⒊ 胎瞳(5) 紅き魔球の失点 RED・DEAD BALL

 謎の神眼者の活躍により思わぬ形で目当ての神眼を手にし、それぞれが海岸を離れた後――、ヴァンピーロはある者に電話を掛け始めていた。


『えっ?何?連絡寄越したってことは、手に入れた訳?』


 例のお店での一件があってか、不機嫌そうに電話に出る雫目冴子の姿が空中に立体投影される。


 これはEPOCHの通話機能として存在する、単なる音声通話とは別の――ビデオ通話機能モードを利用しているのである。


 どうでも良いかもしれないが、何とも力の抜けた字で怠視(だるし)という文字と、その下に半目を開いた眼のイラストが描かれた、謎のTシャツ姿がどうしても目に留まる。


嗚呼Ah、この通り――ほらっ」


 そう言って、ビデオ通話越しの冴子に見せ付けるように、肩から上までが空中投影されて映し出された彼女の像の前に神眼をもっていく。


『――ん?……なぁちょっとその神眼、もっと良く見せてみろ』


 何か気になる部分でもあったのだろうか、ヴァンピーロは冴子に言われるがまま、彼女を映した像の前へと、その手に持った神眼をより近付けていく。


『……やはり』


 確信したようにそう言うと、その後――冴子は衝撃の一言を漏らす。


『こんなのは奴がその身に宿した、数ある神眼の内の一つ。複数の目を持った子蜘蛛のほんのに過ぎない。

 ヘアム様が回収を依頼している神眼はもっと別の……奴の――〈代行屋〉が持つ神眼の《本質》にある』


「それってどう言う………もしやこんな神眼一つ回収したところで、とでも…………」


 ヴァンピーロのその反応を見た途端、冴子は何処どこか楽しそうに――、突然良く分からないことを口にし始める。


『……見分けの付かない『親蜘蛛』を直ちに狩れなければ…………任務を遂行することは限り無く不可能ってか?』


「……Che cosa何だ?その『親蜘蛛』………ってのは?」


『さぁ……?言ったろう?見分けが付かないって…………。

 これがさぁ、〈伝承する能力〉って不思議な特性を持っているだけに、特定の神眼にその力が宿るって訳じゃないんだなぁ………。

 なんつーの………?何かしら目力を宿している一つの神眼に、交わる筈の無い別の目力が付け加わるって言うの?……インプット………?……カートリッジ………?まぁ、それらしいイメージを適当に並べて言っては見たけれど。

 そうだなぁ………親蜘蛛に卵を植え付けられでもしまっていたら、このゲームはまだ…………』


 ……………………


 ………………


 …………


「ただいま………っと!あれっ?目衣彩めいあッ!……えっ、どしたの?もしかして、うちのおばあちゃんの手伝いしてくれてたの?」


良いからよかけん。そげんこと、椛見哩もみりちゃんが気にせんどって!私たちうったちの仲やけん」


 平山椛見哩もみりは帰宅すると、そこには店番しているおばあちゃんの代わりに一人の人物の姿があった。


 何やら訛り言葉で返答してきたその人物の名は、紗倉目衣彩さくらめいあ


 平山精肉店の常連さんの一人にして、時折――うちのおばあちゃんを心配して手伝いに来てくれるご近所様。


 椛見哩もみりと同じく、布都部高校二学年の同級生である。


 制服の上から店のエプロンを掛けた姿で、買いにやってくるお客様の対応をテキパキとそつ無くこなす彼女。


「メンチカツ3つ、360円やけん。こい熱かけん。気を付けてね、ばあちゃん」


「おやまぁ……ありがとねぇ、お嬢さん」


 クセのある言い方を前にして戸惑うお客様もいる様子だったが、そんな心配を余所よそに……なんだかんだで事なきを得る。


 そうして店じまいをしたところで、椛見哩もみりはお礼に目衣彩めいあを自室へとお招きし、家にあった有り合わせの御茶菓子を振る舞うこと、現在――


 二人は煎餅せんべいをバリボリ食べながら、ちょっとした談笑を交わし合っていた。


「バリ……そういや最近、目衣彩んに遊びに行けてないから、津久実つぐみちゃんの顔見てないなぁ……… 津久実ちゃん、元気?」


「ボリッ……… 今年から津久実も高校生になったんやけん。会おうて思やあ、校内で会えるばい」


「そうなんだけどさぁ……、ボリッボリッ………学年は違うんだし、部活が一緒でもなければ、案外出会わなかったりするものだよ?」


「……そげなもんなんやろうか。バリ……ボリッ……それより、椛見哩もみりちゃん………。こげん太った?」


「えっ……!ボリ……バリッ……そう、見える?けど……だとしたらそれは、今こうして――、煎餅せんべいを食べているから?」


「そげんすぐに…… バリ……ボリッ………食べて太るなんてことは無かやろう」


「んー……なら――、筋肉が付いたって線は……ボリ……バリッ………どうなの?」


「いやいや、そげなとやなかって………」


「まあ……、良く一緒にいる目衣彩めいあがそう言うのなら………そう、なのかなぁ…………」


 何とも、平和な時間が流れていく中――


 それは………起こった。


 ギシッ……ミチッ……ブチッ………!


 肉が引き千切られていく音と共に、椛見哩もみりのお腹が勢いよく肥大化したかと思えば―――……


 パンッ!


 唐突に椛見哩もみりのお腹が内側から大きくし、胎内から小さな手が――、頭が――、胴体が――、足が――……


 一糸纏わぬ、一人の人の子の姿形をした――血塗られた謎の幼き女の子が姿を現す。


 一目で女の子だと分かるのは、その子の姿が産まれたばかりの〈赤子〉……とは言えない程に、その肉体は成熟した姿をしていたからである。


 見立てからして、その背格好からおおよそ4~5歳ぐらいの女の子、といったところだろうか。


「……〈処蜘蛛吊連鎖ミ=ゴンチェ=イン〉………能力継承:【視孫しそん】の発動を確認。……先祖返りの術アタビズム……‘寄生虫パラサイト’-〔女王蟲ノ雛ジョロウカグヤノヒナ〕…………脈拍パルス……呼吸レスピレイション………血圧ドゥルック………体温ケルペルテンペラトゥール…………生体反応バイタルサイン異常無しオールグリーン……」


 桔梗色に右目を輝かせながら、謎の女の子が何か――、ぼそッと言葉を呟く。


 まるで空気を入れ過ぎた風船がその負荷に耐え切れず、限界状態を迎えたように―――……


「―――ッ」


 目の前で起きた奇怪なその現象に、目衣彩めいあの手から煎餅せんべいが落ち、動転して言葉を失う。


 目覚めたばかりの幼き女の子は外の光にまだ目が慣れない様子で、何度かしょぼしょぼさせ、次第に慣れてくると――、ここは何処かとその幼子は不思議そうに、部屋の周りをキョロキョロと見回していく。


 さきの衝撃で気を失ってしまった様子の、白目を剥いた椛見哩もみりへと視線がいくとその瞬間――、


 眉の一つ、ピクリとも動かないまま、無感情にその幼子おさなごは目の前にある両目を躊躇すること無く、小さな両手を突っ込むと強引に椛見哩もみりの身体から引っこ抜いていく。


 そのあまりに惨たらしい光景を前に―――……親友である目衣彩めいあの心は、ガラス細工のようにバラバラに壊れていく。


「……………ァァ嗚呼ッ…………嗚呼ぁあ嗚呼あゝぁあア嗚呼ぁぁあァあ嗚呼ッ………………」


 嗚咽を漏らし、怒りだか……哀しみだか……、なんと言葉で言い表して良いのか、よく分からない感情が目衣彩めいあの中でグチャグチャに掻き乱されていく。


「……お゙前………は………誰、な゙ん…… や゙…………」


 今にも吐きそうで、喉舌から発せられる言葉に詰まるも、意外にも幼子に向かって投げ掛ける言葉は冷静で―――……


 目の前の謎の存在――、最早もはや《直感的》なんてものでは無い、明確な【敵】として察する目衣彩めいあの僅かな理性が働き、敵を――、正体を――知ろうと、感情の渦に飲み込まれるがまま、荒げて暴走ハチ切れてしまいそうになる自分を何とか踏み留め、必死に抑え込む。


 如何に現実から、目を背けたくなろうとも………


「私は―――……誰………何でしょうか?」


 先の行動により飛び散って、頬に付着した血を手の甲で不器用そうに拭う仕草をしながら、幼子は答える。


 その返答を耳にし――、ロクに情報が掴めないと察した瞬間、プツンっとそれまで抑えていた感情が一気に爆発する。


「きさんッ、せからしかぁぁぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!喰らえェェッ、【目からビー……」


「………【視食ししょく】」


 グチュッ……ブチッ……ヌチャッ!


「え……」


 目衣彩めいあの右目に大きな熱と光の輝きが集約し――、収束し――、一つの巨大なエネルギー砲と成りて、幼子を対象に解き放たれようとした瞬間のことである。


 突然――、謎の幼子が何かを言った直後に、目衣彩めいあは間の抜けた声を漏らしたかと思えば…………、


 右目がは覆っていた筈の皮膚や筋肉が――、顔中を蝕まれるように見えない《何か》によって、そこかしこに喰われていく。


 まるで蟲の集団が寄ってたかって、目衣彩めいあの顔の肉を――、皮を――、喰い荒らしていくように………


「嫌あぁ………嫌ァァあああ嗚呼あぁぁぁ―――私、死にとうな……………」


 気味の悪い謎の咀嚼音と共に、目衣彩めいあの言葉はそこで終わり、頭部は最後に―――骨だけを残しこの世を去るのだった………。


「……{悪食蟲ノ開孔ワームホール}………〈廻蟲獄喰ノールック/ラ/ルヴ〉」


 気付けば、左目の【目異宮ノ門アイホート】を開眼した状態で幼子が何かを口にした後――、ふと……奴は言った。


「あっ――思い出したぁ……私は―――……め……めめ。――そうだっ!だよっ、………って、あれ?これじゃあもう――、お姉ちゃん聞いてないか」


 椛見哩もみりの腹を割って産まれた謎の幼き少女は、確かにそう――口にしたのだった。


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[あとがき]

◼︎能力解説◻︎


目力:【目からビーム】

 目から一直線上に(ロボットアニメのような馬鹿げた威力の)光線を放つことが出来る異能

 それ以上でもそれ以下でもない、ただそれだけの能力。



目力:【視孫しそん

 【目異宮ノ門アイホート】の八つからなる、伝承能力の内の一つ。

 その目で目にした動物の体内の中で【目異宮ノ門アイホート】の〝眼〟と私という存在が持つ〝記憶の一部〟を伝承した子を宿らせることの出来る異能

 中で瞬く間に急速成長し、ある程度大きくなるとお腹が耐え切れず、対象の腹が割れて中から産まれ出る。


 この時、産まれた子供にはある程度の記憶が引き継がれているが、生まれたばかりの発達中の小さな子供の脳では一挙に全てを理解することは難しく、本能的に自己防衛神眼の使い方になる記憶はすぐに思い出すものの、自分という人間性・個人的なことに関しては徐々に思い出していく傾向が見える。


 五日程もすれば成人(18歳)の肉体にまで成長し、生まれ変わった身体はその後、死体とは違う為に年を重ねる毎に普通の人間と同じように老いていく。(あくまで急成長するのは、成人年齢に相当するまで)


※少し変わった特性として、既に存在する目力とは別のもう一つの力として、他の神眼にこの力を宿す移すことが出来るという、まさに能力そのものが子孫を残すような特異性をも持ち合わせている。

(ただし、あくまで【目異宮ノ門アイホート】の持つ目力の一種の為、【目異宮ノ門アイホート】の神眼をその身に有している存在にのみ限定される)




目力:【視食ししょく

 【視孫しそん】同様――、【目異宮ノ門アイホート】の八つからなる、伝承能力の内の一つ。


 その力は、目にしたものを物理的に喰らう異能

 

 見えない〈何か〉が肉を――、皮を――、カサカサと這う音が耳に響き渡りながら、ジリジリと貪っていくのである………。

                           監修:M.K.

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