⒉ 犬視(6) 奇妙な分岐

[まえがき]

 前話のストーリーにおいて、ボツになってしまった玩具一覧


 ・眼球の付け替え人形

 ピヤー ドゥ ウイユに参加する神眼者プレイヤーたちを○分の一スケールで、精巧に再現されたフィギュア。

 一つ一つのフィギュアが何種類もの存在する眼球パーツと付け替えることが可能であり、LEDライトが内蔵されており、劇中さながらの発光シーンを再現。


 特に眼球の造りはかなり拘っており、一般的なフィギュアののっぺりとした瞳とは違い、一つ一つが水晶体さながらの透明感を再現したパーツとなっている。


 なお、神眼の存在は伏せられていることから、彼女らの存在を元に生まれたそれらの人形が商用化として世に出ている筈も無く、写真からそっくりに作るオーダーメイドの3Dプリント製のオリジナルフィギュアを一人密かに注文していく風辺眸衣ふらべむいの姿があるとか無いとか………?



〈没になった理由――〉

 武器になり得そうな玩具とは思えない上、そもそもの話、そんなものを眸衣が持っている意味が訳分からない。


 それでは、本編をお楽しみ下さい。

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 時は先月、例の布都部高校にて不良上級生らとの戦闘を繰り広げた次の日にまで遡る―――


 場面にして噛月との一件のあと、悠人が倒れて未予に家まで運んでもらったあの日、偶然にも紫乃が悠人のズボンのポケットから一つの神眼を見つけ出してしまった、次の日のこと……―――


 ――これは、改変された時間軸における世界線にて、起こった出来事のこと………今から語られるのはそんな別の世界線での悠人の話である。


(どうしよどうしよ………あの時、何となく気になって兄さんの着ていた服のポケットの中に入っていた眼球を手に取ってしまったけど、これ絶対一日生存分の予備の回収用の神眼、だよね。……絶対、無くしたと思って困っているよ、兄さん。だって、わざわざ密閉袋に入れて所持していたぐらいだし………。

 ついつい、先生の研究の助けになるかと、基本見たことの無い神眼は回収出来る時に回収してしまおうと変にクセ付いてしまっているのかも。けどやっぱり、これまで見たことない神眼だから研究に役立てられるよう、ここは持っていきたいし………う〜ん、どうしよう………あ、そう言えばっ!)


 何か秘策を思い付いたのか、紫乃は自分の通学カバンの中身をガサゴソと弄りながら一人呟き出した。


「……何日か前に回収した神眼で十分にデータは取り終えたから、目神へ捧げる送る貢ぎ物廃品回収用にでも出してしまっても構わないなんて言って手渡されたけど、まさにこれって入れ替えるには丁度良い神眼じゃないか……な?

 うんッ、そうだよ!何も神眼を取り換えたところで、等しく命を繋げられることに変わりない訳なんだし、等価交換と思えば悪くない筈!」


 そうして紫乃は密かに悠人の制服ポケットの中の神眼と持っていた神眼を代わりに入れ換えようと行動に移す。


 そこに握られていたのは、白藤しらふじ色に輝く虹彩をもった、一つの眼球であった――………


 次の日――


 そんなことがあったとはいざ知らず、いつも通り制服へと着替えて学校に登校し、教室の自席に着くと、何かポケットが嵩張かさばる違和感を感じた悠人がおもむろにポケットの中へと手を突っ込む。


 すると、何やら滑らかなツルツルとした質感の四角い小袋のようなものを感じると、彼は一瞬にしてすぐに思い出す。


「あっ!」


 思わず声が出てしまい、周りのクラスメイトが同時に彼の方へと注目する。


 何でもないです、と一言だけ呟くと、クラスメイトたちは一瞬にして彼から興味が失せたように目を逸らし、何事もなかったかのように周囲では再び会話の話題へと戻っていく。


(……やっべぇ〜、これ昨日、未予に神眼を手渡されていたんだった………そっか……昨日あれから気を失ってポケットから取り出し損ねてしまったのかぁ〜〜)


 と、ここで彼は重要なことを思い出す。


(そういやこの目って………魔夜さんが元々持っていた神眼じゃんか!未予には秘密にしておけみたいなこと言われちゃいたが、やっぱり魔夜ちゃんのことを信頼して返すべきだろうがッ!)


 思わず感情に左右リンクしてポケットの中の眼球を強く握ってしまう悠人。


 いくら衝撃を与えようがグミのような弾力性で決して崩れることは無い神眼だが、思わずしまったとばかりに心配してポケットの中から眼球の状態をこっそり確認しようとする。


 まさにその瞬間だった。


「あぁああぁぁぁぁ――――ッ!」


 今度のはびっくりして出てきた声の範疇を越え、悲鳴に近い声が出てきてしまったものだから、一斉に視線を向けられるどころか、心配され声を掛けられる始末に。


「おい、どうした目崎」


「大丈夫?何かあった?」


 近付いてくるクラスメイトに眼球を見られないようそっと………かつ大胆に勢いよく元のポケットの中へと押し込むと、彼はそんな皆に対して口を開く。


「あっ、えっとその………騒がせてしまってすまない。

 ふと、ケータイで驚く程、安売り大目玉商品の広告を発見してしまったものだからごめん……なんか変な声上げてしまったわ。

 要はそういう訳だから特別気にしなくったって大丈夫だから」


「へ……へぇ、そう、なんだ…………」


「何だよ、そんなことぐらいで変な声出すなって」


 一瞬にして彼に対して興味が無くなってしまった一同は再びホームルームが始まるまで友達との会話へと戻るのであった。


 そんな中、動揺が抑えられない白髪の少年が一人。


(……おいおいぃ、嘘だろぉぉ………さっき中身を確認した時、魔夜さんの元の神眼と全然違う目玉が入っていたじゃねぇかよ!……なんてこった…………知らぬ間にすり替わって、いた…………ってのか)


 でもどうしてこんなことが…………


 確かに気絶する前までは、彼女の神眼を持っていたことは記憶として覚えている。


 だが、その後から今に至るまでの間に、何者かが俺の制服のポケットを弄り、神眼を回収して代わりに別の神眼をわざわざ中へ入れるなんて行動………、一体どんな神眼者プレイヤーが得をするというのだろうか?


 これまた妙なところで、あたかもすり替えたとバレないようにか、眼球の入った密閉袋には違いが無い。


 中身をすり替えた……いや、もっとも現実的に考えられるとすれば、この密閉袋自体、島の百円ショップで一般販売されている、手に取りやすい品物なだけに、巳六のペットボトルでの例の収納は滅多にない事例ケースであろうから参考にならない……が、


 他の神眼者で同じように密閉袋にしまう事例ケースの者がいてもなんら可笑しくは無い。


 こうなってしまうと何一つ手掛かりが無く、犯人探しが出来ない以上、魔夜に対して隠し事は無しにいさぎよく謝罪した上で打ち明けるべきだと思った悠人。


「こうなったら、いっそのこと仲間全員にこのこと打ち明けて話すべき、か……………」


 悠人は一人教室でそう呟いていたりしていると、丁度良く登校して教室内へと入って来た、朝が苦手でバス通いをしている幼馴染-夢見華からまずは今日の放課後、時間はあるか確認をしに声を掛けに行くのであった。


 そして放課後――


 今日話そうとする内容も内容だけに当然ながらゲームルール上、人集りが出来る場所は真っ先に避けるべきであり――、


 とは言え、人目に寄り付かない場所で出来ればお金の掛からないところと言ったら、彼にとってはそれは一つしか思い当たる場所が出ず………


 結局のところ、集まる場所はこちらから皆をお呼び立てした手前――、目崎家我が家にすることにした。


 すでに悠人の家の場所を知っている未予と華は、通学バスで一足先に彼の家へと向かって行っている。


 斬月にも連絡を入れて、ひとまず昨日の一件で場所が分かっている、ここ布都部高校の前で待ち合わせをし、斬月と無事合流したところで、さて自分達は歩きで行こうかどうしたものか考えていると、校内奥からに搭乗して出てきた魔夜の姿があった。


「ごめん、待たせたかな?」


「あ、魔夜!……って、うぇっ!それって……………」


「ああ、これ?最近取ったんですよ、


 そう言って現れたのはホバーバイクに跨がり、ヘッドライトのように頭の上に取り付けられた最新式の投影型ナビ-【高解像度小型投影機モジュール】の付いたフルフェイスヘルメットを上から被り、顔の前にくるシールドが上がっていて顔だけ出ている状態の裏目魔夜の姿があった。


 前に稀街栞奈きまちかんなブシュラの屋敷目的地を目指して社用車を運転していた際に使っていたナビゲーションシステムと要は同じものであり、車内ではフロントガラスに向かって投影するように、こちらはヘルメットの防護壁シールドに向けて投影して使用するものとなっている。


 特別、ナビゲーション表現に相違は無く、ガラス越しに道順となる矢印を道路に沿って投影されるシンプル設計を採用されており、従来のハンドル部分に小型の液晶ナビを付けてそれをチラチラ視線を移しながら運転する、ながら運転の危険防止になると、世界的にも推奨している程の高い評価を得ているヘルメットである。


 そもそもホバーバイクとは日本の法律上、自動車か航空機か正式にはそのどちらであると切り分けられていなかったが為に、免許不要な代わりに公道を走ることは許されていなかった筈だったのだが……、


 以前のような限定台数の販売では無く、お近くのバイクショップで何てこと無く一般販売化されるようになってからというもの、普段から平均して人混みの多い都心などの地域は除いて、完全に独立されているような島国や一部の人口の少ない地域だけを限定として正式に自動車扱いとして、きちんと免許を取得することで公道を走ることが許可されるようになった現代――。


 低空飛行して悠人の前に現れた魔夜は、ゆっくりとバイクを地面の上に着陸させた。


「えっ?……え、えっえええっ?あ……、あーあれだろ……その、バイク免許って言ったら十六歳からだろ?特に今まで聞く機会も無かったけど、魔夜さんの誕生日って…………」


「四月十日ですよ。………ほらこの通り――、免許証にだって記載されているでしょう」


 そう言って魔夜は、自身の証明写真が載せられた普通二輪免許証を悠人の前へと掲示して見せる。


 そこには確かに4月10日生の表記がしっかりと確認出来た。


 この島唯一の高校ともなる布都部高校では、当然のように家から学校までの距離がある程度離れてしまっている通学生徒もちらほら存在する。


 本校から一定距離の離れている住まいの生徒に限るが、バイク通学を許可しており、ちらほらマフラー吹かして通学してくる生徒達の姿を目にする機会は時として多い。


 基本――、学校としてはスクーターバイクを推奨はしているのだが、如何せん布都部島にはバイク工場が存在しない為、バイクは全て島外からの輸入品に限る。


 その為、売られているバイクにも限りがあり、車とは違ってあまり利用する者が少ないのか……必ずしもスクーターバイクを購入出来るとは限らず、最終的に布都部高校では改造さえしなければ多少別の種類のバイクでも構わないという校則になっている。


 それこそ《空飛ぶバイク》として元より各国で注目のあったホバーバイクは、一般販売化するようになってからというもの、販売業者からしたらそれはそれは世界中に向けて大々的に売り出したい訳で――、


 ここ布都部島に関しても、その影響の波があってか多種多様なホバーバイクが広く流通している。


 ちなみに、噛月朱音の取り巻き三人衆もバイク登校していたりする。

(朱音に関しては、少年院に入っていたり何だりしていたが為に、こう見えてバイク免許は持っていなかったりする)


 ……それもこれも、彼女を取り囲う例の冷たい家庭環境から何処となく想像が付きそうなものだが、朱音にお金を出す筈も無く、一時期バイトして両親には内緒で貯めたお金を使い、黙って教習所へと通っていた。


 どうにか教習所の卒業までは掴み取ることが出来たが、布都部島には免許センターが無く、そうなると警察署で手続きをして最後の学科試験を受ける形を取るしか無い訳で………


 警察署で手続きを行うと結構手間が掛かるもので交付まで2週間程度は掛かってしまい、時間とお金だけがどんどんと掛かる日々。


 すんなり受かるなんてそう現実は甘くなく、親に隠れて参考書も買えず一人努力するも三回はセンター学科試験を落ちてしまい、そこで諦めてしまったという経緯がある。


 勿論、校則の関係もあり、いわゆる不良がやりがちな改造バイクを乗り回すなんてことはしておらず、一般に販売しているタイプのものをそのまま乗りこなしている。


「……にしても、バイクの免許なんてそんなに早く取れたりするものなのか?」


今時いまどき集中して取ろうと思えば最短で九日間程、AT限定であれば七日間程でバイク免許は取れるものよ。

 ……って言っても、ホバーバイクだと通常のバイクと勝手が違うから、実技演習も込みでちょっとは手間を取るものだけど」


「まじか。そういや……よくよく思い返すと、初めて片目奪われてから一時期学校に来なくなってしまったことがあったが、もしかしてその期間、教習所にかよっていたことがあったりなんかして…………」


「ええ、鋭いですね。あの時の私は命を半分失ったような感覚で………精神的にも追い込まれてしまっていたところもあって…………失ったものを埋め合わせするように、今思うと何でも良いから自分に得られるものが欲しかった、のだと思う。

 グレていた、と言っても良いのかもしれない。何もしない自分がなんだか落ち着けず、要はじっとしていられなかった………」


「それで……バイクの免許を………?」


「結構、良いものですよ。島中を軽くバイクで走らせるだけでも、車とは違って周りに遮蔽する窓が無いので、風や自然を肌で感じる開放感がありますからね。自転車と違ってスピードが出て、爽快なものです」


「へぇ……とは言え、俺は家計のやりくりで一杯一杯だから、バイクなんて無縁だろうな」


「いえ、運転は出来ずとも乗ることは出来るじゃないですか。自転車と違って二人乗りは問題ありませんから」


 そう言って、魔夜はマシンの横に取り付けていたリアボックスから予備のヘルメットを取り出し、それを悠人に手渡す。


「えっ?」


 突然のことで思わず、驚いた声が出てしまった悠人。


「目崎さんのことです。どうせ歩いて家に向かうとか考えていたんでしょうが、それでは着くまでに時間が掛かってしまうではありませんか。

 わざわざ皆を呼び出して、人気ひとけを避けるようにご自宅に集まって欲しいなんて言われたら、少しでも早い内にどうしても話しておきたいことなのでしょう?

 それを察して、家を知っているって言う、保呂草さんと夢見さんはバスで早いとこ向かって行ったのではありませんか?」


「えっ、マジ………あいつら、俺のことを察して……………」


 そんなことまで考えようも付かなかった悠人は改めて、こんな一人だけ男が混じっている中、メンバーの皆に信頼されているんだと、何だか一瞬涙が出そうな程、嬉しくて感動してしまいそうになる。


 お言葉に甘えてと、手渡されたヘルメットを被り、カチッと顎のところでロックをし、魔夜の背後に回ってバイクへとまたがる。


 流れるように動いてしまったが、だがここで彼は思った。


「あっ、でも斬月はどうするんだ?島の公共バスを使うとしてもお金無いんじゃないか?……やはりここは斬月に乗ってもらって、俺は出来る限り急いで走って行くようにするよ」


 そう言って、バイクから降りようとする悠人。


 だが、これを制止する二人。


「走って行くって、他でも無い目崎さんが家の鍵を持っている以上、さきに行った保呂草さんたちを必要以上に待たせてしまうことになる。このまま乗って行くに越した事無いわ」


「そんな……私なんかご心配にならず。毎日鍛錬は欠かさずおこなって、鍛えておりますゆえ」


「……いや、そうは言っても……………」


「ほら、グチグチ言ってないで!

 もっとここは――『流石は昔から生きてきた、リアルで忍者としての活動をして来た者だけあって、その言葉には凄みを感じさせる確かな説得力が伝わって来る。

 三日月さんを信じよう』ぐらいのことを言って上げないと。

 女が恰好良いところを見せたい時は男が色々口を出すってのは野暮なものです」


「えっ?これってそう言うものなのか………」


「「そう言うものです」」


 二人に言われてしまっては仕方が無い。


 彼は少し罪悪感を感じながらも、これ以上二人に言っても仕方がないと察してか、被っていたヘルメットのシールドを顔の前へと持っていき、目の前の魔夜の腹部に向かって両腕を回し、振り落とされないようがっしりと固定して、出発の準備をする。


「それでは目崎さん、離さないで下さいね」


 そう言うと、魔夜もまたヘルメットのシールドを顔の前へと持っていくと、電動モーターとエンジン全開でバイクを発進させた。


『本当に大丈夫かな………』


 シールド越しの曇った声で悠人が心配そうに後ろを振り返ると、魔夜の発進に続いて斬月は建物の外配管やらベランダの手摺てすりやら掴んで跳んで登って容易に手近の建物の屋上へと上がっていっては、上から魔夜の運転するバイクの動きを目で追いながら、器用に屋根から屋根をつたって、バイクが走るスピードとそう大差なく難無く付いて行ってみせる。


 流石は千年近くの刻を生き、数多のいくさを乗り越えなおも衰えず存在する本物の生きた忍者と言ったところであろうか。


 特に疲れた様子も無く、後方からの悠人の案内に従いながらバイクを走らせて行った魔夜と殆ど同着で目崎家に到着してしまうと、案の定、未予と華の二人が家の前で姿を見せていた。


「あっ、来た来た!」


「あら、未来視ビジョンで見た時間通りね」


 待たせてしまった二人を見兼ねて、ヘルメットを取ることも忘れる勢いで悠人は慌てて家の鍵を開ける。


 思わぬバイクで帰宅時間が短縮され、この時間帯であれば妹が帰ってくるまで、まだ時間に余裕がある。


 部外者には聞かせられない、神眼絡みの話が聞かれることは避けられる筈だ。


 それに彼は知らないが、放課後になっても紫乃はすぐに帰る準備をする訳でも無く、大体リンジー先生のいる実験室へと足を運び、何かしら実験を見てから帰るのが殆どの流れなので、余計な心配はご無用である。


「ここがゆっとん。あ……ゆっとの匂いがする。地元に住んでいた時、よく遊びに行った時と変わらないこの空気………何だろう、この安心する感じ、久し振りだなぁ」


「人んの匂いなんて嗅がんでいいって!変なところで安心を寄せなくて良いからっ!」


「最低限の物しか置いてないわね」


「そこはせめて物を大切に扱っているだとか、もっと良い言葉があっただろっ!」


「や……屋根裏とか空いていたりしますか?」


「ちょっ、ひっそり人ん家の屋根裏に住み込んで来られでもしたらマジで怖ぇよ!」


「あ、バイクは何処に置けば良いですか」


「えっ、そ……そうだな。前に自転車置き場にしていた、テラス屋根の付いたスペースが裏庭にあるんだが、入れられそうか?」


「……そうですね。この間隔ならギリギリですが、どうにか置けるかと」


「そうか。なら良かった……ってか、唯一まともな反応が返って来たものだよ」


 何やら言いたい放題言われているが、そんな彼女たちの反応一人一人に懇切丁寧にも返してやりながら、これでもわざわざご足労を掛けて家に来て貰った手前、最低限、飲み物の一つでも人数分出して上げようとキッチンの奥で一人用意をする悠人。


「あれ……家にそれほどコップあったっけか?どうしても捨てられずにいる家族のコップ合わせて計四つあると言っても、一つは俺が普段使っているものだし………

 やっぱ女の子相手にそんなコップでお出しする訳にはいかないだろ。一人分だけ……仕方ない。汁椀にでも入れて用意するか」


「「駄目~~ッ!」」


「へっ?」


 驚いて変な声が出てしまい、思わず声のした方へと振り返ると、そこには華と斬月の二人が妙に顔を赤くした様子を見せていたところを悠人は目の当たりにする。


「「私は……それで良い…………」」


 恥ずかしがるように二人同時にそんなことを言うと、両者同じようなことを考えていたようで、口にするなり互いは睨み合い、ここは譲れないと言わんばかりに、唐突に二人の間で勝負を賭けたじゃんけんが始まった。


「「じゃんけん、ポンッ!」」


 結果は華がチョキ、斬月がグーで斬月が勝利した。


「えっ?えっ?本当に俺の使うのか?」


「そのコップが……良いです…………」


 ふしゅ~と顔から煙でも出てきそうな勢いで恥ずかしそうに口にする斬月。


(あれかな?味噌汁でも無いのだから、汁椀ってのが逆に抵抗感があったのか?だからこそ、ここは代表して私がッ!………なんてノリじゃないよな。……これは完全に…………どうしたものか。なんかここで変に口出しするのも癪だと思われるのだろうな…………そういやどっかの誰かさんの言葉で女性は難しい生き物だって……なんかそれ分かる気がします)


 一人色々思うことがありながらも、わたくし、目崎悠人。何か病気を患っている訳でも無く至って健康体な上、毎日きちんとコップを洗浄している訳で、人様に出しても衛生上において問題が無いことは自負している。


 だがどうかとは思うも、ここで妙に反抗するのもかえって変な話であり、あれこれ先に口に出しては所詮は全て言い訳にしかならず、特別彼には断る道理が見当たらなかった。


 それより今は本題に入らねばと、もう……何だって良いです、と悠人は大人しく四つのコップを用意し、順に飲み物を注いでいくこととした。


「すみません。こんなものしか用意出来ませんが、良かったらこれ。粗茶ですが………」


 そう言って、彼なりの精一杯のおもてなしとして、水出しポットの中に入った作り置きのパックの麦茶を四人分用意すると、ソファに座る四人の前に手前に置かれたテーブルの上に一つずつ、彼女たちの近くに置いていく。


 各々、差し出された麦茶の入ったコップを手に取り、それを口に運んでいく。


「「「ぬるい!」」」


 未予と魔夜と華の三人が一斉にそう口にする。


 元々は冷蔵庫で冷やしていた麦茶とは言え、冷たさもましてや同時に熱さも感じ取ることが出来ない自分たち神眼者にとってはどんな飲み物もそのように感じてしまう。


 だがそんな中、別の反応をする少女が一人……


「……熱い…です…………」


 一口、カップに口を付けるなり、顔を真っ赤にしながらそのように言う斬月の姿があった。


 ……この後、華が斬月にヤキモチを焼いてしまい、一悶着あったことは言うまでも無い話である。


 そんなこんなで華も斬月との言い合いに疲れたのか、ゴタゴタが落ち着いたところで近くにいた魔夜から今日集まった要因について、彼に話を切り出す。


「それはそうと、何か私のことで伝えておくことがあると聞いたけど…………」


「ああ、そうなんだ。わざわざお呼び立てしまってすまない。皆にも話を共有しておくべきだと思って、今回はこういう機会を作らせてもらった。……ごめん、魔夜さん。俺は一つ、君に謝らなければならない」


「えっと、それはどういうことで………?」


 当然のように返す魔夜。悠人は話を続ける。


「嘘のような冗談にしか聞こえないかと思うけれど、実は昨日、みなを巻き込んで起きた不良の三年生たちとの一件があったあと、行方知らずだった魔夜さんの失った右目を持った神眼者プレイヤーと遭遇して………

 何とかその者から取り返すまでは良かったのだが、今日は遅いし明日にでも魔夜さんに直接会って手渡そうかと思い、その……

 モノがモノだけに今日の神眼狩りの時にでも集まる際に一回家に帰ってから持ってこようぐらいに思っていたら………

 今朝方、学校へ着くなり制服のポケットに違和感を感じたものだから中にあるものを確認して見ると、そこには回収した筈の魔夜さんの右目では無い、全くもって覚えの無い謎の神眼が入っていたんだ。それがこれ、なんだけど………」


 そう言って、彼がテーブルの上に置いたのは、魔夜の初期神眼オリジナルとは似ても似つかない、ぐにゃりと握り潰されたような捻れた形をした瞳孔で彼女の顔を見つめる白藤しらふじ色した眼球が入った、小口の密閉袋であった。


 悠人がこの眼球をテーブルの上に掲示した直後、それまで彼の話に全く興味を示していない様子だった未予が一瞬だけぴくりと眉に動きを見せ、視線がその眼球へと注がれていた。


 魔夜はそれを拾い上げると、興味深そうに横から顔を覗かせる華と斬月。


「何やらヘンテコな形をした神眼だね」


「あれ……この神眼、何処かで…………」


 斬月には見覚えがあるのか、妙な反応を示す。


「何か……知っているのか?」


 思わず聞いてしまう悠人。斬月は答えた。


「あっ、えっと、こうしてゆうとと手を組むようになる前、単身で闘ってきた中の相手に一人、これと同じ特徴の目を宿した神眼者がいたのを思い出しまして………

 とにかく!トゲのある言葉を言ってくる人物だったので印象に強く、間違いありません。私が遭遇したその人物の神眼と思われます。

 ……ですが、可笑しいです。その者と遭遇した際、奴から片目を奪取し、その日の内に観音かんの……いえ、目神の元に献上したので、もう一つこの場にその目が存在するということはその者はすでに死んでしまわれているということになる………」


「つまりこの目は今は亡き人の神眼……って訳かよ…………」


 自分達が闘って奪取したものならいざ知らず、いくら生存分を確保出来るとは言え、気味が悪いものである。


 昨日の倒れた時間から今朝の通学までの間に一体誰が、何の目的をもって、すり替えたというのだろうか?


 これが奪われるなら分からなくも無いが、、というのが妙に引っ掛かる。


 変に回りくどいことをする様子から、それをおこなった人物は少なくとも彼に敵意を持っていない人物……とも取れるだろうか?


 だがそんなことをいくら考えても、仕方がない。


 今はそれ以上に魔夜の初期神眼オリジナルである右目を取られてしまったのだ。


 神眼を返すことが出来なくなってしまったことこそ、一番の問題である。


「ちっくしょう…………」


 思わず、悔しい感情が言葉となって出る。


 悔しがる彼のそんな姿を見て、本気で右目を取り返していたことを感じさせられた魔夜は予想外のことを発する。


「表裏一体………」


「えっ?」


「どんな神眼もその出会いは一期一会……私が初めにこの左目と同じ両目を授かったのだって、言わばえんがあってのこと。

 初期神眼オリジナルの目が手元に無い……と言うのは正直なところ、喪失感があるけれど、それでも隠し事せず、目崎さんは勇気を出して自白をしてくれた。目崎さんを毛頭責めるつもりはありません。

 ……折角、見せてくれた神眼なのです。ここは無下に扱わず、この神眼と縁があったと思って、思い切って移植してみようかと思います。もしかしたら、元の神眼以上に強力な能力だって方向性も拭えませんので」


「えっ!魔夜ちゃん、本当にこの神眼を移植するの⁉︎」


「確か、この神眼って大した力では………」


 思わず横にいた華と斬月が驚いた反応を示す。


「……そう言えば、シノビはこの神眼の能力のこと、少しは分かるところがあるのよね」


 未予は興味深そうに斬月へと問い掛ける。


「地味な能力であったことは………あっ、そうです!私の見立ての通りでは確か……空間をゆがめ、対象物を適当な場所へと移す能力。それも、一定の距離感の間でしか能力は働かなかった………ような……………」


「その神眼……効果範囲に限りがある、と言う訳ね。……それを聞いても魔夜、移植するのかしら?」


 ここで未予が意地悪に魔夜の心を揺すぶる質問をする。


 魔夜は答える――。


「今の右目の神眼は所詮は拾い物。

 どちらの神眼に愛情が芽生えるかと言ったら、本気で私の神眼を取り返そうと思って行動して得た神眼の方が同じ私の神眼で無くとも、強い想いを感じられるこの神眼の方が芽生えるというもの。

 三日月さんは大した力なんて言っていましたけど、話を聞く限り、使い方次第では意外と化ける可能性があると思うんですよね、私」


「そう………目に愛情を持つことは非常に大切なことだわ。

 人間、生まれ持った大事な器官の一つにして、楽しさや鑑賞、喜びや称美など直接的に目に映ったものが思い思いに感情を引き出させ、時に心をはぐくみ、時に心のバランスが取れて精神そのものを安定させてくれる、生きていて有ると無いとでは人としての生活感を変える一生もの。

 勿論、生物としての種を絶えさないよう、身を守る為に外からの光を感知する手段を、外の世界そのものを映像として危険から身を守る情報を掴む力として発達した大切な進化の証でもある。

 大きな意味でも非常に大切な気持ちであると思うわ」


 その未予の返答に魔夜は予想もしていなかったとばかりに驚いた様子を見せる。


「……まさか、三日月さんが大した能力では無いと言った手前、てっきり保呂草さんの性格上、移植には肯定派かと思っていましたので………

 そのようなこと、保呂草さんも言うのですね」


「私をどんな我が儘女とばかり思っていたのかしら?」


「保呂草さんと馴れ合うようになってそれなりに日が経つものですから、所々そう思う様な場面に遭うことも………ねぇ、目崎さん」


「えっ!俺ぇッ?」


 唐突に自分へと会話を振られてしまい、思わず戸惑ってしまう悠人。


 何を言ったら良いのか考えが纏まらず、つい勢いで口から出てきた言葉は――


「まぁ……慣れたもんだから…………」


 なんて、下手したら未予の怒りを買い兼ねないことを言ってしまうのであった。


 案の定、それを聞いた未予の反応はと言うと――


「それは一体、どういう意味かしら?」


 何処と無くさっきまでと口調が強くなり、完全に視線は悠人を睨む始末。


「待て待て、誤解だって!」


「誤解?」


「時折、言い方がキツい時もあるが、決して後ろ指を刺すことを言うような奴じゃないって話だよ」


 一瞬、きょとんとした表情を見せたかと思えば、未予はすぐにいつもの声色で返事を返す。


「……へぇ、そんなことも言えるのね、君は」


 そう言ったほんの一瞬、どこか薄っすらと笑みを浮かべたような気がしないでも無かった。


「なら、例の眼科に行きましょうか。さっそく」


「あ、ちょっ、行動が早いなぁ、おいっ!」


 何処と無くご機嫌な様子の未予を筆頭に、早くも例の眼科-石井眼科へと足を運んだ御一行。


 それで肝心の魔夜の右目移植手術においてだが、前回と同じように、当然医者としてこの神眼が移植する為の安全基準(要は感染症などのリスクにならないか等)に値するかどうか、精密な検査の上で正しい処置の元、行わないと、患者に万が一のことがあっては大変の一言で済まされやしない、医師にとってこれは神経の擦り減る大手術なのである。


 眼球移植専用大型精密機器:ASHURAアシュラの発展により、医師に掛かる手術一つ一つの負担は軽くなったものの、患者に対しての安全性の適応基準はまた別の問題である。


 だが今回は過去の一件で、さもご自分の目であると発言した上での移植手術を受けた以上、眼科医としてきちんと資格を取って仕事をしているプロの目を誤魔化そうったって、同じ手がそう二度も通用する筈が無いことは目に見えている。


 だが、しっかりするべき眼科医:石井友永は未予の目に魅了されるように、男の意識はボーっとなり、またも良く分からず魔夜の移植手術をやらされるのであった………


 魔夜たちは何が起こったのか良く分からないまま、無事に移植を済ませてもらい、いまうわの空にいる友永を置き去りに手術代だけは置いて一同は病院を出ることに。


 ここで皆とは別れ、魔夜は一人、人気ひとけの無い、とある一つの駅舎跡地へと来ていた。


 誰か一人だろうと整備する訳でも無い為、何処までも伸び放題に雑草がぼうぼうに生い茂った駅舎は、あの日大きな震災があって半壊した状態のままその爪痕が残っており、いつまでも取り壊されることなくその壁は色が剥がれボロボロで、床材やらは朽ちて今やススだらけになってしまっている建屋。


 雑草に隠れた錆び付いた線路上には、いくつかその当時に走行していたのであろう列車が、震災に遭った時の被害だろうか横転して残っているものや、外の窓ガラスは完全に割れているが中々綺麗な状態で残っているものやら、放置されて取り残された車両が存在していたりなんかもする。


 車内は底が抜け、植物が侵入していたり、いつまでもそのままにされて埃舞う中、座席のクッションだけは未だ健在しているものだったりと、中は中で様々な顔を見せてくれる。


 勿論、なんの目的も無くそんな場所へと訪れた訳は無く、こんな人気ひとけの無い場所へ来たのには、新しい右目の神眼に宿る能力の扱い方を身に付ける為である。


 魔夜は早速、右目を開眼し、まずはそこらに生えた雑草をターゲットに力を試してみることにする。


 目の前に生えた数本の雑草に狙いを決めた魔夜はその右目で視界に捉えると、目にした雑草の地点ポイントから確かに斬月の言う《歪み》が発生し、瞬く間に根っこごと持っていかれたその数本の雑草は別の地点ポイントからフサッと柔らかい音を立てて静かに何処からとも無く現れ、確かに移動をしたことを確認する。


 ただ意識していなかったこともあってか、適当な位置に雑草が移動した為、魔夜は次なる検証へと移る。


【検証その1】:狙い定めた対象を思い通りのところへと移動させることは可能であるかどうか?


 能力自体は大体斬月が言っていた通りのものであったことは確認出来たので、今度は自分が立っている位置から少し遠くの方で生えていた、黄色と濃い紅色の色鮮やかな花を咲かせる波斯菊ハルシャギクにそれとなく目が行き、目標ターゲットをその花へと狙いを澄ますと自分の元へと引き寄せるよう意識イメージを脳内でつくり、再度右目を開眼する。


 視点を集中させた一部の波斯菊ハルシャギクの塊だけがシュンッと切り取られたようにその場から消えると、手の平に波斯菊ハルシャギクがポンッと乗せられる意識イメージしていたのだが、その移動先は全くの違うところへと再出現スポーンされてしまい、失敗に終わった。


 目標ターゲットとの距離が少し遠かったのが悪かったのだろうか?


 今度は目の前の小さな青い花を咲かせた大犬の陰嚢オオイヌノフグリへと狙いを決めると、もう一度手元に飛んで来る意識イメージを頭の中で想像し、大方意識イメージが固まってきたところで目標ターゲットに目を向け、能力を発動する。


 結果は――、成功である。


 きちんと手の平の上には大犬の陰嚢オオイヌノフグリの束が乗っかっていたのだ。


(成る程……距離感が測り易いものであれば、思った通りのところへと移動させることが可能だと言うことですね………これは良い情報データが得られました)


 この神眼が片目だけの為、両目共に一緒の目を宿していた初期使用者元の持ち主とは違って、片目だけで掴める距離感と言うとかなり限られた範囲のものにはなってしまうが、それでも自分から近いものであるなら手元に引き寄せることが可能であることが確認出来た。


 それでは、次の検証である。


【検証その2】:移動できる対象に一定の質量制限なるものが存在するのかどうか?


 先程は比較的軽い雑草というモノを用いて色々と検証してみたが、これがもっと質量の大きいモノでも移動させること自体は可能なのかどうかを検証してみたいと思う。


 幸い、ここにはかなり大きいモノとして、放置された列車が存在する。


 それこそ、列車程の物質ごと移動させることが可能であるならば、距離感の制限を差し置いても能力の幅が広がるというもの。


 だがこういう時はまず、いきなり大物から挑戦チャレンジをせず、段階を踏んでおこなうことが大事であろう。


 いきなり大きなモノに手を……目を付けてしまったがばかりに、能力の限界が分からず、下手に力を引き出そうとして、それこそ事故にでも発展するような事態へとなってしまいでもしたら、嫌な話である。


 まずは無理せず、そこらに転がる石……の中でも少し大きめな石から始めることにした魔夜。


 石の前に立ち、雑草の時と同様、手の平の上に乗っかってくるのを頭の中で意識イメージしてみせてから、右目を開眼。


 目標ターゲットの周りで空間が歪み、一瞬でずっしりと重い感触が手の平の上に伝わってきた。


 勿論、手の平の上に乗っかっているものは、さっきまで目の前にあった石である。


 石ほどのサイズは無事クリア。


 次はそこそこレベルを上げて、魔夜が目標ターゲットとして目を付けたものは、駅舎の駅員室に立て掛けられていた一本の刺股さすまたである。


 崩れた床材を避けるように出来るだけ目標ターゲットとの距離を詰めたのち、刺股さすまたを手掴みする意識イメージを形作り、右目を開眼。


 立て掛けられていた刺股さすまたは瞬時に消え、右手の平に鉄の棒が乗っかる感触が突然伝わると、慌てて両手で刺股さすまたを握りしめては、その重みでバランスを崩しそうになった魔夜。


 だがこれで、そこそこの大きさのものでも移動をさせることが可能であることが分かった。


 そろそろ、アレを試すテスト段階に移ってみる………というのも些か無謀な気がしてならなかった魔夜は、その手前の前段階として列車の足下にある錆び付いた線路へと目を付ける。


 流石にこれ程大きいものを自分の元へと引き寄せる気はしなかったので、海にでも投げ捨てるように頭の中で意識イメージする。


 道床を抉り、支えを失った線路が鋼鉄棒レールやら枕木マクラギやら細かいパーツとなってバラバラに、空からそれら骨組みが駅舎前に広がる海の中へと勢いよく降り注ぐ。


 まさかここまでの芸当が出来るとは思いも寄らなかった魔夜は思わず――


「わー、マジかよ………」


 素の言葉が漏れ出ていた。


 これなら本当に大物列車も移動させることが出来るのでは………


 数分後――


 魔夜の目の前に広がっていた光景は、列車を重ね合わせて出来た、一つの大きなピラミッド状のオブジェが佇んでいたのだった。


【検証その3】:距離感が掴みやすい、比較的近いものであれば、細かな移動の補正を掛けることは可能であるかどうか?


 ある程度、モノの質量に関係無く、距離感の近いモノなら移動先を操作コントロールすることが出来ることが分かった。


 だが、その操作コントロール性の精度がどれほどのものなのか、依然として計り知れていない。


 それこそ、体内の視神経を中心とする神経系とを繋ぐ、神眼者としての人間離れした治癒力を生かした自然縫合出来るぐらいの………ひとり眼球移植してしまえる程の高度な操作コントロールまで出来るのであれば、この力の操作水準レベルを簡単に計れるというもの。


 神眼者にとって、神眼を失うことこそ死―――。


 だからこそ、それを一番に避ける為に身体は自然と神眼を手放さまいと自然と治癒力が働き易いのは、目が入る眼窩中心の神経系にある。


 命の危機を感じた時、自然と神眼者の身体には反射的にそのような働きが備わっているのである。


 とは言え、それを検証するにも今、手元にある眼球と言えば、さきの右目移植で少し前までその身体に宿していた【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の眼球ぐらいなものである。


 折角移植したばかりだという右目と【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の右目をこの検証中の力を使って入れ替えようとするものなら、さきの移植手術をした意味が全くもって無くなってしまうのも事実。


 ならばそれをやるとすると、更に高い操作水準レベルを要求するようなものだが、無茶苦茶な話、手元にある右目を左目として移植しようと、なんら視覚的支障が出ない程の自然な修繕移植すらも意識イメージさえ追い付けば可能なのかどうかという話へと発展をする。


 つまりはただ単純に眼窩の中へと収まるだけでなく、視神経を中心とする神経系に直結し、目としての機能を働かせる………言うなれば、瞬間移植をするようなものである。


 今の科学技術でもそのような眼球自体の代用移植なんぞ、一つの成功例も挙げられたことが無い以上、中々に無謀な試みである。


 だが、左目を手に入れに移植したばかりのまだまだ模索中の片目を抱えて、いきなり実戦におもむこうとも思えず、取り敢えずはやるだけやって試してみることにする。


 石井眼科を出る前に念の為消毒をしておいてもらっていた【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の右目を手の平の上に乗っけて用意をし、現在左目に収まっている【生命視滅ライフ・パニッシュ】の神眼を内側から押し出すように、中で糸のような神経系を色々繋げて自然縫合し、左の眼窩に手の平の上の神眼が収まるような様子をそれとなく意識イメージをする。


 距離感を掴みやすい状況を作り出す上でも、手の平という、己の肌が対象モノに触れていることで眼球の感触が直接伝わってくるこのやり方は、かなり最適化された方法であると、そう確かに受け取れる行動とも言えるだろう。


 いざ、右目を開眼し、手の平の上に乗っかった【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の右目に目を向ける。


 結果――、スポンッと左目の眼球が中から押し出されるように抜け落ち、中から左の眼窩に収まった【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の右目がその姿を表すも、神経系との自然縫合がされておらず、同じように地面に向かってポロッと落下していく――、つまりは失敗である。


「がぁぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!痛い痛い痛イ痛イッ………こ、これ死ぬ…………………」


 体内の中の神経系が一部傷付いてしまったようで、声を殺す事も出来ず、あまりの痛さに悲鳴を上げる魔夜。


 移動照準ポイントを左の眼窩に収めるという意識イメージまでは上手く出来ていた。


 だがしかし、身体の内側にも目が存在している訳でも無い為、中の神経系がどうなっているかだとか、縫合手術の感覚はどうだとか、あれこれ詳しいことをいち高校生が分かる筈もなく、意識イメージするとは言っても、具体的にそれを形として思い描くことが出来るものでは無いことは予想が付いていたことであり………結果、あのような痛々しいものに終わってしまった。


 やはり、歪ませた空間周囲に存在するものを移動させてしまうだけの能力に、そこまでの正確性を求めてしまうのには無理があったのでは無かろうか。


 否、さっきの一回で魔夜はある可能性を掴みかけていた。


 魔夜の中ではまだ検証の余地はあるのでは無いかと、感じていたのである。


 さきの一回、左の眼窩に【架空ノ創造ファンタスティック・ビースト】の右目が一瞬だが収まった時、中で微弱にも豪速球の野球の球をミットでキャッチャーが抑えた瞬間のような、ギュルルッと眼球にが乗っている感覚が魔夜を襲った。


 能力の性質上、歪みを発生させるということはそこに僅かな捻れが発生するというもの。


 一瞬、そこに歪まされた空間に巻き込まれ、飛ばされ移動したものには確かなが掛かっているのでは無いだろうか?


 それこそ、眼球ほどの軽くて小さなものともなれば、回転力が掛かり易く、その力で神経系を絡めていき、上手く自然縫合へと繋げることが可能になるのだとしたら………


 夢が膨らむ、まさに可能性を秘めた能力なのではと確信した魔夜。


 ここからの魔夜の行動性は早かった。


 まずは神経系がかよっている自身の体内の様子をネットや図鑑、参考資料書などを交えながら、意識イメージを膨らませていくことから始まった。


 自身の見えない体内の様子を意識イメージする為、かなり難儀な想像力が求められるが、特別勉強が苦手という訳でも無い魔夜は地道に努力をする。


 そうして、ある程度に眼球周りの神経系の知識を身に付けたところで、あとはひたすらに能力を使用して何度も試みる。


 最終的には実践あるのみである。


「がぁぁあああああぁぁぁぁ――――ッ!」


 何度も失敗を繰り返し、眼窩に収まったかと思えば、神経系の縫合が上手く出来ておらず、眼球を落っことし続けること数回。


 これはかなりの時間を掛けることになるかと思った矢先、この裏目魔夜、そう日数を有することも無く、意外にも早い段階でそれを実行することに成功する。


 もしかすると彼女の中のもう一人の人格の意識が、何度か石井眼科の元で移植手術を行なっていた時の経験が、手術の際の麻酔によって表に出ていた人格と入れ替わりにもう一人の人格が出てきてしまい、それこそもう一人の人格の存在によって縫合手術の感覚が、二人の人格同士の意識イメージが共有して、不可能だと思った瞬間移植を可能にしてしまった、なんて可笑しな話があったとしたら………?


 理屈は不明だが、何にせよこうして魔夜は新たな力を手にしたのだった。


 ―――――――


 ―――――


 ―――


「まさか、一つの眼球の提示でこのような違いが出てきてしまうなんてな………」


「何か、言いましたか?」


「あっ、いいや何でも……………」


 魔夜から全ての話を聞き、思わず思っていたことが言葉として出てしまっていた様子の悠人。


 思えばそのかんの俺……要は改変前の時間軸を辿ったままであった時の俺ときたら、結局あの時――、


 トイレットペーパーを駄目にされ、別店舗でなるべく似た値段で買えるところは無いかと、そこら中に店を回っていたものだ。


 生活費を少しでも浮かし、紫乃には好きに使えるお金を残してやりたいという、悠人の気配りである。


 完全に未予に手渡されていた神眼をどうしたものかと構っている余裕が、当時の俺には無かったのが事実である。


 いくら家計の為とは言え、紫乃に対する思いが強過ぎるがあまり、妹第一に優先してしまっていたところがあったが、今思えば結構な薄情者だと言えるかもしれない。


 ある意味、その辺りがしっかりしているところは違う時間軸別の可能性での俺らしいと言えばそうなのかも?しれない………?


 ちなみにその話を聞いた日、思わず制服のポケットに手を突っ込んでしまったが、勿論、眼球自体の存在は――消えていた。


 そう言えば巳六との一件で一度、過去の時間軸から帰って来た時のこと、元々身に付けていた衣類やEPOCH等は別として、あちらでの闘いの中で腕に巻いていた鎖やら身体に刺さっていた筈の釘やら、現代へ戻って来た時にはそれらの存在は綺麗さっぱり消えてしまっていた。


 そもそもの話、巳六との闘いがあった頃には制服のポケットに眼球が入っていた覚えが無いので、その存在が消えてしまっていたのだと思うが………


 これは今の悠人が知らないほんの一部の変化に過ぎないが、僅かにだが色々と彼の知らないところで小さな変化が起こりつつあるのだった――。

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