⒉ 犬視(5) 歪見

『ッて、だから私は誰かを相手にしている暇はねぇんだよッ!奴からもっと距離を遠ざけねぇと…………』


 とんだ邪魔を受け、この状況を前にして思わず声が上擦る【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


「なになに、何だか焦ってるみてぇじゃねぇの?詰まるところ、やはりそのマスクが半壊していることと何か関係していると言ったところか?」


 それを面白そうにおちょくるは一人の少女-『藤咲芽目』。


『良いからッ!いちいち突っ掛かってくんじゃあねぇよ、お前。潰し合いならお前らの間で好き勝手ヤりやがれッてんだ!』


「私一人であいつらと?……馬鹿馬鹿しい。言っておくが、やろうと思えば私はいつでもこの状況から抜け出すことなんて簡単に出来る」


『何を馬鹿なこと…………』


「私の持つ神眼の目力であれば、容易に可能だ。なんなら、今この場でやってやったって良いんだぜ。まあその時はお前一人であいつらを相手にしなければならない訳だが?

 さてどうするよ?このまま私だけがいなくなってあいつら二人とり合うか?

 将又、ここは面識の無い奴だろうと一時的にも手を組んでさっさとこの場を抜け出すか?

 折角の提案を出してくれた、この気分屋である私の気が変わらない内に後者を選んでおいた方が良いと思うぜ」


『何故そこまで協力的になる?』


「だから言ったじゃねぇか。同じ独り身ソロプレイヤーとして興味があると。

 一人でやっていけている以上、そこらの神眼者と比べたら、確かな実力を持っていることは明白。

 とは言え、実際にこの目で見てみないことには判断をしかねる。

 一時的にも協力という形で近くで拝見させて頂くことで、見立て通りの実力があるかどうか、それを見定めたいのさ」


『見定めて……どうする気だ?』


「そんなのは簡単な話だろう?実力があると確信した時、お前と手を組みたい。それは一時的な話では無く、対等な仲間として、だ。

 だからこの協力の提案は、言うなればそれを見定める試験だと言っていい」


『……試験、だと?何様のつもりだ、てめぇ?

 勝手に人を試すような真似事してハナっから相手を対等に見ないその態度、何とも傲慢でムカつくぜ』


「これはとんだ失礼をした。下に見て物を言ってしまい、ご無礼を働き申し訳無い。

 なんでも、力を持ったことによる私の悪いクセでな。悪気は無かったんだ。許して欲しい」


『……そういうのが傲慢って言うんだよ』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が小声で呟く。


「……何か?」


『いいや……何でも。お前、名は?』


「藤咲芽目だ。好きに呼ぶと良い」


『……そうか、ならば藤咲。能力にそんな自信があるようなら、ここはお前一人に任せる』


「ちょっ、おいおい。さっきの話を聞いていなかったのか?

 私はこの場からいつでも抜け出すことが出来るんだぜ。どう考えても、人に頼みが出来る程、お前には余裕が無いだろ」


『一体いつ、何処どこのどいつが余裕が無いと言ったよ?』


 その瞬間――、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は視線を下にし、何か回避するようにジャンプして横へと移動する。


 すると突如として、三人の足元のコンクリートの道路が腐蝕したようにズブズブと泥沼のように化すと、彼女らはそれに足を取られ完全に身動きが取れなくなってしまった。


「な、なんやこれ?……ぬ、抜けへん!」


「くそッ……何故こんな目に…………」


「へぇ………中々やるじゃないか。でも………」


 各々が反応を示す中、最後に口を開いた芽目は何てこと無く淡々たんたんと右手首の腕時計型コンパクトミラーを目にしては、一瞬で平地へと移動した。


『それが藤咲の持つ力か』


 なんて、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】がそう口にしたのも束の間。


 彼女はすぐさま次の行動に移り始め、ドロドロになったコンクリートを両手を使って掬い上げると、横方向に向かって広がるよう右から左に振り下ろしスイングし見桐みきり眸衣むいの二人組の目を狙って泥掛け、もとい目潰し攻撃を仕掛ける。


 そのまま確認もせず、さっさとこの場から離れるように一直線に遠くへと駆け出して行った。


 その時である。


「【縫糸視ジャガン・ナート】!」


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】がコンクリートの泥を手で掬うところをいち早く目にしていた眸衣むいが右目を開眼。


 彼女の視界から他人の目には見えない糸が上から垂れて来ては、瞳孔の動き視線を向ける先に合わせて引き寄せられるように――、


 僅かにチャックを開けていた通学カバンの中にあるものを視点ターゲットに、まるで針でも通して縫い付けていくようには繋がれる。


 カバンの中からは二つのが勢い良く飛び出して来ては、前に突っ込んできたその人形が二人の身代わりとなるような形で、各々の人形がコンクリートの泥を被る。


「さっすがや、フライちゃん。まるで天ぷらの油はねみたくパチパチッと弾け飛んだみたいに絶妙にガードしはる。

 ほんまフライちゃん、良う仕事しまっせ。せやけど、ネーミングのセンスがなぁ。

 そこは《目狂玩具メ=ルヘン✂︎トイ》だろ?ジャガーノートだったか?

 そんな厨二臭い名前付けるより、この方が俄然可愛いやんけ」


「全然違う。ジャガン・ナート、だ。……と言うより、フライ呼びは止めろと何度言えば…………」


「ええやん。わてとは昔っからの腐れ縁の仲やないの」


「生前含めてかれこれ五十年程の長い付き合いなのは確かだが、昔はそんな変な呼び名で言ってくるようなことは無かったというのに。

 ここ一年やそこらだ、そんな呼び方するようになってしまったのは」


「そないにこまいこと、いちいち気にせんでもええやんか。

 それよか目狂玩具メ=ルヘン✂︎トイがいまいち言うんなら、《操糸扱目そうシそうアイ》なんてのはどや!中々にイカすやろ?」


「そんなことは聞いてないんだよ、抜かしたこと言ってっとシバくぞッ!」


「うぇっ!?いくら冗談やしたってそない恐いこと言わんといてや」


 二人がそんなことを話している間にもどんどんと距離を遠ざけていく【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 このまま見失ってくれることを願うばかりだが、そう事が上手く運ばないのが現実というもの。


 無駄話をしていた見桐が気付いた反応を示す。


「ッて、アカンッ!完ッ全にッ、取り逃がしとるやんッ!

 もぉあんな方まで行ってしまってるさかい。こうなったら出し惜しみしとる場合ちゃうで」


 そう言って見桐もまた右目を開眼させると、肩に掛けた通学カバンから一つの手鏡を取り出し始める。


 その鏡と目を合わせた瞬間、奴の身体自体が身に付けている衣服ごと白いと成りて、足に纏わり付く泥濘ぬかるみから脱出をしてみせる。


 瞬く間に目の前を過ぎ去るぐらいに追い越してみせ、走る【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の前で霧は一ヶ所に集まり、徐々に両手を広げた格好で元の形へと戻っていく見桐の姿があった。


「残念!こっから先は行き止まりやで!」


『くッ!』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は一言、苦虫を噛み潰したような声を発すると、何処か迂回出来るようなルートが近くにないか周囲を見回す。


 よくよく来た道を見返すとある地点のところで二手の道があったことに気が付き、慌ててその分岐点へと引き返す【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 すると今度は芽目が瞬間移動して先回りをするように彼女の進路の邪魔をする。


「おいおい、勝手に私を置いて何処かへ行こうとしないでくれよ。折角、情報収集を期待していたのだから、それが台無しになってしまう。

 いくら色々飛んでいけるとは言え、また同じ人を島中から見つけ出すのは中々に骨が折れる。

 人間、誰だって労力と手間と時間だけは掛けたくないものだ」


『退けッ!客でも無いてめぇに構っている暇は無いッ!』


 そう言って強引にでも突破しようとするが、身体を動かそうとする【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に纏わり付くように霧の魔の手が忍び寄る。


 それはまたしても人の形へと戻っていき、気付けば見桐によって見事なまでの関節技を決められ、身動きが取れなくなってしまっていた。


「どや!とっ捕まえたで!これがわての目力:【雲煙過眼アイ・クラウド】:層雲雲形そううんモードや!」


『イッ……痛い痛い痛い痛いィィィ――――ッ!』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は変な方向に身体を反らされ、思わず声に出して叫んでしまう。


 だがそんな痛みをどうにか堪えようとしながら、いけ好かない芽目に向かって一言一言、口を開く。


『て、てめぇのあれ………い、一時的にも手を組んで、って言う話…………あれはまだ有効、か…………』


「……おや?流石にこの状況では一人でどうすることも出来ないと言ったところか?

 ………そうだなぁ、まぁもう駄目だなんて一言も言ってないことだし、君がそれを望むと言うのなら、そうしたって構わないがどうする?」


『ああ、そうかい。だったら、答えは一つだ。ここは一つ協力と、なんて………誰がてめぇなんかと手を組むかよッ!』


 その瞬間――、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】はマスクから露出した左目を開眼し、その視線の先にあったものは芽目の右手首に付けられたコンパクトミラー。


 その小さな鏡に映るは他でも無い、自分の姿である。


 みるみる内に【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の身体が泥状と化し、見桐の拘束からまんまと抜け出す。


「な、なんやてッ!」


 まさかの出来事に驚いた様子の見桐。


「……へぇ、まさか私の腕の鏡を見る為、あえてあの時、声を掛けて私を引き付けた、と。

 ……面白い!限られた状況下の中、まさかあのような抜け道を作り出すとは!

 流石は独り身ソロプレイヤーをし続けているだけの戦術に長けた冴え渡る動きを見せてくれる。……ならば、これはどうだッ!」


 そう言って、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を試すように芽目は動いた。


 泥状になった【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は顧みず、近くのマンホールの隙間からこの形状を利用して入ろうとしていたところを芽目に捉えられてしまい、奴はニヤリッと口を動かし、面白そうに神眼を開眼。


 すると、泥状になった【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が飛ばされた先はあろうことか空中――


 否、正確に言うなればその落下地点、下には一面に広がるがあった。


 場所にして、さっきまでいた地点の隣に広がっていた光景。


 今の泥状になった自分がこのまま海に流されてしまえば、沖からは中々に離れていることもあり、最悪散り散りに泥が流されてしまって、元の姿になるのが困難になってしまう。


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は慌てて海の中へと落下する前に元の人型に戻るべく能力を解除すると、そのまま海の中へと勢い良く落ちていった。


『ブハッ!ク、クソがッ!なんて事しやがるんだ、藤咲のヤロォ――!』


 すぐに息継ぎの為に海から顔を上げると、折角の逃げのチャンスを滅茶苦茶にされ、腹を立てていた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 だが、芽目の人を試すような悪手は単に自分が落とされただけでは終わらなかった。


「うわぁああああぁぁぁぁ――――ッ!なんやなんやわて落ち、落ちて落ちてんねんけどぉぉぉぎゃあぁああああぁぁぁ――――ッ!」


 上空から悲鳴を上げて飛び込んで来たのは、まさかの敵の神眼者である大阪弁少女-柴倉見桐しばくらみきりである。


『な、何ッ!』


 この状況を前に敵を送り込んで来るというまさかの事態に思わず声を荒げる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 ここは一旦、奴とは距離を離そうと………なんて思ってはいても、今のマスクをした恰好のまま泳ぐというのは明らかなる自殺行為。


 だが、もし誰かにでも顔を見られてしまえば、今後の代行屋としての活動に大きな支障が出てしまう恐れがある。


 ましてここ周辺には自分たちを飛ばした藤咲芽目張本人なる神眼者の存在だけで無く、二人の神眼者もいるときた。


 更には藤咲芽目なるその神眼者は奴の持つ目力の便宜上、なんなりと移動し、何処からともなくその顔を拝もうとする可能性だって大いに考えられる。


 だからこそ、彼女はこんな不憫な状況においてもギリギリまでマスクを外さずいるのだが、正直言って今、布都部の海にいることは非常にまずい事態である。


 突然だが、布都部島で発生される波のつくりは【急深サーフ】というものに分けられる。


 元々、震災によって不幸にも巻き起こった大きな地割れから分岐して出来た島だけに、なだらかな地形では無く、波のかけ上がりが大きくなりやすい形状をしている。


 それは力任せに断層を引きちぎられたように、海岸から下に続く潮間帯・潮下帯・深海帯等の層に面した、水底の地の起伏差が激しい凹凸を形成している為、布都部島周辺は比較的荒削りの高波が押し寄せることが多い。


 要は【急深】というのはその起伏の大きさを表しており、そこに続く【サーフ】とは言わずもがな英語であり、和訳するとその意味は『砕波』となる。


 これが意味するもの――それは、沖合いに向かって押し寄せる水波が、波の高さに比例して一定の大きさを形成すると不安定な状態になり、波の形が崩れることを言う。


 つまりは、波の形が崩れる程の勢いをもった波の出来やすさには、気候や風向きなど細かい部分はあるが、それ以上に地形が大きく関係している。


 それゆえ、さきの布都部島の地形事情の話の意味が、ここに来て理解が出来たかと思う。


 要は、布都部島周辺は勢いのある荒波が発生しやすい環境にあることを示しており、一度は布都部の海を泳いだ斬月も、その影響下が小さい浅瀬付近での出来事であったからこそ、泳ぎ切ることが出来ていたまでのこと―


 が、今回のケースでは、陸地からそれなりに離れている距離にて飛ばされてしまった為、半ば力任せに強引に突破しようものなら、荒波に揉まれるがまま二度と布都部島の地に足を付けることなど、現実的に不可能である。


 今でもそんな波に晒されている状況の為、思うように身動きが取れず、これまた意地悪に、自身の近くへと落としてきた見桐に身体をがっちりと掴まれてしまった。


「ま……待ちぃや。置いていかんとって。わ……わて、泳ぐの苦手なんや。一人にせんとくれ」


『な、何なんだよお前はッ!やめろッ離せっ、離しやがれってんだッ!』


 口では必死に抵抗するが、身体では必死に暴れて突き放すようなことは出来ずにいた。


 否、出来ずにいたのでは無く、そうしなかったのには明確な理由があった。


 何故なら、水中では水の抵抗力も増す分、無駄に暴れていては、ただただ必要以上に体力の消耗が激しいだけであるからである。


 今いるこの状況が不安定であるゆえ、こんな時はできる限り体力は残しておくに限る。


 ふと、こんな状況へと追いやった元凶である芽目の方へと、さっきまで自分たちがいた地点へと目を向ける。


 そこには完全にあざ笑って挑発気味に手を振る、奴の姿があった。


(明らかにこの状況を楽しんでいやがる――)


 そう確信した【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は、何が何でも奴に顔を見られてたまるかという、対抗心が強く芽生え始める。


 完全にお荷物状態になっている見桐に構わず、奴を何とかして出し抜こうとする一手を、体力と思考がある程度に働いていられるこの間に妙案を捻り出そうとする。


「……柴倉見桐。左右それぞれ異なる神眼を所持。左目は、眩い光を放つ目力:【視星シ☆スター】。右目は、目にしたものを識別的に雲へと変化させる力、また雲の生成を行うことを可能ともする目力:【雲煙過眼アイ・クラウド】。いずれも本人の口からそのように呼称されている。

 どこかお調子者なところがある彼女はそのせいで一度、ある時の戦闘において水の能力者にやられかけ、彼女がカナヅチであったことを確認。

 改めて確認の検証をおこなったところ、やはり有効打であることを再認識」


 その頃、芽目は何やら知っていた様子で遠くから二人の状況を物見しながら、彼女に関する詳しい情報を述べていく。


 すると、完全に一人この状況に置いてけぼりにされてしまっていた風辺眸衣ふらべむいが怒りを表す。


「おいッこの、……コイツよくも見桐を海へと飛ばしやがって!

 ………どうやら痛い目見なければ、分からねぇようだなァッ!」


 瞬間――、眸衣むいは右目を開眼。


 通学カバンの中へと視線を向けると、中から奇怪な玩具やらぬいぐるみやらが自動人形の如く一人でに動き、中から飛び出して来た。


「あーあ、面倒くさいなぁ。一緒に二人の様子を見物でもしていようや」


「そんなエセ大阪弁の発音で見桐の口真似してんじゃねぇよ!」


 苛立った眸衣むいは飛び出して来た玩具たちを芽目に向かって視線を動かし、一斉に差し向けた。


 巨大なハサミをジャキジャキ開閉させながら迫る、綿剥き出しツギハギうさぎのぬいぐるみやら針の山が一度に上下に高速移動する、ミシン口のワニの玩具やら、個性的な玩具たちが芽目に向かって一直線に襲い掛かる。


 だが芽目は当然のように直前で【視認瞬移テレポーテーション】した一瞬のこと――、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が作り出したコンクリートの泥の近くに飛ぶとそれを両手で掬い取る。


 そうして再び飛んでは眸衣むいの真横に現れ、両手いっぱいに掬ったコンクリートの泥を【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の戦術にならって彼女の目を潰しに顔面目掛けてぶちまけた。


 利き手からの条件反射だろうか、飛来する泥飛んでくるものに対して右目を庇うように顔を横に動かすと躱しきることは敵わなかったようで横目に泥を被ってしまった様子の眸衣むい


「ゔゎぶッ、クソッ!目がァ、目がァぁぁああああああぁぁぁぁ――――ッ!」


 目に泥が入り、その場で身悶えながら苦しそうな声を上げる眸衣むい


「……なんて、引っ掛かったかと思ったか?」


 突然そんなことを言い出したかと思えば、眸衣むいの目からは涙……


 もとい、これまたドロドロとした半透明な液体が流れ出ていては、それが何やらコンクリートの泥を包み込むように目から一緒に流し出されてしまったではないか。


「うっわ、キモっ!何そのドロドロしたやつ、きたならしいッたらありゃしねェ!」


「……きたならしいのはどっちだって話だ。お前がたった今蔑んだこの力が、お前のしようとしていた策略……いや、浅はかな人真似か。

 ハナッから通用しなかった攻撃を、まさか二度目は無いだろうと逆の心理を突いたろうと思ったのか知らないが、それを台無しにしてやったのが他でもねぇ。お前の言うきたならしい涙汁。

 鉱油に植物油に動物油、多種多様の油分を涙から生成することの出来る目力。

 あえて名を付けるならそれは―【オイ………」


「【油見アブラ・ミ】だろ?」


「へっ?」


 何か独自性の目力名ネーム眸衣むいの口から飛び込んでくるかと思われたその突如、芽目からの妨害が挟まり、完全に出鼻を挫かれてしまった彼女。


「いや、こんなの見たまんま油見アブラ・ミでしかないだろうよ」


 もはやしっくりき過ぎて、これから眸衣むいが何を言おうと【油見アブラ・ミ】が強烈過ぎて、不覚にも絶対に掠れてしまうであろうと思ってしまった。


「で、何を言おうとしたのさ?」


「悪いが……しらけた…………」


「そう言われると気になるじゃんか。ほらほら、聞かせておくれよ」


 そう言って、眸衣むいの周辺でチラチラと鬱陶しい程に消えて現れてを繰り返す、これ以上ない人をおちょくってくる【視認瞬移テレポーテーション】の使用法を見せてくる芽目。


 かつて様々な漫画やゲームなどの能力者ものにおいて、こんなにムカつく瞬間移動テレポート能力の使い方が出ていたであろうか。


 現に独特な煽られ方を受ける眸衣むいの中の怒りはこれ以上なく頂点に達しようとしていた。


「……何なんッこのッ、小蠅コバエみてぇに鬱陶しいったらありゃしねぇ。さっさとその目ん玉寄越しやがれッ!」


 あるタイミングで後ろに飛んできたところを、振り向きざまに眸衣むいは勢いよく腕を振り上げ、背後に立つ芽目の神眼を奪おうとする。


「……仕方ない。一旦別の場所へと飛んで、あちらのお二人の様子をじっくりと見ることとしますか」


 芽目はそんなことを口にしながら、容易にバックステップして眸衣むいの腕を避けていくと、一瞬で飛んで姿を消し、何処か手頃な建物の屋上へとその姿を現した。


「な…このッ待てぇや………こんクソッ、勝手によそ行きやがって大概にせぇや、テメェ――ッ!

 おらッ!さっさと、ツラ見せろやッ!

 聞いてんのか、ワレ!はよ戻って、再戦せんかい!いてまうどオラァ!」


 少し離れたところから聞こえてくる眸衣むいの怒鳴り声。


「……ああ、こっわ。怒りのあまり、あの子も方言出てしまってるし。こいつは避難して正解だったな。

 ……さて、これでゆっくりと観察出来るようになったところで、二人は今どうなっていることかな?」


 そう口にする芽目の視線の先には、未だ波に晒され続ける二人の姿が―――……


「ア、アカンッ!どないなせんと、このままだと溺れてまう。何か、何か策は思い付いたんか?」


『うっせぇ黙ってろッ、気が散る。あのヤロウを出し抜いてやる策を色々考えてる最中さいちゅうだ』


「た、頼むでほんま。わての命綱はあんただけなんや」


『だからッ、気が散……――ッ!そういや………』


「な、なんやッ!何か思い付いたんか?」


 何か秘策が思い付いたのか……時に【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】はしがみ付く見桐にある質問をする。


『……そういやお前、さっき能力を披露していた時に何か、層雲雲形そううんモードとか言っていたよな?』


「……ああ、わての能力かい?流石にわても命懸かっとるさかい。こないなとこで目ぇ奪わんや」


『いやいや、そんなことを聞いている訳じゃねぇよ。

 私が知りたいのはモードなんて言うくらいだから、もしかして色々な雲をつくれたりするのか?』


「あ……ああ、そないなことなら………

わての持つ【雲煙過眼アイ・クラウド】の力なれば、十種雲形、その雲一つ一つの発生条件・自然の摂理なんてもん完全無視に、雲の発生・変化を巻き起こすなんてことは簡単なもんやが、それがどないして………」


『いや、そいつは良いことを聞いた。であれば積乱雲を発生させ、突風を起こして欲しい』


「と……突風?何故、そないなもんが必要になるんや?」


『これはかなり力任せなやり口だが、そいつを少しでも成功させるには高波の発生と強い風の後押しが大きなかなめとなると言ってもいい。

 生憎あいにくと今日は真夏日のようにカラッと晴れている。

 ともなれば、絶好の追い風海風日和からして、そこに積乱雲から爆発的に吹き降ろす気流の力で発せられるダウンバースト現象を利用し、強い海風前線をつくりあげ、風と波、二つの動力を用いてここを抜け出す』


「は……はて?よぉ分からんけど、これも命の為や!わてにやれることは何でもするで!」


『それで良い。まずはやってみなければどうにもならないんだ。さっそく始めるぞ』


 そう言って、露出した右目を開眼し、マスクしたまま顔を入水させては海の中に潜む岩礁やら海底の岩盤やら目にし始めた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 海中で泥が形成され、それらは視線を動かすごとに沿って段々と積み重なると、足下には一つの泥で出来た高い構造物タワーが形成された。


 するとそこに頂上てっぺんから海岸へと一直線上に向かって伸びていく、泥のも一緒に創り出されていく。


 泥とは言え、元々の素材に応じて粘土質なものになったり少しザラッとした手触りの乾燥質なものになったり、波風に曝されながらも今日こんにちまでその形を残し続けてきた岩礁や岩盤ともなれば、多少の波の耐久には優れていることだろう。


 だが所詮は泥状から形成されて出来上がった不格好なシンボル。


 そう長く保たれることは無い筈だ。


 だからこそ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は淡々と準備を進めていく。


 積み上げた泥の一部を切り崩すかのように、左目を開眼した状態の【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が積まれた泥を目にする。


 すると、頂上に立つ二人の周囲を覆い尽くすように形状が変化していく。


 泥は足元から包み込むように頭上へとその範囲を伸ばしていき、気付けば二人は一つの大きな球体の中にすっぽりと閉じ込められてしまっていた。


「ややっ……なんやなんやっ!二人して泥ん中閉じこもってどないすんねん。

 うわぁぁ―――ッ!血迷ったんかいな。密閉されとったら酸素のうなるぅぅ―――ッ!わて、死んでまうんやぁぁ―――ッ!」


『やがましッ!キャンキャン喚いてんじゃねぇよ。ちったあ落ち着きやがれッ!』


「ひゃいっ!」


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の怒鳴り声に一瞬にして萎縮する見桐。


『密閉になんてしている訳ねぇだろがッ!空気の通り道の一つや二つあるのが見て分からねぇのか!』


 そう言われ、見桐はキョロキョロと一面泥空間の中を観察しながら、何気なく強度面も確認するようにペタペタとそこかしこに手を押し付ける。


 意外にもその表面はザラッとしており、確かに彼女が言っていたように空気穴と思しき、何カ所かに分かれてポツポツと外にまで繋がっている小さな穴の存在に気付く。


 すると、海岸とは反対側に向かっての方向に一つだけ他より少し大きい穴があることに気が付く。


「な、なんや他よりおっきい穴が一つだけあんねんけど…………」


『はァ?さっき話しただろうが。雲だよ、く・もッ!

 そこから外を覗いて積乱雲を上空につくれってことだよッ!』


「え、あっ……あああァァ――――ッ!

 そや、そやった!雲つくりだすぅ言うてたや!そか、その為の穴だったんかこれは」


『………こいつは、相方のあの子も相当苦労しているんだろうよ』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は小声で一人呟く。


「――?あれっ今、何か言うたか?」


 こういう時だけ妙に鋭い彼女。だがそれを【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は適当にあしらうのであった。


『……何でも無い。あえてあの時のお前風に名付けるとすれば、【蝕眼しょくがん】:泥団子形態モードだろうか、と言っていた程度の話だ』


 目力:【蝕眼しょくがん

 開眼時、目にしたものを何でも腐蝕させてしまうことの出来る異能。腐蝕し泥状になったものは元の素材に応じて、材質変化が現れる特徴を持ち、また、腐蝕経過スピードを自在に操作コントロールしたり、泥状になったものを能力使用者の好きに形状変化を加えることも可能。


 あの時、伊駒皐月は彼女と一戦交えた際、強力なアーマーを難無く壊していったことから、力任せに粉砕していく身体強化系能力者であると錯覚していたが、実際にはアーマーそのものを腐食させ、壊れ易くしていたというのが本当のカラクリである。


「あー!これ泥団子やったんかっ!にしたって、泥団子形態モードて、だっさいなぁほんま。

 わてをオマージュしたんやったら、もっと勢いある名前付けんと!」


『例えば、何だ?』


 まさか勢い気ままに言っただけの言葉を【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に返されるとは思わず、いきなりのことでテンパる見桐。


「えっ、えっと……そやな。表面の輪郭がまん丸ぅ訳やし、この空けた穴を瞳孔に見立てて………【泥目どろめ】!……やと、何ぞ味気ないな…………えー、何やろ。

 ……《泥の中から見る》で――……………【泥視ドロシー】…………なぁんて………――あかん。……こんなん無し。忘れてや…………」


『……と言うより、さっきからこの穴から連想して言っていたけど………、こんなのは外見て雲をつくり出してくれたら、早々に穴なんて埋める訳なんだが……。

 仮にもこれを空気穴を考えていたのであれば、すでに十分じゅうぶん過ぎる程、用意している訳だし………』


「『…………』」


 変な空気が流れてしまった。


「……えー、そやっ!ええかげん、積乱雲を起こして、そんで具体的にどないすんのか、その頭ん中の詳細な作戦、教えてくれてもええんちゃう?」


 堪らず話題を変えて、場の空気を好転させようとする見桐。


 意外にもここは素直に見桐の質問に応じた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


『……そう、だな。作戦に協力する訳だし、折角だ。話しておくとしよう。

 要は早い話、中学の授業で習った、基礎的な気流の力を応用するということだ。

 まず大前提として海上と陸上における熱の伝わり方が違うってことは分かるよな?

 今日みたいな日中にっちゅうの良く晴れた日の強い陽の光を海上と陸上で同じように浴びた時、真っ先に陸上の温度が上昇をする。

 生前、毎年の様に感じていたであろう、真夏のアスファルトと打ち水をした時の、それぞれ足に伝わる地面の温度差を例に上げると分かりやすいだろう』


 ふむふむと一人頷く見桐。


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の話は続く。


『そうして陸の熱が温かくなれば、その付近にある空気にも少しずつ熱が伝わり始める。

 空気とは言うなれば、チッ素・酸素・アルゴン・二酸化炭素などの気体が集まって出来たもの。気体は温度が1℃でも変わればその体積に変化が起きる。

 温度が高くなればなる程に体積は膨張し、それだけ密度が小さくなることから軽くなった空気が上昇をする。

 これがいわゆる上昇気流ってやつだ。体積の膨張と密度の関係については言わなくとも分かるよな?』


「あ、当たり前や!わてのこと、おちょくっとんか!要はあれやろ!

 重量が同じもんでも、片や小っこい手の平サイズのずっしり金のビリケンさんで、片やぎょうさん盛られたぺらっぺらの鰹の削りとでは軽さが全然ちゃうって話やろ」


『これはまた……比較対象としての相対的物質の選定に一癖あるが、核心を突いたことは言えていることだし、図らずも間違ってはいない………いないのだが………もう――この際、ツッコむのは無粋、か。

 ……話を戻すとして、そうこうして上昇気流が発生するからして、陸の気圧が低下。陸の上の空気が上空へ行ってしまったことで、海から陸に向かって空気が流れ始める。

 これを《海風》と言う。気圧の高い方から低い方へと空気を押し出す力、これこそが風のメカニズムだ』


 はへっ?と首を傾げる見桐。


 その様子を見て【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は、続け様に話を進める。


『何が言いたいんだって顔してやがるな?

 要はそうして発生される海風の勢いだけでは心元足りないから、風の勢いを上げてやる為に、もう一押し背中を押してくれる強い風を、荒々しい高波を作り上げる存在を求めていた。

 そこで出てくるのが………』


「『積乱雲』やろ?」


『ああ、そうだ。雲が出来る原理はさっきの空気の上昇気流と気体の膨張の話の続きになるが、温かくなった気体の集合体である空気は膨張を始め、それにより上昇した空気の温度は下がっていき、それだけ今度は湿度が高まることで上空に水蒸気が出来る。

 温度が下がると水蒸気は水に、更に下がると今度は水滴が凍って氷の粒へと変化を起こす。

 こうして出来上がった水滴・氷粒の集まりが普段我々が目にしている雲を形作っており、決まって上空で発生されるのはまさにその発生原理が関係している』


「つまり……?」


『つまり、雲が出来ればその下は自然と低気圧にある訳で――、

 復習だが風というのは、気圧の高い方から低い方へと空気を押し出す力が働くことで発生するからして、その風向きは決まって下に向かって吹き荒ぶ。

 ただし、その風の勢いが弱いようではなんの意味も無い。

 水面に勢いを付けて理想の高波を作り出したいからこそ、そこで決め手となるのが激しい気象現象をもたらす暴れ馬:『積乱雲』にある』


「何故や?」


『積乱雲とは言わば、今日みたいな乾いた空気と上流と下流の空気の対流がぶつかって出来る、不安定な大気の状態から生じる雲のこと。

 温かく湿った空気が周りにでき、そうすると体積は更に更に膨張を始め、それだけ積乱雲は発達をしていく。

 発達すればする程、雲を形成する水や氷の粒が雲の上層で周囲の水蒸気を吸収して成長し、次第に大きく重くなる訳で………』


「そんでそんで?」


『それがあるレベルにまで達するとその重さに耐え切れなくなり、今度は逆循環の急激な下降気流となって地表に叩きつける気流をもたらす。

 その爆発的な下降流を【ダウンバースト】と言い、それによって大きく発生する強風を利用し、一定の風向きで吹き続けるその特徴を考慮した上で、この泥団子を滑り台泥の下り坂に押し出してもらうという算段だ』


 -ダウンバースト-

 それは積乱雲から発生する、冷えて重くなった強い下降流のことで、地面に到達後水平方向に広がる突風となり、竜巻と違って範囲が広く、中心から放射状に広がるのが特徴。


 その為、広範囲に渡り風が流れ込み、まさしく彼女の求める風をつくることは可能ではあるのだが、同時に危険な現象でもある。


 突風災害とも言われるその威力は時として鉄柱を軽くひしゃげ、海沿いの建物のガラスなど木っ端微塵に砕け散る。大きいものだと、上空を漂う航空機を払い除け、墜落させてしまう程である。


 だが発生原理は言うなれば積乱雲の発達に伴い、風力が大きく増していく訳であり、強大な天災を発生させるとはいえ、この作戦においてはあくまでほんの瞬間的なことである。


 それもこれも自由自在に雲を形成し操ることが可能な【雲煙過眼アイ・クラウド】の力だからこそ、危険レベルの威力の突風に煽られぬよう、発生から調整に至るまで、細かい修正を効かすことが出来る神眼御技をもってして、始めてそんなものが上陸作戦に組み込むことが出来るというもの。


 いくら特異の力で雲を自在に作れるとは言え、絶体絶命な状況の中、そこに着目してまさか天災起こして傾斜を下るだなんてぶっ飛んだ発想に誰が行き着くであろうか?


 それがいくらこの島の海岸段丘もとい断層事情が風の力によって巻き起こる現象が都合の良いものだとしてもである。


「―けど、風の力で押し出すにせぇ、別問題として上から勢いよく下りていくに泥団子の滑りを良ぉすんのに合わせて波の力を用いるのやろが、こないに積まれた泥溜まりの高さ要する高波を一体どっから引きずり出してくんかいな?」


『簡単な話だ。この島創造に生まれた産物が容易にその問題を解決してくれる。

 そもそもこの島自体はあの日の震災の被害により大陸は分断され、津波に飲み込まれその存在は無きものとされていたが、実際にはこうして孤島として形が残されていたことで、地割れによる荒々しい爪痕が激しい凹凸をえがいた段段となって残り、沿岸域にまで広がる隆起した岩石の塊が寄って来る波を打ち上げ、この島周辺で荒波が発生しやすいのはまさにその地形が関係している。

 これが強風で波に勢いが乗っている時ともなれば、実に高波が起こりやすい傾向にあると、前にこの島の文献で読んだことがあるから、少しは島の事情に詳しかったりするものさ』


「なにゆえ、島の文献なんて調べとったりしてたんや?」


『……は?いやお前こそ、何を言っているんだ?

 そんなの、元いたところからこの島へと飛ばされ、説明も無く突然降り立った知らない土地のことを真っ先に調べを付けておくことは、何も可笑しな話じゃないだろう。

 今、自分に置かれた現状を把握する上でも、少しでも情報を知り得ようと色々調べたり確認しておくことは、至って普通の行動だとは思うが………』


「うぐっ!」


 確かにそう言われると、何故自分はそこまでの動揺が無かったのか、今にして思えば当時の自分が恐ろしくも思う。


「そ、そないな情報、どっから仕入れてくんねんて」


『島の図書館にいくつかの歴史資料……郷土研究誌だったり関連記事の書かれた新聞だったりが置かれていたものさ』


 奴もその話し方からしておそらく自分と同じであろう、例の四月に起きた《ゲーム開始が告げられた場始まりの没落施設》で集められた【初期組ベテランプレイヤー】の枠にいなかった【後生組ニュープレイヤー】であるのだと考えれば、今行われているこのゲームのことについて色々と情報を得ておくことは勿論そうだが、そもそも半ば拉致られたように引き込まれた右も左も知らぬ場所のことを色々把握しておくことは状況的に当たり前の行動とも執れる正しい判断だと言える。


 そう言えばその辺りの島事情は元より飛んできた眸衣むいに色々調べてもらっていたような気がする。


 一緒にと言うのはまさしく言葉通りであり、私と眸衣むいの死因は極めて珍しい確率に当たったと言えるが、同じ現場にて同時的に死を迎えた者同士であった。


 それはコンマ一秒差の狂いも無い、まさしく同時刻に生命を絶たれたということである。


 それゆえか二人一緒に同じ空間境地目神ヘアムの管轄域へと飛ばされ、同時に神眼の試練を受け、互いにそれを乗り越えた先に現世へと戻ると、気付けば眸衣むいと共にこの布都部島にいた訳である。


 そんな奇妙な経緯の元、一緒にいた眸衣むいに色々と島民に聴取してもらったりして調べてもらい、結果知った情報と言えば、精々、例の震災によって無きものとされていた島であると言うことと、島の名前が布都部島ふつべしまだと言うことぐらいなものだが……


 と言うより、そもそも飛ばされた先のこの島にはすでに人が暮らしていた時点で無人島と違い、整備された環境下にあった訳であり………


 幸い住む場所は元より用意されていた高層ビルの一室住居の手配により困ることも無く、しかも島民の方々は優しく、度々挨拶がてら顔を見せると近所の人から野菜や魚を一部分けて貰って頂いたりすることはそう珍しくもなかった。


 そんな不自由が無いながらも、毎日命が懸かった生活も何日かすればこの訳の分からないゲームから解放されて自然に元いたところに戻れるだろうと、物事を楽観視していた自分が確かに存在していた部分はあったと思う。


 いや、そんなどこかお気楽な気持ちであったのも、やはり隣に眸衣むいという存在がいてくれたことが大きく、自身にとって心にゆとりを持つことが出来ていたのだと―


 自分だけじゃないという不安からの解放、知っている人が隣にいることへの安心感が重なり、自然と緊張感と危機感が、一人で島に飛ばされて来てしまった多くの人のケースと比べ、そこに抱くそれらの感覚が薄くなっていたことだと思う。


 だからこそ、わざわざこの島のことについて色々と知らなくとも、どうにかなるぐらいな感覚にいたのかもしれない。


 まったくもって、その通りの話である。


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】には的確なところを指摘されてしまい、動揺をしてしまった見桐だが、彼女は彼女で奴にとある指摘をする。


「……そ、それより一つ確認やけど、まさかこのまま転がる訳や無いよな?」


『……まさか』


 直後、泥団子の内部で左右に上下二つずつ、それぞれ凝り固まった泥の持ち手と足掛けが二人分形成されると、それを見た見桐は――


「う、嘘やろ………これに掴まれ言うんか?こんなん、少しでもりきんだらポロっといってまうなんてことれへんよな?

 こないなこと言うのはシャクや思うが、これが全部泥言うなら、一体全体強度面はいかほどのもんなんやか………正直おもっくそ心許ないんやけど、ほんま大丈夫かぁこれぇ………………」


 メチャクチャ不安な様子であれこれ口にし始めるのだった。


 だがそんな見桐とは裏腹に【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は――


『そう易々と、心配されるようなやわなものに出来ちゃいねぇよ。この泥のベースは主に岩礁だ。

 そこらの泥濘ぬかるんだ泥土を、固めた程度と同じに見ているのだとしたら、そいつはとんだ見当違いなものだ。

 泥の質は元の素材によって、その形を大きく変える。押し寄せる波風をビクともしない頑丈で、打たれ強い岩石を溶かしてねたようなもの。

 そう多少りきもうが――、波風に当てられようが――、それらにすぐ耐えかねて壊れてしまうような脆い出来にはなっちゃいねぇよ』


「……なんて、言われとってもなぁ…………」


 そう言って見桐は、不安そうに持ち手に掴まってみたり、足掛けに足を引っ掛けてみたりする。


 確かに、思っていたような柔らかさは感じられないが…………


(……だぁぁああああぁぁぁ――――ッ!うだうだしてたってしゃあない。こうなったら覚悟の上や。

 せっかく、二人して助かる方法を考えてくれたんや。頼り切りにしてたわてが信じんとどないする!)


 覚悟は決まった。見桐は作戦の最後の仕上げを行うべく、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に一声掛ける。


「ええ加減、腹括ったわ。波が、風がなんぼのもんじゃい!こんなんにビビっとったらフライちゃんに笑われるぅに決まっとる。


 今からこのおっきな穴から空見て、ちょっち積乱雲起こしたっても、かめへんか?」


『構わない。こっちはとうにスタンバイしている』


 やれやれ、やっとですかと、言わんばかりの【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の確認を取ったところで見桐は作戦実行に移す。


 一箇所だけ大きく空いた――、島とは反対方向に面した穴から目を覗かせ、右目を開眼しては空を見上げる。


 彼女が見つめる一点の快晴の空に真っ白な雲がモクモクと立ち込め、まるで時が過ぎる感覚が早くなったかのようにその形を大きく、一つに纏まった雲は瞬く間に灰色へ。


 雲は更なる色変わりをし、一分経過したかしていないぐらいの猛スピードで見桐の視線の先には、暗雲立ち込める濁った空へと様変わりする。


 こうして一般的によく見る積乱雲の形へと変化すると、発達した積乱雲は雷を伴った激しい雨を降らし始めた。


「どや。作戦通りに積乱雲起こしたで。ひとまずダウンバーストが起きるまで雲を成長させるんでええんやな?」


『ああ、頼む』


 天気は荒れてきたが、まだ……目的のダウンバーストが発生するには雲が小さいようで、雨粒が顔に当たりながらも、見桐は懸命に視線を積乱雲一点に集中させる。


 積乱雲は更に大きく成長し、より勢いを増した大雨に混じって雹までポツポツと降り出し始めた。


 降下する雹に当てられ、泥団子が壊れてしまうか心配だったが、一ヶ所大きな穴から【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】も一緒に顔を出し、『任せろ』と一言。


 露出した右目が発光し、天気予報の雲マーク【☁】のような形をした瞳孔に空色の瞳で泥団子の表面を覗き込み、一時的に液状化させる。


 すると、こちらへと向かって飛んでくる雹を底なし沼の如く、ズブズブと沈めては飲み込んでいき、どんどんと雹が中で吸収されるように、泥団子の表面に取り込まれていく。


 もはや壊れるどころか、泥団子の硬度が増していく変化を見せる。


 そうしたことがありつつ、気付けば天気は最高潮に荒れに荒れ、待ち望んでいた例の現象がその顔を現す。


 成長した積乱雲の中心から、まるで天空を貫く大樹のように、雲と激しい豪雨のせめぎ合いから発生された、爆発的に吹き降ろす気流が海面に衝突。


 破壊的な下降気流が吹き出す現象から見せる、神秘の風災-【ダウンバースト】が見桐たちの背後に押し寄せる。


 吹き降りた下降気流の衝撃点を起点ポイントに、運ばれてきた風が放射状に広がり、4km圏内を突風が襲う。


 ダウンバーストの領域規模が、直径4km未満規模の風災マイクロバーストと呼ばれる現象にまで広がったところで見桐は能力を解除し、暗雲立ち込める積乱雲を縮小させていき、元の良く晴れたカラッとした天気へと戻っていく。


 天災ゆえに危険視を怠らず、ダウンバーストから発せられる、突風の威力を考慮した上での先んじて、その爆発力を最小限に留める為の徹底した手際。


 あらかじめ少し遠方へと視線を向けて発生させていた、その大樹の形をした積乱雲が出来ていく様を――、そこから放たれる風向きが――、


 きちんとこちらへと迫って来ていることをしっかりと見届けたところで、見桐は隣で穴から顔を出す、降ってくる雹に気を回していた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に作戦の初動完了した切って落とされたことを知らせる。


かなめとなるダウンバースト起こして、早急さっきゅうに雲だって引っ込ませたさかい。もうこのおっきな穴は埋めてしまってかめへんで」


『ああ、分かった。実に風向き良好。これから滑っていくだけに滑り出し上上じょうじょうと言ったところか。良し、穴を埋めるぞ』


 ちょっとした洒落を挟みつつ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は返事をすると泥団子の穴に目を向け、どんどんと収縮させて完全に穴が塞がれる。


 そうして二人は急いで前後に並び立つ形でさきの【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が創り上げた泥の持ち手と足掛けに掴まり、大の字になってこれから迫り来る波に備えて構えを取る。


 下降気流に運ばれて水面が押し流されるように波となって勢いに乗り、波は近付くに連れ、海中にひっそりとデコボコに隆起した段段に揺すられるように離岸流が発生。


 高波ノックアップが起こる。


 背後より迫り上がった波が二人のいる泥のタワーのいただき目掛けて飲み込むように押し寄せ、今にも来たる水波からの抵抗力を抑え、つ、滑りを効かせるべく創り出した球体としての形状-《泥団子》が波に風に流されるがまま、転がり落ちながらの地獄のウォータースライダーが始まった。


 背後から伸びていく高波の振動が、泥団子内からでも十分じゅうぶんに伝わって来ると、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は波に飲まれる前に見桐に向かって一声告げる。


『おーおー、来るぞこいつは。覚悟して掛かれよ。良いか、二つだけ助言しといてやる。

 一つはどんなに揺れようと決して持ち手から手を放すな。それともう一つ、空気穴から漏れる海水は飲むんじゃねぇぞ』


 直後、二人が入った泥団子はグルングルンと急降下していきながら、背後では叩き付けられる高波の力が滑り台をなぎ倒し、その形をボロボロに崩壊していきながら、スルスルと滑り落ちていく泥団子。


「『ひぎゃあああああぁぁぁぁ――――ッ!』」


 こんな絶対的に助かる保証も無い危険な状況だからこそ、何とも情けなく弱々しいビビった声を互いは発し、恐怖のあまり、思わず掴んでいた持ち手と足掛けを離して、ギュッと身体を抱き寄せ合ってしまいそうになるのをどうにかこうにか堪え………


 なんて、調子の良い見桐がそう大人しく出来る筈も無く、さきの【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の助言虚しく、すぐに持ち手と足掛けから身を離してしまい、手前で大の字になっている奴に向かって背後から腕を伸ばし、背中からお腹に掛けて手を回して強く抱き付き、泣きベソをく始末であった。


 何自然ちゃっかりと抱き付いて来ていた見桐に気付いて、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は思わず口をく。


『っておま、さっき手を放すなって言ったじゃねぇか!ほら、ぐらついてしまって、只でさえ一人だってバランス取るのも大変だってのに………危なッ!危ねぇって!』


 泥団子は勢いよく滑り転がって落ちていく。


「うぅぅうううううぅぅぅ…………こ、これ酔う………脳がグルングルンして気持ち悪ぅ……………あかん、吐きそう……………」


『お、おいっ!ふざけんなよ!この体勢で吐かれちまったら、背中汚れるじゃねぇか!

 それに、こんな狭い空間で吐かれちまったら、ゲロ臭い匂いが充満すんのは確実だろが!」


「そ……そん時は………入って来る海水で洗い流せばなんとかなるやろ。も……もう………腹がこれでもか掻き回されてシェイクしてもうて限界来とるんよ……………」


 奴自身も言っていたことだが、出来るだけ穴を通して外からの水が入ってこないよう、極限に空気穴は小さくしていることもあり――


 それ程に押し寄せる波の水が、内部に入ることは無い状態をつくりだしてはあるものの、やはり完全な密閉空間という訳では無い為、度々中に海水が入り込んで少しずつ中が水浸しになっていく。


 とはいえ、流石に吐物を洗い流すぐらいの浸水には至っておらず、ふざけたことを言った見桐に対して【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は怒った様子で暴言をぶつける。


『んなこと言って本当に吐くものなら、私とお前の間で泥団子を分散させて、自然と後方に分けられるお前を泥団子諸共後ろの波の餌食にしてくれたって良いんだぜ』


「ちょっ、なんちゅうエグいこと言うねん。……こんなのって横暴や…………」


『甘えたこと言ってんじゃねぇぞ、お前!

 こっちだって、気持ち悪いところを何とか押し留めてるんだ。ここで私まで吐いたら、一体誰が(重心を)支えてくれる。

 ……弱音なんか吐きやがって。物理的にも吐きそうで苦しいのは、何もお前だけじゃないんだよ!』


「……そいつは、ほんまズルいて。そないなこと言うてもうたら、吐くに吐けへんやないの…………」


『そいつも少しの辛抱だ。空気穴越しからでも地面が見えるぐらいまで、その距離が近付いて来ている』


「……ほ、ほんまか!そ、それで肝心の落下予測地点は一体どこなんや?」


『……そうだな。作戦の発生における風波の勢いが想定より少し勢いが出ていたようで、このままだと岩礁にぶつかるかもな』


「嘘やろ!ど、どうにか軌道を変えることは出来ひんのか?」


『駄目だ。ここまで勢いが出ていると、かえって危険だ。覚悟して衝突に備えろ!』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の持ち手と足掛けを掴む力に、ギュッと一層力が入る。


 そこに合わせて見桐もまた、投げ飛ばされないよう、彼女にしがみつくようにして後ろから腰回りを抱き締める両腕の力が自然とりきむ。


 ザザーン!


 波音に混じって、泥団子が岩礁に勢いよく衝突する。


 直後、泥団子の表面に大きなヒビが生じ、中が露わになると、そこからヨロヨロになってゆっくりと現れた二人の姿が――


『よし、無事上陸でき………うぉぇえええぇぇぇぇ〜〜〜〜ッ!』


「わ、わては乗り切ったんやぁぁ………うぉぇえええぇぇぇぇ〜〜〜〜ッ!」


 怪我は無かった様子だが、なんとも締まりが悪い形で上陸するなり抱え込んでいたものを吐き出す。


 岩礁にぶつかる衝撃にもあてられたのか、何とも勢いよくぶち撒ける。


 吐き疲れ、真っ青な顔をした二人はフラついた足取りで、雲は消えど、さきのダウンバーストの衝撃でまだ少し荒ぶっている波に飲み込まれてしまわぬよう、今の二人の精一杯の足取りで急いでここから離れていく。


「……それにしても、わてら雲泥コンビ!ええコンビネーションしとったと思わへんか?」


『それ……能力に掛けて言っているのか?それとも、意味として含まれているのなら《逆》だろ?』


「そ……、そないな言わんでも………せやけどこうして二人で力合わせて、大脱出した訳やし。

 ええと思わん?〈THE・雲泥コンビ!〉……なんやしっくり来た思っとったんやけどなぁ」


『却下で』


「そんな……殺生なぁぁ………」


 そうこうやり取りがありながら道路沿いの近くまで何とか移動が完了すると、安心してどッと疲れが出たのか、その場でへたり込んでしまった両者。


 荒波に揉まれながらも、二人の目力の協力相まって、殆ど無理のように思えた島への上陸を見事に成し遂げてみせ、気付けば遠くから無事に帰って来たことに感極まっていた眸衣むいが見桐の元へと駆けて行き、彼女の無事を讃え、互いは身体を抱き寄せた。


「良かった、戻って来てくれた………」


 そう言って、今にも泣き出しそうに目頭を熱くさせる眸衣むい


 心配していた彼女の様子を見て、それにつられて何だか泣きそうになってしまう見桐。


「「うわぁぁあああああぁぁぁ――――んっ!」」


 遂に我慢出来なくなった二人は同時に涙が溢れ出てしまう。


 もはや今の二人には闘う意思が無いことを認識した【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は静かにこの場を離れようとする。


 すると、そんな彼女の服の裾を引っ張り、進行を止めるは二人の手。


「あ゙りがどぉ。わでのこど、見捨てんといでぐれはっで。すっがり世話になっださがい。

 あ゙んだ、相当の実力者や。礼やなんや関係なく、あ゙んだがやっでる代行サービズとやら、その腕を買ったる。ご贔屓にざぜてもらいまっぜ」


 涙ぐんで話しているからか、所々発音が変になっているが、見桐なりの感謝を【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に伝えていた。


「私からも感謝致します、代行屋。

 あの見桐が金勘定絡みのことで、値引き交渉しない程に感謝の意を伝えるのは、それだけ本心の言葉である証拠です。

 こいつ、普段から調子の良い変な奴ですけど、そんな彼女を、私の親友を救ってくれてありがとうございました」


「フ、フライちゃん!なんでや!わてが折角決めた思ったおもたムードぶち壊せんといてくれやぁ。

 ほんま、ひっどいことするもんやわぁぁ…………あっ!そ、そや。と、時に……代行屋はんと呼んでもかめへんか?」


『……私に言っているのか?ならすでに代行屋と名乗っているところ、周囲は私のことを【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】なる通り名で勝手に呼んでいたりする始末だ。

 今更、そんなのはお前の好きに呼ぶと良い。……だが、お前と私で〈雲泥コンビ〉と変に付けて呼ぶのだけはお断りだ』


「ええぇぇぇ〜〜〜ッ!てっきりこの流れはそれもええやと言うもんとばかり、期待しとったのに………。ほんまに駄目なん?」


『いやいや、人に強制する方がよっぽど無いと思うのだが……』


「あ、な……何もそこまでの強い物言いで言ったつもりでは無かったんやって。ほんま堪忍なぁ」


 何だか二人には妙に感謝されてしまい、普段の依頼で間接的に感謝されるのはいざ知れず、何ともこういう……直接的な助けをしたことに対する感謝は受け慣れていないこともあり、少し照れ臭いのをツンケンするように、無愛想な態度で返してしまう【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 だが、それらが叶うことは一瞬足りとも訪れることは無かった。


「………【目血流視エマーク】~血判剥離アモンゥシィオ~:消印キニス焼却=ィマン


 瞬間、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の左目を中心に燃え出し、眼瞼結膜などの粘膜質や眼輪筋などの筋肉、それと裏で繋いでいる外直筋などのこれまた筋肉や細かな神経などが、その燃え盛る火の勢いによって焼けただれ、自然と左目が落下し転がり落ちた。


 痛みで声が出ようにも火は喉元にまですでに広がり、焼けてまともに声も出ないまま彼女はバタリとその場に倒れ、炎の勢いは一向に収まる様子が見られないどころか、どんどんと広がりを増して【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の身体中を燃やす程に大きく広がっていく。


 近くの海の水で火を消すも無く、時間はそう掛からず、同じようにもう一つの右目も同様に周りが爛れ、静かに落ちていってしまうのであった。


「な……何がどないして…………」


 突然の出来事に、震える声で言葉を漏らす見桐。


Arrivatoアリヴァート a destinazioneデスティナツィオーネ………Èまるで come太陽 la fine di unあて vampiroられた illuminato吸血鬼 dalla luce最期 del sole


 すると奥から何者かの声が聞こえ、その声がした方へと瞬時に視線を向ける見桐と眸衣むい


 二人の視線の先には、栗色混じりの黒色ブルネットの髪をした一人の少女の姿があった―


 …………………………


 …………………


 …………


 元の見桐たちの目力の変化のような、時の改変の歪みは悠人達の周りにも確かな影響が出ていた。


 いつもながらに神眼狩りをしていた日のこと――


 この日は珍しく共闘メンバーが全員集まっており、ふと裏目魔夜が相手神眼者プレイヤーに向かって神眼を開眼した瞬間、それは起きた。


「あれ………?前からそんな右目していましたか、魔夜、さん………?」


 何故か今、目崎悠人の目の前には、まるで真上から見た渦のような形をした瞳孔で彼女の顔を見つめる、白藤しらふじ色した虹彩の右目を輝かせる、の姿が―――


「えっ?何を言っているのですか、目崎さん?この神眼を私に提示して来たのは、他でも無い貴方ですよ」


 神眼片目を失う前は良く見ていた、穏やかな様子の魔夜がそのように返答する。


「えっ?どう言うことだ?俺はそのような目を魔夜にのだが?」


 彼のその言葉に、周りの仲間は何を言っているのだと言わんばかりの反応をする。


「まさか……この歳でけてしまったの、ゆっと?」


「今、戦闘の真っ最中だと言うのに、何ふざけたことを突然言い出すのかしら?私のことを言う前に貴方の方こそ、実はおじさんだったのではないかしら?」


「えっと……ひとまず今は、目の前の神眼者プレイヤーの神眼の回収を済ませてから、それから話をするとしましょう」


 斬月のその一言にまずは目の前の戦闘を片付けてから、それからゆっくりと話を聞くことにした悠人。


 数分後――

 無事に今日の生存分の神眼を回収することに成功し、命が確保されたところで、改めて悠人の疑問に対し、さきの目の前の戦闘を片付けてからと提案した斬月が話を切り出す。


「それでは状況が落ち着いたところで、このようなこと……私なんかが口出しして差し出がましいかもしれませんが………

 ……その、覚えておりませんか?先月、ゆうとが通っている学校で変な不良集団と戦闘があった日のこと……………」


「えっ?あ、ああ……あれだろ?

 結果的に、ここにいるメンバー全員が集まった形での戦闘になった………えっと、そう!

 斬月が俺をお姫様抱っこして助けてくれた日のことだろ?

 それなら、割と最近のことだったし記憶には覚えているが……………」


「……そ、そんら恥ずかしいことまで言わなくも、つ……伝わっていましたから………

 ……え、えと、あの…………そ、それでですね!

 その騒動があった丁度次の日、ゆうとが私たちを呼び出したことを覚えてはいらっしゃいませんか?」


「……へっ?……あの騒動があった次の日に………俺がお前ら全員を呼び出した……だって?」


 ここでそうです、と言わんばかりに魔夜が口を挟む。


「私にこの【歪見ゆがみ】の神眼……ああ!

 これは保呂草さんが名付けたこの神眼の目力の能力名ですが、この神眼を提示して来た日というのが丁度その日になります」


 歪見ゆがみ………何だか聞き覚えの無い(目力の)名前が飛んでくる。


 巳六との一件で時間という人間の定義の上、そこに流れる世界の軸なる概念干渉を行い、朱音と共に改変した後のいる筈の時間へと戻っていった、奴の奇妙な能力の性質上――


 今の世界線における、彼女たちと同じ時間軸を過ごしている訳でも無い悠人にとって、ここにいる誰もが不思議と感じない当たり前なのであろう、彼女たちの中の常識それに違和感を感じてしまう。


 一体全体、何が起きているというのだろうか?


 そこには今の悠人が歩むことは無かった、改変した世界線での彼の身に起きたとある出来事が深く関係していたのであった………

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