⒈ 新芽(5) 新たなる相棒

 ……それにしても、こんな半壊した携帯を腕に付けていったって、相変わらず腕輪の部分は固くて外れないし、ただただ邪魔でしか無いぞ、これ…………


 ……なんて、思っていた時がありました。この見たこともないEPOCHを渡され……いや、付けられた………今年初めの猛暑が訪れたその日までは――


Heyヘイ Youユー!その左腕に付けた壊れかけのEPOCHソレ、どうにかして上げようかい?」


 月初めの月曜日――、燦燦さんさんと照り付ける太陽が天昇る下、通学路の帰り道を一人歩く彼の前にその人物は時として現れた。


 伸ばされた後ろ髪はバンスクリップでひとつ結びに纏められ、短く切り揃えられた前髪。


 ロシア人女性に見かけるその独特な髪の伸ばし方は髪の色をとって見ても、ロシア人女性ではそう珍しくはないグレーがかった金髪、ロシアの言葉で《亜麻色ルースィ》と呼ばれる淡い髪色をしていた。


 そしてなんと言っても一番に目を引くのが、左右共に両耳を立てた猫のようなふちの形をした、ピンクレンズの色眼鏡である。


 少なくとも、知り合いの仲ではそのような人物に心当たりは無い。


「誰だか知りませんが、これからバイトがあるのですみませんが今度にして下さい」


そう言ってこの場を離れようとすると、ガシッと手首を掴まれ強引に足を止められた。


「ちょちょちょっ、おーい!何も駅前のキャッチさんじゃないんだから、もうちょっと興味を示してって」


「いや、本当にこれからバイトなんだってば。こんなところで足止めをくらっている場合じゃ無いんだって」


「ぶー、冷たいなぁ。それとも、アレかい?グイグイ系女子は苦手だとか?あちゃ~、まずったかな?馴れ馴れしかったかな?

 ……あ、そっか。自己紹介がまだだったね。ではでは、初めまして。

 яヤー茶恒面丸ちゃつねづらまる・エゴロヴナ。あ、エゴロヴナというのは父方の姓:Eropエゴールの娘を名乗ったミドルネームであってネ………」


「ヤー?」


「……Oh,そうでした!日本人には聞き慣れない言い方でありましたでス。

 яヤーと言うのはロシア語で『私』を指す言葉でしてネ、先程のミドルネームもあちらの国の名残である訳ですYo。ところでА выア ヴィ………じゃなかった、アナタは?」


「…お、俺か?俺は目崎悠人。確かにこの外れないEPOCHこいつをどうしたものかと困っている一人の男子高校生な訳ではあるけれど、今はバイトの時間の方が大事な訳であるからして……って、何この状況?」


Ahahaアハハッ!面白いねキミ。それでさっき話したEPOソイCHをどうにかして上げようかってアレなんだけど…………」


 そう言って彼女が懐から取り出したのは一つの腕時計………と、よくよく見てみると電子端末が取り付けられたその腕輪はEPOCHエポックに違いなかった。


 だが彼が今まで身に付けていたものとは少しデザインが違っていた。


「それは………」


「どう、驚いた?実はまだ一般販売されていない新機種でねぇ…………その名もEPOCHエポック CH2シーエイチトゥーさ!」


「EPOCH CH2………」


「CH2-【メチレン基】の化学式のことじゃあ無いよ。CHはChargeチャージの前二つの文字を取ったもの。EPOCHの後ろ二文字とそれを掛けて2、EPOCHの第二世代モデルとも掛けていると言うワケだが………」


「は……はぁ………?」


「何でそんなの持ってるのって、聞きたくはなるよネ」


「……まぁ、ほんの少しには気にはなるが、それよりもバイト……………」


「それはでスね、ヤーが現在進行形でEPOCHの開発に関わる、EPOCHバンドフォンエンジニアの仕事に勤めているから………なァんて、専門用語言っても伝わらないでしょうし…………要はアレでス!

 EPOCHのプログラミング作成、及び管理しているお仕事………と言うより、まさにそのプログラミングを作った立役者がこのヤーである訳でスYo!」


「……ちょっ、人の話スルー?」


「会社自体は本土のTokyoトウキョーにありましてネ。正式名称:株式会社EPOCHエポック COMPANYカンパニー――EPOCH設計者である業績から、こう見えても会長としての顔だって持ち合わせていまして………ま、まあ何と言いまスカ。諸事情あってこの島を離れる訳にもいかなくなってしまい、なんやかんや在宅ワークという形でお仕事をしておりまスゆえ!……あれ?何の話をしてたんでしたっケ?」


「え……えーっと、完全に話が置いてけぼりになっている気が………ってさっき、さらっと会長って………!ま、まさかそんな若そうな見た目で、それ程の役職についているだなんて何かの冗談としか…………」


「あ、信じてないな?まぁ、良いや。話を戻そう。

 新モデルコイツは実用機発売を目前とした試作機として住み家ウチに届いたものなんでスけど、正直必要無いと言うか………

 それ絡まりであれやこれやと住み家ウチには何台も、それこそEPOCHに限らず、旧端末だとかがゴロゴロとあって、正直邪魔………

 …ん、んんん……試運転の為に持ち歩いていた新モデルソレなのでスが、こうして壊れたケータイを身に付けた貴方アナタと会ったのも何かの縁でス。

 ここは豪快にも新モデルコイツをあげ………では無く、そ、そう!コレは機種変更でス!」


「……機種変更、ですか?」


「身分証明書も本人様のご署名もいらない。未成年者だろうと、一切関係ない。

 保護者様同伴は必要Nothingナッシング!こちらからお金は請求されませんので、口座登録をする必要無し。

 印鑑・通帳、キャッシュカード、クレジットカード、いずれも必要ありませ~ン!契約における初期手数料も無料。更には………」


「ちょちょちょっ、ちょっと待った!色々とツッコミたいことはあるが、まずはあれだ。

 こんな話出来る奴がいなかったからあれだったけど、そもそもの話、そんなことしてEPOCH作っているその会社さんは破産騒動に発展とかしないのか?」


No Problem心配無く.神眼にも色々と種類があることはご存知でショ!

 その内の一つ、【複製ふくせい】の目力を持った神眼がありましてネ、そのままの意味でスYo

 元の物と同じ物を別に作ること――コピーなんかと違いますから、品質に差が現れません。

 ……そーでスね、印刷物に例えると分かりやすいでスかネ。すでに印刷した紙を繰り返しコピーし続けると、画質は段々と劣化しまス!

 ……でスが、一度データを取ったものをサーバー上から印刷――《複製》する分では、同じ品質をずっと保ちながらいっぱい物を増やすことが出来る。

 Тоトー естьイェースチ,要は何が言いたいかいいまスとね。

 コピー紛いの偽札なんかでは無く、本物そっくりのお札を好きなだけ作れるのでス!……とは言ってみたものの、今や電子社会でスからネー。状態の良い貴金属をいくらでも増やして、ずーっと高値で電子換金デジタルトレードが出来る、なーんて例えの方が凄みが増しまスかネ?

 《複製出来る数に限度無し!いくらでもモノを増やせる―――それはまさに、資産・財産の尽きること無い永久機関!》

 そんな神眼を持った神眼者が後ろ盾バックに付いてくれていますので、金銭面には困っていないのでスYo


「はぁぁぁ?ちょっ、そんなのって………嘘だろぉおおぉぉぉ…………その目力があれば一生、衣食住に困ること無く生活出来るだなんて……そんなのッ、この世の一番の最強チート能力じゃねぇかよ!お金に困らないって、そんなズルいこと有りかよぉぉ。

 俺なんか大変な思いして生活しているってのによぉぉぉぉ〜〜〜!どうせなら、その目力が欲しかったものだよっ!この際――、今からでも神様に頼んで交換の相談とか出来ないものか?

 ……いや、無理だよなぁ。俺の神眼これ取っちまったら、即刻お陀仏だもんなぁ。はぁぁぁ…………」


 そんな目力を宿す神眼があるのだという現実を知り、何故こうも理想郷のような神眼が自分の元に現れなかったのかと相当なショックを与えてしまったのか、この現実に目を背けたくなる思いで、哀しみのあまり大きな溜息をつく悠人。


 彼から溢れ出るこの重苦しい空気に耐え切れそうになかった面丸が再び口を開ける。


Uhあー……ドコまで話したものか。そうそう、コレを言い忘れてましたネ。

 未成年者ご利用とのことで当店御自慢のセキュリティソフト-【Godゴッド Eyeアイ】を今ならお付けしまス。これでどんな悪質サイトも一目でブロックでス!

 プランはギガ使い放題のかけ放題で………あ、0180とか0570から始まるテレドームや電話ナビダイヤルは金掛かりまスYo。気を付けて下さいネ」


「いや、勝手に色々と話を持ち掛けられても……そもそも、保護者同伴いらないって時点で色々とアウトじゃあ…………」


「要するに、今までとなんら変わらないってことでス。

 ………いや、少し違うネ。新モデルコレには従来のような充電コードが直結内蔵していない。それなら充電はどうするのかって?

 Non Nonノンノン.新モデルコイツには充電する為の動作アクション最早もはやNothingナッシング.

 EPOCH充電の時代は《するパッシブ》では無く、《されるアクティブ》でス。

 多くのエリアでの展開性を考え、低コストで汎用のしやすい電磁誘導方式によるいわゆるワイヤレス給電式を採用し、EPOCH企画段階の当初からその実用化を目標に開発を進めていたのでスが、一つ大きな問題として従来のスマートフォン以上の高機能携帯電話ということもあり、ある程度充電が溜まるまでに結構な時間が掛かってしまうのが問題視ネックでシた。

 その為、初代EPOCHは一昔前のコード式充電を採用せざる得なかったのですが、ここに来て我が社の開発が功を奏シ、実用化レベルまでに至ったEPOCH向け送電機システムによって充電速度の低迷問題を解消クリア

 嵩張かさばる携帯充電器とは今日でおさらば!EPOCH向けに調整されたトランスミッターとレシーバーを島中の屋内施設での展開を進めており、ゆくゆくはこの島だけで無く世界中、殆どの場所で自動充電が可能となることでショウ。これぞ時代の先端を行く技術革新イノベーション

 これこそが次世代EPOCH:〈EPOCHエポック CH2シーエイチトゥー〉でース!」


「……あ、成る程!充電方式が進化したからChargeチャージを掛けているってことだったんですね。へ、へぇ〜…………」


「ちょっと、ちょ〜っと!さっきから反応が薄くないでスか?最新機種、興味無いんでスか?」


「……えっ、その何て言うか、機械イジくるより、身体を動かす方が好きだから、正直それ程興味無いって言うのが本音かな」


Чтоシトー?」


「……えっ?」


 何と言われたのか、戸惑う悠人。


「今、〈なんて〉?」


「それは俺の台詞セリフって……ああ、そういうことっ!その、だから正直それ程興味無いと……………」


 言葉の意味を察した悠人がまたしても同じ言葉を繰り返すと…………


Whyワイ?今どきの学生でケータイに興味無いってマジ?

 いいかい、まずROMロムは現モデル以上の最大容量が展開。勿論、この手にある新EPOCH端末はその最大容量のものになりまス。

  CPUは勿論もちろん最新型を搭載。Coreコア数は8CPUオクタコアなんてスマホ時代のかつてのものでは無く、今となっては現段階の携帯端末で最高峰の12CPUドデカコアを採用。後は投影純度。一世代前のケータイで言うところの画面ディスプレイのことですネ。

 初代EPOCHと比べ、投影パネルの画質とは思えない程の高クオリティの解像度を実現。簡単には言いますけど、コレって物凄いことなんですYo。

 そもそも、従来のスマートフォンに比べて画質が粗くては、そんなケータイ誰も買ってくれないでショウ?

 何もかもが進化した新EPOCHはそれはそれは革新的な技術がふんだんに盛り込まれていて、あっ!音量の上げ下げはこれまで通りと変わらない仕様でしたネ。

 EPOCHの投影機周縁しゅうえん部分-すなわち腕時計で言うところの時計を覆う縁の部分を時計回りに回々くるくる上へなぞると音量が大きくなり、逆に反時計回りに回々くるくる下へとなぞると音量が小さくなる。

 扱い方には前のEPOCHと比べてもそうクセが無く、すんなりと受け入れやすいことで……………」


 何やら熱く語り出してしまった彼女。


「え……えーっと……………」


「…それと前モデルに比べてバンド部分の素材には着け心地への良さを追求したかなりのこだわりでいて……そうそう!

 今じゃあ万が一の為のデータ紛失防止の自動データ保存機能のおかげでケータイが壊れてもサーバーからデータ移行・復元はお手の物。

 電話番号だって、かつてはSIMカードにそのデータが書き込まれていたものですが、SIMカードやeSIMを媒介に記録する手法は終わり、最新式では個人のデータ保存機能に保存されているものとは別に、特殊なユーザーサーバーからSIMカードの役割さえも電子化したものでス。

 昔みたくケータイ電源付かなくなってデータ紛失なんてトラブルもめっきり減って、ケータイの進化は実に止まらないものでスヨ!

 そうそう、それから…………」


 あまりに話が長くなりそうだからか、悠人は………


「ごめんなさい。そのケータイがいかに魅力的なものであるのかは十分に伝わりました。

 ですがうちは貧乏なので、生活していくだけでいっぱいいっぱいなところに詐欺紛いの借金とか作りたくは無いんです。それでは」


 そう言ってこの場を早々に立ち去ろうと後ろを向いて歩き出そうとする悠人の肩をすぐさまにガシッと掴み、呼び止めに入る面丸づらまる


「ちょーイ、待て待て待てーイッ!別にこれ詐欺じゃないから、ネっ。

 さっきも言ったように月々の契約費も端末代も一切かからない。こんなのはドコを取ってもコレ以上の無い良条件でショ?」


「いやいや、そんなうまい話がある訳が無いだろう」


「……なら、前に使っていたEPOCHは、どこからか請求が発生していたものかイ?」


「それは……なんて、EPOCHを無償で利用出来るとか何とか、妙な話を持ち掛けるからどうにも薄々感付いてはいたが、お前―」


「……〝雫目冴子〟はご存じかナ?」


「――そうか、やはりあの目神の協力者の一人か」


даはーイ(ダー),如何イカにも。

 あらためまして、яヤーは〈目神ヘアムゲームマスター〉を支える7人の【七視員オブザーバー】で構成された集団組織-[七つの目羊エプタ・マティ=ア]は一人。

 【栄光カーヴォード】の茶恒面丸ちゃつねづらまる・エゴロヴナさ」


「… 七つの目羊エプタ・マティ=ア……栄光カーヴォード…………?」


「……んー、まぁ、要は組織内でのяヤーに与えられた、身分を示す呼称こしょうのようなものさ」


「……は、はぁ?………と言うか、お前らあの目神を補佐ほさ……視佐しさとでも言い表すべきか?そんな集団にグループ名みたいなものがあったんだな」


「う〜ん?ちょっと、違うかナ。あくまでもяヤーはそう呼んでいる……と言うより、メンバー内の殆どがそうは呼んでいるのだけれど、まぁ……呼び方はそれぞれ違ったりするんだよネ。

 【ザイン・スカウツ】、【アイン・カローン=ナ】、またある子だとチー……チー………チーがなんとか………チー……イアン……………チャイアンだったっけ?」


「……チャイ……アン?何なんだそれは?」


「まァ、なんだっていいじゃない。目神ヘアムの協力者だからと言って、警戒はしないでくれ。

 яヤーはただ、グループの間で少し噂になっているキミという存在を一度は見てみたいとサエコに無理を言ってキミの居場所を突き止めてもらい、ちょっとの間でも話が出来ればなと思って来たんだ。

 そしたら、そのEPOCHが壊れていたものだから、ついついそのことで声を掛けてしまっていたって訳さ」


「えっと、何?どういうこと?なんで俺が噂されているの?」


「それは男性初の神眼者ってことも有りますから、キミをイレギュラーな存在として色々と噂されてしまうのも仕方ないでは有りませんか」


「あっ……未だに他の男性の神眼者プレイヤーって現れてはいないんですね」


Ойなんと(オイ)!ちょくちょく、リストチェックとかしないんでスか?」


「いやなに、一緒に闘う者の一人に神眼者プレイヤーの捜索に適した能力者がいるものだから……そもそも自分があまり携帯をイジらないし…………

 通信料やらもろもろの基本料金は特にかからなくとも、それこそ充電する際に発生してしまう電気代であったり、かけ放題の対象から外れる電番-さっきの0180とか0570だとか他にもほら、色々あるだろ。

 万が一ってこともあるし、通話料の高額請求なんてものがあってしまった時には…………ああ、想像するだけで恐ろしい」


「噂通りの貧乏性ですネ」


「貧乏性では無い。お金絡みに慎重なだけだ!……って、噂通りってどう言うことだよ?」


「アー、それはでスネ。実は君の前に一人、すでにサンプルを渡した子がいるのだYo。その子も君のと同様、腕のEPOCHそれが壊れていたものだからネ。その時に君の話を聞いたのだYo。え〜っと、確かお団子ヘアーのNEMTD-PC防護服では無い変わった服を来た女の子だったようナ………」


「まさかそれって……前髪が一部、白かったりするんじゃあ………」


「そうそう!……あれ?もしかして知り合いの方でスカ?」


「まぁ……そんなところだ」


「そうでスカ。そうでスカ。知り合いの方が言うのであれば、貧乏性なのは間違いじゃなかった訳でスネ」


「ちょっ、さっきも言ったように、俺はお金絡みには慎重になるタチなだけであってだな………」


「ソレを貧乏性と言うのでは?」


「いいか、携帯なんてものはどこに金がかかる罠があったものか分かったものじゃないんだ。

 生活していくことで手一杯の身からすれば、そう気軽に扱える代物じゃないってことぐらい、口に出させる前に察してくれよ」


「え~っと………これは良き仲間に恵まれましたネ」


「ちょっ、軽く流してんじゃねぇ。自分が惨めに思えてくるじゃあねぇかぁぁぁ…………」


「……ま、まァ?キミが貧乏性かどうかはこの際良いとして、このEPOCHはキミと出会えた挨拶代わりに………いや、なんか違うな。

 これでは寂しいじゃないか。何かこう、違う言葉で………そう、これは出会いの象徴だと思って厚意に受け取ってくれたまえ」


「厚意に、と言われてもなぁ………あとで多額の請求されないだろうな?」


びん………ん、んんん。疑り深いにも程があるって」


「さっき、言い掛けていただろ。……悪かったな。なんたって、俺には生活が懸かっているんだ。最低限、契約に関する重要事項は聞かせてもらうぜ」


「重要事項……でスか。プラン内容はお話しましたし………強いて言うなら、これでスかネ。当店のEPOCHは解約を受け付けておりませんので、解約金だってかかりませんYo!」


「いやいや、有無を言わさず永年契約って、ちょっ……それ悪質契約じゃねぇか。普通に8日間キャンセルぐらいは受け付けてくれるよな、流石に」


「当店は8日間キャンセルもまた、受け付けてはおりませんYo!」


Yo、じゃねぇよ。話がまるで通じないじゃないか。こちら、担当のショップクルーの変更を希望します」


「当店のショップクルーはяヤー一人のみとなりますので、そちらはお申し付け出来ません。その他、ご不明点・ご質問等はございませんでしょうか?」


「いやいや、大有りだわ」


「それでは初期設定に移させて頂きます。ケータイを付け替えますネ」


「ちょっ、話聞いていましたか?だから、大有りだと……………」


 そんな彼の有無を言わさず、面丸はすぐさま行動を開始した。


 彼女は身に付けていた衣服のポケットから謎の二つの放射口と一つのカメラレンズが付いた小型のデバイスを取り出して見せると、カチャと何やらギミックが展開。


 デバイスの左右からこれまた更に、カメラレンズの付いた枝分かれした謎の〈展開装置サブスプリット〉が現れる。


 デバイス底に付いたファンと展開装置サブスプリットの底にも付いた小型のファンが一斉に――、とても小さな羽音で回転を始め、静かにそのデバイスは彼女の手の平を離れて宙を浮遊し始めた。


 一体何が始まろうと言うのか、デバイスの二つの放射口からそれぞれレーザーが放射されると………、


 一つはパソコンのモニターらしきものが――、一つはキーボードらしきものが空中にレーザー投影されては――、


 何やら両指を動かし始め、カタカタとキーボードの音一つ無く、物体の無いレーザーを透けて打ち込んでいる手だけが見え隠れしていると、突然ピーっと謎の機械音が鳴ると共に悠人のEPOCHに掛けられた腕輪のロックが解除された。


「……っ!」


 それこそ複数のカメラレンズで人間の手の動きを三次元的に認識し、空中でキータイピングを可能とした新しい形のバーチャルキーボード……そこにプラスしてディスプレイが投影された、言うなれば〈空中電子盤バーチャルパソコン〉であろうか。


 それを使ってEPOCHのロックをプログラム的に解除し、そのことに彼が驚きにひたも無く、面丸は続けざまにさりげなく彼の左腕に例の新モデル-〈EPOCH CH2〉をカチッと取り付けてしまった。


「……なっ!おまっ、勝手に!俺は契約に同意サインしてねぇぞっ!」


 すっかりと隙を見せてしまっていた悠人が慌てた様子でいると、それを尻目に面丸はぴゅーんと余所よそへ駆け出してしまうのだった。


「まあまあ、電話番号の引き継ぎは抜かり無くやっておきましたから、ご愛嬌と言うことで、ネッ!

 おっと、最後に一つ言い忘れてまシた!最近、《お知らせ》の〝新着〟で通知したEPOCHの最新アップデートについてでスが、是非ともやって欲しいでス!

 ……な~んテ、その腕にあるEPOCH CH2は既に最新バージョンにアップデートしておいたのでスけどネ!

 ちなみに今回のアップデートをすることで、付近に神眼者しんがんしゃがいることを音で知らせる専用の探知機能システムが追加さレる為、まだまだ改良の余地がありますがこれまでと比べると、少しは神眼者しんがんしゃ探シの助けになる筈でスから、神眼者しんがんしゃのお仲間サンにでも是非とも紹介して下さいネ!

 それでは〜!Пока パカпокаパカー!」


「あっ!ちょい、待てって!」


 手を振りながら別れの挨拶を交わし、気付けば遠くで小さくその姿を見せる彼女に彼の言葉はもはや聞き届かず、なにやら言うだけ言ってそのまま何処どこかへと姿を消してしまうのだった。


「……なっ、マジかよ。奴め、行ってしまいやがった。

 これ………どうすりゃあいいんだよ。茶恒面丸と名乗っていたが……ありゃあ、なんだったか。

 え〜っと何か……どこかしらで聞いたことある名だったような………そういや彼女、EPOCHの開発に関わっているって…………っ!」


 ここで何かを思い出した悠人。


「……そうだ、そうだよっ!思い出したぜ!

 普段、テレビを観ていない俺でも聞いたことあるなと思えば、彼女―EPOCHエポック創始者にして世界に向けて新しいケータイ像を――、その存在を――広く震撼させた、その手の界隈では世界的にも知られている人物じゃあねぇか。

 あんな色眼鏡も掛けていたから、見た目では良く分からなかったわ。

 ……っても、やっぱり俺にはケータイのことなんてこれっぽっちも興味湧かない訳だから、出会ったからといってファンって訳でも無いし。

 大して、感動はしないかな……って、ああぁぁぁバイトの時間!すっかりと話聞き入れてしまって、もうこれじゃあ間に合わねぇじゃねぇか。うおおぉぉぉォォ―――ッ!俺のシフト時間を返してくれぇぇぇ――――ッ!」


 彼女との突然の別れの後、頭を悩ませ色々と考えてはしまったが、そんなこと以上に彼は給料にも響くシフト時間が潰されてしまったことの方がよっぽど大きい悩みの種だったようで………


 …………………………


 何とも可哀想な彼のことはそっとしておくこととし、時は同じく監視塔――……


 ……と言う程大層な変化がある訳でも無い、周りの風景に溶け込む六階建ての建物、その地下一階に設けられた薄暗い地下室内にて――


「あいつッ!勝手なことしやがって――」


「ま、あれぐらいなら良いじゃないかな。いくらなんでも壊れたままの外せないケータイをいつまでも腕に付けてろって話の方が苦でしょう」


 先程の二人のやり取りを上空から飛ばしていた一台のドローンのカメラ越しに見つめていた監視役-『雫目冴子しずくめさえこ』と、その冴子彼女と良く連んでいることの多い例の人物の姿があった。


「……それにしても、例の〈代行屋〉を名乗る人物の監視は進展してるのかな?」


「そいつは抜かりなくやってはいるけど、正直言ってそれ程特別視するような存在なのかね。

 確かに神眼狩りを商売に持って行くだなんて、このゲーム始まって以来の奴ではあるけれど、変なコスプレしてるってだけで【特別監視対象】って訳でも無いし。精々ちょ~と注意すべき人物ってぐらいのものでしょ。

 そんなに目を向ける程の奴なの?よく分からねー?ほんと分からなくね?分からないよね?」


「まあ、奴がゲームに好戦的な奴ばかり狙う傾向にありがちという観点から指摘して見れば、多くの神眼者プレイヤーがだんだんとそいつ任せにしてしまって、これまたまともにゲームに参加してくれる人数が少なくなってしまう………なんて後先を考えて見れば、確かにゲームバランスを崩壊しかねない存在という面で目を付けるべき対象としては、あながちヘアム様の洞察力が間違いでは無いと言えなくもないとは思うね」


「ははぁ、そういう考えもあるにはあるって訳かいな。

 けーどさぁ、そんな心配するくらいならそいつに目を掛けてねぇで、さっさと始末すりゃあ良いじゃねぇの。

 丁度、それをやってくれそうな子に一人、心当たりがいるってものよ」


「それって、あの子でしょう。VampiroヴァンピーロQuattrochiクアトロッキDonataドナートDeNapoliナポリ、ちゃんだったっけか?

 例の少年と同様、【特別監視対象】の一人にして、何故か私たちゲーム協力者側に協力的な変人ちゃん」


「そうそう、そんな名前だったわ。ヴァンピーロ・クアトロッキ。

 そういや、前に一度、こっち側に協力してくる理由について聞いてみたことあっけど、その答えが、だって面白いじゃん、だとよ。

 マジで意味分かんねぇ。もしかして、このゲームを本気で楽しんでいる気なのか?だとしたらヤバくね。ヤバいよね。ヤバ過ぎっしょ」


「それで?ヴァンピちゃんと話付けてくるの?」


「そりゃあ、いつものドローン飛ばして伝達すれば…………」


「ちょっとちょっと、それじゃあ今までと変わらないじゃないか。

 冴子はさぁ、もっと人と顔を合わせてコミュニケーションを取るべきだと思うんだよね。

 こんな、暗いところでずぅ~と自宅警備員なんてしていないでさ。だってほら、僕以外の人間とまともに会話したのっていつが最後なのさ」


「………余計なお世話だ」


「いやだって、冴子のこと思って言っているんだよ。こんなところで一生を過ごしていたら、身体が腐っちまうってものでしょう。死体だけにもう腐ってるけどね」


「………だからっ、そちらには関係ねぇだろうが!」


「……そりゃあ、冴子の心境は分かっているつもりだけどさ、このままじゃあ何も変わらない。何も変われやしない。もっとさ、誰かと面と向かって言葉を交わしてさ、積極的に人と仲良くなっていこうよ。

 僕らのような協力者組は他の神眼者と違って命懸けの争いすることも無いし、それこそ数々の生死を潜り抜けた良き戦友じゃないけれど、共に闘い抜いてきた者同士だからこそ大きくとなる。

 互いへの堅い信頼・絆を掴み得る……なんてこと僕らには到底為し得ないことなのかもしれないけどさ、それでも僕らにだって協力し合える存在がいる。

 怒り・悲しみ・喜び・楽しみ、それらにとどまらず多くの感情を覗かせる人間という生物において、互いをさらけ出すぐらいのことをしないと、相手への信頼は勝ち取れないよ」


「信頼ってよぉ………別に相手が協力的だったらそれで良いじゃねえか!」


「あっ、これまたが良く、ここから歩いて5分のところにあるコンビニ前で(車止め)ブロックの上に座ってアイス食べているじゃないですか。

 これは外へ出る良いタイミングですよ。ほら自分を変えられるチャンスですって、チャンス!」


「おいっ、話聞いてねえだろ」


「あれ冴子っ、君のNEMTD-PC外出着ってどこに置いてあったっけ?

 ほら君って、全くもって外に出ないから、周りに合わせて溶け込んだ格好させるにも、それに見合った恰好を取る為のNEMTD-PCの一着や二着、さっきから探しているんだけれども、これが全然見つからないんだよね」


 そう言って、タンスやら物置やらそこかしこを隈無く捜索して漁りまくっている彼女の姿があった。


「なっ、許可無く人のアジト一室スペース荒らしてんじゃねぇよ」


「ああ!あった、あった!けどこれって…………メチャクチャダサいな」


 冴子の言うことを無視して、そうしてベッドの下からようやく出てきた一着のNEMTD-PCを掴み取ると、あまりの服に苦笑いする彼女の姿があった。


「……最悪だ。こっちがまだ本社に出向いてEPOCHの開発にいそしんでいた頃、まだ面丸が〈EPOCH〉という新デバイスを発表する前………

 そう、それはその後のケータイの時代を新しく塗り替えるきっかけとなった、奴の公表プレゼン

 ……ふッ、わたくしにだって英語が出来れば、あれくらい………

 いいや、奴以上のスピーチを全世界に届けられたであろ…………こ、こほん……つまりはまだEPOCHを大量生産する為の、全てのモデル始まりでもある第一号金型を作る最初の段階も段階の話だ」


 冴子がいつになく落ち着いた口調で話し始めたかと思えば、間々あいだあいだにはいつもの調子付いた彼女の皮肉口調が出てくるところに、あっ!いつもの冴子だ、とでも言うかのように、ほがらかにニコニコと表情を浮かべ、その話を聞く彼女。


 珍しくそんな彼女にいちいち何か言うようなことは無く、冴子はいつものふざけきった砕けた口調とは異なり、淡々たんたん項垂うなだれた様子で話を続ける。


「試作機段階のEPOCHを製品化に向けて開発を進めていくにも、まずはこの手で一つの完成品モデル体を作るところから始めなきゃあならない。

 だがそれをおこなおうったって、それなりの工具ツールを用意する必要がある。

 ある程度、使い込んでしまっていてボロくなっていたものもあったし、新たにいくつか買い足そうと思ったのだが、そこである問題に直面した。

 全ての道具がネット注文出来ればそれで良かったのだが、これまた厄介なことに全部が全部とはいかず、一部取り扱っている工具ツールの中には、ハナッからそれを受け付けていない物があると来た。今どき、ネット社会でこんなことあるかって話だよ。

 その頃にはわたくしは既に、生前から必要なものは全てネットショッピングで済ませてばかりだったこともあり、特別NEMTD-PCに必要性を感じなかったけれど………

 とは言え、神眼者として生まれ変わったことで、いくら防寒着が必要にならなくなった身体を持ったからとロクにNEMTD-PCが無い中、持ち合わせていないのを理由に仮にも着ていない状態で外へなんか出てしまったら………

 それこそあのシノビ紛いの脚力を持ってでもしないと、捕まって身体を弄くり回され永遠に人体実験される、なんてことだってあるのかもしれない。

 だってそうだろう。NEMTD-PCなんて必要としないで厳しい環境下にだって生き抜くことが出来る肉体だなんて、今の人類における大きな問題だ。

 まぁそう言うことだから、何がなんでも取り敢えずはNEMTD-PCを調達しなければならなかった訳で………」


「…………」


 次の言葉が出てこなくなってしまったのか、ここで奇妙なが空くこと数秒――


 思い出したかのように、冴子は再び口を開く。


「ほら、こういう時って人気のデザインであったり、手堅いシンプルなデザインのものって結構売れていたりするからそういうのすぐに注文したってさ、物が入ってきてそれこそ運搬まで考えると本土から離れた布都部島絶海の孤島に届けられる日なんて何日掛かることやら。

 なら始めから時間が掛かることが分かっているなら、手早く手に入りやすい品を発注するに限る。その場凌ぎの服調達の為だけに時間をくのは馬鹿な話だ。

 最近では軽い荷物ぐらいなら一日も掛からず宅配してくれる〈ドローン配達〉なるものもあるから、重量制限があると言っても服の一着ぐらい、そう時間掛からず運送して持って来てくれる。

 だからこそ、すぐに届きそうな売れなさそうなデザインの服を適当にサイズだけ確認してポチッってやったら………これだよ。

 いくら何でも適当に選びすぎたなって思ったわ。だからこの服はその時の一度しか着ていないで、それ以来誰の目にも留まらないようにと、奥深くに押し込んでいたってのに…………はぁぁぁ〜〜〜〜」


 と、冴子の長い語りが幕を閉じると、それを隣で聞いていた彼女が――


「くッ……やべっ、笑いこらえられね………ハハハッ!ヒーッ!

 冴子ったら、いつになく真面まともな口調でつらつらと語るものだから、一体何が飛び出てくるのかと最後まで聞き入っては見たものを。

 それがこんな………ただの長ったらしい言い訳だなんて……想像していた以上に、と言うよりある意味想像の斜め上を行く答えと言いますか………

 ……まぁあれだよ。中身無いにも程があるだろ」


「なっ、人の失敗を笑ったり、さげすんだりしてんじゃねぇよ」


「そんな不機嫌にならずとも、良いじゃないか。こんなの、僕と冴子のいつもの茶目っ気溢れる馴れ合いだろう?

 ……にしても、その服、一度は着たんだなって………それ着た冴子想像しちゃったらもう、笑うしか無いでしょうが………クフっ、フフフッ!」


「あっ、また笑いやがって………それもこれもNEMTD-PCを掘り起こしたのが悪いんだよ」


「はいはい、お外出かけましょうね。さっきの話を聞くにサイズが合うNEMTD-PC防護服がこれしか無いようだし。ほら、着替えた着替えた」


「う……うわっやめ………うわあぁぁあああああああああぁぁぁ」


 その瞬間、部屋中に彼女の叫びが木霊こだまするのだった。


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[あとがき]

人物紹介

茶恒面丸ちゃつねづらまる・エゴロヴナ


名のある会社でプログラマーをしていたロシア人の父と海外ファッション誌の掲載の仕事をしていた日本人の母を持つ、ちょっと独特な家庭の間に産まれた天才少女。


父をきっかけにそういったネットワーク界隈の仕事に興味を持ち、のちにEPOCHの功績者として世界のケータイ産業に革命をもたらした誉れ高き存在としてその名を多く知られている。


対して開発に携わっていた雫目冴子しずくめさえこは特別世間の目に止まるような注目はされず、面丸のことを妬んでいるところがある。


言わば、EPOCHはこの二人の天才によって、作り出された時世代機である。


ヘアムにはEPOCHバンドフォンエンジニア、いわゆるEPOCHを支えるエンジニア業としての腕を買われ、仲間へと組みしたのだった。


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それと謎の人物:ヴァンピーロ・クアトロッキについて、現状伝えられる情報


4月13日生まれの生粋のイタリア人


日本のスプラッターマンガが好きで、それらを読んで日本語を独学で覚えた


血液型:O型


ちなみに彼女の使う神眼はこれまでに登場してきた神眼には無かった部分が変化をします


最後に謎のチャイアンがどうこう出てきましたが、メタ的要素……と言うより、これが何かを指すことだけは言っておきますね。



あ、それと【七つの目羊】の呼び名ですが、色々と考えてしまった結果、一つに絞れなくなり、メンバーの【七視員オブザーバー】は世界中の優れた人材で構成されたメンツというその特徴を生かし、メンバー内において様々な呼び名があるということで組み入れることにしました。

異国集団ならではの言葉の違い等によるやりとりなんかをこれから楽しんで頂ければ幸いです。

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