第17話 楽しいことは少しずつ?


 一方、その頃。

 駅前より離れた、町の一角にて。


「やあ鈴木さん、待った?」

「いえ、今来たところですよ」


 待ち合わせ合流時のテンプレートとも言えるべきやりとりを交わし、桜花は、とある人物を目の前にしていた。

 桜花よりもわずかに高い程度の身長。長袖のシャツに黄色のベスト。サラサラのマッシュルームカットの髪と、中性的とも言える甘いマスク。そして爽やかに漂う柑橘系の香り。

 草壁尚樹。先日知り合った、二年生の男子だ。


「じゃ、行こっか」

「はい」

「今日は時間あるから、いつもよりいっぱい遊べるね」

「先輩、一応制服なんですから、あまり羽目を外さないでくださいよ」

「わかってる。学生らしく、慎ましく、ね」


 男の子だというのに、チャーミングとも言える雰囲気のウインクを返して、草壁は歩みを始める。その歩調はゆったりとしたもので、自然と、桜花と肩を並べる形となった。

 先述の通り、二人の身長差はわずかであることから、肩と肩とが触れ合うか合わないかの微妙な距離は、桜花に少々の気恥ずかしさを得させる。


「ん、どうしたの?」

「え……あ、いや、なんでもないデスヨ?」

「? なら、いいけど」


 そのためか、小首を傾げる草壁を、桜花は直視できない。

 柔らかな笑みの形である、彼の紫かかった眼を見ているだけで、そのまま吸い寄せられてしまいそうな心地だった。


「とりあえず、まずは昼食かな。近くにいい喫茶店があるけど、そこでいい?」

「そうですね」


 声が上擦っていると桜花は自覚しながらも、草壁は意に介していないようだ。並んで歩くときはきちんとこちらの歩調に合わせ、なおかつ自然に歩道側に桜花を誘導している辺り、自然な気遣いも感じられる。

 そんな彼のことを、桜花は好ましく思った。




 先日、行き倒れになっていた草壁尚樹のことを助けて以来、桜花は彼と時間を共に過ごすことが多い。

 当初、ほんの些細なきっかけで、世間話程度に少しお話をしただけだったのだが。


『改めてお礼させてほしいな。何か奢るから、明日の放課後また会わない?』


 その別れ際、草壁が誘ってきたのに対し、桜花は、


『はい、いいですよ』


 一も二もなく、ほぼ即答で応じていた。

 直後、那雪との調査もあるのに何をやっているんだと、桜花は自分で慌てた心地になったのだが。


『本当? うれしいな』


 彼の笑顔を見ていると、『まあ、いいか』と思えてしまった。

 そして、その翌日に彼と会った時の別れ際、


『明日、どこかに遊びに行かない?』


 という誘いにも、桜花は即答で応じてしまい、次の別れ際も……といった具合に、桜花は彼の誘いを快諾して、今日に至っている。


「それにしても、今日はちょっと暑いね」


 オススメの喫茶店で軽く昼食とお茶を済ませて。

 町中を歩きながら、草壁は春の陽射しに目を細めた。

 確かに、もうすぐ五月が迫っているためか、寒さの余韻が全くない。気温はこれから更に上がっていくだろうし、彼の言うとおり、今日は気温が高い方だ。


「緒頭高の中間服の切り替えって、いつでも良かったんでしたっけ?」

「そうだね。僕なんかちょっと暑がりだから、先々週からこの通りだし」


 長袖カッターシャツの上に纏っている校章入りの黄色のベストを示してみせて、草壁は柔らかに微笑む。


「今年も暑くなりそうだから、梅雨入り前には夏服に変更かな」

「その調子だと、先輩は真夏を凌げるかが心配になってきますね」

「うん、去年も大変だったよ。毎日、扇子が手放せなかったな」

「高校生で扇子って、先輩、これまた渋い趣味ですな」

「緒頭高は県立だからクーラーとかないし、駅前でうちわとか配られてるけどやっぱり嵩張るからね。で、知り合いの伝手でお洒落なのが売ってる店があって、僕は昔からそこをよく利用させてもらってるんだ」

「へえ。そういうのがあるんだ」

「お店の人も、良いのを薦めてくれるんだよ。きっと、人の好みを嗅ぎつける天才だね。うん、間違いない」


 自分のことではないのに少々自慢げな草壁なのだが、あまり嫌味に感じないのは、この少年が心からその人を認めている、と話し方で解るからなのだろうか。

 ついつい、桜花も興味を引かれてしまう。


「んー、わたしも買っちゃおうかな」

「紹介してあげようか? 僕から頼んだら、安くしてもらえると思うし」

「本当? 嬉しいな」


 ――会話は弾む。


 その後に足を運んだ、桜花が行きつけにしている本屋でも、


「鈴木さんはどんな本を読むの?」

「んー、主に小説ですかね。漫画もちょっと読むけど、そっちの方が割合が大きいかも」

「ああ、そういえば、昨日小説書いてるって、鈴木さん言ってたね」

「ちょっとは感想もらえたりしてるけど、まだまだですよ」

「感想があるってことは、それだけ読者の人の心を衝き動かしてるってことだよ。どんなのかなぁ、僕も読んでみたい」

「インターネットで『シゲちゃんのブロッサムアワー』で検索してみてください。わたしの祖父がやってるページで、そこで載せてもらってますから」

「わかった。ちなみに、どんなの書いてるの? SF? ミステリー? 官能? それともライトノベル?」

「一応、恋愛ものなんかを中心に……っていうか、なにさりげなく『官能』なんて混ぜちゃってるんですか!?」

「ふ、健康な男子たるもの、小説となればこれを混ぜないのは嘘と言うものさ」

「堂々とセクハラ発言ですよ、それ」

「ゴメンゴメン。今度ちゃんと感想文書くから」


 ――会話は弾む。


 本屋を出て、少し歩いた先にある商店街入り口にある、緒頭町のローカルヒーローであるカレッジセイバーを特集しているオブジェの前でも、


「カレッジセイバーの二十五周年企画、楽しみだね。鈴木さんはどんなのが来ると思う? 僕は新技披露の線で予想してるけど」

「うーん。わたしとしては、日曜朝八時のヒーローとのコラボが見たいです」

「それはちょっと実現が難しいんじゃないかな……と思ったけど、もし実現したら、それはそれで大興奮だ、うん」

「コラボとなると、ダブルキックは基本ですよね、やっぱり」

「お、鈴木さんもなかなか王道をわかってるね」

「斬新な発想も良いけど、王道路線は、見られるだけで安心しますんで」

「うんうん、鈴木さんとは良い酒が飲めそうだ」

「先輩、いきなりオジサン化しないでください」


 ――会話は、とても弾む。


 他、洋服屋や音楽店、雑貨屋などなど、行く先々で。

 何気ない切り出しから、言葉は自然と溢れてくる。

 それだけ、草壁尚樹と話をするのは楽しい。雰囲気が明るく、話し方がソフトで、話題の引き出しが豊富で、惹きつけられた。

 だからこそ、もっと、彼と居たいと思わされる。


「鈴木さん」


 と、会話の合間。

 草壁が、少し眉をひそめて自分のことを呼んできた。


「ん、なんですか先輩」

「なんだかちょっと浮かない顔してるけど……何か考え事?」

「え……あ、いや、なんでもないです」


 浮かない顔? 自分が?


 今、この楽しい時間に、そう思う要素はないはずなのだが……。


「疲れたんなら、ちょっと休憩しようか?」

「ん、そうですね」


 腕時計を見ると、午後三時を大きく回っている。

 歩いたり喋ったりしているうち、結構な時間が過ぎていたようで、それをわかった途端に軽い疲労感のようなものを自覚した桜花であった。

 休みなしでいろんなところに行ったから、少し疲れているのかもしれない。いつもの平日とは違い、土曜日である今日は時間がたっぷりある。楽しいことは、少しずつ味わわないと。

 休憩を挟みながら、ゆっくりと彼との時間を楽しむことにしよう。


「ここから近いところは……商店街中央の広場かな。そこにしようか」

「はい」


 そのように頷き合って。

 少し歩いて『あそこの自販機でジュース買ってくるから、先に行って休んでなよ』と、彼の優しい言葉に素直に従い。

 目的の広場に出た、その先で。


「――――」


 桜花は、それを見た。



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