⒊ 胎瞳(4) 視上最凶のキャッチャー

「――っと、その前にこの手荷物をどうにかしないとだな。………仕方無い。この辺にベンチの一つも無いものだし、少しの間だけ直置じかおきするしか他無いか」


 平山椛見哩ひらやまもみりはそう言って、背負っていた通学カバンとエコバッグを一度地面に置き、チャックを開けてカバンの中に手を入れては、一個の使い古したキャッチャーミットグローブを取り出し、そいつを左手に嵌めていく。


「それじゃあ、ひと準備出来たところでどちらから責めようか。やっぱりあの得体の知れないスライムより、溺れ掛けようとしている人のいる方から動いた方が良いよな」


 すると、椛見哩もみりは囚われた藤咲芽目を囲うようにたむろする、【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】の集団へと視線を動かすと、左目を開眼。


 野球バットとボールが描かれた――、何とも奇妙な形状をした瞳孔に、若草色の虹彩の瞳が花開く。


「……かっ飛ばせーッ、平山ひーらやまッ!……かっ飛ばせーッ、平山ひーらやまッ!」


 何やらぶつくさと小声で、己に対する謎の声援エールを口ずさみ始めると、若草色の虹彩の瞳が一層強く光り輝き始め、視線の先に佇む【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】の集団に奇妙な変化が起こっていく。


『なっ……何だこの強い力は………身体が………持っていかれそう……だ…………』


『ど、どっからこの強い力は働いてんのさァァ――――ッ!マスクを抑えているのがやっとなんだがァァ――――ッ!』


『う……嘘だぁぁッ!わ……私の眼球が…………マスクを抑えている僅かな隙間から吹き飛んでい…………うぁぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!』


『わ、私にも同じことが…………いやぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!』


『何がッ……一体何が起きて、……飛ば………飛ばされ…………ぎゃぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!』


 突如として巻き起こった――、馬鹿みたいに強い風が【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】一隊に向かって、勢いよく蔓延まんえんする。


 被っているマスクやフードはおろか、身体ごと吹き飛んでしまいそうな威力を前に――


 慌てて【ゲート】を展開し、【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】一隊は、元いた世界線へと逃げ込もうとする……しかし、


 踏ん張りが利かず、足は地面を離れ、身体は宙を舞ってコントロールを失い、あやゆる方向ベクトルから身体中を叩き付けるように、殴り掛かる強風圧に良い様にやられ………


 【ゲート】への安全な脱出が出来なくなった【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】たちは必死に足掻あがき、両手を使ってマスクを押さえていたり――、すでに飛ばされてしまった者は両目を手で覆ったり――


 だがそんな些細な抵抗も敵わず、《耳》や《鼻》・《口》という――、あらゆる『穴』を介して体内へと入って来た風は、内側から押し出すように―――


 次々と【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】一隊が一人一人その身に宿している、色取り取りの異なる〈神眼〉が――まるで投球機ピッチングマシンから放たれるボールの如く、ポンポンと勢いよく弾き飛んでいく。


「くそったれッ!」


 そう言って、一人の【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】が神眼を開眼する。


 周囲をキョロキョロと見回し、この可笑しな現象を引き起こしているであろう、神眼者プレイヤーの存在を視認キャッチしようとする。


 すると、海岸を隔てた先のところで野球着の着た一人の人物を発見する。


「そこか!」


 椛見哩もみりの姿を捉えた瞬間――奴もまた、他の【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】と同様、両目が吹き飛んでしまったのだった………。


「おおーっと!こいつは決まったーッ!【吹飛視サヨナラ⚾︎ホームラン】ですッ!」


 大量の神眼命のストックを前に、感情がたかぶってしまったのか――、


 声のトーンがワンテンポ上がり、実況アナウンサーみたく、一人盛り上がってそのようなことを声に出す。


 熱が冷めやらぬ様子で椛見哩もみりはそのテンションのまま、続け様に声を上げていく。


「おおーっと!風向きが変わり、(アイ)ボールの弾道に大きな変化がッ!

 放物線の先落下するその先で立つはキャッチャー平山ッ!

 吸い寄せられるように、どんどんと沢山のボールをキャッチしていきます!

 被救助者観客を驚かす、実に見事な腕前プレーッ!

 素晴らしい【視吸式シ=キュウシキ】でございまし……うわっ、ぺっぺっ!細かな石や砂までもがキャッチャーフライしてきましたが、それ程までに豪快なスイングだったと言うことでしょう。

 素晴らしい試合でした。マスク女に大きな拍手をッ!」


 その言葉通り、飛ばされていったバラバラの眼球は、さきの強烈な暴風が纏めて一塊ひとかたまりに巻き上げ――、


 椛見哩もみりが構えるキャッチャーミットグローブの中へと、続々と眼球が収まっていく。


「……っと、すっかりいつもの脳内野球イメトレ………模擬野球ゾーン…………いやはや、過剰妄想自分の世界に入り込んでしまった。……待てよ、それを言うなら『一人実況』か?

 どうにも眼球回収血生臭い行為が慣れないからとは言え、好きな妄想世界野球を例えに走ってしまうのは、私の悪い癖だ」


 などと言いながら、椛見哩もみりキャッチャーミットグローブの中でぎゅうぎゅうに密集して集まった、大量の眼球をそこら辺に置いておく訳にもいかないからと………


 エコバッグから袋入りのじゃがいもを全て取り出し、空のビニール袋を用意すると、ひとまずはその中に眼球を纏めて詰め込んでいった。


「それにしても、この数は―――少なく見積ったところで、一ヶ月はゲームに参加せずとも、十分に生きられるストック?仮にもゲームと銘打っている訳だから、大量の〈残機〉が獲得出来たものだって言うのが正しい、のか?

 ………っと、そんなことに頭を悩ませていないで、あれだけ大見得を切った手前――、これで助けられていなかったら滅茶苦茶ダサいったらありゃしねぇぞ」


 まずは一人目――


 一番近くで倒れていた藤崎芽目の元へと駆け寄っていく。


 神眼を回収したことで既に水の牢は解除され、びしょ濡れで横たわる彼女の姿があった。


 彼女の左腕を軽く手に取り、《示指》・《中指》・《薬指》の指先を――、左手首の内側にある《橈骨動脈》に沿って平行に置き、均等に力を加えて15秒間に流れる脈拍数を数え、リズムの整・不整を観察する。


審判アンパイア!………判定ジャッジ――――不規則な跳ね方イレギュラーバウンド…………不安定ながらも、脈を確認。―――セーフ!セーフですッ!

 ……って、また変なスイッチが入っちゃってるし。これじゃあ、過剰妄想自分の世界云々超えて、完全に病気じゃん、私………」


 またも――、椛見哩もみりの中の思考回路野球バカ ………ならぬ、過剰妄想自分の世界への入り込みが発動し、変なことを言い始めたが、どうやらその様子からして芽目の容体は無事のようである。


 続いて海辺の方へと向かって駆け寄り、倒れていた見桐みきり眸衣むい――、二人の脈拍があるかどうか測り、生きていることを確認する。


 それで、問題は………


「これは……生きている、のか?」


 枷から外れた、目の前の紅いスライムである。


 どうやらこれはスライム状になった奴自身の能力によって、変わり果ててしまった姿なのだろう。


 こればかりは、椛見哩もみり自身に何か出来る訳では無い。どうしたものか………


 そんなことを思っていると、紅いスライムはウネウネと激しく蠢き始め、中から一つの眼球の形をした物体を飛び出して来た。


 出て来た拍子にコロコロッと眼球は地面の上を転がり、そんな眼球が紅いスライムへと視点が合った瞬間――


 バンッ!


 と、音を立ててスライムが突然破裂し、まるで能力の解除されたように、血溜まりの中から一人の少女-手足の揃った〈元のヴァンピーロの身体〉がその姿を現した。


「うおっ!」


 突然の出来事に椛見哩もみりは、大きく驚いた声を上げる。


 その直後、椛見哩もみりの声に反応し、意識を取り戻したようにゆっくりとヴァンピーロは目を開くと、そこには先の現象によるものであろうか――


 片方の目だけが収まっておらず、本来ある筈左目の部分に大きな空洞部-『眼窩』が露わになった状態の彼女の姿があった。


Voiヴォイ……いや、貴様は…………」


「私――?私、今こんなユニフォームの格好して、確かに間違えられやすいかもしれないけど、Boyボーイじゃなくて、平山椛見哩ひらやまもみり

 名前の感じからして分かる通り、女の子だよ」


 上体を起こし、転がった片目を拾い上げながら、ヴァンピーロは言う。


「女の子……?Ah嗚呼………,BビィO・イプ……s……Yワィ.

 英語のボーイと勘違いしたという訳か」


「えっ!違うの?」


「さっき言ったのは、VヴィOI.

 一般的に、親しい間柄でも無い人を対象に、『貴方』という言葉をイタリア語で話す際は『Leiレイ』と言うのだが、元よりその言葉が使われていたかと思えばそんなことは無く………、

 『Tu』/『Voiヴォイ』――、


 その二つが主に『貴方』を意味する言葉として使われていたところを、『Leiレイ』という言葉新顔も使われるようになり、主流は『Tu』/『Leiレイ』――、


 『Voiヴォイ』は『貴方がた』………《複数形》としての使い方が一般的となり、時の流れと共にVoiヴォイという言葉は衰退していき………、

 それでも私の出身の南イタリアでは、今でも二人称単数としての、V・O・I ――『Voiヴォイ』を使う文化が残っていたりする。


 だが、400年前に一度は死んでからというもの……それからは一向に衰えず、その当時のままのナリで、寿命で死ぬ気配も無い肉体を持て余すように………、

 フラフラと己の足だけで世界中を当ても無く、見て――、回り続け――、放浪と生活していた日々を過ごしていた為に、今や複数形として使われるのが一般的だのなんの、正直あまり詳しくは知らないのだが、な」


「……何かしれっと、400年前に一度は死んで――とか、ぶっ飛んだ話があったけど、まぁその………アレだよねっ、アレっ!

 ……要は英語じゃなく、その言葉事情にも詳しくないから良く分からないけど、結論として―――英語で無い、恐らくは祖国の言語を発音していたという認識で違いないか?」


「やっと――理解したか。だが今はそんなことよりも、喉が乾いてしまって仕方が無い。血を使い過ぎてしまったようだ。

 何やら窮地を助けてくれたようで悪いが、何か飲み物持ってないか?」


「えーっと、その………急に飲み物要求されても…………あっ!スポドリなら、まだ中身あったかも!」


 そう言って、上に置いて来てしまった通学カバンのある元へと引き返すと、中からスポーツドリンクの入った、一本のスクイズボトルを取り出しては、再びヴァンピーロの倒れた海辺の方へと駆け戻って行き、彼女に向かってそれを差し出す。


 ヴァンピーロはスクイズボトルを受け取ると、キャップを外してすぐさま中身の運動飲料水スポーツドリンクを口の中へと運んでいく。


 余程、喉が乾いていたのか――、ゴクゴクッと喉を鳴らしながら瞬く間に飲み干してしまうと、用済みになったボトルを椛見哩もみりへと返却するように、その手に持ったボトルを彼女の前へと差し出す。


 そうして、椛見哩もみりがボトルを受け取った時である。


 見桐みきり眸衣むい、芽目のそれぞれが意識を取り戻し始めたのは…………。


「あれ……なんや血が凝塊しよって、それに身体を貫かれたとこまでは覚えとるんやが………一体、何がどないなっとんね…………」


「見桐………見桐ッ…………!嗚呼良かった、無事でいて………」


「これまた、心配掛けてしもたみたいやな。フライちゃんも……なんやボロボロになって………」


「うっ………服が濡れて……そうか………あの時、妙な目力によって閉じ込められ、溺れ掛けていて…………まさかこの状況は――、助かった、のか?」


「おっと、皆さん――目が覚めましたか?」


「「何者なにもんや?」」「誰だ?」


 一斉に声の主-『椛見哩もみり』に向かって、見桐ら三人は警戒を向ける………と同時に―――


「なッ……、あのやろ…………まだ、くたばってなかッ…………」


「ふッ……、そう言うお前も、しぶとく生きているようで――。

 それよりも私としては、そこで血溜まりの上に横になっている彼女が、依然として生きていることに厄介さを覚えるのですが………」


「正直――、君達ヴォイらのような連中が一体何処でどうなろうと、イオには興味が無い。こちらとしては目的さえ果たせれば、それで良いのさ」


「あッ……、てか、テメェにだって言えることなんやで!よくもさっきは見桐を―――……」


 何やらバチバチに言い争い始め、闘いでも始まりそうな雰囲気を前に――、奴らのそんな様子を見兼ねた椛見哩もみりは、眸衣むいを中心とした、芽目やヴァンピーロ達の間を割って入る形で彼女らを制止する。


「まぁまぁ、ここは穏便に。貴女方の間で何があったのかは分かりませんが……まぁ薄々――、察しが付きそうなものだけど…………そんなことよりもほらっ、ここは一つ!

 私から一人一人に神眼をお一つ、プレゼント致しますので、これで手を打って頂けないかと」


 そう言って再度――、カバンの元へと引き返して行き、ビニール袋から先程回収したばかりの神眼を三つ手に取り、見桐達の方へと戻って来ては、それを一つ一つ、彼女達の手の中に握り締めさせる。


平山家ひらやまけ家訓その4:人様の恩義は素直に受け取るべし。

 これで今日一日は無事生存出来るってことでっ!神眼回収完了ゲームセット

 ほらほらっ、各自解散解散ッ!」


 などとユーモアあることを言って、さきの空気感を和ませるように、椛見哩もみりは立ち回ってみせる。


 すると、神眼のプレゼントが効果あったのか、何かまだ言いたいことでもあった様子を見せつつも――、


「……これはもしや、奴の神眼ッ!Che Destinoなんたる運命ッ!これさえ手に入れば、我が目的も果たされるというものッ!これできっと、あの方に喜んで貰える筈――」


「ふッ――、神眼を差し出すとは、随分と気前が良い奴なことで。

 そういうことなら、ここは彼女の顔を立てて、引き下がるのも悪くない。

 こいつは有り難く頂戴するとしよう」


「これ……ほんまヤバいで、フライちゃん!思わぬ形で、今日のところの神眼が確保出来でけたやんか!めっちゃええやん!」


「私達は本当の意味で助かった、のか?しかしこの神眼は一体、誰の………?

 何だ………、妙に生温かい……………まさかッ、この眼球って…………」


 各々は思い思いに言葉を言い残しては、手の内に置かれた神眼を見つめ――、一人は何か思うところがあった様子を見せる―――、が、それでも隣に立つ見桐のことを想ってか、これ以上は何も言わず、周りの者と合わせてそれぞれ分かれ、この場を後にする。


「さてと、私も家に帰らなくっちゃ!普段から部活だ何だ明け暮れて、あまりお店の手伝いが出来ていない分、一日中ずっと、おばあちゃん一人に店番させる訳にもいかないもんね。早いとこ、材料持って行って上げないと―――っと」


 椛見哩もみりは置いていた通学カバンと、良い意味……と言っていいところなのかどうか、何にせよおかげで手荷物の増えたエコバッグを拾い上げると、彼女もまたこの場を離れて行く。


 この時……一瞬だが……、椛見哩もみりのお腹がビクンッと、僅かに跳ね動いたような…………


 それこそ蠢い………何処か、引っ掛かりのある―――妙な現象が見えた気がしたのだった…………。


-------------------------------------------------------------------------------

[あとがき]

◼︎能力解説◻︎


目力:【吹飛視サヨナラ⚾︎ホームラン

 視野の先に大きく渦巻く突風を生み出し、名の通り欲しいままに吹き飛ばしてしまう異能


 イメージ画:https://kakuyomu.jp/users/chaian/news/16817330650352178733


目力:【視吸式シ=キュウシキ

 視界上にあるを対象に目前で謎のスクリューが巻き起こり、この神眼の宿主たる人物の手の中へと吸い寄せられるように働き掛ける、奇妙な力を行使することの出来る異能

(ただし、吸い寄せられるモノにはが存在し、宿主の体重40%未満の質量までに限る)



 手の中へと吸い寄せられていくその性質上、質量制限があるのだろうが、その分――、似通った目力として挙げられる【引目ひきめ】の能力と比べると、下位互換と言わざる得ない程に見劣りする印象がある。


 イメージ画:https://kakuyomu.jp/users/chaian/news/16817330650352306282

                          監修:M.K.

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