⒉ 犬視(3) 血霧ト血印 :・チ ゛ ㋣ケツ ・:
寄る――迫る――眼前に広がる右手の平が今にも己の視界を奪おうとその進行は止まらない。
気付いた時には視界の半分が一瞬にして暗転し――
―はしなかった。
『えっ?』
ヴァンピーロの右手の指先が【
マスクの割れ先で指を傷付け、ちょこんと流した血液を【
【
その瞳に異物が入ったというのに何故だか自然と痛く無く、それこそ目薬を指した時みたく少し刺激を感じるようなことも無く、視界が一瞬紅くなるまで何をされたのか分からなかった。
「……なぁんて」
と何やらこの状況を面白がるようにその声色は上がり、どことなく浮ついた様子を見せるヴァンピーロ。
そうした状態のまま彼女の言葉は続く。
「このまま一突きに
ったく、こういう
あー、止めだ!止めだッ!いざこざは店を出てから
『はっ、わざわざ私がノって
そもそもこっちには、それにノって
「果たしてそうか?」
『何を言って……?』
「一体何をもって、この店から無事に出られる保証があるのかって話さ。
この
『面倒くせェ……私という獲物を逃がしゃあしないってか?
けどよ、こんなところで犬死にするようなそんな
………仮にもそう思ってたって言うのなら、そいつは大いに舐め過ぎだッ!』
瞬間――、多少のヒビあれど、マスクに覆われた【
ヴァンピーロの視界が
単に元から店内が暗いから、錯覚的に一瞬真っ暗闇に見えたのでは無い。
それは文字通り、ヴァンピーロの目には塵の一つすら何も映らなくなり、
目力:【
上から押さえ付けたように、視界が暗い状態である時のみ開眼することで、能力を発動することが可能となるこの目力は、名付けの通り、目の前にいる人間や動物の視界が、まるで上から遮眼子を被せたように真っ暗となり、何も見えなくしてしまう力を持つ。
その効果は蓋をされた懐中電灯のように目力の発光―――、俗に言う『眼光』さえも押さえ込んでしまう程で、あの不良生徒:
光を湾曲し弾く力であれば、こちらはハナッから眼光の漏れさえ完全ブロックし、どんな切り口からでも目力が使用出来なくなる程の、抑制力を持っているのが特徴である。
実はこの
マスク越しに見えるそこからの景色はサングラスの
多少のヒビが入れど、ここまで徹底した暗幕装備の格好とあれば、数分の能力効果の持続は見込める。
ヴァンピーロは完全に【
ヴァンピーロの視界の異変など、知りもしないリンジーはこの様子を不思議に思い、思わず彼女に声を掛ける。
「逃がして良かったのですか?」
丁度その頃――、
「ん………あ、視界が戻った、のか?まさかあんな隠し(眼)
しかし、さきの力はこれまた
「ヴァンピーロ………?」
話は聞いていたのか、心配になってつい彼女の名を口にするリンジー。
「
「それはどういう………」
「そのままの意味さ。もはや
ヴァンピーロがそのようなことを言っていると、気付けばさきの切り付けた指の傷口からは一滴の血液では無く――
紅い霧状の煙が灯火のように細々と小さく舞い、傷口を包むように弧を
「あれは目力……?……それとも特有の………いえ、それより―――」
と、リンジーは警戒するように、小声でヴァンピーロに耳打ちするぐらいに距離を詰め寄ると、その続きを話し出した。
「……いくら店内が暗いと言え外部の店員の目がある以上、そう安易に力を使えば《執行処分》を喰らうリスクがあることは分かっておいででは?」
珍しく主人以外の身を案じるリンジーを他所に、ヴァンピーロは何てこと無い様子で口を返す。
「《執行処分》?一体、リンジーは何を見ていたんだ?」
「何を申して………」
「さっきのあの力、ものの数分で
「それは………」
特別――、口には出していなかったが、正直それはリンジーにとって思っていたことではあった。
だが、奴の先程の口振りから察するに、能力の効果時間の短さには何か真相が隠されていたと言うことになる。
「何か気になる様子を見せていたものだから、てっきりおおよその見解は出ているとばかり思ったのだが………はたまたその反応は
その目が曇った瞳か晴天か、
そうでなければ、是非ともリンジーの見解を聞いて見たいものだ。
全ては視界の中にあるその答えを見つけ出しているならば、な」
その言葉通り、リンジーは情報の掴みづらい暗い空間内において、よぉく目を凝らして彼女の言っている答えを掴もうとする。
すると、彼女はある変化に気が付く。
何か微細な空気の変化がここ一帯を悟られも無く、暗い空間の中に溶け込んでいた形でそれは立ち込めている。
指摘されて初めて存在を認識出来たぐらいに、それはあまりにも周囲と
その存在は………
「何か塵……埃………、いえ、それを言うならこれは……霧、でしょうか……?」
ふと、リンジーの口からそのような言葉が漏れる。
いや、厳密に言えば霧状に変化した、ほんの少しの
あまりにもその存在が持つ暗色が空間の色と馴染んでいて、実に細か過ぎる粒の集合体であるが
キラリと
最初に塵や埃と口にしていたのも、まさにその現象により見えて言った言葉である。
はたまた紅黒い雫が密集して出来た
だが何故、ヴァンピーロに言われるまで霧の存在に気が付けなかったのだろうか?
神眼には目力とは別に暗視能力が備わっていたような………と、その時リンジーはあることを思い出す。
それは神眼特有の発光について、そこには一部としてこの現象も関係しているのでは無いかと、彼女の雇い主であるブシュラから聞いた話だ。
何でも人間の目には備わっていないという、光の反射板-【
現に神眼を通して見えている景色は、同じ暗視でも暗視ゴーグルのような熱探知してサーモグラフィー状に見えているのでは無く、しっかりと昼間のように目に映ったモノを映し出してくれる。
霧の存在をすぐに視認出来なかったのは、妙に色がはっきりと見えてしまっているが
それでも神眼の目の良さから、霧の舞う細かな粒にチラッと光る限られた電灯によって照らされた一瞬の反射光を捉えられたからこそ、その存在に気付けたぐらいなもので―――
一般の人の目から見れば、ヴァンピーロの立っている周辺は殆ど真っ暗な光景に過ぎず、霧が舞っているだの細かな視覚情報を捉え切ることは敵わないだろう。
まさしくこの紅き霧の噴出は、巧妙な目眩ましを見事に作り出していた。
だがそんな霧だが、これ事態一体何処から発生しているものか、そもそもの噴出口らしき箇所を見つけることが出来ずにいる。
それもそうだろう。今にして霧の存在に気付けたのだから、尚のことそれがすぐに見つかる筈も無い。
あれが血で出来ているものならば、どう考えてもヴァンピーロが放出していることには違いない………その筈なのに―――
見たところモワモワと……いや、充満している霧の質からしてサラサラと木目細かな感じで表現した方が良いだろうか。
今思えば、何度か出血部分から細かな霧状のようなものが出ていたあれは、同一の能力による奇妙な現象だったのだろう。
だがしかし、厳密として店内を包む程の霧を――そのような些細な流れの血液から創り出している痕跡は、一度として見ていない以上―――
一つの確信も持てないが、しかしそれでもリンジーの解答の筋は彼女の的を得ていたようで―――……
「
まさにこの空間において、目立ちにくい紅黒い色をした霧をここ周辺に
まさしく、
呼吸と一緒にどうせ吸ってしまっているだろうが、成分自体は知っての通りの血なのだから、特別有害なものでも無いから安心しろ。
ここが店内である以上、いつ一般客が入って来たって
っつっても、こんな気味の悪い店に出向くなんてのは余程の物好きぐらいだとは思うがな。
……あ、でもいくら細かくなった血とは言え、口内に傷でもあったものなら感染症の危険性が無い訳でも無いか?
だがそんな奴が寄るとしたらそれは、ここじゃなくて
ヴァンピーロはそう答えた。
リンジーの予想通り、霧は奴の持つ能力によるものだった。
だが一体、どこから霧を発生させているのか?
それをリンジーが聞くまでも無く、その後の彼女の話から明かされた。
「
派手に煙たい霧なんて発生させてしまったら、却って目立ってしまって仕方が無い。それこそ執行処分ものだ。
いかに目立たず霧を広げていくか、自然科学に基づいた発生法則とは異なり、何もこの場の湿度が急激に下がりでもしないと霧を起こせない、なんて条件がある訳でも無い。
他に言いようが思い付かずあれだが、霧を作り出す程の現象には肉体
この点において気を付けるべきと言ったら、出来るだけ
それと、一番の重要と言ってもいい、発生源の目立たなさにある。こんな風に、な」
そう言ってヴァンピーロは視線を下に誘導するよう、足元を指差す。
すると、どうだろう。よぉく目を凝らして見てみれば、両足の
霧の発生源としてその選択は、実に的を得た答えである。
暗い空間――、という地の利に恵まれた部分が一番大きいのだろうが、人は身振り手振りを前にすると注意が向いて自然とそこに視線誘導されがちである。
だがここではそんな身動作に捕らわれず、単純な
『顔を見ればその人がどんな人か大体分かる』、なんて言葉を一度は誰しもが聞いたことあるように――
第一に相手の存在を一番に捉えやすい【
分かりやすい例えで言うなれば、顔合わせをしたことも無い相手とのお電話やメールでのやり取りなんかがまさにそのような感情が効果的に現れる。
要は精神面において安心感を持てない、人間の心の持ちようから来る衝動から自然と顔に目がいきやすいのだという。
そうして次に視線が向かうは相手の【目】。
相対する相手と目線が合わないようでは、その人に対する《不信感》や心許せる《信用性》に欠けることとなる。
これもまた、人の心に働き掛ける
『目は口ほどに物を言う』、なんて言葉があるように、会社の面接官を担当されている方も、相手を採用する上で良く見るというのが【目】にあるという。
例えば、相手の目の動き――、視線の這わせ方――、目の周辺の筋肉の動き――、目を見て話すかどうか――
それから人の清潔性や年齢性、特徴を気にするように視線は髪や肌の状態、シワやツヤ、たるみやボリュームなど、顔まわりの細かい部分を見るようになり、そこから胸にかけて太ももに、視線は下へ下へと流れるようにその人の全身像を捉えていく。
それが人が人を見る時のごく自然と無意識下に
だが、それに一切当てはまらないタイプの人間が存在する。
内気、いわゆるシャイな人間である。
彼らは人見知りゆえに人前で目を合わせることを困難とし、そこには対面する相手との向き合う《勇気》や《自信》、《緊張》などによる、不安の表れからくる症状が挙げられるのだが――、それらを克服出来ないと人の目線は、ついつい下に行きがちにある。
とは言え、今この場にいるのが素顔隠れた店員であるが
もしそうだとして室内は物品を扱うお店とは思えない程に暗く、何も面と向かって近距離で対面している状況下に無い中、この場において変にあがってしまうことはまず無いと言ってしまっても良いだろう。
「……緻密な能力操作に加えての感情支配、ですか。確かにそれは能力の継続に負担が掛かると言うのも説得力があるというもの………
……ですが、それだけでは無いのでは?」
「と言うと…………?」
「あの時、逃げた代行屋の
つまりは、さきの話した二つの能力とは別の、第三の異能………差し詰め、力を行使した対象の居場所を特定出来るといったような目力がそこに能力が持続されている、発動状態にあるのでは?
結論として、私なりに推察し導き出した答えは右と左の目でそれぞれ能力を展開していたのでは無く、一つの目に少なくとも二つ以上の……複数能力を宿した…――
「《
……ま、だが間違っちゃあいないよ。
――リンジー。
【
まるで血を分け与えた、
鳥瞰図の見え方に近い
「―とは言え、これが大いなる神の
「……厄災………確かにそれは言えているかもしれませんね」
「
今も……と言うより、常に纏わり付いている感覚は抜けやしねぇもんなァ。
言わずもがな――、とでも言ったところだろうが、
そうして訳も分からず一日・二日始めの内は、少なくとも堪えてくる奴らもいるんだろうさ。
ぶっちゃけ
だが
ほらっ!人間ってのは神経質な奴ばっかりだから、さしずめ逃れられない
ある者は折角の命を投げ出し――、ある者は生き残りたい――という、人間の生存本能に駆り立てられるがままこれでもかと精神を揺さぶられた反動が内から爆発し、何か吹っ切れたように半ば
そうやって面白いように
「Ah……さっきは何て?どうにも母国語でも口に出ている程に興奮した様子でしたが………。
Eh……私の解釈が間違っていなければですが、要約するに貴女が自慢したい程のその別の力とやらは、
マーキングが必要ともなれば目(の能力)だけに、さしずめ視界に入ったものを対象とした
それこそ――、
そしてゲームで生き残るには目の前の
人は人らしく知性が壊れてしまってはそれは、とても生きているとは思えないのだと。それが監視の最凶たる所以だと貴女はそう言っていたのでは?」
「
――そう!その通りだよッ!ある種除けば、この監視の基なる力をこの
どうやらあの長い話の中――、要点だけをしっかりと汲み取って聞いていたようで、当のヴァンピーロの御眼鏡にかなう程に実に理解の早いリンジーであった。
「血脈のように様々な力が枝分かれに存在する――それが
さぁ、
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よくこの手のものでは一人ぐらいは出てくることもある、デスゲームに心酔するキャラクターを一人は登場させたいと思い、そんな背景があった上で今のヴァンピーロ像が生まれた訳だが……果たしてこのキャラクターがこの【ピヤー ドゥ ウイユ】にどんな風を吹かしてくれるのか、楽しんで頂ければと思います。
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