⒈ 新芽(4) 枯れ果てなき願い

『カカカカッ!さぁさッ、依頼の為の〈犠牲〉となりなッ!』


 やたら甲高い不気味な笑い声を飛ばしながら、勢いよく飛び掛かる〈代行屋〉こと【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】。


 現在、二人が鉢合わせしているこの場所は、皐月がつい先日まで、布都部高校を何度も通っていた時に、必ず通り掛かっていた公園。


 前にトイレで目撃した、奴の連絡先等の書き込みや、一度殺された夢見華が神眼者になった場所でもあった、例の森林公園である。


「誰がそう言われて、大人しく眼球を差し出しますかっ」


 皐月はサッと向かってくる【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】から離れ、神眼を開眼する。


 パンチのような握りこぶしの形をした瞳孔にライトグリーンの瞳が花開くと、皐月の視界上にお得意のドライバーが顕現した。


 ガシッとそれを手に掴むと、彼女はそれを自身のへその前へと持っていく。


 すると、ドライバーの横から長いベルトが彼女のお腹周りで円を描くようにして現れ、それは彼女の胴囲ウエストピッタリの長さに巻き付き、『SLOT DRIVER!』とリズミカルな音声が鳴り出した。


 ベルトの横にぶら下げたメダルホルダーから一枚のメダルを取り出すと、それを【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に向かって、指を弾いて一直線にメダルを飛ばした。


 勢いよく放たれたメダルは空中変形をし、それは【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】に向かっていきながら【蝶】の形へと変わり、奴の周囲を飛び回り妨害攻撃を始めた。


『ぁんだ、こいつは?邪魔だ、退けッ!』


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】は鬱陶うっとうしそうに手で弾き飛ばすと、【蝶】のメダルアニマは羽を羽ばたかせ、ヨロヨロと皐月の元へと戻っていく。


 そうして彼女の手の中に納まる頃には元のメダル形態に還り、そのメダルをドライバーにあったメダルの投入口のようなところへとれ込み、チャリンとメダルが入ったことを確認した小気味良い音が鳴る。


 そして皐月がレバーを引くと、『ターイム スロット!』の音声と共に三つのリールが回転を始めた。


 待機音が流れ出し、皐月は【変身】の掛け声と共に三回レバーを引いた。


 その結果は…………


【スイカ】【ベル】【7】


 完全に出目がバラバラであった。


 するとドライバーから失敗サウンドが――


『残念!無念!今日の運勢!だけどメゲるな!確率UP!次回のチャレンジUP!UP!』


 失敗したと思えないような、ブレないリズミカルな音声がそこには流れ出した。


『なんだ?なんだぁ?そんなおもちゃ出して、ヒーローごっこかいな。ギャハハハッ、笑わせてくれる』


「……ミスりましたか。けれどこれで出目が揃う確率が上がりました」


 そう言うと、皐月はまたもメダルホルダーをパカッと開き、前に使用したことのある【タカ】のメダルアニマを中から取り出すと、それをドライバーの投入口にチャリンと中に入れた。


 再びリールが回り始め、皐月は三回レバーを下ろす。


 二度目のリールが指し示す。


【スイカ】【スイカ】【スイカ】


 今度は見事に出目が揃った。


 すると変身音が流れ出し―


『大玉スイカの大目玉!模様はジグザグ!出目はスイヘイ!

 一線かくす堅い甲冑ヤロウ!スリースイカ ウォリアー!』


 そこには両腕両脚の基本装甲アーマーの上から、スイカの皮のようなデザインをした甲冑。


 胸部にも、スロット部分だけは見えるように設計された、同様のデザイン甲冑を装備した、いかにも【タンクフォーム】とでも言うべき、ゴツゴツとした厳ついフォルムをした皐月の姿があった。


 更に細かい変化を言うなれば、7が揃った時と同様、当然のように今回は胸の部分の絵柄がスイカ三つに並んで表示されている他――


 マスク部分の左右の複眼の間に位置するリール柄が【スイカ】マスのみで、一列に表示変化もされていた。フォームチェンジの細かい仕様である。


景品交換ケーヒンコウカン!ランスーチョウ!セイ!』


 スロットドライバーの下の口、払い出し口のようなところに皐月は手を近付けると――、


 ドライバーからそのような音が流れ始めると同時、細く長い円錐状の形なるものがその形に沿ってスロットのリールの如き、回転式のギミックが一周回って三本に横並びされたウェポンが出現。


 そこから下へと繋がるの部分までが現れた時、それが西欧槍ランス状の武器であることが見て取れた。


 良く見ると、まるで大きな蝶の羽を交差させたみたいな螺旋に近い円錐が形作られており、蝶の《顔》から《むね》、そして《はら》の部分を護拳ごけんと見立て、グリップは蝶の《口吻こうふん》をピンと真っ直ぐに引き伸ばしたような――


 この手のもので良く見られる、子供が一目見て分かりやすい、色々な意味でインパクトあるデザイン性をしていた。


 槍を構えるその姿はまさに、西洋の鎧騎士のように凜々しく、そして勇ましさを覚えた。


『オイオイ、マジですかマジですか。ヒーローになっちまいましたよ。ってか何だよ。ヒーローになれる能力って特殊過ぎんだろ』


『―ギャンブル同様、物事には引き際が大事な時がある。そう、お前の悪事がまさにそれだ』


『おいおい、ここで決め台詞まで入りましたよ、こりゃあ。

 ――と言うか、悪事だぁ?金儲けのことがか?そいつは違うってもんだろ。

 手が足らず、時間が足らず、訳あって神眼の回収に行けない人達の奉仕作業をしているんだ。

 こっちの命も張っている以上、少しぐらい見返りに対価を受け取るぐらい、良いじゃねぇか。

 考えてもみろって!お金一つで解決する、至極単純で軽い取引だったら、自分の命を買うと思えば、安い投資に違いないだろう?』


『人の命をお金と天秤に掛けるのは、決して良いことでは無い』


『はぁ?何だそれ。教訓かよ?説教かよ?

 善意ボランティアで奉仕活動やっていられる程、余裕があるとでも思っているのか?

 だって、そうだろ。活動する上で、そもそもが一番に自分が生き残る為の個人確保分神眼ストックを保有しておかなきゃ、何もかもが破綻する。その上で初めて行える(回収)活動ってことをお分かりで?

 あくまでも、最優先なのは自分。依頼人に提供出来るだけの数を確保しておいて、初めて活動として回る。

 いいか、偽善立てて物事を言う、貴女おめに一つ教訓を教えたる。《何事も一つのことを維持し続けていくのは、言葉で言う程大変だ》って話よ』


『……確かに、貴女の見返り前提の奉仕活動のお陰で救われた者は、確かに存在したことでしょう。

 現に私の知人にも一人、貴女の活動を知って、良く依頼していたと言っていた方がいたものですから――。

 ……けれど、だからと言って、その活動が正しいとは言えない。

 必要以上に人を殺し、救いを出せばその逆もまたしかり。

 多くの人の、犠牲あってこそ、成り立つような………うわべだけの救いを演じてみせたところで――

 軽々しく人の神眼いのちを、依頼の商売道具のようにって扱う者が………自身の行いを奉仕活動だと言うのなら――そいつは違う。

 そんなのは………殺し屋と一緒だ」


『はぃ?とんだトンチンカンだな、貴女おめ。そんなん言ったら、貴女おめだって、誰かの命を犠牲にして生き続けてんじゃねぇかよ。えぇ?

 それが私たち、《神眼者》っていう捻れた存在だろ』


『………ああ、そうだ。まさしくその通りだ。…………だからこそ……だからこそっ!

 そんな存在である、私たちだからこそっ!

 誰よりも……誰よりも人の命を重んじなければならないんじゃないのか!』


『……誰かの犠牲に成り立って生きる存在………それが神眼者。それが覆すことは絶対にねぇ。

 そんなの、分かってんだろ?さんざ多くの人を殺してきたんだ。

 今更、人の命を重んじなければ、ならないだぁ?ざけたこと言ってんじゃねぇぞ!

 そんなのはこの身になってから、今を生きる神眼者たち皆が捨ててきたものじゃねぇか!

 ――元々は、戦争なき平和な世の中を生きていた筈だったある日、死んで行き帰えると、そこにはけがれ無き、一面お花畑みたいな人生から一変。

 人の血と肉、生存欲の塊の中に見え隠れする、意地汚ない程にさらけ出された、人の嫌なみにくい部分。

 多くの憎悪と醜悪、あれもこれもそれもどれも…………さんざさんざさんざさんざ……あんなもの味わってきたらそいつは………胃の中が空っぽになっちまうくらい、反吐が出てしょうがねぇ!

 あんな奴らを重んじるだなんて、今となっては馬鹿なんじゃねぇのかって、思うくらいさ!』


 奴の……【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の言葉は続く。


『人ってのは、心の底のどす黒い部分を見せない時が《一番綺麗な存在》だ。

 だからこそ闘う気の無い、弱き者ほど愛おしく思える。

 例えるなら、すさんだお花畑の中に一輪だけ色付いて咲き誇る、周りの環境に染まらない、生き生きとしたお花のような――そんな存在。

 闘えない者たちの何が悪い。そういう奴こそ、美しい。

 ――私はそんな奴らこそ、救いたい。そんな奴らを救いたいからこそ、こんな活動してんだ。

 そりゃあ、この活動を利用して、命欲しさにお金を差し出す貪欲な奴もいるだろうよ。

 だが、【協力関係を結べる人数運命共同体】としての――、助けられる命の数には限りがある。

 本当の意味で、その手に守れる存在は六人っぽっちなんだ。………そんなの、ぜんっぜん、足りねぇじゃねぇか!

 ………貴女おめ、私のこと殺戮者だと言ったよな。そいつは違うぜ。

 私はね、ただの綺麗好きなんですよ。

 己を汚しても誰かの輝かしい命の為に、その命を張ってしまうような………そんな奴なんすよ、私は』


『………闘えない者たちを救いたい、か。

 確かにその者たちを救いたいという思いは、立派な奉仕活動と言って、差し支えないのかもしれない。

 私も偶々たまたま戦闘向きの目力を授けられたから、今まで闘ってこれたけれども――

 これが……この神眼では無かったら、闘っていけたか。命懸けで、立ち向かうことが出来たか…………』


『………だったら……』


『……けれど、こんなのはやり方として間違っている。

 何故なら、貴女のやっているそれは、単なる《利己主義エゴ》に過ぎないと思えてしまって仕方が無いから…………。

 貴女は善意で人を救ったとばかりに………代わりの命を奪っていく。

 確かにそれで、助かった命が存在しても、その命は多くの犠牲の元、存在する命。

 奪われた命の中には、例え一人でも誰かにとっては大切な――

 それこそ、依頼人自身にとって大事な存在の命が含まれていることだって、有り得る話だ。

 ………それは本当の意味で、人の命を救ってなどいない。

 数多の可能性がある、人の人生に始めから死ぬ運命にあった未来など、そんな馬鹿なことは有りはしない。

 だって未来は、誰にも分からないこそ――数多の可能性がある』


『……本当の意味で、救ってはいない?単なる《利己主義エゴ》だって?

 ――はっ、笑わせてくれる。何やら勘違いしちゃいねぇか?

 話に聞いていた通りだのなんの、その口振くちぶりからして私の活動を知っての上で、口出ししているものかと思っていたが――、

 私のブログやらSNSには目を通していねぇのか?

 ………まぁ良い。なら、この際だ。

 〈代行屋〉ご利用の際の概要欄、その内の一つを知識として貴女おまに教えてやる。


 『知り合いに自分と同じく、神眼者である存在がいた場合、依頼時にその者の名前を宣告して下されば、回収対象から外します』


 ――何もよ、私は独りよがりにやっている訳じゃねぇのさ。

 一つの活動として、第一にお客様の信頼関係を築く為のルールは、わきまえている。

 それが受ける側の、当然の《行い優しさ》ってものだろ!』


 その情報ならば、すでに小暮先生より聞いていたものである。


 ならば皐月は何故あんなことを……………


 伝えたい答えはその奥にこそあった。


『……要は、前もって宣告してくれれば、そんなことにはならないと…………?

 貴女はそう言っているようだけれども、一体それの何処どこに、守られる保証があるとでも?』


『は?』


『形では一人を救い、貴女の――〈代行屋〉としてのプライドに懸けて、神眼者を…………

 特定の宣告保護対象存在の命を絶たずして、無事に見事、依頼を成し遂げてみせたとする。

 依頼主からすればそれは――、その瞬間は――、何一つ問題無くして無事に救われたことだろう。

 ……けれども、命を救われた神眼者側は?

 その神眼者にだって、大切な存在の一人に自分と同じように神眼者になってしまった者も、少なからず存在するかもしれない。

 もしもそんな人の眼球を、元は依頼人の為に――知らず知らずの内に奪ってしまっていたのだとしたら?』


『……何を言いやがっ…………』


『そのが、最悪の事態へと………、結末へと………、向かっていくことだって、あると言うもの―――。

 その時、折角の命を救われた神眼者には命以上に、大切な存在が………

 しんに亡き人になってしまったという、悲愴感ひそうかんが………

 ……強く、色濃く、残ってしまうかもしれない。

 そこに続いて依頼主に残るものと言ったら、それは…………《後悔》………

 自分がやるべきだったことを、人任せにしてしまった…………頼りっきりにしてしまった…………

 そういったことで発生し得る、可能性の全てを網羅出来ていなかったことへの《無念》、はたまた《焦燥》…………

 他にも色々、あらゆるものが自身の過ちであると、心に深い一生の傷が残ってしまうことは明白だろう』


『……黙れよ………』


『過度な妄想事とでも思うところもあるだろう。

 だがそれ以上に、決して有り得ない話で無いことは、この上ない《事実》だ。

 一つのものを救おうとするがあまり、その分、多くのものを取りこぼしてしまっては、救いたい者も誰一人救えやしない。

 本当に守りたいと思ったら、その存在を守って上げる気の、強い責任を背負うぐらいの覚悟を持って―― 

 先を見据えた行動を取るぐらいの柔軟性を持って―― 

 本当の意味での人の幸せをつくってこそ、自己満足では無い、本物の奉仕活動へと繋がるのでは無いのか?』


『……黙れ黙レ………』


『気の毒だが、自分一人の力でどうにかなる程、人生とは甘くは出来ていない。

 さっきのもしもの話では無いけれど、悪くコトが発展してしまったら………

 最悪……依頼主も――、救われた神眼者も――、

 立ち直れなくなることだって………互いの縁が切られることだって………あるかもしれない。

 上辺うわべだけの奉仕活動では、人の人生の一生に歪みを与えかねない。

 あらゆる状況・可能性を踏まえた上で、それらを払拭する為にも――

 本当の意味で救いたいと思える人が、貴女にもいるのなら――

 まずは無理せず、【六人の運命共同体手の届く範囲の存在】を確実に守ることから始めたら良い。

この世には『二兎を追う者は一兎をも得ず』、なんてことわざがある。

 《欲を出して、同時に二つのことをうまくやろうとすると、結局はどちらも失敗してしまう》、と言うことだ。

 決して、自分一人の力に溺れるな。

 どんな力も、救いたいものを助けられないならばそれは――、万能の力とは言えないのだから……………』


 その直後であった。


 堪えきれなくなった【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が感情を露わに、起伏が激しくなったのは……………


『……黙れ黙れ黙レ黙レ黙レェぇぇええええええええええぇぇェェ――――ッ!

 ……んな、まるで可能性の連鎖事みてぇな……………偶然続きのドミノ倒しな展開事をぐだぐだグダグダ話されたってキリねぇだろがっ。

 ……くでぇ………………くでぇんだよ!貴女おめの話はよぉぉぉぉぉ――――ッ!ああぁぁぁああああぁぁぁぁぁ、うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ。

 ………んなの、人の勝手じゃねぇか。そんなことにいちいち首突っ込んでんじゃねぇよ。

 ……暇なの?……空気読めねぇの?

 それとも、そちらさんがこれまた身勝手に、貴女おめなりの奉仕活動というものを今ここで実演してんすか?

 ………そういうの、間に合ってますんで。

 厚かましく意見をべらべら押し付けられても所詮、そんなものは他人の一意見だけに過ぎないだろがッ!

 誰が正しいだとか――、何が正しいだとか――、そんなものは、神様にだって判別出来ない、地球上における永遠の話題テーマだ。

 ……こちとら、私が正しいと思ってやっているんですよ。だったら、それで良いじゃんかッ………!

 自分は自分。他人は他人。

 私の活動は誰かの言葉一つで、あっちやこっちや流されるような、そんな甘っちょろい覚悟の元で動いてる訳じゃねぇんだよッ!』


 と、ここから【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】が〈代行屋〉の活動を行うその真意が告げられた。


『限りある存在だろうと、それら一人一人を救うってのが、どんなに大変だってことぐらいよ………そんな当たり前のことは分かってんだよッ!

 ………それでも……それでも、私なりに必死にあがいて、あがいてあがいてあがいてやってんだよッ!

 ……ああだこうだ言っていても、何だかんだ金目的で動いているのだと――人のことをロクに知ろうともせず、単にそういう目で見ていたとしたらそいつは、お門違いも甚だしいさッ!

 多くの困った人達を救いてぇと思うことに、何が悪いってんだ。

 こんな……こんな腐ったゲームに、巻き込まれちまったからこそ―――、

 せめて一緒に巻き込まれちまった人達を、絶望に駆られて腐っちまわねぇように………、

 何とか一人でも、多く助けになってやりたいと思うことのドコが悪いんだ、えェッ?

 地球の環境問題だってそうだ!

 私達神眼者にしてみれば、暑さも寒さも取るに足らないが、今やそれだって、人が生活しずらいぐらいまでに腐ってしまっている。

 今じゃあ、火星移住計画の話が本格的に始まって来ているなんて聞くが、そんなものは限られた者だけに許される特権みたいなものだ。

 【………私は、出来得る限りの大勢を救おうとはしねぇ、薄情なこの世の中が嫌いだ!】

 【………私は、生きられりゃあどうでも良いからとしか思っちゃいない、生まれ故郷に対する恩義であったり感謝であったり忘れて、簡単に星を捨ててしまえる人間がいる、非情なこの世の中が嫌いだ!】

 そうまでして、貪欲に生きたいと思っちまう奴なんかより、こんな厳しい環境下であろうと――

 何一つ環境が良くなる未来が訪れることは無いと分かっていようと――

 奇跡のような希望を絶えず、屈強に頑張って生き続ける人が救われて欲しいと思うことの、何が悪いッ!』


『……悪くは無いよ。そのことに対して、悪いなんて答えは無い。

 けれども、それを成し遂げるにはあまりにも無謀だって言っているんだ』


『………あんなぁ、くでぇくでぇと言ってんだろうがッ!

 口であれこれ言ってないで、まっ先に身体が動かないと、救えるものも救えやしないと、そんな当たり前のことが何故分からないんだッ!」


 そう言って、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の犬面いぬマスクの左目部分が光輝いたかと思えば、皐月に向かって飛び掛かった。


『くっ………』


 皐月は両腕を前にクロスさせ、【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の飛び掛かりにそなえて構えを取った。


 彼女は今、生身なんかとは違い、デザイン性のせいで一見してそうは見えないが、それは強固で頑丈でイカついタンクフォームを前に、武装も無しに勢いよく向かって来る奴の飛び掛かり程度、それ簡単に防げると思った。


 この瞬間までは…………


『―いい加減、その演説じみた長ったらしい談話には飽き飽きしてたんだ。聞いている側の身にもなれってんだぁぁぁ―――――ッ!』


 高らかに声を張り上げ、地を駆けながら寸前で跳躍したかと思えば、空中で身を捻らせ、勢いを付けてくるりと回転し、そのまま右足を前に出して飛び蹴りを仕掛けた。


 【執行犬の亡霊ブラック・ドッグ】の右の足裏が皐月の両腕を触れると、その瞬間――


 意図も容易く、腕のスイカ甲冑シェルアーマーが粉々に崩れ落ち、その威力は腕の基本装甲アーマーをも一瞬にして崩れ、肌が露わになる程の強烈な一発だった。


 普通の……それも女の人の足腰では考えられない強靱なバネの力が、大きく加えられたような重い飛び蹴りに――、こいつは油断ならないと常軌を逸した皐月。


 勿論――、皐月が自身の目力によって再現しているこの【タンクフォーム】は単なる特撮用スーツとは違い、作中設定でされている強度を誇るリアルなアーマーであるにも関わらず、蹴り一発でこれだけの威力を見せられたことに、マスクの下の彼女の表情は素直に驚きを隠せない様子でいた。


『………あは、ははははっ!そうだ、そうだよ。

 こんなにも鬱陶うっとうしいと思うなら、さっさとその邪魔な仮面引っぺがして、《貴女おめのお目々》でも奪って、その口黙らせば早いだけのことじゃねぇか。

 ………だって、私らがやってるのってそういうゲームだろ?

 とっととケリ付け済ませようぜ。私はただ、〈代行屋〉としての仕事をするだけだ』


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[あとがき]

〈小話:ゲームルールにおける仲間の定義とは?〉


悠人によくある誰かとの〝一時的〟な協力自体は真に築いた【命が繋がれた存在運命共同体】としてカウントはされず、ルールにある人数制限は違反していない、ゲームのルール上問題は無いと見なされ、彼がそのことでずっとヘアムに処されなかった、裁かれなかったのにはそのような裏があったのです。

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