第3部 キノコと砲火と二人の約束

第15話 目からビームという定番


 物心付いた時から、視力が弱くて眼鏡をかけていた。

 そんなわたしは、幼稚園内ではいじめの対象だった。

 身体的に劣るところがあれば徹底的に攻められる子供社会の中にあって、眼鏡をかけたわたしは、正に格好のターゲットだ。

 同じ組の女の子からは仲間外れにされた。

 同じ組の男の子に眼鏡を取り上げられたり、割られたりもした。

 その頃のわたしは、今では信じられないくらいとても内気な子だったから、抗うこともできないまま、お父さんやお母さんにも相談することもできないまま、とてもつらい日々を送っていた。


 ――そんな日常に変化が訪れたのは、年中組の冬の頃。

 いつものようにいじめられていた、あの日のこと。



 せいぎは、みんなを、なかせたりはしないっ!



 よく憶えている。

 当時知らなかった、カレッジセイバーの決め台詞を謳って。

 傷だらけ、泥だらけになりながら。


 言葉の通りに涙を見せず、守ってくれた、その人のことを――


  ☆  ★  ☆  ★  ☆


「こいつは……デメキンフラッシャーか!」


 四月最後の土曜日、午前中のみで終わった学校の放課後、駅前のロータリーにて。

 那雪は、またも手帳の紙片の異形――直径三十センチの黒い目玉、全長二メートルはある紅白模様の魚の全体に、人間の足が生えた怪人、デメキンフラッシャーと遭遇したのであった。

 手帳の紙片に取り憑かれた人物は、市橋いちはしらん

 那雪の中学生の頃の同級生で、大きな瞳……というよりギョロ目が特徴な少女だった。

 情報通で、個人の生活から世界的な政治に至るまで、世情を見抜く力に長けていることから、今の洋服や装飾品、その他諸々の女子高生の流行のご教授をいただくためと、再会を祝して昼食を一緒にするために、会う約束を取り付けたのだが。

 その矢先で、こんなことになってしまうとは。


「でめきんって……チンクシャにしては、わりと名付けがテキトーじゃのう。もしや、設定を考えているうちに名付けが面倒になったのではあるまいな」

「う、うっせー! 断じて! そんなことは! ないっ!」

「されど、姿形も某南国少年漫画の盗作というのが丸わかりなやっつけ振りじゃぞ」

「言うなああああああああああっ!?」


 後ろで、カミパッドを操って、駅前の人々の人払いを完了させた菜奈姫からの指摘はいちいち図星であった。

 目からビームと言う定番の技で、一夜で町一つを焼き尽くす設定の怪人を思いついたのはいいが、カッコいいネーミングと全体像が思い浮かばず、仮段階の名前とデザインのまま、手帳が封印となってしまったのだ。

 肝心のビームの技名も未決定で、那雪の中では消化不良な怪人であった。


「くそう。設定で言えば下級怪人だから、さっさと片付けるぞナナキ」

「承知……おおぅっ!?」

「おい、なに変な声を上げ……って!?」


 菜奈姫が押し詰まったような声を出すのに釣られて、那雪も前方に向き直ると――市橋デメキンが、その大きな目玉にエネルギーを充填しているのが、見た目にもわかった。


「ギョギョギョ!」


 まずい……!

 ポージングを解いて、那雪は急いで踵を返し、後ろの菜奈姫に向かって全速力で駆け出す。

 距離十メートルを一秒強で詰め、菜奈姫をラグビータックルの要領で押し倒した刹那の後、某機動戦士がビームを撃つ時のサウンドと同様の轟音が鳴り響いた。

 那雪達の頭上を赤い光条が通り過ぎ、その先にあったロータリーの時計塔に直撃すると、高さ五メートルの全体が、砂糖細工の如く崩れさった。


「な、な、なんつー威力じゃ!? 下級怪人なんじゃろ、アレ!?」

「下級なだけに、攻撃力特化なんだよ」

「本当にやっつけ設定なのじゃな」

「うるさい。ナナキ、手帳」

「む?」


 答えを聞くのも待たず、今し方菜奈姫が取り出した手の中の手帳に、那雪は強引に自分の右手を差し込む。差し込んだ手のページは言わずもがな。


「よし。ナナキ、やれっ!」

「チンクシャ、いったい何を……否、承知」


 わずかに困惑したものの、那雪の行動の意図を察したのか、菜奈姫は首肯。

 その背後で、市橋デメキンが、第二射のチャージングを完了させたのが気配だけでわかる。

 そう。今はいつものポージングを決めている時間がない。


「菜奈姫の名の許に、其の記述を七末那雪の力とする!」

「光臨!」


 菜奈姫の祝詞の直後に、那雪は言霊を発する。いつもの行程を省略したため、変身が可能かどうかは賭けだったのだが。

 上手く、いった……!

 視界が一度灰色に染まり、直後にクリアになるのと――市橋デメキンの両眼から、赤の光線が撃ち出されるは同時。


「念動、闘気!」


 振り向きざまにイメージしながら、那雪はダークグレーに装甲に覆われた左の手甲を差しだし、発する念動闘気で赤の光線を受け止める。

 一瞬だけ左腕全体が軋むのがわかったが、すぐさま、受け止める左に加えて右の手甲も光線へとぶち当て、そして、


「せ……ィリャァア――――――ッ!」


 さらにイメージ。両手に陽炎を集中させ、前進、開始。

 バリバリバリと繊維を千切るような音と共に、赤の光線の大出力を正面から両断しながら、前へ、ただひたすら前へ。

 そして光線の放出が終息を迎える頃には、那雪は市橋デメキンの眼前に到達していた。


「さあ……儚く散れ、雪のように」

「ギョ……!?」


 市橋デメキンが慌てて第三射に入ろうとしていたが、もう遅い。


「――踏み蹴り!」


 那雪は、市橋デメキンの魚体から生えている足を思い切り踏みつけた。


「ギョ――――ッ!?」


 市橋デメキンが絶叫をあげ、大きな目玉をコミカルに飛び出させるのにも構わず、那雪は我が身の回転を続ける。


「下段!」

「ギョギョッ!?」

「中段ッ!」

「ギョギョギョッ!?」

「上段ンッッ!」

「ギョギ――」

「さらに、跳躍からの……踵落としぃッ!」

「――……ギョェッ」


 瞬く間に繰り出される蹴りのコンビネーションに、断末魔の呻き声を上げ、部位で言えば口から地面に落ちていく市橋デメキン。

 その傍ら、那雪は跳躍からの着地を決め、


「蹴足五段という名のサイクロンクインティプル。――おまえは死ぬ」


 呟くと、市橋デメキンは紫の膜に包まれた。

 市橋の本体から膜が離れて大気を漂い、菜奈姫の持つ手帳の中へと戻っていく。


「……………………」


 なんだか、いつもよりカッコよく決まった気がする。

 手帳の超必殺技もいいが、自分の最も得意とする蹴り技のコンビネーションで標的を仕留め、しかも、技名を呟くことで仕留めた怪人が浄化されていくという、この流れるようなプロセス。

 そう……この後、私も変身を解けば、正に、完璧……!

 そんな高揚した気持ちで、那雪は漏れそうな鼻息を抑えつつ変身を解き、手近な人物の反応を窺いたく、とりあえず菜奈姫の方へと振り返ると、


「何を舞い上がっておるか、気持ち悪い」


 半眼になった菜奈姫がいつの間にかこちらの眼前に立っており、見下ろすような……というより、そのまんまこちらを見下ろしつつ、身も蓋もない形容を口にしてきた。

 那雪の中の高揚が、一気に萎んでいくのがわかった。


「ま、舞い上がってなんていねーよ。いつもより技が綺麗にハマってた感じだから、少し悦に浸ってただけだ」

「それを舞い上がっていると言うんじゃ、このうつけ者が」


 言い捨てて、菜奈姫は『まーた査定に響くのう』とボヤきつつも、崩れ去った時計塔の修復を始める。那雪の中では完璧だったものの、菜奈姫にはウケが悪かったらしい。

 台無しな心地になりながらも、那雪は元に戻った市橋の様子を見る。

 意識が朦朧としている様子ながらも、外傷はない。少々顔色は悪いが、呼吸も正常であることから、これまでの被害者と同様に、その場の修復の後に市橋の記憶を逸らせば一件落着……というところなのだろうが。


「うーん……うぅ? あれ、七末? あたし、一体何を……」


 こういう騒ぎがあった後の記憶が曖昧な状態では、彼女から情報を聞き出すのを、今日は出来ないと判断した。後日に場を改めるしかあるまい。

 一週間後の連休に取り付けた、想い人である桐生信康とのお出かけのためのリサーチだったのだが、しょうがない。


「市橋、顔色が悪いぞ。今日は帰った方がいいんじゃないか?」

「ん……そうさせてもらうわ。なんだか頭がボーッとして、変な感じ」

「悪いな、具合悪いのに呼び出しちゃったりして」

「ううん、いいのよ。こちらこそごめんなさい。うーむ、『アンテナライフウォッチャー』の異名を取るあたしが、この体たらくとは……!」

「……高校でも呼ばれてるのかよ、それ」

「いや、自分で名乗ってるだけ」

「自称かよっ!? おまえ、高校生活大丈夫か?」

「至って快適よ。あなたは『破砕の黒雪』の二つ名を捨てたのかしら?」

「ほぅわあああああああっ!? それを口に出すなーっ!?」


 記憶が曖昧ながらもしっかり那雪の黒歴史を憶えているあたり、大丈夫なのかも知れなかったが……やはり、大事をとって帰らせることにした。


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