第四部 ⒉ 犬視

⒉ 犬視(1) お天道様は見ている

『……ああ、そうだ。

 そんでもって、そこを右に曲がればターゲットが確認出来るだろうよ』


 フヨフヨとヴァンピーロの周りを浮遊する、一台の小型機。


 圧電スピーカー搭載の冴子ドローンの本人ナビゲートの元、道行く道を駆けて行く。


 そうして言われた通りに突き当たりを右へ曲がると、そこには――


『あはっ、ぶっ壊れろ。そうだ、もっとぶっ壊れろ。跡形も無くぶっ壊れちまえェェ―――ッ!』


『―くっ、身体強化とは厄介なッ!』


 自然公園の奥深くの一角にて、何か一人の人間の身体を覆う装甲が、勢いよく破壊されている様子が見て取れた。


 その仕業の人物、それが例のターゲット:【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】である。


 そもそも何故なぜ、ヴァンピーロは今になって、ターゲットを前に姿を現したのか――


 それはあの後、何があったのか、少し話を戻す事とする………


 …………今より遡ること、二日前――


「……ターゲットはアイツか。――なら、さっさと始めるか」


「うっわッ!手のひら返しにやる気になってんじゃん。

 そんなヴァンピーロに、一つ凶報」


「何だァ?人が折角、余韻に浸って心地良い気分のまま、奴の――仮面の奥の目玉でも盗んできてやろうと、張り切っていたって時に」


「よく見ろ。確かにさっきの奴との取り引きは終わったみてぇだが、ほらそこ。あそこで何やら待っている奴。

 ありゃあ、次の依頼者か?あんな奴らの前で回収なんかすりゃあ、余計な敵作るだけだぜ」


「ならば、あいつらも纏めて処理すれば良いだけのこと――」


「馬鹿ッ!そういう意味で言ってんじゃねぇよ。

 ――あいつらだけじゃあねぇ。あそこで歩いてる派手な髪色した、ギラギラと目つきの悪い、何ともガラの悪そうな女。

 ……あれは、神眼者プレイヤーだ。

 色んな連中を毎日のように監視しているからこそ、こいつは掴んでいる情報だが――、

 最近、かなり厄介なヤロウと手を組んで、勢力を上げて来ている。

 下手に仲間の一人を始末し、奴を刺激しようものなら、ここぞとばかり、目神様に自分の価値実力を見せ付けようと、張り切って突っ込んでいったものなら、勝ち目は少ないだろうよ。

 ああいう連中は、群れてイキがるようなのが多いから、意外と仲間思いな奴ばかりだったりするものだ。

 そ・れ・こ・そ、下手に目を付けられでもすりゃあ、今後動きづらくなるだろうなぁ〜。

 そしたらあれだ。しばらくはヘアムちゃんのお導きとやらも聞けなくなるものだよなぁ〜!

 あ〜りゃりゃあ〜!それが一種の励みにもなっているヴァンピーロちゃんにとって、そんなことになっちまったら………、それでも良いのかなぁ?」


 ほんのさっきまで、例の格好のことについて容赦無く突かれ、羞恥真っ只中の冴子だった筈だが………、


 それここぞと、マウントを取ったと言わんばかりに煽りスタイルをかます、いつもの彼女の姿があった。


 ぐッ……と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、悔しそうにしている様子を見せるヴァンピーロ。


「……くッ、確かにそれで面倒なことになりでもしたら、依頼されることも無くなってしまう、か。

 そいつは――おたくの言うことに一理ある。

 ……だが、だからこそッ、反論が出来ないのがこれまたムカつくぜ」


「ふははっ、はははっ、はーはっはっは!

 このわたくしに、散々な物言いをしてきたツケが回ってきたんだ。

 お天道様は見ているなんて良く言うが、まさにその通りのようだったなぁ。あたっ……」


 突然、背後から何かがぶつかった感触のあった冴子は、後ろを振り返る。


 すると―――


「………あっ……」


「ああっもう、何をやっているのよ。ほんと、すみません。

 うちの子が、前を良く見ていなかったようで………。ほら、謝りなさい!」


「ごめんなさい」


 そこにいたのは、上のトッピングのアイスを失った、コーンだけになったものを握り締める一人のお子さんと、その母親らしき二人の人物の姿があった。


 そう、アイスは案の定――、冴子の一張羅の奇抜なワンピース型NEMTD-PCに、ベッタリと張り付いていたのだ。


「申し訳ございません。私の、保護者としての注意も足らず、このようなことになってしまい………、

 せめてもの償いとして、クリーニング代お出ししますので、こちらのお金をお受け取り下さい」


 そう言ってEPOCHを起動し、機械慣れしたスライド捌きで、どんどんと画面を動かし、何やら千円分の送金画面を表示させ始めた女性。


「……えっ………いや………い……いい………いいですから…………」


 さっきまでのヴァンピーロとのやり取りをしていた際の、あの威勢の良い言い様は何処どこへやら。


 突然知らない人との会話になり、服が汚れたことで自然とその目線は――、自分が着ていた服へといく。


 その直後、ダサい格好をしていた自分自身の姿を再び思い出してしまったからか――、動揺のあまり、スッと言葉が出なくなってしまっていた。


「そんな………人様の折角のお召し物を汚してしまったのですから、そういうものでも無いでしょう。

 私の――保護者としての、目の配慮が足りていなかったことも、今回のようなケースが起きてしまった要因の、一つでもある筈ですから。

 お金……足りないかもしれませんが、なにぶん今この場ですぐに出せる、手元のチャージ残高がこれぐらいなもので…………。

 それでも少しの足しになるかと思いますので、どうぞ御遠慮なさらずに、このお金を受け取って下さい」


「……いや……そんな………恐喝みたいで……気にしなくとも………」


「恐喝だなんて……そんな変なこと言わずに………はいっ!これで良しっ!」


 そう言って、その女性は冴子の左腕に装着されたEPOCHを勝手に操作し、入金許諾の画面を表示させ、空中に投影された確認のOKボタンを押しては――、彼女の端末に千円分の電子通貨を送金してしまうのであった。


「……ま………まじで………こんな……クソダサい服に………お、お金掛ける方がもったいない………から」


「こうでもしないと、私の気が済みませんから。それでは、ご迷惑お掛けしました」


 そうして最後にもう一度頭を下げ、二人の親子はその場を去って行く。


 去り際の際に、遠くを歩くその家族の話が耳に入る。


「ままー、あの人変な格好だったー!」


「こらっ!そう言うの言っちゃいけないでしょう。

 けど、あの時良く泣かなかったわね。偉いわ、ながと。

 よしよし。今日の晩御飯は、ながとの大好きなハンバーグにしましょうね」


「えっ!本当?やったー!やった、やった!きょ・う・の晩御飯はハンバーグ!ハンバーグ!デミグラたっぷりハンバーグ!」


 上機嫌に即興の歌を歌いながら、『ながと』と呼ばれたそのお子さんは、軽快にスキップしながら、母親と共にその姿はどんどんと小さくなっていき――、その二、三分後には二人の姿は完全に見えなくなっていた。


 ちなみにこの『永人ながと』と言う少年――実は入学式の帰りのあの日、悠人が命を賭して救った幼子こそ、紛れもないその子である。


 今となっては母親と幸せに生活しているようで、彼があの時、あの少年の存在に気付いて助けに入り、犠牲になったことは決して悪いものでは無かったのだと………、そう思わせてくれる、微笑ましい光景であった。


『…………』


 数秒の沈黙。


 すっかりこの状況から置いてけぼりにされた感覚を覚える冴子は、すぐに言葉が出ず、これにはヴァンピーロも………


「……アハッ、ハハハッ、ハハハハハッ!何だ、さっきのあれは。

 どもってしまって、まともに会話がなっていなかったじゃあないか。

 おまけに子供には、笑われる始末ときたものだ。

 思い掛けず、至近距離でマジマジとその姿を目にされてしまって、また恥ずかしさでも込み上げてきたか?

 仕返しとばかりに調子付くものだから、こうなっちまうんだよ。《お天道様は見ている》ってな」


 皮肉にも、同じ言葉を言い返されたと言わんばかりに、冴子はうげっと嫌な顔をする………


 そうして、現在――


 絶賛、二人の仮面の女性が激しい衝突を繰り広げる戦場の最中さなか、そこから少し離れたところで、その様子を見つめる一機と一人。


『どーよ。このコンディション。草木生い茂る一目ひとめも付きにくい環境地。

 一般の公園なんかと違い、遊具が整った――公園アクティビティが売りの施設って訳でも無いから、子供やその親が来ることも、そうとして無い。

 世の厳しい外の環境も環境なだけに、今ではまともに自然の風景なんてたしなんでいるような人も大いに少なくなり、まさにゲームする地として選ぶには絶好の好立地と言えよう。

 恐らく奴も、それを踏まえた上でこの場所でゲームを仕掛けたのだろうが、かえってこちらとしては都合が良い。

 幸い、今は闘いの最中だから、奴が少しでも疲弊するのを待ってから横から掻っ攫っちまえば簡単に事が片付ける筈だぜ。

 ここ毎日、奴の監視をメインに続けてきた結果、今日のこのタイミングがまさに絶好だ思って声掛けてやったんだ。しくじるんじゃあねぇぞ』


「……成る程な。確かにこいつは都合が良い。

 だが、奴らの決着が付くまでこのままじっと待ち続けているのもなぁ………退屈が過ぎる」


『……まさかッ、茶々ちゃちゃ入れようってんじゃあねぇだろうな。考えてもみろ。

 今、奴らの間に割って入って、面倒ごとになって成功率を下げるか――、このまま待って余計な戦闘せずに、確実性を期して奴を仕留めるか――。

 どちらが賢い選択肢なのか、その判断を見誤るんじゃあねぇぞ』


「………足りない」


『はっ?』


「……血が………奴ら二人の闘いゲームには命懸けの流し合いが、紅き鮮紅パッショーネが足りない――――」


『何を言って………?』


 一体、こいつは突然どうしたんだと――、そんな様子で、スピーカー越しの冴子の声は何とも力の抜けた、そんな声を発していた。


「相手のヤロウ、一方的にやられてしまっていて、血気盛んな闘いバッタリアがありやしない。

 所詮は欲だらけの、意地汚い闘いジョーコってところか?

 汚れた血で血を洗うぐらいの派手さが無いと、張り合いが出やしない。

 結局は、自分が生き残りたいが為に、それがどんなに残酷なゲームだろうと参加をし続ける――、そんな奴らばかりが、今を生き残っている連中の実態だ。

 時折、独りよがりの正義感を振りかざす奴なんかもいるが、そんな奴だって今も尚、生きているということは所詮――、自分の命以外関心が無いということだ。正義感という捻れた我欲を振りかざして、な」


『随分とまぁ、ズバズバと心にくることを言っちゃあいるが、その一人にお前も含まれているってことを、忘れてはならねぇぜ。

 っても、お前の場合、それは正義感じゃなく快楽を満たしたい。ただそれだけのことだがな』


「言うじゃねぇの。どうせ闘うなら、もっと血派手スプラッタにいかないと、戦闘の見栄えってものが地味過ぎて、闘いゲームのお楽しみが半減になる。

 おたくだってこちらの力、分かっている筈だろう」


『確かにそうだが、そいつを踏まえた上で考えて見ても、ここは一度………奴らの闘いを見届けてから行動した方が成功率は断然高い。

 こんなものは犬だって分かる。―――『待て』だ』


「生憎とイオは、犬ほど素直で従順じゃあない。今では昔と違って、欲もある――。意思もある――。

 それらを解消せしめようと、生き血を吸い、奴の目を引っ手繰たくる―――なんて、ここはすぐにでもそう言いたいところだが、ヘアム様のご期待に添えぬ形になってしまっては、お褒めの言葉を頂くことは絶対に叶いはしない。

  駄目だ……それだけは避けなければ……………嗚呼ッ!だがしかし、この飢えをどう紛らわしたら………、早く……早く暴れてェ………暴れてェェ………ッ!」


 落ち着きの無い様子で、両指をわなわなと動かしながら、さっさと決着が付かないかと――、言葉とは裏腹にとてもじゃないが、冷静な口調とは言えない歯切れをしていた。


『この様子じゃあ、何分まともに待っていられることやら』


 冴子がそんな心配をする、奴ら【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】とそれに抗う一人の人物-〈伊駒皐月いこまさつき〉との戦闘側でも何か動きがあった。


 ヴァンピーロ達がここへ来る間にも、すでに激しい戦闘が繰り広げられていたのが一目見て分かりやすい程に、すっかり装甲が剥がれ掛けてボロボロになった姿を見せる皐月。


 苦境に立たされ、このままでは力尽き、命を刈り取られてしまうが関の山………それを完全に悟ったのだろう。


『致し方ありません。少しは抵抗しなければ……………』


 皐月はドライバーの前に手をやり、それは鳴る。


景品交換ケーヒンコウカン!タカソード!』


 鷹のような剣の形をした武器を手に取ると、彼女はすでに手にしていた西欧槍ランス状の武器と合わせ、二つの武器の柄先同士を合体させては、一つの大槍型武器を作り上げる。


『ドッキング!チョウ!タカソー・ランス!』


 大槍からサウンドが鳴り出し、皐月はすぐに【ランスーチョウ!セイ!】のリール部分を手で回し始めると、連結したタカソードのリールも一緒に連動して回り始め、三回転手回しすると二つのリールは自動的に回り出し、必殺サウンドが鳴り響く。


『スリーリール!シックスリール!2倍の回転力がギャンブルの垣根を超え、天をも味方に付ける!

 得点トクテングルグル!天災テンサイミラクル!風は渦を巻き、暴風へ成る!

 チョウセイチョウ!スピングルトルネードスロット!』


 二つの武器のリールが勢いよく回転したことで発生する―――なんて、作中さながらの説明をされたところで付いて行ける筈が無い…………


 相変わらず、科学的には証明が付かない滅茶苦茶な現象を引き起こし、高速回転するリールの回転力は周囲の風をも巻き込むと、結果――それは巨大な竜巻へと大きく形を変えてしまい――――


 出来上がった竜巻は【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】を呑み込み、奴の身体がグルグルと巻き上げられ勢いよく上空に放り出されると、ランスの刀身は光り輝き、それは光線の如く一直線に伸び、光は彼女の身体を貫いた。


「ぐはッ!」


 貫かれた身体には穴がポッカリ………なんて残虐な演出は無く、そこは子供向け番組の演出さながらと言ったところだろうか。そこには痛覚だけが残った。


 だがそれはただの痛々しい痛みと言うよりは、心が洗われていくような、何か力をそぎ落とす浄化のようなものに近い、妙な感覚を覚えた。


『風鎮!チョウ!セイ!』


 終了の必殺音声が鳴ると竜巻は収まり、その直後、空中に放り出された奴の身体は重力のままに、下へと急降下する。


 このままでは地面に思い切り打ち付けられ、神眼がある以上、死は回避されるとは言え、肉体へのダメージは深刻なものだと言えるだろう。


 それこそ、あばら骨どころか、あちこちの骨が何本もいっちまって、当たり所が悪ければ脳みその一部でも飛び出してしまうかもしれない程に………


 何にせよ、いくら自然治癒力が人より高いからといって、地面に叩き付けられてすぐに立ち上がることは不可能であることに違いは無い。


 そうなれば、身体をまともに動かせない無防備な状態で神眼を回収されてしまうのは目に見えている。


 作中では、空中に放り出された敵を光が串刺しにしたところで爆発して終わるところだが、怪人とは違い都合良く爆発する肉体では無い以上、悲惨な目に遭ってしまうことは予想付く。


 それだけは回避しなければ―――…………


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は急いで体勢を変え、地面に背を向ける姿勢から地面に向かって正面の体勢へと変えると拳を形作り、犬面いぬマスクの左目部分が光輝くと、迫る地面に向かってその拳を叩き付けた。


 拳は力強く地面を抉り、クレーター状に衝撃を殺すようにその広がりは大きく深く形成されていく。


 ある一定の地点でその衝撃が収まった頃にはいくつかの木々がなぎ倒され、付近のベンチや公園に置かれた謎の人型石像オブジェクト、水場などが半壊し、その状況が見て取れる。


 幸い場所が場所だけに被害は最小限に抑えられたが、それでも大惨事であることには変わりない。


 竜巻を起こしたこともあり、人が寄ってくることもそう無いとは思うが、物好きな奴の一人や二人、必ずしもいないとは言い切れない。


『クソがッ、イテェ――………力が、弱くなっていやがる………?』


 やはり何か違和感があるのか、奴は骨剥き出しでボロボロになった右の拳を目にしながら、不思議そうにそう呟く。


 だがそれよりも、これ以上大きな戦闘をしてしまって、一般人に眼の存在を見られるようなことがあってはいけないと【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の方から戦闘を離脱した。


 その様子を奥で見ていたヴァンピーロ達は、何やらつまらなそうに――


「……チッ、しらけるぜ」


『……あちゃ~、絶好の機会だったのになぁ~』


 各々、思ったことを口にするのだった。


 状況が悪くなることを察して、いつまでもここにいるのは都合が悪いと早々に判断をされた【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は、やむを得ず撤退―――。


 何処どこか遠くへとその姿を消し、身の上の安全が確認されたところで、皐月は変身を解除し、戦闘で痛手を負った身体を庇いながら動くかのように、足を引きずりながら彼女もまた――、この場から離れて行く。


 ゆっくりと歩み進める最中さいちゅう――、引きずっていた足を無理させまいと回り道をおこたったことで図らずも、さきの【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の能力によって抉れた土の上に足を付けた時、ふいに


 何かに足を持っていかれた感覚があったのか、皐月はゆっくりと滑らせた足を持ち上げそこに目を向けると、それが靴底に付いた土が離れない違和感であったことを知る。


 そこには地面のぬかるみのようなものが出来ており――


「泥………?」


 皐月は不思議に言うも、その場で深く考えるようなことは無く、そこを離れるのだった。


「おい!確かこっちの方でさっき、竜巻があったよな!」


「何か光っていたりもしていたが、あれは何だったんだ?」


 ――案の定、野次馬ギャラリーの登場である。


『さてと、こちらも早いとこ退散だ』


「……畜生ッ!何だって人がうずうずと――、血がたぎる思いを馳せていたってのに、これからがイオの血を騒がせるゲーム舞台の始まりになる筈だったんじゃあ無かったのかよッ!嗚呼あァァ、これではとんだ不完全燃焼だ」


 予想外の竜巻にあの場でターゲットを始末することが出来ず、苛立つヴァンピーロに対して、冴子がドローンのスピーカー越しに今置かれた状況から冷静に退散命令を下し、仕方無くヴァンピーロはそれに従う形でこの場を後にする。


 その時だった。


「――すみません。さきの現象を近くで、目撃された方であるとお見受けします。そこで少しお伺いしたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」


「うわっ!」


 背後から一人の女性の声が聞こえ出し、突然のことで思わず驚いてしまったヴァンピーロ。


 振り向くとそこにいたのは、特徴的な犬耳のカチューシャとメイド服タイプの特注NEMTD-PCに身を包む、どこか日本人らしからぬ顔立ちルックスの女性。


 そう――、言わずもがなブシュラのところの使用人メイドが一人、『町田リンジー』その人であった。


「これは。突然お声掛けして驚かせてしまい、失礼致しました。

 今し方、近くで竜巻が発生したものですから。近くを通り掛かっておりましたゆえ、何があったのかと来て見れば、騒ぎを駆け付けて来た人達に混じって貴女だけがこの事態に騒がれておりませんでしたので―――、

 恐らく、現場を近くで目撃したのだろうと察し、つい気になることがあってお声を………」


「あ……そういう………。で、何でしょう?」


「実は個人的興味で、最近この辺りでも良く、チラシや落書きで目にするなる方について探しておりまして…………。

 仮にも先程の騒ぎに何かその人物が関与している、なんてことがあったらたとえ些細なことでも教えて頂ければと――――」


「さぁ?その代行屋なる存在が一体、何なのか知らないからな。聞かれたところで分からないとしか、答えようが無い。力になれず悪いな」


 妙に感が鋭過ぎる。


 何故こいつは【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】のことを嗅ぎ回っている?


 考えていても、仕方が無い。ここは直球に質問した。


「ところで……その代行屋とか言う人を見つけてどうするんだ?」


「奴はその仕事柄、多くの方と交流を持っていると、何処かの風の便りで聞いたものですから。

 私が探している――ある人物と接点を持っているのかどうか、あれば色々と情報を聞いて見たいゆえ、少しでも代行屋への手掛かりが探れればと思い、お声を掛けたのですが、どうやら当てが外れたようでございましたか…………」


 ある人物……それは気になるが、これ以上ズケズケと質問をしてしまうと、怪しまれるのは確実だろう。


 ヴァンピーロはそれだけ質問すると、後は何も聞かないことにした。


 しかしそれは、とんだ勘違いを招くのだと――、すぐに知る。


「……なんて、〈見てない〉………と言うのならまだしも、〈〉…………

 と言うのは、少し御門違いではありませんので?神眼者しんがんしゃ――――」


 そう言ってリンジーは、《神眼者リスト》に記載されているヴァンピーロのページを自身のEPOCHから投影し、それを彼女の目の前で見せた。


「……成る程。正体を掴んでいた上で、声を掛けて来ていたと言う訳か」


 どうやらその配慮も、無意味だったようだ。


「何も貴女と闘いをしに――、わざわざ声を掛けた訳ではありません。本当に闘う気なら、こちらが気付いた時点で初めから存在を悟られず、仕掛けたら良いだけのこと。

 けれども、そうしなかったのは…………」


「始めから何か――、があって訪れた、と言いたい訳だ」


「ええ。察しの通りで」


「それで?………代行屋を知っている、と言ったら?」


「その話………お聞かせ、願えないかしら?」


「一つ、条件がある」


「何でございましょう?」


「もし奴の目を狙っていると言うのなら、この話は無しだ。奴を始末するのはイオだ。それ以上でもそれ以下でも無い。イオが狙いを付けた獲物なんだからな。

 あくまで奴への要件は話のみ。それ以外で奴に干渉することは無い。そういう解釈で間違いないんだな」


「おっしゃる通りで。奴とは話があってのこと。ただそれだけのことです」


「ならいい。もしもその条件が違えた時、その時はお前の神眼いのちが無いと思え」


「御心配には及びません。私が個人的に始末したい相手は、一人しかおりませんので―――」


「そいつを聞いて安心したぜ。

 奴についてだが………確かについ先程まで、この場所で一人の神眼者プレイヤーとゲームのまっ最中さいちゅうだった訳だが、先のハリケーンでの騒ぎで人目を気にし、何処かへと姿を消していったものだ。

 だが、安心しろ。すぐに居場所は突き止められる。こっちにはこいつがある」


 そう言ってヴァンピーロが親指で指さしたのは、横で静かに浮遊する一機のドローンであった。


「ずっと気になってはいましたが、それ貴女のだったのですね」


「正確に言えば、違うな。――ほら、自己紹介してやったらどうだ」


 ドローンに向かって自己紹介とは何だ?、と不思議に思うリンジーの反応を面白がるように、そいつは喋った。


『ジャンジャカジャーン!ドローンだけにどろんと参上……って、クソくだらないオープニングトークをちょいと言ってみちゃったりなんてする、ちょっぴり気さくなしがないわたくしはただのドローン。

 なーんてのは、あくまで表向きの仮の姿。その実体はこの機体を遠隔操作するカリスマ天才技能工:冴子ちゃんだよ~!』


 あまりの規格外な自己紹介を前にリンジーは、つい思ったことを口にする。


「何です?この変な生き物は?」


Ahhアハハッ,変な生き物だとよ。実に的を得ている答えじゃねぇか」


『ヴァンピーロ……お前そんなこと思っていたのか?ってかお前も、初対面の相手に舐めた口利き過ぎなんじゃあねぇの?

 だがここで寛大な冴子ちゃんは、子供とは違って早々腹を立てないのであーる。

 ってかよォォ、単に奴と話をしたいだけなら、チラシなんかの存在も知っていた訳だし、電話掛けりゃあ早い話じゃねぇか。何でそうしねぇ訳?』


「それを言うなら、素性も知らない相手に安易に電話を掛けるなんて、連中の気が知れませんから。とてもピザの配達気分でポチッと掛けられませんよ」


『あはッ、それについては言えるわ。けどそれにしちゃあ、奴のことを探すっつったって、偶然にしたってここへ訪れたってのも何かこう、都合が良すぎと言うか………?』


「いえ、実の所ここへは何度か訪れてはいまして。ある時、電柱に何やら『神眼の回収の肩代わり致します』などと興味深いものが書かれているものですから、そこに一緒に書かれていたSNSのURLから奴の存在を知ってからというもの―――、

 コメントやら何やら色々と探って見ると、何でもこの自然公園には、至る所に奴の連絡先が記されたものが存在するとのことで………、

 例のSNSのコメントにて、それらの情報が多く寄せられていたりして、現にこの公園で奴の姿を見かけたとの目撃情報も、多数つぶやかれていた程でしたから。

 例えば、そこの掲示板の前での写真だそうですが、こんな風に…………」


 そう言って、リンジーが左腕に付けられたEPOCHエポックから、一枚の写真をヴァンピーロの前に映し出した。


 その写真は丁度この距離から見える、外に設置された掲示板にて―――無断で自身の連絡先が書かれた、手作りの貼り紙らしきものを………まさに貼り付けようとしている一コマを目撃者が少し離れた木の木陰から撮ったような、そんな一枚であった。


『成る程成る程……これで一応の筋が通るって訳か。

 ――良いぜ。こちらにしても、奴には用があるんだ。探す手前、一緒に付いていきゃあいい』


(わたくしの立場としちゃあ【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】さえ始末出来れば、誰であろうとそんなのは問題じゃねぇからな。

 それに奴への個人的な話とやらも少しは興味あるし、な)


「感謝します」


 こうしてヴァンピーロ達はひょんなことから同行者を一人連れ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の行方を追うのであった。


-------------------------------------------------------------

[あとがき]

◼︎能力解説◻︎


目力:【繋ぎ目モンタージュ


これまで目にしてきた日常、景色、場景、それら一部を切り取って形にすることが出来る異能


その性質上、アニメ・マンガ・ゲームなどで見たことのあるキャラクターが持つ固有能力を再現し使用することが出来るが、それらキャラクターが持つ能力から力を行使すると、そのキャラクターごとの目のデザインに神眼も一緒に変化するのが特徴。


武器持ちキャラであれば、そのキャラの武器を顕現し、本物さながら劇中の技を使用できる。


夢膨らむその異能は見れば見るほど広がる可能性があり、某麦○ら○賊○長の悪〇の実の力や某黒の○士のソー○ス○ル、某転○スラ○ムの能○ス○ル技○○ーツにとある〇園〇市の超能力レベル〇、某赤帽○配○工のファ○アボー○や某ネ○型ロ○ットのひ○つ道○、それこそ目であればル〇ーシ〇・ラ〇ペルー〇のギ〇スなど、何でも再現を可能とし発動することが出来る。


著作権の許す限り、強力な能力となる


                  監修:M.K.




……えっ、なになに…………ピヤー ドゥ ウイユが始まる前にこの目力を所有していた前任者がいたのだが……………とある眼球フェチの狂乱者の手により、運悪くそれが唯一死に繋がることで殺されたって………………


ちなみにその時の前任者にはこの力は【アニ】と呼ばれてい……………

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