⒈ 新芽(6) 格好

「……はぁ、暑さも感じなけりゃあ、冷たさも感じねぇもんだから、アイスの醍醐味をまるで味わうことが出来やしねぇ………マジ、Tristeトリステ.Tristeトリステ.

 ……って、これ言ったの何度目になるっけ?」


「………じゃ、じゃあ、なんで買っ…………買ってんの……さ」


「……いや、ほらあんだろ?周りの人が買ってんの見てたら、何となく釣られて買ってしまう衝動的なあれ。Capriceカプリス,みたいな?……それで?一体おたくは誰なのさ?」


「わ………わたくしはその…………あ……あれだよ……」


「……いやいや、何なの?」


「あの……だから……おたくが協力的になって、って、ってている……………」


 …………


 …………


(……うっわ、っず。恥っず恥っず恥っず。何をやっているんだ、わたくしは。

 それもこれも、こんな恰好でわたくしを外に追い出しやがった、あいつのせいで、とんだ赤っ恥晒け出すことになっちまったじゃねぇかよ。

 おかげで、クッソ変な空気に…………)


 何やらモジモジとした様子で、まともに口が回っていない……ろれつが回っていない……辿々たどたどしい……しどろもどろしている………そんな少女が約一名。


「いやほんと、マジで何?」


 それには美しく手入れケアされた栗色混じりの黒色ブルネットの髪を肩まで伸ばした、目鼻立ちが綺麗に整っている端正な顔立ちの碧眼ブルーの瞳を持った美女-『ヴァンピーロ・クアトロッキ』もこの反応である。


 先端を舌で舐め溶かした、赤いスイカのアイスキャンディーをポタポタと地面に垂らしながら、血をまき散らす見開きの不良漫画のページ片手に、それに食い寄る蟻の集団をその色っぽいつり目でじーっと見つめている。


 ヴァンピーロは気にも留めない……というか関心が無い様子だが、彼女-『雫目冴子』がこんなにも悶絶寸前になっているのには、誰がどう見てもダサいの一言に尽きる、ヘンテコな恰好をしていることにある。


 この服を考えたデザイナーは何をもってこのようなデザインにしたのか、その意図が底知れぬ奇抜なセンス、原宿系女子でも彷彿とさせるようなファッションモンスターとは、まさにこのことなのだろう。


 まずはなんと言っても目に付くのが、表裏一面に様々な形の幾何学模様をなぞったラインが広がる、その奇抜なデザイン性。


 Dのような形状をしたものであったり、消波ブロックのような形をしたものであったりと、一つのアート作品を見ているようなバラエティに富んだ形状の数々が、ピンクやら紫やら多種多様の色で染色されているものに混じっては――


 どれも同じデザインで描かれた、丸い目玉から大きな雫を流す模様が随所に差し込まれ、その一つ一つがラインとして描かれている。


 しかもその図柄模様は派手派手しく光るレインボーライン仕様と、無駄にギラギラした凝った始末ときたものだ。


 その見た目は、あたかも小さい頃に誰しもが一度は履いたことがあるような、『光る子供靴』を連想させてしまう。


 下地の――どピンクな色の生地の派手さによって、レインボーラインの組み合わせがとんでもなく悪目立ちしている、そんなタンクトップ型の上半分トップス


 だが、それだけに留まらず、下へと連なり――、まるで蛍光ペンの原色インクの色々をぶっ掛けたかのような、目迷五色の垂れたインク跡のような形をした模様がえがかれた、下地黄色のアコーディオンプリーツ型の下半分ボトムスが目に付く。


 その立体的に折り畳まれたスカートは二重構造になっており、外側の透け感ある黄色の長い丈のスカートから内側にチラリと、唯一女の子らしさが残るミニスカートが可愛く覗かせる。


 何でもネットに書かれた商品紹介曰く、元々は今の世の中を象徴とする環境復興を願い、発信する働きとして、その手の業界で有名なデザイナー氏による期間限定の特別展が東京にて催しされ、そのイベントに合わせ限定販売として制作をされたという、NEMTD-PC初の試みとなるコラボ商品であるのだとか。


 作品テーマは【今を取り巻く真実を視る目】とのことらしいが、アート分野にてんで精通していない冴子にとって、デザイナーのメッセージ性が何一つ掴むこと叶わず、良く分からないだけの服である。


 だが、何もこれは彼女だけに限った話では無く、芸術というのは伝わる者と伝わない者とで、価値観の違いが大きく分けられるものだ。


 刺さる人には刺さるが、刺さらない人には別段興味を示ず、買ってはくれないという現象あれである。


 そのせいか、折角の記念となるコラボ商品は中々に思うよう華を咲かせず、売り上げは芳しく無く、デザイナーは勿論のこと――


 多くの売り上げを叩き出してきたNEMTD株式会社にとっても、であると知るところには語られている。


 上半分トップスのファンシーなポップさと、毒を併せ持つ独特な世界観に包まれた装いとは異なり、キャンバスの中の絵の具の集まりのような色使いの派手さはあれど、下半分ボトムスのヒラヒラと舞う女性らしい装いとのギャップさがこれまた激しいである。


 そう、一着………冴子が持っているNEMTD-PCはこの《一張羅》だけなのである。


 一見として、上半分トップス下半分ボトムスで分かれているようにも見えるこの服だが、実際にはこれはワンピース………型NEMTD-PCである。


 これが冴子の――たった一着の、NEMTD-PCの正体のカラクリであった。


「わ……わたくしはその………君が協力的になっている例のゲーム……それを裏から補佐ほさ………と言うか視佐しさ?する存在の一人…………よ」


「……あー、【Pilleurピヤー de ドゥ oeilウイユ】を裏からのうのうと傍観しているだけの目神ヘアムデア・デッリ・オッキオの犬か」


「何ッ?であでり………」


 殆ど英語が話せない冴子が、ましてやイタリア語なんて理解出来る筈が無い………無いのだが、明らかに《犬》と言われて馬鹿にされていると思わない程、お馬鹿な彼女では無い。


「良く分からねぇけど、誰がなんの犬だって?

 このわたくしが神様の手綱リードに繋がれて、良いようにつかわれてるとでも言いたいっての?―――馬鹿バッカじゃねぇの。

 言うなればこれは、自分で選んだ道だ。

 ただ神様に協力することで、殆ど完璧に近い不老不死の生体せいたいを、いつまでも手に入れられる。

 そんな身の上の安全を考えれば、迷わずその手に乗るだろ。

 人だって所詮は、動物の一種。誰であろうと死にたくないなんて思うことは、ごく当たり前のさが―――。

 生存本能に逆らえる人間が、何処にいやがるってんだ」


 そいつは聞き捨てならないと言わんばかりに、冴子は思わず、羞恥も吹き飛ぶ勢いで感情露わに――力強く訴える。


「欲望のままに生きている……って言うんだな、おたくは」


「はっ?それが何だって………」


「気楽なもんだなって話だよ。やっぱおたくが《犬》であることに、変わりは無かったってこった。

 あちら側に手を貸せば生かしてくれるだろうと、そんな一つの保証も無い、生存の確率が少しは高いってだけで、まんまと《命綱》ってリードに繋がれてるじゃねぇか」


「んだと、てめぇっ!」


「ぷっ……Ahhアハハッ,Ioイオ一般ただ神眼者ジョカトーレの殺し合いをて、どうせ他人の不幸は蜜の味だとかきたねェ心した連中揃いが見て………楽しんで……て………たのしんで、さぞかし愉快なTVゲームジョーコ・テレヴィジョンなこったろうよ」


「《ジョー・テレビジョン》だって?……って、何だそれ?

 《冗談TV》ってそのままの意味じゃあ、何のこと言ってんのか訳分かんねぇし。少し言葉を捻って考えてみるか?

 そう…だな………テレビ……ってのを、《娯楽物》という意味として仮定してみるとして………《冗談娯楽》?

 ん?………まさかっ!神眼者プレイヤー同士がゲームをしている様子を観察しながら、さぞ仲間の連中と冗談でも言い合って、その様子を見て楽しんでやがるとでも言いたいのか?

 だいぶ人のこと、悪く言うじゃあねぇか」


 冴子なりに変な解釈をすると、それを聞いたヴァンピーロは可笑しくってつい、ぶッ!と大きく吹き出した。


 だが冴子はそれを馬鹿にされた、という訳では無く、舐められたのだと解釈をしてしまい、そのまま突っ掛かる形で話を続けていく。


「……さてはあれだろ?何故自分が【七視員オブザーバー】に選ばれなかったからって、嫉妬してるんだろ?妬んでるんだろ?

 いやー、分かるよその気持ち。こっちが嫌な目に遭ってるってのに、そちらは必死に命張ってるんだもんね。そりゃあ、難癖の一つや二つ、言いたくもなるよなぁ」


 飛んだ聞き間違いにより、冴子は変な方向に話が進む。


 そんな冴子を呆れた様子でヴァンピーロは口を切る。


「一文字違いの間違いから何が導き出されるのかと思えば、そこまで来れば発想力に磨き掛かっていると通り越して、ある種一級品とさえ思えてしまうよ。

 てっきりそんな頭だと、Jokeジョークも日本語の冗句じょうくと意味違いするとでも思ったが………、流石に母国語ぐらいしか話せない奴にも、Jokeジョークの意味は理解していると言ったところか」


「あっ、てめっ、馬鹿にしたろ。このわたくしを。

 ならてめぇは、ケータイを一から作り出すことが出来るか?出来ないだろう?要はそう言うこった。

 人にはそれぞれ出来ることがあれば、出来ないこともある。そうやって人と人とが支え合って、社会ってのは成り立っているんだよ。よぉく覚えておきやがれッ!」


「何だ。少しは良いことだって言えるじゃねぇか。とは言え、日本人の一人として流石に冗句じょうくの意味は分かるよな?」


「まだ挑発してんのか。ガキだな、まったく。当然、その程度のこと朝飯前だっての。

 【長文

 『無駄が多い長ったらしい言い分』って意味の言葉を略して【冗句】って言うんだよ」


「へぇ、壮大にフラグかましてくるから、嘸かし間違うものかと………それこそヤンキーみたく――

 『あァん?ジョークだァ?オウオウ、煽り上等!舐めた口聞いてんじゃあねェぞ、このクソがッ!等文だ、ゴラァ!』なーんて………」


「いやいや何だよ、上等文句て。その不良漫画の影響か?

 いまどき、不良でもそんなパワーワード言わねぇだろ。……そもそも、ってのが良く分からねぇけど」


 ………


 ……………


 …………………


「ブッ、ブハックショイッ!―ズズっ、何だァ?誰か噂でもしてンのか?」


 その頃、別のところでは休日、外をふらつく『噛月朱音』が豪快にクシャミを上げていた。


「おや、朱音ちゃん大丈夫かい?風邪でも引いたかいね」


「あァ、心配いらねェよ。至ッて、ウチは元気なこッた。だからよ、変に気ィ使わなくたッてイイから。な、平ばあちゃんや」


 ここは布都部島にある、震災前のかつてはそれなりに栄えていたという、今やその面影も無い、寂れた商店街の一角にあるその店-〈平山精肉店〉。


 ヒラばあちゃんの愛称で近所の住人達に親しまれているそこは、精肉は勿論のこと、何よりもここの一番の売りはヒラばあちゃんお手製のコロッケ(一個あたり90円)にある。


 ザクッと歯応えある衣がジャガイモと牛挽き肉を包む、昔ながらの王道つ安定した味でありつつ、白パン粉を使い軽やかに揚げたそのコロッケは、おじさん世代も胃もたれせず食べやすいと、知る人ぞ知る名物となっている。


 そして、これまた一番人気のコロッケの横に置かれた、メンチカツ(一個あたり120円)も外せない一品である。


 程良く揚がったころもに包まれたジューシーな挽き肉は食べた瞬間、肉汁がジュワ〜と口の中に広がり、ズッシリとしたサイズ感のメンチは食べ応え抜群で、一度食べたら病み付きになること間違い無し。


 この店の味を知っているお客様なら誰しもがというくらい、ついついコロッケと一緒に買って帰られるところを目にすることが多い。


 かく言う朱音も、その味の虜になった一人である。


 それもこれも、『顔を見合わせるなり虐待をしては、ギャンブル狂いの毒親』が子供にロクな飯を作って上げていた筈も無く………、


 親の目を盗んで手にしたはした金で買える、貴重な食べ物であっただけに、この店のコロッケの味には長いことお世話になったものである。


 彼女にとってこの店の味は、最早もはやお袋の味であり、それだけに初めて虜になった味でもあった。


 高校生に上がって、アルバイトをするようになってからというもの――


 今までは食べたくともコロッケ以上のものが食べられなかった自分への贅沢頑張りとして、時折買うようになった〈ハムカツ〉が個人的に激推しである。


 何と言っても、ここのハムカツは単にハムを揚げただけの一品なのだと、片付けて侮ってはならない。


 ハム・チーズ・ハムの三段構造からなる豪華チーズハムカツ(一個あたり150円)である。


 先の二つの揚げ物と比べてちょいと値段は張るが、その分、美味しさはお墨付きピカイチである。


 脂っこさを防ぐ為に敢えてドロっと溶けたチーズは使用せず、ほんのり溶ける程度の薄いチーズを挟むことでこってりとしたチーズのしつこさが無く、肉厚のハムのガツンとした歯応えある口当たりに対し、さっぱりとした味わいで、食べ飽きにくい食感と味付けの工夫バランスがなされた精巧な作りの徹底ぶり。


 ボリュームがある為、非常に食い応えがあり、学校帰りの男子中高生の間でたまに賑わっているのを目にすることもある程の人気だ。


 朱音は当然のようにショーケースに並ぶチーズハムカツを一つ、それと手元のEPOCH端末で電子マネーの残高確認しながらショーケースとにらめっこして悩んだあげく、追加でコロッケとメンチカツをそれぞれ一つずつ注文し、合計360円分の電子決済を済ませる。


「はいよ。いつもありがとうね、朱音ちゃん」


「イイってことよ。ウチが好きで買っていることなンだし。それじゃあ早速………ん~~ッ!相変わらず良い仕事してンぜ、平ばあちゃんよ」


「うふふっ。そこまで喜んでもらえると、作り手冥利に尽きるわ」


 そんな一時の温かな日常が繰り広げられている最中さなか、朱音はある存在を目にする。


「あ?……ンだ、アレ?」


 商店街の細い裏路地を通り行く、一人の人物。


 あまりに一瞬のことであったが、妙に変な格好をしたそいつの姿は、チラリと見えただけでも朱音の目はそれを見逃さなかった。


「……神眼者の類いか?ま、何にせよ、ウチに害を及ぼすような存在じゃあなけりゃあ、なんだろうといいさ」


 だが当の朱音は特別気にするようなことも無く、この場を後にするのだった。


「―にしても、やっぱ美味いなこのコロッケは」


 それから数分後のこと――


「……はぁ、もう何だって良いわ。馬鹿馬鹿しい。こんな言い合いに、特別意味など無いんだしよ」


 同じようにこちらはこちらで、別の意味で最早もはや、気にも留めない冴子の様子があった。


 犬だ、馬鹿だ、と散々な言われをした冴子だが、それで頭に血がのぼって、これ以上張り合おうとする程、決して無謀な彼女では無い。


 何せここには、全幅の信頼における爆弾を積んだ、彼女特製ドローンの一台の存在も無い。


 無理矢理、外に出されてしまったのだから、当たり前である。


 防御手段を持ち合わせていない。文字通りの丸腰だ。


 下手にこれ以上刺激して、彼女の目力の餌食になるのはご勘弁である。


 だからこそ彼女は、反感することを止めた。


 単純にして、実に合理的な理由である。


hhハハッ、馬鹿が勝手に馬鹿だと折れやがった。

 ……なーんて、ガキみたいな言い合いは、もう終わりにするとして………それで?

 tuトゥが話し掛けて来たのには、そもそも何か目的があったんじゃないのか?」


 ついに話は、本題へと動いていく。そう思った時である。


「……えっ?」


「……はっ?」


 ………………


 …………


 ……


「……忘れた」


「……何だそれ。マジで言って……………」


(……やばいやばい。マジで忘れているよ、わたくし

 それもこれも、こんなこっぴどく恥ずかしい恰好で、外に駆り出されたばっかりに羞恥やら、奴とのしょうも無い言い合いやらで気付けば、頭が………頭が真っ白になっていたんですけどォォ――――ッ!)


 肝心な部分が抜けてしまっている。


 どこまでも雫目冴子という人物は、お調子者であることに違いなかった。


「……マジの馬鹿だったの?」


 その瞬間――、ヴァンピーロの声のトーンがどこか〈呆れ〉を通り越して、〈哀れ〉んでいるような、マジな感じでそう告げる。


(………やっば、これじゃあ馬鹿にされたって、何も言い返すことが出来ねぇじゃんか。っておいおい、マジですかマジですか。

 この人、メチャメチャ冷ややかな目で、こちらをじっーと見てくるんですけどッ!

 もう完全かんッぜんに馬鹿にしてる目だよ、あれ。

 ……やめろ、その目でじっと見るんじゃねぇ。あー駄目だ。全然ぜんッぜん思い出せねぇ。見てろよ。絶対に思い出して……………)


 と、ここである一人の人物が、冴子の近くを通り過ぎる瞬間を目にする。


(……何だ?今一瞬、変な奴が通らなかったか?って、うおっ!ある意味、このわたくしより変な格好をした人がいるんだけどもッ?)


 そう、心の声を漏らす冴子の視界の先にいたのは、機械的な犬の面――


 もとい、犬顔のサイバーマスクを被った飾りツノ付きフード羽織る――、如何いかにもな、変人格好した人物の姿があった。


 その者はある人物と待ち合わせをしていたのか、一人の人物の前に立つと、その足取りを止めた。


 そうして合わせた人物同士は談話でもし出したのか、偶然にもその会話の一部を耳にすることが出来た。


 …………


 …………


『ほらよ。依頼通り、まとめて一週間は、生き残れるだけの分の眼球は回収したぜ。約束の依頼料は、用意して来たんだろうな?』


「ええ、確認して頂戴」


 何やらそこには、EPOCHデバイス同士でのやり取りをしている様子があった。


『……ひ、ふ、み、よ…………ああ、桁数丁度ピッタリだ。おおきに、毎度あり~!また、ご利用してくれて構わねぇぜ。お得意さんは大歓迎だからよ』


「そんなこと………わざわざ、口に出されなくとも使うし。

 なんならすぐにでもゲームルールに追加で『自分の代わりに神眼を回収してくれる、派遣デリバリー神眼者プレイヤー』的な要素を実装してもらいたいくらいだし。そうは思わない?〈便利屋〉さん」


『……、だ。勝手に人のこと、パシリみてぇに呼ぶんじゃねぇぞ。馬鹿たれがッ!

 名前間違えるだとか、取引相手に対してビジネスマナーがなってねぇんじゃねぇの?』


「うっわ、口悪くちわるっ!ただちょっと間違えただけじゃん。

 あくまでこっちが、お客さんだって立場なのにその上からの物言い、まじおっかねぇ。

 ……やっぱそういうことを好きにやっている人間だけあって、こいつかなりの危険人物なんじゃないの。………まじ、あんたにだけは盾突かないようにしよ」


 …………


 …………


(……それにしてもあの恰好…………あの姿には何か憶えが………あっ、そうだよ!

 何今まで大事なこと忘れてやがったんだよ、わたくしはッ!

 全てはこの為に、こんなこっずかしい恰好で、お外に放り出されたってのによッ!」


「あ?何だァ、急に大きな声なんか上げて」


「えっ?今の、まさか口に出してたのか?」


「ああ。しっかりと口に出していたぜ。こっずかしい恰好だなんの。ありゃあ、おたくの趣味じゃなかったのか?」


「なッ……んな訳ねぇだろが!こんなファンシーな服、誰が好き好んでこれ着て、街に出歩くってんだよ!

 このなりで強靱なメンタルだ、鋼の心臓だ持っていると思うなよッ!」


「てっきりおたくは、恥を感じない奴かと思ったわ」


「いや、何その特殊過ぎる人間。一端いっぱしに恥ぐらい掻くわ!

 このやろ、人が折角忘れようとしていた時にこの格好のこと、掘り出してきやがって………あぁ、恥ずかしい。指摘されて改めて恥ずかしくなったわ。

 ……だが、今はそんなことを気にするよりも大事なことがある。そいつを今からお前にお伝えするんだよ。

 いいか、ヴァンピーロ・クアトロッキ。そこのヤロォ……犬面被ったツノヤロォだ。そいつを始末しやがれっ!」


「いや、何でお前みたいな奴の指図なんか、受けなきゃならない訳?」


 実に、当たり前な質問を返すヴァンピーロ。


「いや……だから、この声に覚えあるだろ。ほら、ドローンを通じて前にも何度か、やり取りしたことあるじゃんか」


「顔合わせしていない奴の声なんて、いちいち覚えちゃいねぇよ」


「なら、なんだったら証明出来る。信用してもらえんのさ?」


「……身分は?」


「は?」


「〈二つ名〉……〈称号〉……〈通り名〉、最後のはちと違うか。何か……他の言い方の方が分かり良いか?」


「……いや、だから………」


「本当にあの目神ヘアムに仕えているって言うのなら、知らねえとは言わせねぇぜ。……目神精鋭の七柱衆ななはしらしゅう:【七つの目羊エプタ・マティ=ア】。

 そこに属している連中一人一人には、その者達の才能と良い意味で皮肉めいた意味を込めて、各位それを象徴する〈七視教証シンボル〉ってのがあるだろがっ!」


「どうしてそれを…………」


 冴子は何故、チーム内で通っているだけの〈七視教証シンボル〉の存在をヴァンピーロが知っているのか、そのことを不思議に思いつつ………なんて、誰がそれを教えたのか。


 彼女の中では二人のうちのどちらかに絞られ、おおよそ予想は付きそうだが、そんなこと以上に誰がこの話を聞いてしまっているのか分かったものじゃない。


「―ちょっと、裏来い」


 冴子は慌てた様子でヴァンピーロの手首を掴んで、何処か近くの裏路地へと引きずり込む。


「ちょっ、てめぇ……どこでそれを………なんて質問は野暮……と言うか、大体予想は付いているからまぁ……あれだ。

 それよりもあんなこと、あれじゃあわたくしがヘアムちゃんの協力者だと、バレるようなものじゃない。

 もし近くに、神眼者でもいたらそれこそ……何処で誰が聞いているのか、分かったものじゃありゃしないんだからさぁ」


「いいから」


「ねぇ、話聞いてた?取り敢えずは、場所を移してからでも…………」


「いいからッ!」


「くっ―」


 最早もはや、今の彼女に何を言っても無駄なのだろう。


 これ以上、何をとやかく言っていても、余計に不信感を仰ぐことになるだけなので、ここは観念して言うことにする。


 、が……


「………」


 何やら言い出しにくい理由でもあるのか、その呼び名にコンプレックスでもあるのだろうか、中々スッと言葉が出てこない様子の冴子。


「何だ?どうした?……まさか、分からねぇって言うんじゃねぇだろうな?」


「……誉れ、だ」


「あ?」


「………だからっ!わたくしはッ、エ……エプ………何つったっけ、あぁもうッ!その呼び方は慣れてねぇから要するにだな。

 Pilleurピヤー de ドゥ oeilウイユ管理視監構成員【七つの目羊ザイン・スカウツ】のメンバーが一人。

 【ほまれ】の名を冠する『雫目冴子』とは、わたくしのことだって話だよオォォッ!」


 もはや埒が明かない、嫌気を指したかの様子で声に力が入ってしまったのか、何とも力強く自己紹介を決める冴子。


「……【誉れ】。そうか、Voiヴォイが〈七視教証シンボル〉持ち………【誉れオナー】か。

 いやはや、実に貴女レイという人間に覇気を、神に選ばれるだけの器ある人物に見受けられ………

 おっと、威厳を感じられなかったものだから、ただの痛々しい一般人かと思ったよ」


「ぁぁああああああぁぁぁぁ―――ッ!その呼び名恥ずかしいから、言いたくなかったのにさぁぁぁ―――ッ!

 ……ってか、ヴォイ?とかオノーレ?とか何言ってんのか意味は分かんねぇが、確実かくッじつに人のこと馬鹿にしてたよな、今。

 つーか、何でこうもどうでも良いような、予備知識なんか頭に入っている訳?

 おたくはエ……エププ………ッ、ぐっ、【七つの目羊ザイン・スカウツ】のファンっつーか、ストーカーかよッ!」


「……何か、勘違いしちゃあいねぇか?」


「……へっ?」


「いいか。あくまでもこのIoイオが手を貸してやるのは、目神ヘアムに対してだけだ。奴には恩がある。

 ただただ一人死に逝くだけだったイオの、その後の人生観を変えてくれた。

 生前せいぜんの人生は、それこそアイスの汁をすすアリのようなものだった。

 食っていくだけで目一杯めいっぱいの毎日。始めにアイスの冷たさをかたっちゃあいたが、冷たいアイスなんてものを生前前に食べたのは一度のことだ。

 その時のアイスの味はイオを捨てた親のような冷たさとしょっぱい土の味だけがした。

 今では甘いと感じられるようになったアイスの味も食べていて生ぬるく、そんなものはただの土臭い汁から甘い汁に変わっただけ………

 たったそれだけの違いだが、それでも目神ヘアムが生き返らせてくれなかったら知ることも出来なかった味だ―……」


「…………」


 さんざ言われ放題されていた冴子は、奴の言う言葉に何か一つや二つ、しゃしゃり出る気でいたのだが、何やらそんな雰囲気で無いことを感じてしまった彼女は、黙って耳を傾けることとする。


「……―目神ヘアムはイオの………これまでの人生の退屈を取り潰してくれた。人生そのものに価値観を与えてくれた。それはアイスの味だけでは無い。

 【Pilleurピヤー deドゥ oeilウイユ】という、スリルさえも与えてくれた。生と死が隣り合わせの毎日。このゲームの存在のおかげでイオは生きているんだって、じかに感じられる。

 生きる喜びを、快楽を、渇望を奴は与えてくれたのさ。

 生きているようで死んでいた、つまらない生き方に華を咲かせてくれた、そんな目神ヘアムにだからこそ、心から手を貸してやりたいと思える」


「えっ?だから何………」


 何やら話が見えなくなってしまった冴子が疑問に思っていると、ヴァンピーロの話はまだ続く。


「……だが、ragazzaラガッツァ………【七つの目羊エプタ・マティ=ア】は全くの別だ。自分たちでは何一つ動こうとはしない。

 所詮は目神ヘアム……に、個々の能力を買われてつどっただけの―

 自分は特別だのなんの思って、優越感に浸りに浸ってしまっているのか、只々ただただ、お高くとまっているだけの傍観者連中でしかない。

 君たちラガッツァ七つの目羊おこぼれ連中〉に指図される程、落ちぶれた覚えは無い。今のイオは昔の自分とは違う。昔の自分とは決別したのさ。

 誤解していたみたいだが、このイオは【七つの目羊エプタ・マティ=ア】のファンでもストーカーでも無いことを訂正して頂きたい。

 それと、これは個人的にだが、見栄を張って慣れない呼び方を口にするのはよせ。 

 実に見苦しい―――」


「……ちょちょちょっ、待てって。そもそもの話、そのヘアムちゃんの命令で、こちとら動いてやってるだけなんですけども?

 なんでヘアムちゃんだけを依怙贔屓えこひいきして、そのヘアムちゃんに見込まれたスカウトされた側にはそれ程までに当たりが強い訳?ほんと、悪く言い過ぎじゃね。

 ヘアムちゃん以外、眼中に無い訳?ファンかよ。ファンじゃね。もうファンやん」


「馬鹿の一つ覚えに同じことを………人の話を良く聞いていなかったのか?ならここは、はっきりと思うことを言ってやるよ。

 『Voiヴォイ』……いや、『お前』は、何も動かないで人生、楽しいか?

 ているだけで人生、愉しいか?そんなものは生きていると……言えるのか?

 自分の運命なんてのは、自分の手で掴み取ってこそじゃねぇのか?

 自分の運命を他の者に全部預けてねぇで、お前自身も何か動いてみたらどうなんだよ」


『………』


 数秒の沈黙が二人の周囲を包む。


 そうして、次に口を開いたのは冴子の方だった。


「……それを言うならさ。今の運命にだって、一種の才能という道で切り開かれた選択の果てに生まれたものだろ。

 十分じゅうぶん、自分の手で掴み取っているってことなんじゃねぇのか。

 楽しいとかどうなんだとか、今はそんな話、関係あんの?

 ……つーかよ、そもそもが楽しむ為に、こんな監視みてぇなことやってるとでも思ってたのか?

 んなわけねぇだろ。こんなのは全て、生きる為の知恵ってやつだろうがっ!

 ここは一つ良いこと教えてやるよ。どんなことにおいてもだな、上の者に付いていりゃあ、大抵良い思いをするものなんだよ。

 そんでもって、のちに立場が悪くなりゃあ、そん時はタイミング見て上を見限りゃあ、それで万事解決。最初から最後まで、良い思いをするってもんだ。

 どうだ、こいつは賢いやり方なんだと、褒めてもらいたいぐらいだぜ」


「それはおまっラガッ………いいや、お前たちの言葉か?」


「お前たち?……あー、【七視員メンバー】のこと言ってんのか。

 ああ、あいつら皆そう思っているに違いねぇだろ。神眼の回収なんて、手間の掛かることなどせずとも生きられる、命の保険ってやつさ」


《彼女の助けをしているってことは、重々理解はしている――》


 それを告げたのはヴァンピーロだった。


《けど、それ以上に何もしねぇような奴には、手を貸そうとは思わねぇッ――!》


 まだそんなことを言い出すのか、冴子がいい加減にしろと、口を挟もうとした時だった。


「……つまらねぇなぁ………ああ、つまらねぇ。

 血で血を争う、折角のゲームを楽しまないと。

 人数は大きく、巻き込んでの方が盛り上がるってもんだろう」


 彼女はそう言って、舌をぺろりと嘗め回すように動かした。


 それを見た冴子は、思わずこんなことを口にし始める。


「……ははッ、狂っていやがる。

 要は生き様を求め、行き着いた先……と言うか、100%ヘアムちゃんの影響によって、可笑しな形に行き着いた結果が――、おめぇの【ピヤー ドゥ ウイユ】としての狂った在り方ってことかよ。

 その本性は正義感でも何でもねぇ……ただただ自分にとっての人生の価値を満たそうがする為に、積極的にゲームに参加してくれる存在にしか興味が湧かねぇだけの、血に飢えた化け物………それがおめぇの本性だったって訳だ」


cheケ・ cosaコーザ?」


 何だって?、と母国語がヴァンピーロの口から出てくるが、そんなことはお構い無しに冴子の話は続く。


「――良く言うよ。『何も動かないで人生、楽しいか?』だなんの。

 大層に人のことさんざ、さとしちゃあいたが、それを言う――人間の中身がこれでは………何一つ説得力も、へったくれも無いってぇ~!ほーんと。

 けどまぁ……?そんな奴だからこそ、今回の依頼はッておくべき――標的なのでは?

 お金と引き替えに、ゲームの肩代わりをする妙な変わり者。

 依頼人に神眼の根回しをしているってことは、それだけ多くの神眼者プレイヤーの神眼を一人で乱獲しているって訳だ。

 すると、どうだ。一日に狩られていく神眼者の数が――そいつ一人の手によって必要以上に減らされ、他の神眼者との間でり合う機会を潰されるようなもの。   

 そういう身勝手な行動は、ゲームを主催の取り仕切る側とヘアムちゃんからしたら、実に邪魔でしか無い。

 変わっているとは、思わねぇか?普通に神眼一つ回収するのだって相当、命の危険があるってのに―――

 を救い、運命共同体の為に命を張っている訳でもねぇ、そこらの金を積んだ神眼者プレイヤーに入れ込む変態さんだ。

 その存在の噂を嗅ぎ付けた神眼者の中で次第に依頼する連中が増えていき、そのせいで意欲的にゲームに参加する神眼者の数は日に日に減っているという、確かな統計データがわたくしたち、【七つの目羊ザイン・スカウツ】の間でも出ている程だ。

 下手したら……と言うより、すでにゲームバランスを掻き乱しかねない反乱分子さんには、ご退場願いたいところでしょう?」


お前さんヴォイの……大体な理由については分かった。

 確かに筋の通った話だが、そいつを始末して上手いことヘアム様に良い顔見せようと、単に自分の株を上げる為だけに、このイオを利用しているという線だって拭えない―――。それ即ち…………」


「あー、面倒臭ェなぁぁ………お前の考えている魂胆は分かっているんだよ。

 ――ほらよ、確たる証拠を見せりゃあ良いんだろ」


 そう言って、冴子がヴァンピーロの前に見せたのは、EPOCHエポックの原型にもなった携帯型の立体映写機。


 これにはEPOCHのような空中触覚機能は搭載しておらず、映像を映し出すにも周囲の明暗に左右されて、映りの良し悪しがはっきりと出てしまう、従来技術の遺産レベルのものに過ぎないが、それでも今いるこの場所はさいわい路地裏ということもあり、建物の影で辺りは暗い。


 映像を映し出すには十分じゅうぶんの立地、十分の代物であった。


 そうして映写機のスイッチを起動すると、そこに映し出されたのは目神ヘアムの姿だった。


 映し出された目神ヘアムがゆっくりとその口を動かす。


『これを見ているということは、そこの【誉れオナー】にある程度、話は伺っていることだろう。

 奴は戦闘が極めて不向きだが、代わりに私の協力者の内、最も優れた索敵能力を持った人材である。

 ヴァンピーロ………確か、そういう名だったか。君のことは【誉れオナー】から、少し聞いている。

 私に協力をしたいとか…………ならばそこに見合うだけの、君の価値を示してもらおうでは無いか。

 【誉れオナー】の能力を活かして始末対象ターゲットを見つけ出し、見事に始末してくれたまえ」


 そこで映像は終了すると、ヘアムのお言葉を聞いて感極かんきわまるヴァンピーロは、身体がわなわなと震え上がらせ、興奮気味に両腕を高く上げ、まるで天国にいるヘアムに向けて、メッセージを飛ばすような勢いで、視線を天に向け、高らかにこう言うのだった。


イオの…… Il mio nome名前を認知していらして…………Ah嗚呼……Ah嗚呼敬愛するラブ イズ 我が君マイ・ロード

 Capisco分かりました.神に………いえ、目神ヘアムに誓ってこのIoイオ、進んでそれに従いましょう」


「ははッ、ヘアムちゃんのめいとなると、ぐるりと変えてこの態度。

 やっぱてめぇは、相当熱心な信者だことよ」


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[あとがき]

Q.前回出てきた【エプタ・マティ=ア】、その名の由来を教えて下さい


A.エプタはその言葉通り、ギリシャ語でεφτάエプタ :7を意味し、マティアは同じくギリシャ語のμάτιマティ、目を意味する言葉とイエスの12使徒の一人Matthiasマティア、【派遣された者】を意味するその人物の名を取って付けた造語になります。また、Matthiasに関する逸話として、その昔ギリシア北部のマケドニアへ伝道に行った時、そこで毒入りの杯を飲まされ、これを飲んだ者は皆、盲人となってしまうも彼だけはキリストの聖名を唱えながら口にしていたことでその害を受けなかったという。更にはこの杯を飲んで盲目になった250人を、按手によって目が見えるようにしたと伝えられています。


他に出てきた集団名にも色々小ネタが隠されていたりするので、是非とも考察してみると面白いかもしれません。

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