっておる」
「まずい?」
オウム返しで問うと菜奈姫は頷き、カミパッドの画面をスライドさせて、表示を切り替える。
次に映ったのは、折れ線グラフであった。
菜奈姫が人の願いを叶えて徳を得たときの棒グラフとはデザインが異なっており、表題には『OZUーTOWN ENERGEY TRANSITION TABLE』とある。
「緒頭町の……転位? つくえ?」
「チンクシャ。お主、もしかしなくとも馬鹿じゃろ」
「なっ……!」
「何故にこの場面で転位とか机とか、そう言う単語が出てくるのじゃ」
「ぐ……ぬぬぬ……!」
ぐうの音も出なかった。
「緒頭町エネルギー推移表」
那雪が歯噛みする傍ら、桜花が表題を言い当てていた。
『TRANSITION』は推移で、『TABLE』については『机』ではなく『表』という意味だったらしい。那雪はすごく恥ずかしくなった。
「というか、なんで日本の神様が英語使ってるんだよ……」
「支部長曰く、英語が喋れないとまずい時代がくると、やたら推してきてのう」
「まずいってなんだよ」
「まあ、色々影響されやすい人じゃから、ものの数ヶ月で飽きてそうじゃが」
「大丈夫か、その支部長」
なんだかここ一週間で、神様という名のありがたみが薄れていくのを感じて、那雪は何とも言えない気分になった。
「話を戻すぞ。これは題のまんまで、我々の住まう緒頭町の、活力、運気、景気、加護の数値が、この先どうなっていくのかを示しておる」
「え、町のエネルギーって、数値で管理されてるもんなの?」
「他にも、地区ごとのエネルギー日計表や順位表、季節ごとの二期間表などを示した一覧があるんじゃが……まあ、それはともかくとして、じゃ」
「だから、なんでそんな営業管理的なんだよ」
ツッコミどころ満載ではあるのだが、もはや面倒くさいし話も進まないしで、那雪は肩を竦めながら例の推移表に視線を戻す。
折れ線グラフの値は赤、青、緑、黄色の四種類に色が分かれており、そのどれもが、途中まで緩やかに一定値を保っていたのだが……ある時期を境に、黄色のエネルギー値が下降の一途を辿っていた。
極端に下がっているわけではないが、一定の間隔で減少していき、値がゼロに達した時、他の色のエネルギーも急激に下降を始めるようになっていた。これらも、行き着く先はゼロだ。
「おい、これって……エネルギーがなくなったってことか?」
「否、あくまで推移じゃから、まだそうなっておらん」
「……逆に言えば、いずれそうなるってことだよね」
「然り。活力、運気、景気、加護の四つのエネルギーのうち――加護が減り始めておる段階じゃな」
折れ線グラフの、黄色のエネルギーを菜奈姫は指さす。
「加護は、町の欠損を修復する役目を持っておる。活力や運気、景気の補填も担っておるから、とても、とーっても大事なんじゃ」
やたら強調してあるあたり、大事であるらしい。
欠損の修復といえば、最近の、手帳の怪人の騒動の後、菜奈姫が行っていた作業の一連のことか。
そして、他のエネルギーというのは……ネーミングからして、何となくわかる。それらも数値で管理されているというのも驚きだが。
で、それらを補填する加護が、なくなろうとしているということは――
「町が壊れても、直らないってこと?」
「うむ」
「つまり、町の大ピンチじゃねーかっ!」
「だから言っておるじゃろう。まずいことになっている、と」
カミパッドの画面をスライドして、元の甲冑の怪人の画面に戻る。
画面の中の怪人は、相変わらず腕組みをしたまま動かない。
この通り、町中で暴れ回っていないのだから、菜奈姫が町の修復に力を使っているわけでもないと言うのに……これは一体?
「支部長の見解では、この怪人は町の加護を吸収しているとのことじゃ」
「吸収」
「我もその説は正しいと思うておる。例の怪人がチンクシャと闘っていた時、チンクシャの力の陽炎が怪人の中へと流れていく場面が多々見られた」
「……じゃあ、いきなり私の足や手の感覚がなくなったのも」
「おそらく、接触の際に力を吸い取られたのじゃろう」
まさか、そういうカラクリがあったとは。
ただ――あの怪人には、力の吸収という設定を施した記憶はない。
なんと言っても、
「こいつは確か、ライトニングソニックメビウスナイトだったはずだぜ」
「は? らいとにんぐ……なに?」
「だから、ライトニングソニックメビウスナイトだ。その名の通り、迅雷のような速度に特化した上級怪人である傍ら、音速の騎士との異名も取る。目にも映らぬスピードと、ダイヤモンドをも一刀の元に斬り伏せる剣で……その気になれば、町一つだって、真っ二つに……」
思わず想起した設定をつらづらと呟いていくうちに、やはりというべきか、どんどん恥ずかしくなってきた。
あの怪人は言わば、那雪が結構力を入れて作り上げた怪人だったはずだ。
目にも映らぬだの、ダイヤモンドだの、わりと無茶な設定を平気で付けたりもしているし、デザインも今までの怪人のような歪なものではなく、シュバルツスノウみたいなカッコよさ重視にしたつもりである。
「ふむ、聞いている限りでは……ぷ……そのライトニングとやらに……く……この町のエネルギーを……は……どうにかできそうな要素はなさそうなのじゃが……ぶふっ……」
菜奈姫はあくまでシリアスな雰囲気を保ちたいらしいが、我慢の限界を所々で流出させているようで、ほとんど涙目であった。
「うーむ、確かにあのライトニングソニックメビウスナイトは凝りに凝っていたから、詳細には憶えきれなかったんだよね……ゆっきーマニアを語るには、わたしもまだまだだよ……」
桜花は桜花で、深刻な面持ちであった。ただし違う方向で。
「いや、笑いたけりゃ笑えよ。力入れすぎたって、自覚してっから」
「だ、大丈夫、大丈夫じゃから……かはっ……」
「ナナキ、中途半端に我慢されるのは一番キツいからな?」
「ゆっきー、必ず信さんを取り戻そうねっ。わたし、頑張るよ」
「桜花、決意を新たにするのはいいけど、なんだか間違ったベクトルを感じるからな?」
……本当に、どうにかならないものか、こいつら。
那雪は内心頭を抱えたくなるが、それはそれとして。
詳細を改めて思い出してみても、やはり、『吸収』という設定を付けた記憶がなかった。一体どこから来たものなのか……。
「まあ、設定のアレコレは後で考えるとして。我が大変と言ったのは、ここからが本題じゃ」
と、抱腹絶倒になりかけてた菜奈姫がなんとか復帰して、那雪の思考を打ち切らせる。
「先述の通り、町の加護が無くなるのは非常にまずい。しかし、おそらく生半可な戦力では通用しないと見られておるためか、支部長も、早急に対応を考えてくれているのじゃが……」
「? なのだが?」
「事態が深刻になるようであれば、上層部が強硬措置を取る構えもある、と」
「……強硬措置」
その四文字を聞いた途端、ざわっと嫌な予感が那雪の身体を突き抜けた。
桜花も同様なのだろう、顔を青ざめさせて口元を押さえている。
「まあ……お主の察している通りじゃな。町のみならず世界のバランスを揺るがすイレギュラーは、例え町の人の子と言えど、排除もやむを得ぬと」
そして、菜奈姫はその嫌な予感をあっさりと肯定した。
直後、急速に、那雪の身体中の血液は頭へと上り詰めた。
「ナナキッ!」
「お主の言いたいことはわかる」
「わかってねえっ! 排除だとか、おまえ、それが神様のすることかっ!?」
「町の加護が失われれば、町のみならず近辺にも連鎖して、多くの災いが降りかかる。合理的と言えば合理的な手じゃな」
「それでも、人一人犠牲を出すなんてあり得ないだろうがっ! おまえは何でそんなに冷静なんだよっ!」
「冷静なわけがあるかっ!」
詰め寄ろうとするより先に菜奈姫が発した一喝に、那雪は肩を震わせる。
「合理的とは言ったが、我がその手法に納得がいっているとでも思うたか、このたわけめっ! 排除じゃと? ふざけるなっ! なにが『この件はこちらに任せておけ』じゃっ! なーにが『おまえはいつも通りの業務に戻れ』じゃっ! 臭い物に蓋をして、人の子の犠牲の上で成り立つ神の座などまっぴら御免じゃ、バーカ! バーカ!」
途中から那雪に向けてでなく、見知らぬ誰かに向けて罵声をぶちまける菜奈姫に、那雪は怒りを忘れてポカンとなる。
桜花も桜花で『おお……』と目を丸くして、わずかに引いていた。
「……失礼した」
おそらくずっと溜めていたのであろうストレスを吐き出した影響か、いくつか溜飲が降りたらしい。
菜奈姫はコホンとひとつ咳払いして、そっぽを向く。
「ふん、ここで血気に逸っても事態は何も好転せぬから、なるべく冷静に事実を述べようと思うたのに……とんだ醜態を晒してしもうたわい」
「いや、まあ、悪かったよ」
そうだった。
さっきも思ったことなのだが、こいつもこいつで苦労しているし。
何より、菜奈姫はこう見えて、町の人々を想う気持ちが人一倍強いのだ。排除、と言う可能性を聞かされて、冷静でいられるはずがない。
だと言うのに、ついカッとなって詰め寄ってしまうとは。
いくつか頭が冷えて、那雪は反省すると共に、安堵した。
だって、
「ナナちゃんは、信さんのことをきちんと救い出そうとしてくれてるんだよね」
「神たる者、人の子に敬われるのが仕事じゃからな……と言いたいところじゃが、こればかりは神も何も関係ない。菜奈芽にはきっちり落とし前を付けさせた上で、支部長の鼻を明かしてくれる」
「できんのかよ。おまえ、その支部長をすげー怖がってるみたいだけど」
「……………………で、できるわい」
かと言いつつ、頭を抱えてガクガクブルブルと震え上がっていた。しかも涙目である。怒り心頭の勢いが見事に萎んでしまっていた。
桜花を見ると、苦笑しながら首を振るだけである。よほど怖い人であるらしい。
大丈夫なんだろうか……と思ったところで、菜奈姫は那雪達の視線に気づいたのか、取り繕うかのように、今一度咳払いする。
「た、確かに一人でもできるんじゃが、チンクシャとオーカ、お主等が協力してくれるならば、可能性もずっと伸びるであろうな」
「素直に一人では無理だと言えよ」
「ええいっ、つべこべ言わずに……否」
無理矢理にまとめようとしたところで、菜奈姫は言葉を切って。
――居住まいを正して、こちらに向かって頭を下げてきた。
「な、ナナちゃん?」
「おい、一体何の真似だ」
さすがに、那雪と桜花は困惑するのだが、菜奈姫は頭を下げたまま、
「……この一件、菜奈芽が絡んでいるのがわかったとなれば、もはや完全にこちら側の問題じゃ。お主達や町の人々、桐生少年まで巻き込んでしまった手前、な」
「…………」
「じゃが、それでも、我にはお主等の力が必要じゃ。協力して欲しい。頼む」
丁寧に、こちらに願っていた。
いつも上から目線だった菜奈姫が、こういう殊勝な態度を見せてきたのには驚いたし、『頼む』という声の切実さにも驚いた。
それだけ、こいつも必死と言うことか……いや、違う。
――人を想うが故に、こういうことも平気で出来てしまうのだ、こいつは。
「ナナキ、頭なんか下げんなよ、気持ち悪い」
「……しかし、先に言ったとおり、責はこちらにある」
「そもそもの発端は私の手帳だったんだし、先輩がああなったのは私にも桜花にも原因があることだしで、責任独り占めすんな」
「…………」
「力を貸して欲しい? 言われるまでもねえよ。先輩を取り戻すためには元よりそのつもりだし、私にだって、おまえの力が必要なんだからな」
「……そうか」
頭を上げて、安堵した笑みを浮かべる菜奈姫。
まるで、先程、本当のことを話したら嫌われると恐れていた桜花のようだ。
みんながみんな、一人で背負い込みすぎだ……と思いつつも、かつての自分もそうだったのだから、あまり人のことを言えない。
「で、ナナちゃん。頭を下げてお願いした本音は?」
「ん? ……うむ、チンクシャの中で答えが決まっておるのは知っておったが、この場合、こうした方が士気高揚の効果がいいと思ったからのう」
「形式上かよっ!?」
「ククク、契約を成功させるには、まずは相手の視点に立って、どのようにすれば心を掴めるか把握することじゃ。チンクシャの場合は単純じゃから、少し腰を低くするだけでイチコロじゃな」
「単純とかイチコロとか言うなっ!?」
計算尽くでやっていたのか、こいつは。
つくづく台無しな奴だった。
でも、
「だが……感謝は、しておるぞ。――ありがとな、ナユキ」
「なっ、む……~~~」
菜奈姫が自分のことを必要としていることも、何より信康を救い出そうとしていることも事実ではあるし。
こうやって感謝を述べるとき、こいつは心から言っていることが伝わってくるものだから、どうにも憎みきれない。
本当に、どうしたものか。
打算的に見えて、情に厚い神様もそうなのだが。
こいつには敵わないな、とそろそろ自覚し始めている自分自身にも。
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