⒉ 犬視(2) お得意様

『ちっきしょう。一体何なんだ、奴のあの力は………』


 公園を離れ、市街地へと出た【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】はボロボロになった右手をだらんとぶら下げながら、一人あてもなくぶらぶら歩いていた時のことだった。


「あ……あああ………な、何でここに……だだ、代行屋………!」


 それはモジモジと、辿々たどたどしい、しどろもどろしている………そんなあの時の冴子のような様子とは違い、《慄然》、《恐怖》、《悚然》――そんな負の感情を抱いたような震えた声でそいつは言った。


 白色毛先の黒い前髪を覗かせながら、フードを被った小心者の彼女が、が――


 ただあの時とは違い、灰色に染色された生地の上に茶玉模様がデザインされた、半袖モデルのパーカー型NEMTD-PCを羽織っている。


 フードも夏仕様にひんやり冷感生地を使用した、特別製の装いである。


 刹那との一戦以降、あれから代わりを埋めるおぎなう為の一時的な別の神眼の一つでも移植している様子は無く、あの時に失った左目の部分には、正四面体を縦に半分で切った形をした、白と青の輪っか状のマークの描かれたアイパッチを身に付けている。


『あ?私のこと知ってんの?……って、よく見りゃあ何度か利用してくれてる常連さんじゃあないの。名前は……きよえさんだったよな。フードでお顔が良く見えねぇっての。で、何?どした?依頼か?依頼するなら事前に連絡をってルール、忘れてた訳じゃねぇだろうな』


「………わ、忘れてなんか無い、よ。良く……覚えている。……日頃からお世話になっているから。だから……これは偶々たまたまであって……。……えっとその………もしか……して今の……タイミングは、回収、中だっ……たり………?」


『まぁそうだな。……あっ、何?もしかして神眼いのち狙われるかと思った?』


 季世恵は震えながら、こくりと頷く。


『馬鹿言ってんじゃあねぇよ。流石に日頃から良くしてもらってる常連さんには手ェ出すかよ。この商売はお客様あってのものだ。客と信用を失うようなこと、する訳がぇだろうが!』


「そ……それを聞いて安心した。そ……それじゃあ…………」


 そう言って立ち去ろうとする季世恵だが、それを奴は止める。


『おいおい、折角会ったんだ。そんなすぐ帰んなくったって良いじゃねぇか。ちょいとツラ貸せよ』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】はそう言い、馴れ馴れしく季世恵の肩を組む。まるでヤンキーがパシリを脅す様な言動である。


 あの出来事があって以降、すっかり気が弱くなってしまった季世恵は、それを断ることも無く、何やら複雑な表情を浮かべながら、流されるがまま彼女に付いて行くのだった。


 ………その頃、ヴァンピーロ側はと言うと、


「オイ、どうだ【オナー】。奴の姿は見えたか?」


 上空飛行する一機のドローンに投げ掛けるヴァンピーロ。


『やめろっ、その名で呼ぶんじゃあねぇ!【誉れ】もあれだったが、その呼び方も嫌いだッ!』


「嫌いって……ガキの言い分じゃあるまいし、何だその理由。まぁいいや。それじゃあMs.スィニョリーナ 偵察屋Scout Drone………いや、見た目の割に年を食ってるだろうから………Mrs.スィニョーラドローン屋スカウト・ドローネで良いだろ」


『ちょっ、さっきの聞き捨てならねーぞこらッ!わざわざ言い換えたってことは失礼な言い方なんだろ、絶対っ!そうだ。そうに違いねぇ。そうなんだろ?』


「ったく、文句の多い奴だなおたくは。なら色々省いて、Ms.ミズ 偵察屋SDで良いか」


『あー、もうあれこれ言われて訳が分からないから、とにかくシノリーナ?……だとか、しのーら?……だとかそんなものは付けなくったっていいから、なんだったっけ?

 スカウトがどうこうって言ってたか?もうただのそれだけで良いから。

 ってか、悪口みたいなものと【誉れ】とか【オナー】なんてのじゃなければ、この際何だって良い。

 ……あっでも、ちゃん付けは駄目な。そういう可愛らしさとかいらないから』


「なら、ドローン屋スカウト・ドローネ。もう一度聞くが、奴の姿は捉えたのか?」


『あーっと、それはだな………っと、おっ!いたぜっ!いたいたっ!丁度、公園を出てから、南東方面に移動していると言ったところか』


「そうか。ならすぐに向かうぞ」


『あ、待ちな』


「何故、止める?」


なんだろかありゃあ、知り合いにでも会ったんだろうか。今しがた、何者かと二人行動をし始めたところだ』


「何だとッ!また邪魔が入ると言うのか?……一体、いつになったら奴を狩れる……ッ」


『まぁ、そう焦るな。一緒にいる奴、ありゃあ特徴からして………透視能力者、わたくしたちと同じ神眼者しんがんしゃと言ったところか』


「なら、いちいち人の目を気にする必要が無いって話だ。だったらそいつごとっちまえば良いだけのこと」


『ま、単純な話はそうだ。だ・け・ど、それが上手くいくかどうかなんて保証はどこにもありはしねぇ訳だ。どうするもこうするもおのが自由………だがよ、そこのメイドちゃんは、何やら代行屋に用があるみたいだし、お前もお前で奴のことをりたくって仕方が無い。お二人とも後には引けやしねぇ、そうなんだろ?』


「分かってるじゃん。おたくもそうだろ?Ms.ミズメイド屋Cane Cleaner


掃除屋クリーナー………嗚呼、奉仕人メイドに掛けて言っている訳ですね。となると、《カーネ》って…………」


「ああ、こちらの祖国の言葉で《Cane》を言う言葉だ。ほらおたく、犬耳のお飾りを付けているものだから、かなり的を得た呼び名ソプランノーメだと思ったがそいつは不服か?」


「成る程。《犬》ですか。言うなれば犬もメイドも、主人に仕える忠実性を表す存在という面では同じようなもの。その名付けのきっかけはされど、存外、的を得る名前のような気もしない訳ではありませんね」


「何だ、気に入った様子でも無いな。もしかしておたくは短縮派だったか?メイド屋CCと呼んだ方が良いか?」


「特に何も言ってはおりませんが………普通に名前で言ってくれればそれで宜しいです。リンジー、それが私の名です」


「そうか、リンジー。もしその場で闘うようにでもなったら、その時は透視能力者の相手でもしてもらって良いか?」


「何故そのようなことを私が……。お嬢様の命令とあらば従うまで………ですが、今日知り合ったばかりの人の指示に従う義理は、私にはございません。これが例の奴相手と言うのならまだしも、そうでなければ私は動くつもりはございません」


Ahアハッ,面白い奴だなリンジー。

 そこまで入れ込んでいる相手というのが一体どんなヤロウなのか知らないが、言い方を変えればそれだけイオの獲物退治を邪魔されるような問題は無いと言える訳だ。

 短い付き合いになるだろうけど、精々仲良くしようじゃないか」


「慣れ合うつもりなど………」


「おいおい、こいつは慣れ合いじゃないぜ。

 『結託』……双方の目的がそれぞれに障害を生まないことを思えたからこそ、一時的な協力関係を築いてやっても良いと思えただけのこと。

 一緒に行動するようなら、互いの仲がギクシャクするのは空気が悪いだろう?そういう意味での付き合い方って訳だ」


「だからこその……ですか。

 成る程。そういうことでしたら、一定のご理解が出来るというもの。理由も無しに、こんな命懸けのゲームで馴れ合いも何もありませんから。

 それで、話を戻すようなものですが、奴は今どこに――」


『それはだな………』


 上空から冴子が伝えた、その場所とは――


【-フューチャーゲート アンティークショップ お目当て-】


 未来的な物から古めかしい物まで、何やら怪しげな品々ばかりが集め揃えられた、この島の珍妙名所の一つである。


 歴史ありそうなオンボロの荒れ屋は、あの石井眼科以上のものである。


 入るとすぐに出迎えてくれるのは、右に左に右と、上から計三つの錆び付いたデザインをした歯車がまるで水車のように水を汲み上げ掻き出し、滝のように上から下に向かって流れ続ける、大きな流水のオブジェ。


 一つでは無く複数の水の流れがあることで、常に一定のリズムで人の心にリラクゼーション効果を与える、計算された小気味よい瀑声がお店の中を優しく包み込む。


 単に店先に飾られたインテリアかと思えばしっかりと値札が付いており、見れば1200万円と表記されている。


 とても一般客には手が出せない代物である。


 かと思えば、モノによってどうにも、値段のインフレに差があるようで………


『ほんと、面白いよなここ。実はこのマスクもこの店で買ったんだぜ。とんだ掘り出し物価格でお値段なんと1900円。マスクの質にしちゃあ、安いぜこりゃあ』


「へ……へぇ………そ、そう……なんですね。と……と言うより、何で店内………こ、こんな薄暗い………」


『さァ?店長の趣味なんじゃないか?ここの店主、何つーか不気味だから』


「―やあ、いらっしゃい」


「ひゃいっ!」


 背後から突然声を掛けられ、驚いて変な声を出してしまった季世恵。


 背後へと目をやるとそこには、口元が引きった不格好な営業スマイルをする、怪しげな風貌をした一人の女性の姿があった。


 黒髪のようでそうで無く――、白髪のようでそうで無く――、灰髪のようでそうで無く――


 薄明かりの照明のせいで、髪色がはっきりとは良く識別出来ないが、茶髪や金髪、人が生まれ付き持つ可能性がある髪色とは何処どこか違う………染色したような独特な色であるようなことは、殆ど暗がりの室内の中でもそれとなく分かる。


 人の目よりはっきりと視える、神眼から見た景色だからこそ、神秘的な魅力に取り憑かれてしまう、不思議と目に付く髪。


 ペロリと舌のみ出た、閉じた唇の形をした悪趣味な髪飾りをツインテール状に左右で結っており、それを伝うように肩の高さにまで伸びた紐がぶら下げられ、それを引っ張ることで閉じている口が開いてケタケタケタと気味の悪い笑い声のサウンドが鳴るギミックがあるようで、口を閉じたり開いたり紐をいじくりながら、気味の悪い笑顔をニタニタと自身の唇に付けたリングピアスをちらつかせ、何処どこか二人の反応を楽しそうに見つめる様子が見受けられた。


 左手にはチカチカと今にも消え掛かりそうな、豆電球よりも小さい――、妖しく月明かりのように蒼白い幽けき光を灯す、もはや殆ど光源の役割が無いようなガラクタタンブラーを携えている。


 この時点で明らかな変人であることは十分に醸し出し匂わせているが、奴の恰好は更にその変人さを強めており、ダブルルーペ付きのスチームパンク風片目ゴーグルを右目に掛け、頭にはツギハギだらけのアンティークなうさ耳ハット。


 白のジャボタイの上から大小の歯車ギアのペンダントを首からぶら下げ、左手の小指には目玉の指輪を付け、室内は冷え冷えにクーラーが効いている訳でも無いと言うのに、今日の暑い日に長袖の白いブラウス型のNEMTD-PCトップスの上から燕尾えんびジャケット型のおもむきあるNEMTD-PC衣服を着用し、肩に黒いケープを羽織った厚着の恰好。


 NEMTD-PCボトムス燕尾えんびジャケット型に合わせた黒のジャンパースカート型。


 スカートの下にはガーターベルトに繋がれた黒のストッキングがちらりと見える白い肌と一緒に覗かせていた。


 程ほどに大人びた恰好と子供じみた恰好が入り交じっているせいで明確な年齢が良く分からないが、シワ一つ無い綺麗な肌を見るに、意外にもその歳は若いのであろう。


 スチームパンクとゴシック・ファッションが奇妙に混同したデコラファッション摩訶不思議な恰好は、思わず二人の目に留まってしまう程、気になって仕方が無い強く引き付けられるキャラの濃さインパクト》があった。


「えっ?えっ?い…いらっしゃいって…………こ、この人、店員!?何でこんな変な恰好して…………」


『ギャハハッ!面白いだろ。いつもこの恰好してんだぜ、この人。ってか、店員どころかこの人、この店の店主だぜ』


(い…いや………あ、貴女も相当変、ですよ。犬の面付けたまま、ですし。………と、言うか……………)


「……て、店主!?で…ではこの人が例の、店主、さん………な…なななん、ですかっ!え、ええと……えとあと………こ、ここ、外観に比べ、て……店内の中、広そ…う何ですが、ひ、一人で商品管理しているので…………」


「ふふふ………店員でしたらいますよ、あちらに」


 そう言って指を指した先には、ついさっきまでそこに気配が無かった筈の地点から急に一人の人の姿が確認出来た。


 この空間の薄暗さのせいで人が急に現れたような錯覚にでも陥ったのか、良く分からないが確かに店長の指差す指点してんの先に人の姿はあった。


 髪はこれもまた良く分かりづらいが、青白っぽいような………ライトブルーよりは遥かに白?………と言ったところなのだろうか。


 とにかく暗い中でも目立つから、限り無く白に近いことだけは確かだろう。


 顔前に巨大な黒い蜘蛛が覆い被さったような、何とも悪趣味なセンスの蜘蛛の骨格を黒でペイントしたかのようなマスク……いや、視界を通す穴が見受けられないから、《飾り》とでも言うべきなのだろうか。


 彼女の両目は完全にそれに隠れてしまっていて、良く見ると骨の隙間隙間に同じく黒に塗装された小さな歯車のような装置が見えており、それが回り出しては、ぎこちない動きで不気味に蜘蛛足がカタカタと動き出すギミックなんかも見受けられた。


 丁度、蜘蛛の心臓斑あたりから伸びたゼンマイがクルクルとゆっくり回っているので、おそらくはあれを回すことで手足が動くように出来ているのだろう。


 そのまるでクロガケジグモのようなお飾りより下、口元を覆うは黒のレース。蜘蛛の巣状に編まれた透かし模様のそのレースはその奥に隠れた彼女の色気ある白き肌とピンク色の唇を艶めかしく色映していた。


 両手には手先より少し上の第一関節から肘までを覆う黒のレース、その上を装飾するは手の甲から肘を沿うように縫い付けられた黒い布と輪状の金具鳩目の飾り。輪っかに通されたひし形の編み模様を描くオーバーラップに結ばれた黒のリボン。


 ゴシック・ファッション風のあでやかにそして、あてやかに仕立てられた黒のアームウォーマーを両腕に身に付け、その折れそうな、か細い手指を動かし、素人目に見ても希少性の高そうなレトロなレジスターを手慣れた動きでレジ打ちをしている様子が見て取れた。


 品も品だけに、時折行う動作確認の一環とでも言ったところだろうか。


 チャリーンと小気味よい音を奏でると、こちらの視線に気付いたのか、こくりと小さく会釈する。


 良く見れば、彼女の恰好もこれまた目を引く恰好をしていた。


 全体的に白と黒のツートーンカラーで統一されたファッション。


 心臓部から右肩に向かって、配管のくだのようなものがL字状に伸びており、右肩のところで切れた管の先に繋がるは銀ピカに光る排気管。


 丁度この店にも立て掛けられている、国産化した最初の共電式電話機として知られる〈2号共電式壁掛電話機〉の受話器のような形に似た、そこに金属性を持ち合わせたような、味のある排気管からはモクモクと白い蒸気スモークを吹かしていた。


 その下の胸部からウエストを覆うは、金属のメタリック感は残しつつ、ホワイトに染め上げられた人骨の肋骨ろっこつの骨組みじみたデザインのコルセット。


 下はゴシック調の黒のフレアスカート型NEMTD-PC。


 前面は鼠径部そけいぶのすぐ下辺りの短い高さに、背面は足首ぐらいの長い高さに仕立てられた、上と下の差が激しい、その攻めた恰好には彼女の女性としての大人らしさが魅力的に現れている。


 更には下肢に注目して頂くと、ちょっとしたアクセントが施されており、蜘蛛の巣を思わせる円網えんもう模様が太ももから膝上にかけてさりげなくデザインされた、黒の片足ストッキングがこれまた目を引くポイントとして押さえられている。


 ロングフリルをひるがえし、大胆にも見せる右の生足と膝上に網目越しからチラリと覗かせる、艶美に生足を基調とした肌の露出が全面的に押し出され、さきの店主とはこれまた別の指点から魅せる謎めいた色気と魅惑が、これまた女性としてのシルエットの見せ方と言うものを熟知しているような完成度である。


「えっ……顔にあんなもの………あれは………見えて……いるのです、か?」


『さァ?……けどまァ、げんにあんな状態で店の業務をおこなえている訳だし、視えているんじゃあねぇの?知らんけど』


「そう……何ですか、ね」


 またも見入ってしまう季世恵の横で、ガツガツと【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の声がそれを遮る。


『オイオイ、こいつはとんだ掘り出し物だぜ。私が今被っているものと同じ、変声器機能搭載の動物マスクで白蜘蛛?……えーっとスズミグモってやつのサイバーマスクだ。見ろよ、むしだけに触角の一つ一つが再現されていやがる。

 うっわ!脳波センサーで触覚を感覚的に動かせる仕様なんだとよ。きしょ過ぎんだろ。

 と言うより、そういう人を選びそうなデザインしてるから思ったように売れてねぇとかでセール品になってるのかもな。後で教えといてやろうっと。

 にしてもあれ……特別、蜘蛛にくわしい訳じゃないが、恐らくは蜘蛛の目を模したであろうこの丸い発光部分………蜘蛛の目ってこんなにあったものだっけか?』


「あ……あの……えっと……………い、言われてみれば………そんな……気も……?」


『あ、そうだ。これ以上にもっと面白いものがあるんだぜ。店主、例のアレ、こいつに見せてやることって可能か?』


「そこの新入りに傷付けないと、約束出来るかい」


『いやいや、こいつはこの通り、過度なくらいに小心者な奴だからよ。弁償ごとになるようなことはしないさ。なッ!』


 そう言って、こいつは大丈夫だと太鼓判を押すように、ドンドンと季世恵の背中を勢いよく叩く【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


「なら、うちのお得意様の言葉を信じようじゃないか」


「……えっ?弁償?…えっ?……なになに?どう言うこと?」


「ふふふ………じゃあ、付いて来な」


 店主は年期の入っていそうなアンティークな鍵束をジャラリと掲げると、二人を店の奥の関係者以外立ち入り禁止と書かれた暖簾のれんの先へと手招きするのだった。


 カランカラーン!


 店内の出入り口に設置された来客を知らせるベルが鳴り響き、そこにヴァンピーロたち追い掛け組も姿を現す。


「何だ、ここ。めちゃくちゃ中、暗いんだが。ちゃんとお店としてやっているのか?」


「本当にこのような場所に代行屋が………」


『まさか、【Pilleur de oeilゲーム】監視役であるわたくしの目を疑ってんの?疑ってるよね?疑ってるでしょ?

 よぉく目を凝らして中を探してみな。わたくしの目に狂いは無いってこと、今に分かるぜ』


「何だ、これ?光束剣ビーム・オベルスだとよ。うわっ、すげェ。ボタン押したら光の刀身が出てきやがった。良く出来てんなぁ」


「こんなものを売っていたりなんかするのですね。稀街様の刀とどちらが切れ味良いか、実に興味深いです」


「いやこれ、なりきりグッズ的なあれで、切れ味なんか一切無いらしいぜ。

 ここの刀身を単にプラズマで表すなんて作りじゃあ無く、子供でも怪我無く安全に扱えるように刃の形を投影してあるだけのようだ。

 にしてもEPOCHが世に広まって以降、何かこういう空中投影技術を用いたグッズが増えてきたって印象だな。まさか、玩具にまでこういった技術が使われようとは……… 常々、時代の流れとは早いものよ。

 ま、こいつはそんなリアルさを追求した作りの結果、子供用の玩具とするには投影している刃同士をぶつけようとしたって通り抜けしてしまう訳だから、チャンバラごっこなるものは出来ないわな。所詮はコスプレ用ってところか」


『ちょっ、あんたら。人の話はちゃんと聞けや!学校で習わなかったのか。

 てめ、このッ!無視して捜索を始めてよぉ、居場所を突き止めたらそれで用済みって訳かい。

 あーもう、良いですよ。君たちがそんな態度を取るならこちらも勝手な行動を取るまで。

 はいはい、協力おさらばちゃん。さっさと他の監視に行っちゃいますよーっと』


 何ともやさぐれた様子で冴子ドローンは、そう言葉を投げ捨てると、どこかへと飛び去ってしまうのだった。


「あれ?あのドローン、いなくなってしまいましたね」


「やっと、うるさい奴がいなくなったか。あれだけ騒がしい奴、一緒に連れていたらイオらの存在を勘付かれて逃げられちまうってものよ。さてと探そうか、リンジー。我らの探し人を」


「ええ、そうですね。ん、あれは………」


 リンジーがその存在に気付いたのは、この時だった。


 ぺこりっ!


 黒い蜘蛛骨格を顔前に被り、被右肩部に取り付けられた奇妙な装置からスモークを吹かした変な店員がアンティークな蓋付き懐中時計を綺麗な白い布で埃を拭き取っていた。


「どうしたよ。あ、何だありゃあ……この店の従業員か?気味……ワリィ。まぁ丁度良い。奴に聞いて見ようぜ」


 すぐさまヴァンピーロは、店員の元へと歩み寄る。


「なぁ、おい」


「はい。何でしょう?」


「ちょっと前によ、変な犬のマスクをした奴、このお店に訪れやしなかったか?」


「それでしたら………」


「それでしたら?」


「店内清掃をしておりましたゆえ、分かり兼ねます」


「これは……どうも聞く当てが外れたようですね」


 話を聞いていたリンジーがそう答える。


「自分の足動かして、店内中を探し回るのが妥当、か」


 ヴァンピーロもこれ以上聞いても仕方が無いと判断したのか、早々に切り上げた。


「そのようですね」


 そうしてヴァンピーロとリンジーの二人は、薄暗い店内をくまなく捜索し始めるのだった。


 離れ行く二人の背中を遠目に視る、蜘蛛飾りの店員の姿。


「答える訳が無いじゃないですか、そのようなこと。お客様のプライバシーと安全は絶対、ですから。……これは店主に連絡しなければなりませんね…………」


 お目当て- 店内地下室にて――


 やたらと広い通路地下階段を歩いた先には、一つ一つ掃除が行き届いた大きな倉庫部屋が広がっていた。


「ここ……来てしまって良かったん………です、か?」


『そんな細かいことは気にすんな。店主は相当な物好きでよ、一声掛けりゃあ、私のような常連客には一般公開をしていない、店主のコレクションを見せてくれるって訳よ』


「コレクション……ってことは、これ全部売り物では無い……ってこと?」


 右を見ても左を見ても、そこにはあるのは棚だらけ。


 棚の中には、横並びに綺麗に保管された数々の物品が置かれていた。


 素人目の季世恵から見ると、一階のお店に置かれた商品とそう大差ないような物にしか見えないが、それなりに価値あるものなのだろう。


 そうしてコレクションなんだか商品棚なんだか良く分からない空間を抜け、ひらけた奥の空間へと足を踏み入れた時である。


 そこに置かれた物をふと目にすると、季世恵の目から見ても一目見てそれが高価そうな物だと言うことだけは理解出来た。


 地下の奥深くに置かれたもの、それは――


「何です、あれ………きょ………ッ!?」


『圧巻だよなぁ………何でも実際の化石等を元に推定される大きさで作られているんだと。海外から買い取ったって話だ』


 大きさにして、体長約九メートルはあるだろうか。頭部には牛の角のような大きな円錐状の突起物が付いており、四本指で小さく短い前肢。


 細身なフォルムに不釣り合いな大きな頭。横方向につぶれたような形状をしていて、それでいて前足とは対照的に後ろ足は長く、バランスが変わっていることも特徴的である。


 前傾姿勢で全体的に薄い形態は巨体とは言え、風の抵抗を受けにくいその体躯は小回りは利かないにしても、さぞかし足が速い獣であったことだろう。


 その獣-肉食恐竜:【肉食の雄牛カルノタウルス】の姿をした〈機械仕掛けの動物〉が今にも動き出しそうな迫力で、そこには立っていたのだった。


 腹部内部にあたる部分に操縦席が作られており、どうやらそこから搭乗することで機械仕掛けのそのカルノタウルスを動かすことが出来るのだろう。


 鋼鉄と木で出来たその機械動物はさながら、フランス西部の都市:ナントにある機械仕掛けの遊園地-【Les Machines ・マシーン de・ド l’île・リル】にあるような動物たちそのもののようである。


 よく知らないという方向けに少しだけ説明をすると、やはりなんと言っても園内の目玉である〈巨大な機械仕掛けの象〉-《Grandグランド éléphantエレファント》の存在は、この遊園地を語る上では絶対に外せないだろう。


 高さ約12m、鋼鉄と木で出来た40tトンからなる巨大な象は、 一回の搭乗で50人ほどの人をおなかと背中に乗せながら、ナント島内を動き回るその姿には実に圧倒されることだろう。


 その大きな機械動物が動き回るだけでも大興奮になること間違い無いが、それは瞬きをしたり、耳を動かしたり、鳴き声も発するなど、細かな部分にも凝ったディテールに思わず感心してしまうことだろう。


「凄い……この店の地下にこんなものが………」


 機械仕掛けのカルノタウルスを目にした季世恵は、それまでのこの店の店主や店員を目にした時のインパクトを遥かに超えたかのような勢いで、数分の間、彼女は自然と目が離せなくなっていた。


「そんなじっと見つめていても、売りませんよ」


「えっ……あっ………そんなつもりで見ていた訳では……………」


「それと、こちらへの勝手な操縦はご遠慮願いますので」


「し、しませんよ、そ…そんなの………そ、そんなことして万が一にも壊してしまったら、そ、それこそ……弁償ものにな、ななっ、なってしまうじゃ…ないです、か」


「どうやら……代行屋貴女が言うように、悪いお客様では無いのは確かのようだ」


『だろう?奴がそんな活動的なら、そもそもこの私に依頼なんかしやしねぇって。………って、店主にそんなこと言ったって伝わりやしねぇか』


「い……いやいやいやッ!…………じょ……常識的に言って小さな子供じゃないんだから………勝手にそんなこと、する訳が無いじゃない……ですか」


「………」


『………』


「………えっ?」


 ……と、誰もその言葉に続く反応が無いまま、一体全体この話はどう締め括れば良いだろうかと、変な空気感だけを残して沈黙が続くこと数秒―――。


 突如、この沈んだ空気を払ってくれるかのように、店主の耳に付けていたスタッフかんとの連絡のやり取りをする為の小型のインカムから何か言葉が飛ばされてきたようで―――……


 付けていた左耳で音を良く拾うように手で抑えるような仕草をしながら、ようやくこの耐え難い空気の中、一つのアクションが起こった。


「!……何だ?………そうかい、分かった」


『どうしたよ、店主?』


「先程、一階のフロアにて、スタッフ使用人からお客様のことをお探ししているとの方がいらっしゃると連絡が入りましてね。

 どうぞお客様は気になさらず、適当に話を付けておきますので、事が静まるまではこの場にいてもらって構いません」


「えっ……何、何っ?どう言う…………」


 そうして季世恵はまた一段と、深々とフードを目深に持っていくと、神眼を開眼。


 全てを見透かす透視の目を行使し、上の階の様子を垣間見る。


 話している声までは分からないものの、蜘蛛飾りの店員さんを除き、二人の人物の姿が確認される。


「あ、あれ……あれは………まさか…………」


 そこで彼女が目にしてしまったのは、いつかの訪れたブジュラ邸にて目にしたことがあったような人物が一人。


 どちらかと言えば、狐耳を付けた人物の方が接触したこともあった為に印象的だが、揃いのメイド服に獣耳を付けているあの姿を見れば、すぐに確信へと至る。


 彼女がそれに気付くと、あの日すっかりと植え付けられてしまった体験トラウマが一瞬にして蘇る。


 強く見せようと空周りし、本当は見栄を張っていただけの弱い自分。


 身体が自然と恐怖で震え出し、メイドから視線を外すように――、深く被ったフードをより目深に引っ張り上げ、その場から崩れ落ちるかのようにうずくまり、真下へと目線を落とす。


『おい、どうした!』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は彼女の急な変化を見て何事かと、心配の一声を掛ける。


「う……うううっ………ううううっ……………」


 それがすすり泣きしている様子で無いことは彼女の様子、声からして伝わってきた。


 彼女は――季世恵は――、特別泣いていた訳では無かった。


 それは痛いくらいに苦しいくらいに様々に抱える感情が複雑に混じり合い、それが見える形となって見せた、言うなれば彼女の心の表れ。


 れない心の雨が――、酷くくすぶるどんよりとした心の霧が――、払いたくともそれを払えない自身の弱さを越えられないせいで、沈鬱と葛藤とがぶつかりそれが………


 極度の焦りと震えから表立って湧き上がり、彼女の声をあそこまで引き攣らせていたのだ。


 癒えない傷心に苦しめられ、深く根付いた心の闇はそう簡単に克服することは難しい。


 それを【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は感じたのか――、


『……何か、面倒臭いことでも抱えているんだなお前。なら、そこで大人しく待っていな。

 だがよ、いくら相手が恐かろうといつまでも俯いて気圧されるのだけは良しな。じゃねぇと余計相手に気後れしちまって、根っからの恐怖心がいつまでも一向に抜け落ちやしねぇ。

 シャキッとしやがれ!真ん前を向いて、胸張るだけだって良いんだ。

 それともアレか?季世恵きよえだけにキョェェってビクついて逃げ続ける気か?良く考えるんだな』


「ひ……人の名前でいじるのは………よ、良く無い……と、思う…………」


『何だよ、そんなことが言える元気はあるんじゃねぇか。けどまぁ、確かにその通りではあるわな。反省するよ。その件に関しては悪かったと思っている。

 ……だが、このままで良いのかってことに関しちゃあ、別の話だ。本気で自分を変えたいと思う意思が少しでもその心にあるとするなら、自分から何か動いてみるって行動力はとても大事なことだ。どんな物事にも運命にも、何もしなけりゃ何も始まらないし何も切り開けやしない。――そうだろ?

 まっ、わざわざ店主が出る程のことじゃないだろうし、私一人に任せてくれちゃって良いから』


 フードの上から震える季世恵の頭を優しくポンッと手を置き撫で下ろすと、そう言い残して一人、彼女は階段を上がって行ってしまうのだった。


 ……一階へと戻って来た【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 薄暗い空間の中――、関係者以外立ち入り禁止の暖簾のれんを払い除け、誰も見ていないところから彼女はその姿を現す。


 まず一番に【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が遭遇したのは、店番をしていた蜘蛛飾りの店員の姿。


 彼女の存在を確認すると、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は話を聞いてみることにした。


『なァおいッ!知り合いであるここの店主からさっき小耳に挟んだ話なんだが、一体誰が誰を探しているって?』


「貴女を探していたのです。あそこにいる二人組の女性客が…………」


 彼女が視線を向けた先を追うように【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】もまた視線を動かすと、確かにそこには二人のお客の姿があった。


 一人は顔立ちの整った、つり目の少女。それはまるでモデルのような綺麗な人物。もう一人はメイドの姿をしている。


『私に用がある人物………誰だ、そいつぁ?……つか、前もって、依頼の連絡なんぞ入って来てもねぇし、こいつは単なる依頼で用があるって訳じゃ無さそうだな。……まぁ良い。ひとまず話だけでも聞いてやるとするか』


 彼女はそう言い残すと、ずけずけと奴らの元へと向かって行ってしまうのだった。


 ……………


 そうして一分も経たぬ間に、二人の元へと近付いた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 彼女は言葉を切り出し始める。


『……ちょいと、私のような人物を嗅ぎ回っているとか何とか、先程店員さんに迷惑だと言わんばかりにお伝えされたのだが、一体何の用だ?』


「言っても無いようなことまで言ってくれること………」


 ぼそっと、蜘蛛飾りの店員がその遠くで小さくそう呟く。


「その犬の面………貴女が代行屋、ですね」


『そう言うお前は一体、誰なのさ?』


「失礼。まずは軽く自己紹介を。町田リンジーと申します。貴女と同じ、神眼者しんがんしゃになります。

 それで貴女への御用件なのですが、これを………」


 そう言って彼女がEPOCHを起動し、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に見せるように空中投影したものは、ある一人の神眼者リストの情報。


 そこに載っていた顔写真には、毛先の白い髪をした一人の少女の姿が――。


 何処かで見たことがあるかと思えばそれは、今この建物の地下一階にいる連れ――《橘季世恵》その人だった。


 これは彼女が震えていたのにも、何か関係があって間違い無いだろう。


 本当の目的が自分では無く、あくまでも奴であったということが、彼女の核心を突いた。


『この者がなんだってんだ?』


「いいえ。神眼回収の肩代わりをおこなっていると言う、代行屋たる貴女でしたらさぞ多くの神眼者から顔が広い存在であるかと思いまして、何か聞けないかと。

 仮に貴女の代行サービスをご利用されているお客様の中にこちらの人物がおられる可能性も十分じゅうぶんに有り得ますので、少しの知っている情報でもあれば是非ともお話をお聞かせ願えないだろうか」


『ほいっ』


 何やら右手を前に出す【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


「その手は?」


『察しワリィなぁ。情報が欲しいんだろ?だったら、分・か・るよな?』


「……情報料を徴収するって訳か」


『何だ。分かるじゃあねぇの』


「……仕方無い」


 彼女が人差し指を上げてきたので、リンジーは手元のEPOCHエポックを操作し、今や完全電子化の現代では当たり前のように電子硬貨マネーでのお金の受け渡しとなり、彼女は操作慣れした手付きでパスワード解除して電貨出金マネーパス情報通信を奴のEPOCHへと介し、指で一を示していることから推定要求額にして金銭額:1000電貨マネーの出金申請を空中投影表示させると――、


『10000電貨マネー


「なっ……、がめつい奴め」


 奴はそう言ってきたので、仕方無くリンジーは改めて10000電貨マネーの出金申請を送り直す。


 ちなみに悠人がEPOCHを手にする前の新しく制服を買い替え直した時のあの時は、学校入学時に支給される【電子身分証明書兼学生学食等必要経費用途手帳制限入金端末】にチャージをし、その手帳を介してのみ制度を受けられる、在学中の間だけ利用可能な一部学校用品の学割特典を用いて、安く制服を購入したという経緯がある。


 ならばEPOCHを手にする前の――、両親を亡くし妹を支えるようになってからというもの、悠人が日用品を買っていく際にはどうしていたかと聞かれれば完全電子化に制定されたことに伴い、日本国で18歳以上一世帯一台を対象に無償発行された、【生活電貨lifE-Money家庭househol端末Device】(電子財布スマートキャッシュの正式名称)なるものを用いて必要なものを買い揃えていたとか。


『ケケッ、毎度あり。それじゃあさっきの質問の答えだが、確かに客にいたぜそんな奴。なんなら――、つい数分前に近くで会ったものだ』


「そいつは本当なのかッ!何処どこだッ!奴は今、何処にいるッ!」


 唐突なその情報を耳にしたことで普段の落ち着きを忘れ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の胸ぐらを掴み取り、噛み付くようにリンジーが強く声を荒げる。


『まぁまぁ、そう躍起になるなって。こいつはお前の復讐相手か何かか?何にせよその後、奴が何処へ行ったかなんて聞いちゃいねぇよ。

 こっちだって、そんな人の行き先を聞くような趣味は持ち合わせちゃあいねぇしよ。悪いな。あまり力になれなくて』


 そう言って【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は、リンジーのその手を軽く払い除ける。


「でしたら、別の質問を。先程――、数分前に会ったと言っていましたが、その時の奴はどんな服装をしていましたか?」


『服装、……ねぇ?………まぁそんな、マジマジと見ていた訳じゃあ無いからあれだけど、端的に言やぁ、茶玉模様の描かれた半袖のパーカーを着ていたってところか?あ、そういやフードは被りっぱなしだったな』


「成る程……であるとは限らない、と。しかし、フードを被るのはいつとして変わらないと見る。柄物も着るようだ。参考になった。感謝する」


 何か一人で納得したようにそれだけを言うと、リンジーはその場を後にするのだった。


『あれだけで良かったのか、アイツ?まあ良いや。思わぬ儲けをさせてもらったし、今日は豪勢にお寿司でもいっちゃうか?』


 ……なんて、上機嫌になる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を他所よそに、対してリンジーは――


(……奴のあの様子では見込み違いと言ったところか。あてが外れたな。奴もここにいる代行屋のように決まった服装で外を歩いているのなら、探しようもあると言うのに………結局は奴が会ったという時もフードで顔を隠していたという部分が共通していたぐらいか。

 ………文句を垂れていても致し方ない。地道に探す他無い、か)


 何かしらの有益な情報でも得られると踏んでいた為に、今回の情報では得られた部分より余計に手掛かりが増えてしまったことに、不愉快を感じているような様子だった。


 悶々とした形で終わってはしまったものの、それでも彼女の目的であった、話を聞くことは叶えられたリンジーは自身の用を終えたとばかりにそのまま店を立ち去ろうとヴァンピーロの横を通り過ぎようとすると――、


「え?こいつへの用ってあれで終了?」


 何ともあっという間に彼女の用事が終わってしまったことに、当然ながら驚きの声を上げてしまうヴァンピーロ。


 思わず反射的に足を止めてしまったリンジーを横にヴァンピーロはそのまま言葉を続ける。


「……いや、確かに人の獲物は取るな的なことは言ったが、リンジーが追っている相手の情報を少し得るだけって………こんなことで良かったのか?」


 本心を突かれたリンジーはゆっくりと、そして落胆的に言葉を紡いだ。


「……本当のことを申し上げますと、もっと有益な情報が得られるかと思い、期待していたのですが、そう上手くはいかなかったようです」


 気持ちが沈んだ様子を見せるリンジーを見ていられなくなったのか、意外にもヴァンピーロは口出しをした。


「おいおい……それで許してしまうとか、あり得ないだろ。人にお金を求めておいて、それに釣り合うだけの情報でも無かったんだろうが。

 流石にこのタイミングで別れたら、元はついでだったとは言え、何かしら収穫を得られると思ってリンジーは付いて来た訳なんだしよ。その甲斐が無かったみたいでこっちとしても釈然としないし、面白くもぇ。

 要するにそれは無いだろって言いたくもなるだろ。本当のこと………


 瞬間――、ヴァンピーロの瞳は薄暗い空間の中、ぼうっと灯火が静かに顔を見せたかのように、不気味に光った。


 渇き……いや、乾き切った血の如く黒色こくしょくの、まるで蜘蛛脚のような細く浮き出た血管がうねうねと絡み合ったものを見せる強膜。


 その曇り無き闇に侵食された瞳の真ん中を彩るは、鮮血の如く真紅の発光灯す虹彩。


 そうして中央を着飾る瞳孔は蛇眼のような縦長の形をしている。


 邪気漂わす悪魔じみた不気味さを感じさせつつも、魔性の瞳の奥に感じる禍々しさには、確かな妖艶さと血色のまなこ放つ奇怪な魔力にいざなわれるかのように、瞳に惹かれ荒ぶ面妖な魅力に引き寄せられてしまいそうになる。


 長いことそれを見続けてしまうものなら、瞬く間に暴力的なまでに魅惑な瞳の虜に堕ち、妖しく光るそのまなこから目が離せなくなってしまいそうな………、不思議と見惚れてしまう神秘めいたものすら感じさせる。


 これまでも多くの変わった神眼はあったが、これ程までに異質で禍々しい神眼は、主人ブシュラが研究材料として保管しているストックの神眼の中にも見たことが無い。


 漂うようにぐにょぐにょと――、常に動きを見せ続ける、あれでどう見えているんだと言わんばかりの奇怪なⅫ個の瞳孔が特徴的な目羅巳六の持つ神眼も、一種の不気味さを感じさせていたが、それとはまた違う意味で彼女の瞳には他とは見ない、単なる気味の悪さに尽きない、異観で――艶美な――、底の見えない闇深き魅力を醸し出している。


 少し目にしただけで、極度の恐怖感と魅力的の両極端に襲われ、リンジーの神眼者としてのかんがそう告げる。


 この眼は危険、だと…………


 あまりにもそれは違って見え、例えるなら神眼とは形容にして違う存在――


「魔眼……」


 ふとその言葉がリンジーの中で浮かんでいた。


「魔眼、か。あながち間違いでは無いのだろうな。こいつは常に血を追い求む鬼の眼。

 人がそれを制御しようにも否応に目に頭に腕に、身体中を駆け巡る血液の巡りがグルングルンと異常なまでに乱されるはで、感情もろとも掻き乱される。

 普通の神眼の目力が己の命を守る為に発する力であれば、魔眼こいつは……自身が欲する欲のために動く力――。

 それはそれはどうしようも無く、頭に血が上ってしまってイライラする。

 ………嗚呼Ah嗚呼ah嗚呼ah嗚呼Ah…………カーネ……いや、バウころ風情がッ!いちいちイラ付かせてんじゃねぇよ!【血魅眊了サングエロス】!」


 瞬間――、強い衝撃波に当てられたように【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の犬マスクの右目のレンズに大きなヒビが、左目のレンズに至っては破片状に激しく弾け飛び、濃褐色のうかっしょくの肉眼が露わになっていた。


 彼女とヴァンピーロの目は見事に合い、視線が衝突した【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の瞳はどこかずっと視点が合っていないような、終始しゅうし上の空でぼーっとしていて心ここに在らずと言った様子の――、トロンとした目をしているのが左の肉眼から確認出来る。


 精気を失ったかのように無表情にピタリと動かなくなってしまい、明らかに普通では無い状態を見せる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を前に、ヴァンピーロは言葉を続ける。


「この力は同性相手ではあまり長くは効果が見込めないのだが、所詮――、奴の真意を割り出すぐらいの有余は勝ち得られるであろう。

 さぁ、答えろ〈代行屋〉-【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。お前の先程までの発言に嘘偽りは無いか?」


 ヴァンピーロは彼女に質問をする。


 あんな状態の彼女に返答出来るのか、一瞬不安視するリンジー。……だが、その心配は必要無かったのだと、すぐに知った。


 まるでヴァンピーロのその言葉に応えたいと想うように、その見える左の瞳はどこか恋焦がれる少女の如く――、朗らかなアーチ状に目を細め、彼女に魅了されるように奴は素直に言葉を発した。


『はい。私の言葉に嘘偽りはありません』


 それは嘘か――まことか――、確たる真実返答であることは、それを発言した【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】にしか分からないこと。


 だが、何かを確認するようにヴァンピーロはもう一言。


「ここは一つ、質問の趣旨を変えるとしよう。先程の返答、万が一にもそれが〈嘘〉だと言うのなら、自身の持つ神眼の目力――、その能力もとい発動条件、それら全てを暴露すること。

 だが、あの答えが〈真実〉であると言うのなら、そのマスクヅラに似合う行動を………よし決めた。

 両手を地面に付けて犬みたく、Bauバウ bauバウ鳴きながら、その場を四足歩行で3周駆け回ってご主人様に向かって『伏せ』をしろ。勿論、この店の監視カメラに写る位置でやるんだ。

 そうだな………あそこのレジ前なんてまさに電気も当たっていることだし、カメラ写りも悪くないだろう。やる場所はそこだ」


 何を言うかと思えば、いきなりとんでもないことを言い出し始めたヴァンピーロ。


 手を晒す事と醜態を晒す事、そのどちらを取っても耐え難いことであることには変わりないだろう。


 そんな二択を迫られ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は一体どちらを示すのか。


 そもそもそんな馬鹿げた話、奴自体答えるのかと横にいたリンジーは、甚だ疑問に思っていると――


『バウッ、バウバウッ!』


 一切の恥じらいを見せること無く、即断でレジ前の電気の当たるところスポットへと足を動かすと、彼女の言うように両手を地面に付け、犬の鳴き真似をしながらその場で3周ぐるぐる回ると、ヴァンピーロの目の前で『伏せ』の仕草を取るのだった。


 これには奴がその質問に答えるのか疑っていただけに、リンジーはこの光景現実を見ている自分の目を疑いたくなるのと同時に、予想外のその光景を前に目をまん丸くさせて大きく驚いた様子を見せていた。


 珍しい表情を見せるリンジーを横目に、ヴァンピーロは何が起こったのか話し始めた。


「相手の目力を聞き出す、イオ十八番おはこに惑わされないとなると………奴のさっきまでの話が〈真実〉であることがこれではっきりとした。

 絶対魅了の力-【血魅眊了サングエロス】は決して逆らうことの出来ない呪いの目、その一端。〈真実〉を〈嘘〉と言い換えることはいちとして不可能」


「つまり、さきの代行屋のあの行動……あれは〈真実〉であると示そうとしての恥を忍んでの行動ではなく、〈真実〉であったがゆえに恥ある行動をさせられていた、そう言うことだったと………」


嗚呼Ah、少しは嘘でも付いていると睨んでいたが、言っていることに関しては全てシロだった………と言うことだ」


「そう……ですか…………」


 何か大きな手掛かりでも掴めるかと少しは思ってしまっていたリンジーは分かりやすく、ガッカリした様子を見せていた。


「……ッ!!」


 だがその直後、ヴァンピーロの異変を見て表情が一変。


 彼女の身に起きた謎の現象を目にし、一体何が起きたとばかりに驚いた顔を見せるリンジー。


 そんな彼女の驚く様子がヴァンピーロの視界上では、映り込む。


 どういうことなのか、それは突然に、痛々しい程にを両眼から流し、黒い強膜はじんわりと紅黒く染まり、頬を伝うように紅い線となって流れ続ける。


 一体、彼女の身に何が起こったとでも言うのか、ヴァンピーロはこの現象を特に驚きもしない様子で一言、言葉を残す。


La partita è finita時間切れだ………」


 勿論、それが何を言ったことなのか、リンジーには単語一つとして分かり兼ねるが、何故そんなにも慌てた様子一つ無く、流れ出た紅いしずくは地面に落ちる前にまるで蒸発でもしたかのように――


 たちまち紅い霧状にゆらゆらと、形の無い煙へと姿を変え、空気のようにその痕跡は跡形も無く消えていく………


 さもごく自然のように、さらっと起きた一連の現象を見せられ、さきの言葉の意味以上にヴァンピーロには、色々と聞かずにいられないことが出来てしまっていた。


「先程の血涙は…………?」


「いや何、この目は非常に扱いが難しくてな。力を行使し続けていると、こんな風に目に負担が掛かり、血の涙が流れてくることがざらに起きる。

 その為、身体から多量の血液が抜けることはそう少なく無く………」


 などと話が最後まで終わずして、ヴァンピーロは突然――


 リンジーの背後に回っては『失礼』と一言だけ言い残し、口から何やら棘のような長い舌を伸ばしては、か細い彼女の首元目掛けて尖った先端で突き刺し、チューブのように彼女の血を吸い始めた。


 まるで吸血蝙蝠チスイコウモリ科の舌の器官作りのように、器用に舌を使って血を摂取するではないか。


「なっ……何を……………」


 禍々しい邪眼イーヴィルアイ紋印シンボルデザインをした、刺繍タトューのようなものが、表面に出た長い舌を口の中に戻すと、ヴァンピーロはそれをなんてことの無いように答えた。


「……こんな風に誰かから血を摂取しないと血の渇きに襲われ、身体が保たないのさ。この不思議な神眼を受け入れた瞬間から、力を振るうに適した身体へと構造変化が起こった。

 言うなれば、お前たち神眼者よりも化け物に近いような存在――。例えるなら血に飢えたDiavolo Rosso……いや、〈紅い悪魔ディアヴォロッソ〉、とでも言ったところか………」


「〈紅い悪魔ディアヴォロッソ〉………」


 あの不気味な目を見た後だと、ヴァンピーロの言うその言葉は何処か、当てはまるような気がしたリンジー。


「悪いことをしたな。これは奴から得られた情報代……と言っても、奴の言葉が全て〈真実〉だった…………と言うこと以外、このイオがリンジーに与えられた情報は無かったが、まぁそこは御了承ということで」


「…し、……仕方ありません。これも貴女方と出会えたからこそ、聞くことの出来た情報ではございますので。

 いくらか血を吸われたことがその対価だと思えば、少しは私の中で納得が付くことですから。だが仮に涙が…………」


 少し釈然としない部分もあるリンジーであったが、それでもお目当てであった【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】と話が出来たのは他でも無い――、


 ヴァンピーロ達との出会いによって成された願いであったことに変わりなかった為、無理矢理にでも奴がいきなり血を吸ったことに関して、気にしないでやろうという意思を作ろうとするリンジー。


 だがそれでも、さきのあの一連の現象について、まだ聞けていない部分の謎が少なからず気になるようで、話を持ち掛けようとしたその瞬間――、


『あっ?今まで何を…………?』


 タイミング合わず、奴の言う魅了の持続時間とやらが切れたのか、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が意識を取り戻した様子で、見ればヴァンピーロの血の色に滲んだ瞳は本来の碧い瞳孔と白目の祖国の人間らしさを取り戻しており、何やらそれまでのことを覚えていない様子で彼女は口を開き始めた。


『って、何で左目のレンズが割れて……右目のレンズもヒビ入ってるじゃねぇか!何がどうなってやがる!』


 どうやらそのことにも今気付いた様子で、何故突然そのようなことが自分の身に起きたのか、奇妙なその現象に少し狼狽えた様子を見せる彼女の姿があった。


『おい、そこの碧い目をした髪茶黒のッ!そうだよ、オメェだッ!オメェの仕業なんだろッ!一体私に何をしたッ!』


 そうして抱えた感情はすぐに大きく激動し、最後に意識があった記憶を頼りに、ヴァンピーロの話をキッカケとして意識が抜けたのを思い出したのか、執拗に彼女のことを責め立てる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


「さあな。意識しないでどっかにぶつけてしまっただけだろ。なにゆえ店内、暗い訳だし何かの弾みでレンズをぶつけちまっても可笑しくは無いだろうよ」


『ははァ……成る程なぁ……………って、なるかァァァ――――――ッ!無意識にどこかへとぶつけたって?いくら店内が暗いからとそんなアホ過ぎるにも程があるだろがッ!レンズだぞ、レンズ。目に近い箇所が破損したら、その瞬間すぐに気付くものだろッ!』


「何だ、そんな窮屈なマスクしていては視界もままならないのでは無いかと思ったりしたが、冷静に物事をみる目は実に鋭いではありませんか。

 バレてしまっては仕方無い。そうさ……その通りだよ、バウころ。マスクのレンズは何かに衝突した弾みで割れたのでは無い。単にイオの神眼が発する邪視ちから抑圧されたあてられただけのこと。Miじゃ dispiaceあな,お前さん――」


 そう何かを言い終える前に、ヴァンピーロは勢いよく、奴のマスク割れて露わになった左の肉眼目掛けて右手を伸ばすのだった。


「今からヴォイの全てを奪う。命も、視界も何もかも、な」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る