第26話 未練
ようやく場が終息したと見て、草壁尚樹は、隠れていた木陰から姿を現した。
鈴木桜花に打ち負かされ、なおかつ完全にフられてしまった後、場に駆けつけてきた桜花の友達の女の子とのイチャイチャを見せつけられてから――今さっき繰り広げられていた戦闘まで、存在自体が置いてけぼりを食らってしまったような心地だ。
「あら、ナオキ。無事だったようですね」
「なんとか、ね……死ぬかと思ったけど」
と、上空から声をかけてきたのは、和装の女性。横に切りそろえられた前髪と、隈のある紫の吊り目が特徴的で、やつれているようにも見えて……底知れない雰囲気を持つ、この町の土地神・菜奈神様を名乗っていた女性である。
「それにしても、残念でしたねナオキ。あなたの恋は叶わなかったようです。わたしの力及ばずと言ったところでしょう」
「いや……それは鈴木さんの想いの力が大きかったからだと思うよ。まさか、相手が女の子だとは思わなかったけど」
桜花が『ゆっきー』と呼んでいた女の子。
彼女への桜花の視線の熱さ、そして『好きだよ』という言葉に垣間見られた桜花の気持ちの大きさは、確実に友情という域に留まらない。
確かに、あの『ゆっきー』と呼ばれた女の子は、何かと頼りになりそうな気質があった。その上、甲冑の怪人相手に見せた変身についても、桜花のものよりかなり堂に入っていた。
おそらく、彼女は正義の味方なのだろう。
自分には、絶対に持てない素質というやつだ。
そして――桜花は、そんな彼女のことをずっと見てきたのだ。
「まあ……確かに、敵わないかもね」
ぽつりと一言呟いてから、そういえば、と草壁は思い出したことがある。
「菜奈神様。僕が告白してフられた後のドタバタの中で、鈴木さんが気になることを言ってたんだけど、訊いていい?」
「なんですか、ナオキ」
「鈴木さん、体内に神様飼ってるんだって。神様って二人もいるものなの?」
自分が怪人となったときの、人の心を操作する力が効かなかったこと。
尋常ではない運動能力と、自分を打ち破った変身能力。
そして全ての後、彼女が一度だけ別人のようにやたらエラそうな雰囲気だったのを思い出しながら、草壁は神様に訊いてみる。
「もしかして、菜奈神様は菜奈神様じゃないとか?」
「わたしは、菜奈神様ですよ。ナオキも身を持って体験しているでしょう? このわたしの力による加護を」
「不思議パワーは認めるけど、なんだかそれっぽくないんだよね。僕なんて、変な怪人にもさせられちゃったし」
「場合によりけりですよ。わたしの見立てでは、ナオキは少々邪だったかと思われます。あなたの願いには『何をしてでも成功させたい』という陰の気が感じられましたから」
「ん、邪だったのは認めるけど。ただ、僕の思い描く神様のイメージは、子供くらいか、もしくはものすごい年老いた外見かなんだよね。さすがに中途半端なアラサーの神様はイメージから外れるというか……」
「なっ…………ア、ア、アラサーじゃありませんしっ!」
いろいろ言われても動じなかった神様(?)だったが、アラサーのワードには劇的な反応を見せた。
「この業界ではまだ若い方ですしっ! それに、一ヶ月前まではちゃんとしたここの神様でしたしっ! こうやって、姫が制御しきれにゃ……な、なかった力もちゃんと操れるくらいには力ありますしっ!」
「あ、一ヶ月前までってことは、やっぱり今はそうじゃないんだ」
「う、うるしゃいしっ!」
しかも、わりと簡単にボロが出た。
あと、後半噛んでいた。
――実際、最初に初めて会った時も、彼女はそうだったのだ。
四日前。
草壁が、一目惚れした女の子である鈴木桜花との恋愛成就の願掛けに、菜奈神様の社を訪れようとして……その社の道中で、突然、彼女は現れたのだ。
『あなたは今、恋に悩んでいますね。菜奈神様であるわたしが、あなたの願いを叶えるために、お力を授けましょう』
最初、驚きもしたし、無理のあるコスプレにも見えた。
その辺りを、草壁が指摘してみると、
『む、無理なんてありませんしっ! 失敬にも程がありゅ、ありましゅしっ!』
と、丁寧語の壮大な雰囲気はどこへやら、女子学生と何ら変わりのない取り乱しっぷりを見せたのであった。そして、やはり後半は噛んでいた。
ちなみに『アラサー外見でその口調もやはり無理があるのでは?』と突っ込みたかったのは、草壁だけの秘密である。
「ぐむむ……コ、コホン。ええ、認めましょう。わたし――菜奈芽は、理由あってこの町から移転させられた身ですが、この町に帰り咲くために、今こうやって人の願いを叶えているのです」
「でも、もうここには新しく神様居るっぽいんだけど」
「姫のことですか。確かにあの子は優秀ですが、まだ経験が足りなさすぎます。小さいとはいえ町一つを受け持つには、荷が重すぎるのです」
「そうなの?」
「そうです。ですから、わたしが居ないとダメなのです」
菜奈神様――もとい、菜奈芽と名乗った前神様の女性は、大きな胸を張りながら、毅然として言い放つ。
前任者としては、この町のことが心配で放っておけないらしい。
後任に対してお節介焼きなのか、それともこの町への想いからなのか……。
「それに、あんな経験不足の子がこのわたしを押し退けるなど、あってはならないことです。ですので、陰から邪魔をしてあの子の実力のなさを見せつければ、支部長も考え直すに違いありません……!」
訂正。
この神様、結構最悪であった。端的に、器が小さかった。
「そのために、ずっと前から目を付けていたこの力も、上手く手に入れられたことですし……ふ、フフフ」
「ああ、僕や桐生くんを怪人にした、あの紙切れのこと?」
「そうです」
菜奈芽の手には数枚の紙切れがあり、ぼうっとした妖しい紫の鬼火の揺らめきが見える。なんでも、彼女が見た中では最大級とも言える欲望であるんだとか何とか。
詳しいことはわからないが、あの力の凄さは認めざるを得ない。
あの紫の鬼火が、自分の中にあるとき。
三日前の朝、学校の見ず知らずの生徒の心を操るのに初めて成功したとき。
そして、商店街に居る人々の意思を掌握したとき。
――草壁は、世界の何もかもを手に入れた心地になった。
「まあ、二度は味わいたくない感覚だけどね……」
おそらく、この鬼火は人の自我というものを否定するものだ。
草壁の場合、人心を文字通り掌握する能力だったために、まだ自我を制御出来ていたのだろうが。
鬼火を浴びて甲冑の怪人となった桐生信康は、完全にそうでなかった。
親しげだった桜花の友達の女の子に容赦のない攻撃を浴びせていた時の、獰猛とも言えるあの動きは、草壁の息を呑ませるものであった。
今でこそ、その甲冑の怪人は、菜奈神様の社辺りで佇んで活動を止めているが、また、あの時のように、人に襲いかかってもおかしくはない。
「それにしても、ナオキは理解が大らかですね。どんな形であるにせよ、わたしはあなたを騙していたことになるのですが」
「ん……うーん、まあ、僕も他人のことをどうこう言える立場でもないしね」
菜奈芽にいきなり話しかけられたのに内心焦りながらも、草壁は表面で笑顔を繕って、
「それに、残念だったとは言え、想いに決着をつけるところまではこぎ着けられたんだから、菜奈芽さん? には感謝してるよ」
「え……? あ、あらやだ、どうしましょう」
「……菜奈芽さん、なんでそこで頬を赤らめてんの」
「いえ……そ、その、ナオキ? 宜しければ、わたしがあなたを慰めても――」
「あー、ごめん、僕、年増は趣味じゃないから」
「な、そ、そ、速攻で拒否るなしっ! あと、年増とか言うにゃしっ!」
ひとまず、名目上はこの人(?)に味方してくことにするが。
このままでは大変なことになる気がするので、今から自分がやるべきことを考えておかねばなるまい。
やれることは少ないのだろうが、せめて、自分が想ったあの娘だけは――
……未練だよなぁ、これ。
完全にフられたというのに、ここまで引きずってしまうとは。
いやはや、恋愛というものは複雑に過ぎる。
草壁尚樹が想う彼女は、そんな複雑さにも負けず、自分の想いを貫き続けていくのだろうか。
「なんでいつもいつも、世の男はわたしから遠ざかっていくのでしょうか。まったく、理解できません……! 仕事だってデキますし、どんな願いにも応えられますし、身体もこの通りボンッキュッボンッですし……はっ、もしかしてわたし、完璧じゃないですかっ!?」
そんなあの娘を想う中で。
目の前にいる元神様を見ていると、残念な気分になる草壁であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます