第22話 シュバルツブロッサム
――七末那雪の手帳の後半辺りに、『構想段階』というお題目で、多種多様に書かれている設定が数ページほどある。
思いついたであろう単語をひたすら箇条書きにした内容であり、没案となったものは横線が引かれたり、本設定に採用されたものは丸が付いたりしていた内容だ。
内訳で言えば、没案が七割、採用案が二割、そして残りの一割が――手帳が封印となったために、没にも採用にもならなかった設定だった。
その、残りの一割の中で、桜花が目を付けた単語がある。
助っ人キャラ。
単体物で言えば二号ヒーロー。戦隊物で言えば六人目の戦士。
……この設定を活かすことが出来れば、わたしはゆっきーのことを守ることが出来るのかな。
初めは、ふとした思考から。
そして、特撮に興味を持ち出した菜奈姫にせがまれての、動画の鑑賞中。
二号ヒーローの活躍の場面で、思考は加速していき、やがて発想に至る。
手帳の空白ページを使って、自分でその助っ人キャラの設定に肉付けをしてみればどうか、と。
『この手帳に記されている事柄の大元は、チンクシャの欲望の産物じゃ。お主が望みを以て加筆をすれば、再現は可能じゃろう』
相談してみたところ、菜奈姫の太鼓判も出た。
設定の肉付けを始めたのは、綾水ぬりかべとの戦いの後からだ。
ただ、普段から小説を書いている者としての性なのか、書いているうちに所々でこだわりが出てしまったり、作ったものを改めて見返してみると結構恥ずかしかったり、菜奈姫に見せて爆笑されてしまったりと、設定を完成させるのには時間がかかった。
当時の那雪のノリの良さと、今の那雪の羞恥心がよくわかったと共に、こうすることで彼女にちょっと近付けた気がしたのが、少し嬉しかったりもした。……当時、散々笑ってしまったためか、結局、那雪に見せることができなかったのだが、それはともかく。
設定が完成したのは、昨夜遅くのことだ。
だから、この変身は言わば、ぶっつけ本番の練習なし。
果たして、上手く行くものかと思ったものだが。
「――成功」
上手く行ったと、確信できた。
色のないモノクロの視界は、結構と言わずかなり薄気味悪く、しかし胸の中で溢れ出す高揚感が、不安も、十年以上ずっと抱いてきた疼きをも塗りつぶす。
変身の度に我が想い人が有していた感覚を、自分でも抱くことが出来たこともテンションのプラスとして、桜花はモノクロの世界の殻を破る。
「よし……!」
身にまとうのは、ダークグレーのボディスーツ。鎧とも表せる外見に、ヘルメットのようなバイザーに覆われた素顔の見えない仕様は、那雪の変身するシュバルツスノウと何ら変わりはない。
ただ一つ違う点を言えば、スーツを彩っている微細な装甲線の色が、白色ではなく桜色になっていることか。
何となく、自分に合っている色だなと感じつつ、
「シュバルツブロッサム、推参っ!」
無意識に思いついた名前で、名乗りまで上げてしまった。これはもはや、初変身のテンションからくる勢いによるものだ。
『……オーカよ。ブロッサムって、ヒーローよりも魔法少女のノリじゃぞ』
ただ、菜奈姫には不評だった。
二番煎じだから仕方がないが、後悔はしていない。
「な……す、鈴木さンが、変身? しかも、その姿は、先日の……!」
「ちょっとタイプが違うけど、だいたいあってる」
一方で、またもや驚愕する草壁マタンゴには軽快に返し、シュバルツブロッサムとなった桜花は、迫ってくる人々に相対する。
『オーカ。チンクシャにも警告したが、変身の状態で人の子達を手にかけるのは――』
「わかってるよナナちゃん。最初っから、狙いは草壁先輩だけだし」
両手を前に出して、強くイメージ。
すると、シュバルツスノウのものと同じ陽炎が両手に集まっていき、透明だった陽炎がダークグレーの色を持ち――戦国時代の火縄銃に似た外見の、鉄砲の形を取った。
「――念動砲火という名のハイブリッドシューターワークス。わたしはゆっきーと違ってケンカには向いてないからね。遠距離からバシバシ行くよっ!」
戦国ドラマでよく見た鉄砲兵の射撃と、特撮のヒーローがやっていたカッコいい射撃と、祖父が趣味でやっていたライフル射撃とを一斉に思い出しつつ、桜花は鉄砲を両手で構える。
「んっ」
発砲。
射出された琥珀の弾丸は、こちらに向かってくる人々の隙間をくぐり抜け、草壁マタンゴの側頭部に掠めるように当たった。
「ッ……」
着弾箇所から火花が散り、グラリとよろめく草壁マタンゴ。
素人の見様見真似でこんなに当たるものかと思ったのだが、ガンナーヒーローとは得てしてそういうものだ。照準補正、反動軽減は菜奈姫の加護付きで、何より――不思議と、桜花の頭の中で、標的に弾丸が当たるイメージが出来る。
学校の体育の授業でやっているバスケットボールやバレーボールみたいに、どのように狙えば点が入るかとか、そういう感覚に近い。
『オーカ、人の子が来るぞ』
「わかってる」
四方八方から近寄ってくる町の人々の位置を見定め、人と人の隙間に向かって、桜花は鉄砲を片手に地を蹴る。
「ぅわっ……!」
地を蹴ってからの一瞬で目的のポイントに到達したのに、桜花はバイザーの奥で目を剥いた。
遠距離からの射撃と、自分の足の速さを活かした身体のスピードに設定の重きを置いたのはいいが。上手く速度を制御しないと、人とぶつかってどちらもタダでは済まなさそうだ。
暴発しそうな五体のスピードを押し殺しつつ、桜花はなんとか草壁マタンゴに照準を定めて、
「ん……っ!」
もう一度発砲。
射出された琥珀の弾丸が、さらに草壁マタンゴの胴体を――
「……ハァッ!」
穿たない。
異形の口から漏れた紫の吐息が空間一点に収束し、琥珀の弾丸を宙空でストップさせた。
「なっ……!?」
「ふ、フフフ、最初こそは驚いたけど、もうそれは喰わないヨ」
不敵に笑う草壁マタンゴ。
桜花は胸の中に生まれた動揺を抑えつつ、遅い来る人達の手を掻いくぐり、再びハイスピードで空いたスペースに移動してから――さらに発砲。
しかし、吐き出された紫の息はピンポイントで弾丸の進行を潰す。
『どうやら、先日のチンクシャの強襲剛射の攻撃も、これで防いだようじゃな』
「……じゃあ」
菜奈姫の能力補正で知覚を促進、人混みの中の空いたスペースを一気に把握。
射撃できそうなスペースは、全部で四つ。
「ナナちゃん、足に加護をお願い。スピードアップと疲労回復」
『承知。あまり無茶をするなよ』
両足に、もう一度『↑』のアイコンと、十字印の医療マークのアイコンが浮かぶのを確認してから、桜花は駆ける。
繰り出されるスピードは、先よりもさらに速い。
一瞬で、把握した一つ目のスペースに到達し、発砲。
「ぬゥ……!」
「――――っ!」
草壁マタンゴが弾丸を防ぎにかかろうとする頃には、すでに桜花はその場から移動を始めている。
二つ目、三つ目と速やかにスペースへと己が身を移し、多角からの射撃を加える。
「速イッ! が、しかし……!」
対して、草壁マタンゴも劇的に反応し、三方向からの射撃に対応するが、
――これが、本命!
最後に移動した四つ目。今までの三射とは、まったくの逆側。
草壁マタンゴの背中が見える、死角ともいえるスペース。
瞬間的な高速移動で、桜花の足に電気が走ったかのような痛みと痺れが発せられるが、菜奈姫の癒しの加護と己の集中力で抑え込み、
「行けっ!」
念じるかのように発砲、する寸前、
「――返すヨ」
草壁マタンゴが吐息を操作して、桜花が放った三発の弾丸を――こちらに向かって『逸らし』て見せた。
「っ!?」
三つの弾丸は真っ直ぐにこちらに向かって飛翔し、素顔を隠しているヘルメットバイザーに立て続けに直撃する。
「きゃっ……!?」
弾丸はバイザーの厚さで何とか防げたものの、脳が揺さぶられる三連続の衝撃は強く、桜花の身は大きく吹っ飛ぶ。
一瞬、意識が飛んだがために姿勢制御が叶わず、背中から倒れ落ちた。
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