第四部 ⒊ 胎瞳

⒊ 胎瞳(1) 胎眼上寿

「う……嘘やろ。だ、代行屋はん………」


「な……何が起きたんだ………」


 あまりの突然な出来事に、見桐と眸衣の二人は驚きを隠せずにいた。


Ragazzi君たち, conosceteこの女の questa知り合い donnaだったか?

 そいつは残念だが、奴は手遅れにあった。奴がここを訪れる前には、すでにとある罰印トラップ押印されて仕掛けられていた訳でな。Oh嗚呼,Poverino可哀想に………」


 突然、二人の会話の間に割り込んで来たのは、栗色混じりの黒色ブルネットの髪をした一人の少女。


何者なにもんや!」


イオか?名乗るには長い名だからな。……ヴァンピーロ、ヴォイらと同じ神眼者さ」


「……ヴァンピーロ、おんどれの仕業かっ!」


「《おんどれ》?踊れダンスの仕業とは、これまた妙なことを言う」


「なんやと?人をおちょくるのも大概にせぇよ」


「いや……単に関西弁が良く分からないだけだろう。《おんどれ》、と言うのはいわゆる二人称。『貴女』や『お前』、『君』などを指して言う言葉だ」


「これはこれは、懇切丁寧に。……成る程、理解した。そういうことなら、答えはYesだ」


「……さいでっか。いっぺん、いわしたろか」


 その瞬間、見桐は左目の神眼を開眼し、目力:【視星シ☆スター】が発動。眩い光がヴァンピーロの目を襲う。


 が、当のヴァンピーロは何とも思わず、よく見れば奴の視界の前を凝固した紅黒い塊が、まるで光を遮るサングラスのように彼女の両目を覆っているでは無いか。


 あれは………


「まさかいきなり目を潰しに掛かるとは、物騒なことをしてくれる。即座にを作らなければ、危うく失明でもしてしまいそうなところだったじゃないか。

 にしても、クセのある言葉ばかりで、さっきから何を話しているのか、イオには全く理解し難いことだが………ヴォイが怒りを示していることのその一点だけは実に分かりやすい」


 奴が口にするまでも無く、塊の正体は血が凝固した形成物オブジェクトにあった。


 良く良く見ると、奴の周りを微かに紅黒い塵のような、霧のようなモヤが漂っているのを確認する。


 それは見間違えようが無く、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】探しに立ち寄った例の店の中でも披露した、紅黒いモヤ……いや、霧状に散布された血を予め、自身の周囲に撒き散らしていたのである。


 それは何故か?


 考えるまでも無く、初めから【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を始末する気でいたヴァンピーロは、これまで見てきた中でも分かる通り、血を媒体に様々な能力を使用出来ることから、ハナっから始末対象ターゲットの元へと近付いて行くのに、戦闘の準備の一つもしないのは可笑しな話でしか無い。


目血幹めぢから:【視血しけつ】。視界に入った血液を瞬間的に凝固・結晶化させることができ、その硬度と靱性は紅玉ルビーをも匹敵する。

 使い方によって回復にも武器にもなるこの力は………なんて―」


 一瞬の静寂。


 その後のヴァンピーロの口から飛び出た言葉は大きく話題を変える。


「――ヴォイとこうして遊んでいられる程、時間を持て余しているつもりは無いんだ。

 さっさと手柄となる戦利品を回収して、御方おんかたに価値を見せ付ける、大きな最終目的ファクターが残っているからさ。

 結局はイオに怒りをぶつけ、当たり散らしたところで、所詮あそこに転がっている彼女leiが再び戻って来ることなど、有りはしないと頭で分かっているであろうに…………

 死んだ人間が一度でもあれなのに、二度も生き返るなんて奇跡がある筈が無いだろう?

 これまでヴォイ自身だって、その命を奪ってきた神眼者プレイヤー達のさまをさんざ見てきた筈じゃないのか?」


「……そな結果論な………話や無い…………」


Ehえっ?」


「人が……人の為に………涙流して怒ることの………何が……悪いんや………ッ!」


「悪いだろ?」


「……はっ?」


ヴォイはいちいち、人が目の前で死ぬ度にそんな感情を抱くと言うのか?そんな筈が無いだろう?

 だってさっきも言ったように生きる為、これまでさんざ神眼者プレイヤー達の命を奪ってきたんじゃ無いのか?

 それを何故、奴に限ってこんなことをする?……友情が芽生えたから?……何か自分を助けてくれた恩人だから?

 ざけんじゃねぇぞ!一体そこに感情を動かされる程のどんな理由があろうとも、ならこれまで命の為に、ヴォイが手に掛けた連中は同情の余地が無いとでも?

 そりゃあ無いぜ。同じ境遇の、同じ人間だろうがッ!甘ったれた感情出してんじゃねぇよ!

 結局のところ、つまりそんなものは自分自身のエゴさ加減にしか過ぎないってことだろうがッ!一時いっときの感情でざけた真似してんじゃねぇぞ」


「な……何をっ………」


「勝手に相手の気持ちに寄り添ったつもりで泣いて怒って、人として有るべき理性を持って、行動したつもりになった気でいたんだかなんだか知らないが、要は敵討ちだろう?

 そんなものは憎しみを単にぶつけているだけの、やる前から結果として何も得やしない無駄な闘争。

 ただの争いごと引き起こして神眼者プレイヤー同士である以上、生きる為の勝つ闘いとは違うところで一生の命を懸けるのは、親に貰った大事な人生としての道を踏み外してはいないか?」


「そな………そないなこと……………」


「嫌なことなど、すぐに忘れてしまうに限る。これが血の繋がった家族であるというのならばそれなりに考えられなくも無いが、所詮は知り合っただけの他人な訳だろう?

 どうかここは一度、寛容な考え方を持ってこの場は大人しくしてくれることを願っているよ。命惜しくば、ね」


「……………」


 完全に言われに言われて、言葉が詰まってしまったのか、遂に黙りこくってしまった見桐。


 だが、ただの言われっぱなしになるつもりも無く、見桐はゆっくりとその口を開く。


「………そやな。確かに代行屋はんにばかり依怙贔屓したみたいで、そら悪い印象与えてしまってもしゃあないわな。そこは素直に謝る。

 ――けどな。大阪もんっちゅうのは、飴ちゃんぐらい甘々あまあまなほど世話焼きのお節介で、義理人情に厚い人柄が持ち味や。

 わてのことを海から救い出してくれはった恩人を、むざむざ命惜しさに見捨てほかしてまう、そんな薄情もんになった覚えなど無いわ!

 何言われようと、わてはその精神を叩き込まれて育ってきたし、そない両親の元に産まれたことを誇りに思うとる。

 この精神だけは侮辱すんなや!」


「……大和魂ヤマトダマシイ、言うやつですか?実に杜撰ずさんな選択をする」


「えっ?大和魂……?意味同じやったか?なんやちごてた思うねんけんど……せやけど、改めて大和魂とはなんぞや言うても、具体的にはなんやったか…………そやっ!こいつでなんぼでも調べが付いたるさかい!」


 自分で言って気になってしまった見桐は、さっきまでさんざ言われていたにも関わらず、その空気をぶち壊すような勢いで、一人EPOCHで検索をし始める。


「ええっと……大和魂言うんは、元は中国伝来の『漢才からざえ』いう知識・学問が伝えられ、日本民族固有の精神として強調された《観念》・《知恵》・《才覚》などを指した、比なる言葉として大和魂が使われるようになったと平安朝の文献において………ってそないなことを知りたい訳やない!

 もっとシンプルに書かれているページは………っと。あった、これや!

 なんや、時代と共にころころと意味が変わっていったみたいやけど、今となっては『勇敢で潔い精神』を指すようやな」


「へぇ、少しニュアンスが違うのか?」


「ほなまぁ……こう、喉元につっかかえていたわだかまりも取れてスッキリしたところで。

 心置きなく、おんどれを始末出来たるさかい!覚悟しぃや!」


 見桐は再びヴァンピーロに攻撃を仕掛けた。


 右目を開眼し、自身の右腕を雲状化させ、筋状の巻雲が絡み合って出来た、ねじれ雲のような形状へと変化させる。


「【雲煙過眼アイ・クラウド】:巻雲雲形けんうんモード~《派生雲形デリバティブ/もつれ雲》!」


 さきの【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の一件もある為、警戒を怠らず奴とは距離を取り、腕の限界を超えて伸びるこぶしで、渾身のボディーブローを叩き込もうとする。


 放たれた拳は狙い定めた腹部ポイントを確かに捉えたかと思った矢先、それは風を切るように、奴の肉体をこぶしがスルリッとすり抜けていく。


目血幹めぢから:【睅澹霧血ブラッデイヴァポレイト】。開眼時、己の身体に焦点を当てる目を向けることで、肉体を霧状レベルに分散させることの出来る能力。

 これにより、いかなる物理攻撃も一切寄せ付けない、まさしく完全無欠―――」


「なっ!おんどれが少し前に話していた、霧状に散布していた血ってのはまさかっ!

 その周囲に舞っている微かな紅黒いモヤは全て、肉体の一部が分散されて発生しとるもんって訳かいな。

 単にちょこっと傷を付けて、そこから流れ出た血が散布されてるもんかと思っとっただけに、そこまでの分解レベルしとるとか、わてが想像していた以上にえらい力なやっちゃなぁ」


 想像以上の分散性に吃驚きっきょうしていた見桐だったが、すぐに切り替えて、シンプルだが確実な打開策を出す思考へと持っていく。


「……けど、せやったら、直接目を狙うまでや!」


「そう言われて、簡単にられる馬鹿がいると思うのか?」


 そう言ってヴァンピーロは周囲に舞う、血の霧から一本の長い槍状のものを形成させると、そいつで思いっきり見桐の腹を突き、見事に返り討ちにする。


 ヴァンピーロの勢いは滞ることを知らず、今度は血の霧を見桐のいる方へと差し向ける。


 すると見桐は瞬く間に血の霧に囲われてしまい、口や鼻、耳の穴の中にその霧が入り込む瞬間を目に捉えては、再び目血幹めぢから:【視血しけつ】を発動。


 見桐を体内から血を刃物状やら針状やらに変異させた、多くの鋭い突起物が彼女の内部を痛々しいまでに傷付ける。


「がっ……あ゙あっ………」


 見桐は鈍い声を発し、その場に倒れた。


「なっ……見桐ちゃ…………『みきりき』をこないな目に遭わしてくれよったなぁ、ワレェ!しょーちせんどォォ!」


 仲間をやられて怒った眸衣むいは神眼を開眼。


 その目からは動物油や植物油のような、良く目にする淡黄色したものとは違い、黒色の油が目から浮かび上がる。


「お……、【涙液油層オイルポンプ】‼︎ {油種オイルカラー重質油ブラック}-《油煙形オレウム》!」


 余程、さきの一件で芽目に【油見アブラ・ミ】という目力を命名されたことが嫌だったのか、まるで自分に言い聞かせるように眸衣むいはそれを発する。


 左目から流れ出た涙………もとい煙状に広がった黒色の油が厄介な血の霧を全てを包み込んでいく。


 霧が晴れ、見桐の元へと駆け寄ると、彼女は口の中、鼻や耳の穴の中に数滴の油を垂らすと、その油が体内から生え出た血の突起物を見る見る内に取り込み、丸め込んでいっては、一巡するように元の垂らした穴から油が自然と流れ出ていく。


 当然のことながら、普通の人間の体内の中にそんな油を入れてしまっては有害でしか無いが、彼女らは一度は死んだ身である神眼者。


 例えるなら、抜け殻に仮の魂が宿っている状態の彼女らにとって、変に体内に油が溜まって残りさえしない限り、人間離れした回復能力を兼ね備えている以上、何かその後の人体に影響を及ぼすような危険なことにはならないだろう。


 うがいだけは後でしっかりとやっておくよう、言い聞かせるつもりだ。


「ほぅ……こいつは少し能力の相性が悪いとは見える」


 予想もしていなかったであろう、眸衣むいの持つ目力の対抗力に、今まで一方的だったヴァンピーロも少しだけ驚いた感じを見せる。


 たが特別焦る様子も無く、一見不利にも見えるヴァンピーロだが、何てことなく一手を構える。


 奴はさりげなく眸衣むいの背中に触れると、自身の血液を少量、さっと付着させる。


 すぐにその付着部分ポイントへと目を向けると、目血幹めぢから:【視血しけつ】を発動し、眸衣むいは背中からブスリッと、形成された血の刃によって身体を突き刺された。


「ごはっ………」


 口から血を吐き、鈍い声を発する眸衣むい


「流石に背中に付いた血を取り除くのは無理な話だろう」


 ヴァンピーロの狡猾な手が狙い通りに喰らわされてしまった眸衣むいだったが、彼女も負けじと打って出る。


「……そっちがその手なら、こっちはこっちでやりようあんだよ」


 そう言ってまずは胸に刺さった血の塊を左目から流れる例の黒い涙で取り除くと、躊躇う様子も無く一度血を付けられてしまったトップスを脱いで上半身下着の姿になった。


 恥じらいそっちのけで、眸衣むいの右目に一層の輝きが増すと、左肩から下げたファスナー半開きの私用通学カバンをガバッと大きく開いて中身を目にした瞬間、カバンの中に控えていた、ぬいぐるみやら玩具の面々が一斉に勢いよく飛び出していく。


 目力:【縫糸視ジャガン・ナート

 その神眼をもった者だけに視える不可視の糸が命無き無機物に貼り付き、決してほつれぬよう縫い目を付け、意のままに糸操りコントロールする異能。


 見えぬ糸に吊り上げられた危険な見た目のガラクタ達が、寄って集って奴の血の付着から守るように、眸衣むいの背に向かって次々にピョンピョン跳び掛かっては、びっしりと隙間無く張り付いていった。


Ahhアハハッ,まるで一昔前の日本の女子高生スチューデンテッサ ジャポネーゼ………《じゃらじゃらストラップ》だな」


「言ってろ!精々余裕ぶっこいてやがれってんだ。最後に痛い目見るのはどっちか、その悪魔のような紅き瞳に拝ませてやんよ!」


 瞬間、眸衣むいの足下に巨大なハサミを手にした、綿剥き出しツギハギうさぎのぬいぐるみが一つ。


 右手左手に20種ずつ多種多様のツールを備えたアーミーナイフの刃先の爪をした、ニタリっとU字に開いたチャック口のくまのぬいぐるみが一つ。


 そこかしこに釣り針が縫い付けられた甲羅を背負い、もりの刃先の爪をした、直立姿勢のかめのぬいぐるみが一つ。


 計三種のいずれもが狂気じみた……いや、凶器みたぬいぐるみが眸衣むいの前に飛び出して来た。


 ぬいぐるみ達は一斉にヴァンピーロに向かって斬り掛かる。


 ジャキジャキとハサミを、ジャラジャラとナイフを、ギラギラと針先を、各々は刃を光らせ、奴の肉体を切り裂こうとする。


 当然のようにヴァンピーロは目血幹めぢから:【睅澹霧血ブラッデイヴァポレイト】の能力を用いて、三方向に向かって来る刃の攻撃に構えて身を守るように、身体を霧状化させていく。


「さきの突っ掛かりで学ばれなかったのですか?そのような物理攻撃はこのイオに通用しないと………」


「そら、そのまんまならそやな………」


「何を言って…………っ、な……何故、刃が通って……………」


 目血幹めぢから:【睅澹霧血ブラッデイヴァポレイト】によって、あらかじめ一時的に身体を霧状化させていたにも関わらず、何かジュッと溶けるような熱い痛みが生じるという、考えも付かない現象が起きたのである。


 すぐにヴァンピーロは元の肉体の形に戻り、傷付いた身体の一部を【視血しけつ】の能力を用いて血を凝固させ、瞬時に傷口を覆っていく。


 これが本当の止血視血、を見せたところで眸衣むいもまた口を開く。


「……刃が通った?そいつは少し違うな。あるちょっとした油をぬいぐるみが持つ武器に塗っていたまでのこと」


「油?……確かに何か手を打てるとしたらそれしか無いと思ってはいた。だが、それでは………」


「《滑る》、とでも言いたいんか?それが単なるギトギトベタベタした油であるならば………の話やが、私が精製細工した油は『丁子油ちょうじあぶら』であるからして――」


「……チョウジ……アブラ……言ったら、チョウジノキから産出される植物油………だったか?その用途は確か……薬に…香料として歯磨きに……化粧品、香水……あと、菓子なんかに用いられていることもあったっけか?だがそんな油を使って何が………」


「丁子油の用途はそれだけやない。古くは平安時代から刃物の手入れに使用される防錆油としても重宝していた訳やが………

 その効果は植物油ゆえ粘度が高く、水分の除去効果……塗ると金属表面から水分や塩分を巻き込んで除去する働きがある。

 また、オレイン酸を多く含むことから脱酸素剤としての働きがあり、酸化防止の特徴を持っている。

 つまり……………」


「血の天敵………言う訳か」


「嗚呼……っつっても、元はと言えば、私のぬいぐるみ達に縫い付けている一部の刃物の加工をしてもらっていた、ある鍛冶屋の言う女の押し売りなんやけど。

 あれこれ買っていることだし、防錆用にこいつは使った方が良いぜって、あの時はさんざ丁子油を勧められたっけ」


「……誰なんだ、そいつは?」


「……そやな。死ぬ前の冥土の土産として話しておいてもええか。

 『稀街栞奈きまちかんな

 一時期、若き実力派女性鍛治職人なんて、メディアで良くよぉ紹介されてて、主にアニメやらゲームやらのコラボ展開によって製作される、『作中再現武器』で注目を浴びる存在となり、日本のみならず各国でもアニメ・ゲーム人気の影響で海外からも広く知られていたりするみたいなんやけど………その反応からして知らんやろ」


Haiそう ragioneだな.その稀街キマチとやらには悪いが、知らないな。あまりアニメやゲームには詳しく無いと言うのが正直なところだ。

 このイオが愛してやまないものは、鮮度ある【生血サングエ フレスコ】。

 それとあの方に対する忠誠心……そうっ!忠誠しん………ッ!

 【救いの目神デア デラ サルベッツァ】――ただそれだけだ」


「相変わらず言ってることは分からんが、何か良からぬ事を言っているのだろうってだけはそれとなくひしひし伝わってくる。

 お前が少し前に話していた、みきりきに感じた感覚と似た様なものやろ」


勝手な qualcosaことを di言って egoisticoくれる


 そうして両者が闘い合っている中、一人遠方から見上げる人物が一人。


 気付いたら誰にも相手にされなくなっていた瞬間移動者テレポーター:藤咲芽目である。


「私の……期待外れだったか」


 奴らのいる地点の近くに横たわる、今尚燃え続ける一体の死体。


 芽目はそれを遠くで見つめながら、一人落胆の声を上げていた。


「〈代行屋〉……言ってもこの程度の実力とはな。………仕方ない。また一から探し直すか」


 勝手に切り捨てるように、もうここには要は無いと【視認瞬移テレポーテーション】してこの場を離れようとした矢先だった。


 二人が戦闘を繰り広げている間に、何処からともなく燃え続ける死体の元に近付いていく一人の影。


 その姿は【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】のものと瓜二つのデザインをしたフードパーカーを着た謎の人物。


 悪魔ような二本の逆立った、白のとんがり角の飾りが特徴的な、黒い薄手のフードパーカー姿。


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】と同様、これまた頭にフードを被っていて、奴と同じデザインをした犬面のサイバーマスクで素顔を覆っている。


 下も全く同じピンクスカートを穿いており、背格好も同じ為、いかにも双子か姉妹か思わせられる。


「……何だ、あいつは?」


 妙な人物の登場に芽目は瞬間移動テレポートするのをやめ、気になってその謎の人物の動向を目で追い始めた。


『……○……△□……』


 一体何を言っているのか、それとなく音は聞こえるが、肝心の声が耳に拾えない。


 ここでは場所が遠く、偵察するにも情報が上手く掴めないからと、芽目はその人物に気付かれないよう、こっそり距離を詰めるように近い地点へと瞬間移動テレポートしていく。


 近付いて奴の姿を改めて確認すると、何やら右手には蜘蛛のような複数の目が並んだ、気味の悪い白の蟲面のサイバーマスクを持っていることが分かった。


『これはまた、派手にやられて………ったく、がなんてザマしてやがる。〈代行屋〉を名乗る者が聞いて呆れるよ、こんな醜態しゅうたい晒しちゃあ。

 あーあ、もう恥ずかしくって、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を名乗られる訳にはいかないな………ったく。

 …ま、今のマスクだと視界もそれなりに遮られてしまっていたから、そこそこお金も貯まったことだし、前々まえまえからもう少し視野がひらけたマスクに替えようか悩んでいたところだったし?

 これを機にデザイン違いの変声器機能の付いたマスクを買い直ししようかと、考えることは一緒な訳で――………

 そこの、死にっこ晒したの報告通り、ここへ来る前に例のお店に立ち寄って見れば、まさしく追い求めていた視界良好なマスクをお買い上げ出来たようなものだから、そこだけは大きく評価してやらねぇとな』


 そう言って、ヒラヒラとその手に持ったマスクを見せびらかすような仕草をする。


 一体、奴は何を言っているのだろうか?


 ……確かに奴はそこに横たわる燃える死体のことを『私』と呼んでいた。


 殆ど両者の姿・形は似ているが、仮にもその仮面の奥底の素顔が同じような顔であるのだとする。


 似た顔をした人間はこの世にいることもある為、その一点においては特別不思議に思うことは無い。


 だが、あくまでもそれは〈見た目〉においての話である。


 しかしこれが《存在》そのものを指して言った言葉なのだとしたら?


 一つ一つのほくろの位置やその数、手相の形やシワの数などの身体的特徴………それこそ、遺伝子情報から全く同じなんていう、本来あり得ない特徴をもった人間が、仮にも今この場に二人として存在している………それこそ、3Dスキャンして取り込んだデータから作った本物そっくりの【機械人形アンドロイド】………果てや、DNAを採取して造り上げた【クローン人間】………と呼ばれるモノたちなど…………


 年々、確実に科学技術の進歩・発展の躍進をしている世界において、秘密裏に開発された【それら】の存在であるという可能性も決してないとは言えなくも無いが、それこそブシュラのようなお金と研究力のある者がそれを実現させるならまだしも、ブシュラはすでに規定人数自身を含む七人と協力関係にある以上――、


 これが何かと利用されがちな針海有見ならともかく、彼女が奴に関与しているとはとても思えない。


 だからこそ、奴が口にしたあの『私』というワード。


 これには一体、どんな深い意味があるのだと言うのだろうか?


 だが、その『私』という言葉がその言葉のままの意味――それすなわち、両者が全くのであるという証明がすぐに明かされることになる。


 謎の人物は突然、顔を覆っていた犬面のサイバーマスクを左手でカパッと掴んで少し浮かせるように持ち上げ、僅かに出来た隙間の中で右手に持っていた例の白い蟲マスクを下から器用に被る。


 カチャッと新しい仮面へと付け替えると、元々被っていた犬面のサイバーマスクを横たわる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を燃やす火の元に向かって投げ捨てる。


 その姿はまるで同志の別れを惜しむような、生前奴が被っていたものと敢えて同じ種類のマスクをそこに捧げ、一人で寂しい思いをさせまいと、一緒に供養し追悼しているようである。


 はたや、同じマスクを燃やしたことで《決別》を指し示すような、そんな風にも見えなくもなかった。


 だが、そんなマスクを一瞬付け替える時のことである。


 チラッと奴の左目が見え隠れすると、その目は確かに左目部分が割れて曝け出されていた、濃褐色の瞳と瓜二つの《虹彩》をしていたのである。


 この世には他の誰でも無い、本人であることを証明する、本確認証セキュリティの類いとして『虹彩認証』というものが存在する。


 具体的にそれはどのような原理なのかと言うと、そもそも『虹彩』とは眼球の黒目の内、瞳孔を取り囲んでいる色の薄いドーナツ状の部分のことを指して言う。


 拡大して見ると分かるが、虹彩の中には複雑で細かな線状の模様が入っており、実はその模様のパターンが人によって全く異なるのである。


 その複雑さは指紋以上とも言われており、同じDNAを持っている一卵性双生児でさえも、違いがあるのだとか。


 その為、手術云々でどうにか再現出来るものでは無いことは明白であり、他としていない一点物虹彩本確認証セキュリティの一つの形として組み入れられるようになったのは、ごく自然とも言える。


 身近な存在で例に挙げるとすれば、パソコンや携帯機器などのロック解除、空港での入国審査。中には会社など、一部の入退室管理に使用されることもある。


 なお、この島においてはコンテナ船などの外部から訪れる人間の入管許可の際、布都部島の船着場前に佇む巨大な正門を管理者自らの虹彩がキーとしての役割を担っている。


 ただ、いくら人とパターンが違うというこの特徴を活かし、本人認識セキュリティに落とし込んでいるところが実際にあっても、この『虹彩』には歳を重ねる毎に変化する可能性はあるのでは無いかと疑問視する者も少なからずいるのではなかろうか。


 だがそこは安心して頂きたい。何故ならば、本確認証セキュリティに活用されるだけあって、もう一つ大きな特徴が存在する。


 それは人の指に出来る指紋が《終生不変しゅうせいふへん》であるのと同様、この虹彩の模様も言わばであり、瞳孔が開いたり閉じたりする時の筋肉の影響から、生後二歳までの間は模様に変化が現れるが、一旦出来上がってしまった模様はそれ以降、ほぼ一生形が変わることは無い。


 まさしく、《万人不同ばんにんふどう》である。


 その為、右目と左目でも模様は異なり、『虹彩認証』において右目と左目の両方を登録するのはそこから来ている。


 余談だが、私的に神眼研究をしている中学化学教師-『ブシュラ・ブライユ』の見解では、その『虹彩』の中の一本一体のスジが《目力》という大きなエネルギーを生み出している霊脈なのでは無いかと視察している。


 確かにそれならば、眼球の大部分を占める〈硝子体〉から成分を抽出して製作がされたという、《人工神眼》に目力が宿らなかったのにも理由が付くというもの。


 恐らく、現段階の《人工神眼》では納得のいくものでは無いような気がするので、いつの日か彼女が本当に神眼を人工的に造り上げてしまう日はそう遠くないのかもしれない。


 話を戻すが、見えた左目の虹彩のシワの数、その向きどれを取ってもそっくりそのままの虹彩を持った存在が二人いるともなれば、さっきの【機械人形アンドロイド】やら【クローン人間】やらが現実味を増す。


 いや……それ以上に可能性として高いものとすれば……………


『私の目力……良いのと悪いのとで差が激しいからなぁ。の目力ではまぁ、結果こんなものか。

 とは言え、折角の神眼だ。依頼人に引き渡す足しとして、役立たせて頂くよ』


 そう言って、転がった二つの神眼を拾い上げようとした時、一人の声が後方から聞こえてきた。


「ちょっと待て、そこの白マスクのお前ヴォイ………今、眼球拾おうとしたよな?

 奴と似た姿をしているが、関係無い者が横から勝手に掻っ攫っていこうとするのはどういうことだ?」


『……関係無い者が横から勝手に、だって………?フッ、笑わせる。

 ある種、そこの眼球は私のれっきとした神眼さ』


「何を言って…………」


だよ』


 そう言って、さっと身に纏っていたフードパーカーを脱いでひるがえすと、反転生地リバーシブル仕様の中の色が表になって現れる。


 さっきまでの黒色とは打って変わって、対照的な白色のフードパーカー。


 悪魔ような二本の逆立った、とんがり角の飾りは赤色をしている。


 すると奴はマスクの裏側で目をぱちくりしては、神眼を開眼。


 赤い虹彩に蜂の巣みたく六角形の集合体複眼型の瞳孔と、上からリング状の叩き金ドアノッカーのような形をした、二種類の瞳孔から織りなす奇怪な瞳が華開く。


 僅かに神眼から発せられた眼光が漏れ出ると、奴はそのまま海沿いの護岸の向こう側へと視線を向ける。


 視線の先の虚空くうちゅうに無数の謎の【門】が出現した。


 門、とはまさしく、そのままの意味の上でのこと――


 シンプルに、外部と分け隔てられた出入り口。まさしく正面扉である。


 突如現れた、それら無数のゲートが一斉にギィィッと内側から音を立てて開き出すと、一構ひとかまえの門につき一人ずつ、中から全く同じ背格好・同じ体躯・同じ格好をした人物が――、


 白色のフードパーカーを頭から被り、何度見てもおどろおどろしい蟲マスクで顔を覆った、まるで蟻の集団を思わせる衝撃の光景が一瞬にしてヴァンピーロ達の目の前に広がり起こった。


「一体……その集団は……………そんなデタラメな目力があって…………まさかッ!Loro奴ら全員が………始末対象の……〈代行屋〉であるとでも………………」


 あまりに奇想天外なその光景を前に、ヴァンピーロは一瞬で嫌な想像が頭に叩き付けられ、青ざめた顔をする。


『何、驚いてんだ?この光景を見りゃあ、理解出来んだろ?正真正銘、ここにいる私ら一人一人は『ほんものとどのつまり〈代行屋〉だよ』


『ハハハッ、何もこいつら一人一人が〈代行屋〉を名乗るって話さ!

 私か?勿論、私も正真正銘の〈代行屋〉さァァ!ハハハハッ!』


『あっちも私。こっちも私。当然ながら、私も私。正真正銘、全員『私』だよ』


 奴らは門から顔を出し、各々その場でヴァンピーロ達を揶揄からかう様に手を振ったり、地に降り立ったりと、バラバラに行動を取りながら、それぞれが主張する。


『ケケッ、驚いてやがんぜ!』


『そりゃあ、こんな仮面集団が現れたら、誰しもそんな反応するだろ?』


『それもそうだが、それ以上に【同じ人間をいくつもの線を越えて呼び寄せることが出来る】と知れば、驚いてしまうのも分かるだろって話だろ?』


「えっ………やっば…………」


 一体全体何が起こっているのか、死を悲しんで暴れた見桐相棒に代わって、いがみ合いをしていた最中さいちゅうだった眸衣むいは、サプライズドッキリをされたような………、度を超えて気味の悪ささえ感じてしまうその光景に、素の反応をしてしまう。


『今ここに、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の名は置いてきた。

 仮に……もしまた二つ名呼びされることがあるのなら、敢えてここは【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】とでも名乗っておこうか?』


『えーっと、《【速報】〈代行屋〉、マスクを変える。犬マスクでなくなったので、今から【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】呼びは脱却させて頂きます。

 新作マスクはこちらです。【白妙の蟲眼金ホワイト・パラ=ド≠ラ=ックス】》

 #ハッシュタグ代行屋 #ハッシュタグ素敵な赤目発光マスク #ハッシュタグイカした多眼

 マスク姿の写真を撮って…………貼り付け!、送信っと』


『それにしたって、いやぁ……もう本当、同情するね。ッたと思った相手が逆に増えるとか、そんな面白………ん、んんっ、馬鹿な話があるかってな。

 けど……なんだ。一人の私との信号パスが断たれたことで様子を見に来てみれば、こんなことになっていようとは………これにて今日の依頼分の神眼を確保出来たとは言え、それが《同胞の眼球》ってのは何とも皮肉なものだな』


 そう言うと一人哀しげに――、亡き【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の二つの眼球を拾い上げるのだった。


『おっ……早速、いいねが付いた』

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