⒍ 羅威勢(4) 帰還

「………これで瀬良あいつが、今後とも死ぬこたァェだろうよ。

 オイッ、こッちは終わッたぞ。やることやッたンだ。さッさと帰ろうじゃあねェか。

 ………なァ、オイッ!どこだ、一年坊主ッ!いるなら、返事しやがれッ!」


「……………」


「オイッ!聞こえてねェのか。………まさかッ、くたばッちまったンじゃあねェだろうな」


 何度も言葉を飛ばそうが、彼の返事が返ってくる様子が無い。


 二人を相手に完全に疲れ切ってしまい、一時的に気を失っているのである。


 だがそんなことを朱音が知るよしも無く、何度も声を荒げてはみたものを、やはり反応が無いので、仕方無く彼を探しに動き始めた。


「くッそ、何処どこで道草食ッていやがンだ、あの野郎ヤロォ

 こちとら、疲れてるッてのに。後で一発、腹いせにでもブン殴るか?」


 そんなことを言いながら一人捜索していると、遠くで何者かが口を開く。


「………おッと、決着付いたみてェだな?

 それなら奴と、一悶着ッちまうか?こッちはまだまだ遊び足りねェしよォ」


 そう言うとその者は愛車にまたがり、轟々とエンジン吹かし、爆音と共にそれを走らせた。


 二人の差は、みるみる内に短くなっていき――


「うぉらぁぁぁ――――ッ!この時を待ッてたぜ、ヒャッハ―――ッ!」


 そいつは器用に左手でハンドル操作しながら右手にはバットを持って、それを朱音に向かって振り下ろした。


 近付いて来る五月蠅うるさいエンジン音のおかげで奴の接近に気が付いた朱音は、それが背後から狙っての攻撃と言えど、頭を下げてそれを避けると――


 そいつはそのまま朱音を抜き去るように前進するのち、ブレーキもせずにブォンブォンと煙を立てて、ハンドル痕を残しながら――


 豪快にハンドルを左に切って立ち塞がるように、ギュルギュルとタイヤを回す音を立てながら、朱音の前にその姿を現した。


 朱音は文句の一つでも言うように声を荒げ――、ゆっくりと顔を上げ――、そして奴の姿を視認する。


「あッぶねェじゃあねェかッ!クソ野郎、一体何処ドコのどいつ…………なッ!テメェは確か、ッ!」


 そこには派手なバイクにまたがった【東の不飢蛾ふうが】の頭目とうもく-『烏羽薫からすばかおる』の姿があった。


「あ?何でアタイの名を知ッて………まァ良いや。オメェ、あの一匹狼をのめしたみてェじゃあねェの。

 見たとこ瓜二つのツラしてッが、アイツの姉妹か何かか?」


「テメェには、どうでもいいことだろうがッ!こちとら、誰かを相手にしてる余裕はェんだよ。分かったらさッさと失せな。しッ、しッ!」


「冷たいこと言うなよ。そんな反応されちゃあ、余計にイジめたくなンだろうがッ!」


 瞬間――、烏羽はバイクを走らせ、朱音の頭部狙って深紅の釘バットを再び振り下ろした。


 朱音は舌打ちを漏らすと、絶妙なタイミングでぐるんと前転をし、上手いこと身を屈めるようにしてそれを避けた。


「クソがッ、話分かンねェのかよ。こッちはテメェに用はェんだよッ!」


過去の朱音アイツと違ッて、付き合い悪ィなァ、オイッ!………もッと、もッと来いッてンだッ!

 ………足りねェ。刺激を―――……、心揺さぶるような刺激を求めてんだよ!アタイはよォォォ――――ッ!」


 バイクで三度追い回し、バットをぶん回す烏羽。


 朱音はそれを避けながら、愚痴をこぼす。


なンだ、アイツ。あの様子だと、まだまだ暴れ足りねェってか?

 ンなの、たまッたもンじゃあねェぞ。テメェの遊びに付き合ッてやる義理はェってンだ。

 ――こうなりゃあ、いつまでも避けていたッてしゃあねェ。それもこれも全部、悠人あの野郎が見つかりゃあ、済む話だッてのによォ。

 こいつァ、一発殴る分には足りねェか?」


「オイオイ、何一人で喋ッてんだオメェ?そんな余裕はありゃあしねェぞ、オラァ―――ッ!」


 烏羽はなおもバットを振り回し続け、執拗に朱音を追い詰めようとする。


「ちィィ、こうなりゃあやるしかねェ―――ッ!」


 朱音は過去の自分が捨てた金属バットを拾い上げると、それを盾にし、奴のスイングを防ぎに掛かった。


 闇雲に悠人を捜索することを止め、否応無しに烏羽とり合うことを決心したのである。


「オウオウ、ようやっとヤル気になッたかよ。言ッとくが、すぐにやられンじゃあねェぞ。

 こッちは強者オメェとの一対一タイマンを楽しみてェからよォ―――ッ!」


 烏羽は見事な蛇行運転で、右よ左手よと交互に攻め続け、鬱陶しいまでの動きに翻弄されまいと、朱音は金属バット一つで奴の攻撃をいなし続けるのが一杯一杯な様子で、中々反撃の一手に出られないでいた。


「このままバイクで追い回されンのも、面倒くせェ。こうなりゃあ、手は一つか」


 朱音はちらりと一瞬だけ視線を変えると、そこに映ったのは改造バイクを気に掛ける、一人のガラの悪そうなヤンキー男の存在だった。


 バイク愛の強いヤンキーなのか、何やらヤンキー同士の抗争に巻き込まれたか何かで傷付いたと思われる、ガソリンタンクの傷を気にするように――


 タッチアップペン片手に、その者は一生懸命ペン先で叩きながら、チョンチョンと傷跡に塗り付けて補修する様子があった。


 朱音はしゃがんで身を低くし、烏羽のスイングを避けると、奴の乗るバイクのホイールに向かって勢いよく金属バットを叩き付ける。


 衝撃で腕が痺れそうになりながらも、その一撃によってバイクは失速し、その隙に朱音は、バイクをいじる男の方へと走り出した。


「チョイとそこの、そのダセェバイク、借りンぜ」


 男を突き倒し、鍵の付けっぱなしだったそのバイクにまたがった朱音。


「なッ、勝手に俺の暴風ストームTrans-Am・トランザム号をるンじゃあねェ!」


「まァまァ、悪いようにはしねェから。

 ――けどよ、そのネーミングセンスの悪さはどうかと思うぜ」


 そう言って朱音はエンジンを吹かして、勢いよく奴の愛車改造バイクを走らせた。


「オイコラッ、バイク貸すとか一言も言ってねェだろがッ!ちょッ、待ちやがれ、こんのクソがァ―――ッ!」


 男の叫びを物ともせず、朱音はブブーンと先を走ってしまうと、男はそのガラの悪そうな見た目とは裏腹に一人寂しく縮こまって、いじけてしまうのだった………。


 そうして朱音はバイクを手にして烏羽の元に再び出くわすと、併走して並び立った。


「よォぉ、これでおんなじ土台に立てたッて訳だ。

 正直言うと、テメェを相手になんざしたかねェけどよ。――それこそ、ウチの帰る邪魔でもされたら本末転倒だからな。

 いっちょ、後輩の為に身体を張ろうじゃあねェの。

 ……ッたくこんなの、ウチの柄じゃあねェってのに」


「何をグチグチと言ッてんだ、オメェ?

 ほらほら、口動かしてねェで喧嘩に集中しろッてんだッ!」


 瞬間――、烏羽が深紅のバットを振り被り、そこに突き刺さった数多の釘と朱音の持つ金属バットとが衝突し合い、カキン、カキンッと金属同士がぶつかり合う音を響かせながら、激しいバイクアクションが行われていた。


 何度かそれが繰り広げられていると、烏羽が突然バットを振るのを止め、手が止まったかと思えば――


「あーらよっとッ!」


 自身の持つ深紅のバットを走行する朱音に向かって放り投げ、躱そうと少しバランスを崩したところで――


 烏羽はハンドルに両手を付きながら勢いよく飛び上がり、両足を伸ばして朱音の乗るバイクを蹴り飛ばした。


 キックの衝撃でバイクが大きくけ反り、朱音もまたバットを手放すと、両手でハンドルを握ってバランスを立て直そうと、必死に操作する。


「……さてと、そういや奴の連れが面白ェことしてたな。―――よっとッ!」


 そう言って烏羽は、バイクのシートに足を乗っけて勢いよく蹴り出し、大きく飛翔すると――


 彼女はそこから、天井に付いた見覚えのある滑車の鎖に手を掛け、グワンッと勢いを付けて、鎖を片手に跳び膝蹴りを、朱音の横っ腹に強く叩き付けた。


 ぐふっ、と鈍い声を上げた瞬間――、バイクから投げ出され、大きく後方へと蹴り飛ばされた朱音は勢いよく建物の壁に背中をぶつけた。


「ヘイヘーイ!そんなもンかァ―――イッ!」


ッつー………ッて、テメェはッ!」


 朱音が衝突した地点の近くにいたのは、あろうことか、横たわる探し人の姿が――、の姿があった。


「――オメェッ!何そんなとこで倒れていやがる。

 さッさと、目ェ覚ましやがれッ!早いとこ、こッから帰るンだよッ!」


 朱音は彼の両肩を掴んで前後に強く身体を揺らせながら、必死に呼び掛ける。


「………えっ……せ、先輩ッ?」


 意識を取り戻した悠人が目を覚まし、目の前に朱音がいるこの状況についていけてない様子の悠人。


 だがすぐに、この状況の違和感が生まれた原因に気が付き――


「………そっか。俺はあの闘いで疲れ果てて倒れてたのか」


 そう言って、ゆっくりと彼は上体を起こした。


「……えーっと、帰るってことは………無事片付いたんですね」


嗚呼あァ、やるだけのことはやッた。これでアイツも変われたことだろ」


 そうして二人で会話をしていると、置いてけぼりにされた一人の少女が黙っていられる筈が無く――


「オイッ、アタイを無視してンじゃあねェぞッ!帰るだのなんの、喧嘩はまだ終わッちゃあいねェぜ」


 ぶら下がる鎖から手を離し、シュタッと身軽な動きで二人の前に着地して見せた烏羽。


「クッソ……、現れたか。イイか、一年坊主ッ!あンのヤロウを相手にすンのは面倒くせェ。

 速攻――、例の目ン玉を開眼し、この世界から帰ンぞ。そうじゃあねェと、最悪……………」


 ビュン!


 瞬間――、何かが風を切って飛んでくる音が聞こえてきたかと思えば、が朱音の右手の甲にグサリッと深く突き刺さった。


「ぐあああぁぁああぁぁぁ―――ッ!」


 朱音は悲痛を上げ、彼女の身に何が起こったのか、隣にいた悠人は彼女の手に刺さったモノの正体を目視する。


 その正体はいびつに曲がった一本の釘。


 恐らくは走行中の朱音にバットを投げ付けたあの時、あらかじめ釘バットから釘を数本引き抜いていたのだろう。


「おうおうッ、まだまだこッからだろうが。

 折角楽しくなッてきたッてのに、こんなにも甚振いたぶり甲斐のある相手をアタイが逃がす訳無わきゃあねェじゃん!」


「……どいつもこいつも。喧嘩狂いな奴ッてのは、面倒くせェ奴らしかいねェのかよ」


 朱音はそう口にしながら、刺さった釘をゆっくりと引き抜く。


(それってまさしく、昔の自分のことも指して言ってるよな…………)


 思わず、心の中でそう呟いてしまう悠人。


「なーに、死なねェ程度に遊んでやるつもりだから、精々あがいてアタイを楽しませてくれよッ!」


 直後――、烏羽は拳を構えて二人の前に飛び掛かり、朱音は左隣にいた悠人を押しやると彼はコロコロと転がるように――、また彼女は地面を蹴るようにして――、


 二人は左右に分かれる形で離散すると、一瞬にしてそこは拳一つでひしゃげた廃工場の壁の跡が出来ていた。


「おーおー、ナイス回避ッ!そうじゃあねェと、喧嘩の盛り上がりが欠けるッてもンよ」


「なんつー、威力してやがる」


「た……確かにこれは、早いところ帰還しないと大変なことになりそうですね」


「オイッ、次来ンぞッ!」


「えっ………」


「さァてッ!そこの野郎の方の実力はどうかなッ!」


 ここで烏羽はターゲットを悠人に変え、奴の右拳からの鋭いストロークが彼に向かって飛んで来た。


 それは決してボクシングを習っていた悠人からして見れば、彼女のそれはキレのあるストロークでは無いものの、拳を振るうスピードはそれを補う勢いのあるものだった。


 反射神経の良い彼を持ってしても、至近距離からの彼女の拳は避け切れるかどうか、危うい状況である。


 だがここで彼は自身の左腕に違和感かあることを感じ、それを目にするや否や、ある一つの打開策を思い付く。


 奴の拳が彼の鼻先を捉えたかと思ったその瞬間――、ギリギリのタイミングでが横切り、それを弾き返した。


 烏羽の拳を弾いたものの正体-それは彼の左手に括り付けられていた、であった。


 彼はあの直前、腕に括り付けていたその錆びた鎖を振るい、飛んできた彼女の拳を弾いてガードしたのである。


 どうやらあの時――、完全に外さず、そのまま片手に括り付けたまま、ぶっ倒れてしまっていたらしい。


「あっぶねぇ…………目を取られる訳でも無いのに、死ぬかと思った」


「小賢しい真似しやがッて。野郎ならもっと、拳で打ち返すぐれェの勢いがェとよォォ。

 こんなンじゃあ、テメェとはり合ッたって歯応えェ闘いになりそうで、さぞかしつまンねェだろうな」


「そう言うことなら、あんたとはこれ以上争わずに済みそうで何よりだ」


「あ?だからと言って、何処のどいつが見逃してやると言ッたよ」


「えっ………」


 瞬間――、悠人に向かって拳が飛んでくると彼は間の抜けた声を漏らすも、すぐに意識は拳へと向けられ、すんでのところで横に転がってそれを躱した。


「まともに一対一タイマン張れねェような奴相手だろうと………いいや、そういう奴だからこそ―――、

 何か卑劣で姑息な手でも、飛んで来られる前によォォ。

 喧嘩の障害になるような輩は一気に叩き潰しておくのが、見解セオリーッてもンだろ」


「避けられる争い事なら、願ったり叶ったりだとは思ったけれど――、そう事が上手いこと運ぶことは無い、か」


(……とは言え、どうしたものか。

 すぐにここから帰ろうにも、先輩と分断されてしまった今、接触を持とうにもそれが出来ず、この状態では先輩一人置いていってしまうことになる。

 どうにかして接触出来るよう、奴を相手にしながら、先輩の元に近付けられたらいいのだけれど………)


 ――なんて悠人が考えていると、不意に前方から例の折れ曲がった釘が飛んで来た。


 こういう小さく鋭利なものは非常に厄介なもので目で捉えることは難しく、避けようにも小物ゆえ飛んでくるスピードもまあ速い。


 その為――、悠人は無理に避けようとせず、左腕に巻いた鎖を盾にしようと腕を振るおうとする。


 だがそこで、思いもよらぬトラブルが発生した。


「うっそ!携帯が壊れたっ!」


 あろう事か、釘の当たり所が悪く、同じ左腕に巻かれた腕時計型携帯端末機-〈EPOCHエポック〉へとその釘が突き刺さってしまい―――、


 バチバチッと小さな火花を散らして、見事に消沈してしまっていた。


 だがそれでも一つ、幸いなことはあった。


 巳六から手渡されていたドクロの腕時計は、に巻いていたことである。


  時計などありもしない廃工場内の中で、完全に時間が見られなくなった訳では無い。


 運はまだ――、尽きていない!


 思っても見なかった。こんなところでケータイを駄目にしてしまうなんて…………

 布都部高校OBの先輩、機転を利かせて時計を渡してくれましたこと、ありがとうございます。


 さぞ、彼は感謝したことだろう。


 だがそもそも、あといくつの釘を烏羽が保持しているのか、それが予想出来ない以上、彼が取れる最善の行動。それは―――


「……………」


 下手に動かない、という選択肢だった。


「……なンだオメェ、アタイの投げる釘でも警戒してンのか?

 そいつァ、アレだ。屁っ放り腰ッてやつだな。男のようもェ。

 ……もッとこう、さァ。ガツンッとぶつかッてこいよッ!

 そうじゃあなけりゃあ、今の盛り上がりに欠けるッてもンだろうが」


「悪いけど、そういう気分に乗って上げられる程、余裕を見せる暇は無いものでね」


「そうかよッ!」


 烏羽はふところから更に数本の曲がった釘を取り出し、それらを悠人に向かって一斉に放り投げた。


 最早もはや、逃げ場の無い悠人。


 この状況に彼はどうしたかと言うと、ここは何発か当たることを覚悟で――、右腕に付けた腕時計を庇うように、左腕を前に持っていった状態で出来る限り横へと駆けて行った。


「ぐっ…………」


 やはり何発かは悠人の身体に突き刺さり、痛みを堪えながらも走るその先にあった――、


 良い感じに壁になりそうなドラム缶の裏へと、滑り込むようにして回った。


 背中越しにカンカンッと、ドラム缶に何発か釘が当たる音が聞こえると、それはすぐに止み、飛来する曲がった釘の追い討ちは終わった。


 だが、追いやられるように、釘の強襲に見舞われたおかげで朱音との距離は更に遠くなり、近付くどころか状況は離される方向へと進んでしまっていた。


「くそッ!どんどんと距離が遠ざけられて、状況が悪くなっていきやがる。

 後は帰るだけだってのに、こんな…………」


 事態が悪化していくこの状況を前に、彼が一人打ちひしがれていると、奴の攻撃が止んだ瞬間――


 二人が闘っている間にひっそりと動いていた朱音がいつの間にやら烏羽の背後へと回っていて、奴の背中を完全に捉えた彼女。


 烏羽の腰に両腕を回し、そのまま持ち上げては身体を反らし、頭から叩き落とした。


 言うなれば、ジャーマン・スープレックスである。


「うぉぉらぁぁぁぁ――――ッ!」


 残された力を振り絞るかの如く――、声を上げ、己を鼓舞しながら、見事に奴の隙を狙って、大きな反撃に出ることに成功したのだった。


「ぐほっ………!」


 さっきの朱音の攻撃によって、頭に大きな衝撃が襲い掛かってきたにも関わらず、烏羽は痛がる様子も無く、鈍い声を上げただけで――


 むしろ、その口元はにやりと笑っていた。


「良いねェ、良いねェ。これだよ、これ。そうこなくッちゃあなァ!

 何も逃げてばッかェで、このくれェのことしてこそ、燃えるッてものよ。

 ほらほらァ、この程度のもンでアタイを止めるこたァ出来ねェぞ。もッとアタイを高ぶらせて見ろォォォ――――ッ!」


「ははッ、相変わらずイカれてやがる。だけど、残念――。

 ウチはただ、時間を作りたかっただけさ。テメェの変態さに、付き合う気なんざェーよ。

 つー訳で、一年坊主ッ!分かッてンだろうな」


「こういうことだろっ!」


 その時、彼はすでに朱音のいる方に向かって駆けていき、その一瞬右目を輝かすと、彼女の手を取り二人の姿は光に包まれると同時――、


 二人の姿は一瞬にしてその場から


「………あ、どうなッてんだ、こりゃあ。奴ら、消えやがった。

 だァ―――ッ!ようやっと、身体が温まッてきたとこだッたッてのによォォ―――ッ!何処行ドコいきやがッた、あンのヤロウ―――ッ!

 一体、アタイはこの熱をどこに逃がしゃあいいンだッてんだァァ―――ッ!」


 烏羽には何が起こったのか分からないまま、そう言うと倒れた身体を起き上がらせ、さっきまで彼らがいた地点で、暴れ足りないと言わんばかりに――


 その感情をぶつける相手もおらずに、腕を――足を――振り回し、くうを切るように、誰も居ないところでひたすらに暴れ回っていた。


 これにて、この時間での悠人達のやるべき事は終わった。


 そうして無事に元いた時間軸へと戻って来れた、朱音と悠人はと言うと………


「……お、この光景……………元いた場所へと戻ッてこれたようだな」


「ちょっと、休憩…………」


 朱音は無事に現実へと帰ってこれたことを、確信したことで一安心し、悠人はあそこでの戦闘で、よほど疲れたのか――、


 脱力しきって、その場から尻餅を付くように両手を付き、ふらふらと倒れていった。


「オメェら二人とも、戻ってきたみてェだな」


 すると、二人の前にあの人物が現れた。


 けれどその人物は、ここで出会った時とは違って――……


「その声はオメェか、みろ………ッて、あ、あ――――ッ!お、おまッ、そのツラッ!」


「あァ、どうやらオメェら行動の変化によって、アタシのツラが元のそれに戻ッたみてェだな」


 そこには最早もはや、マスクで隠す必要の無い――、かつての顔の整った『目羅巳六』の姿があった。


「……あぁ、良かった。ちゃんと未来が反映されてる」


 あそこでの行動が確かに現実に変化が起きていることを、二人がこの目で確認した瞬間である。


「あっ、そうだった!借りた腕時計を返さないと!……あのっ、お借り頂いた腕時計のおかげでこうして元の時代に戻ることができ、非常に助かりました。ありがとうございま――」


 と、ここで悠人が慌てて巳六から借りていた腕時計を返そうと、ガチャガチャと時計ベルトを腕から外していた時――、彼はそこで自身の腕に視点がいったことであるにハッとする。


「――ッて、あ……あれっ、どういうことだ?巻いていた鎖やら、身体に刺さっていた筈の釘が


「――あ?何のことだ?

 ……ッてそういや、ウチもあれから更に何発か受けた釘が消えているような…………」


「……と言うことはつまり、あっちの時間のものを元いた時間に持ち込むことが出来ないと言うこと、なのかな?」


「ふ〜ん。ま、そう言うことだろうと、今回成し遂げなけりゃあならねェことに関して、特別何の支障も無ェから、んなこと別段考えなくッたってよくね」


「そうですね。けど、そもそもの目的である友人は、本当に俺らで救うことは出来たのでしょうか」


「オイッ、どうなんだ?そこんとこ」


「あァ、アイツか。アイツなら――」


 そう言って、巳六の背後から一人の人物が顔を出す。


「……よォ、久しぶりだな一匹狼」


「けッ!どうやらしぶとく生きてるみてェで安心したぜ。ッ!」


 そこにいたのは、巳六のダチにして――、朱音とはかつて、この島の大きな不良グループとの間で何度も争い合った仲。


 そして悠人にとっては、かつての世界線で初めてこの手で目を奪った相手である、金髪ボブの少女-『百目鬼瀬良どうめきせら』の姿があった。


 こうして助かった彼女の姿を見れたことに思わず周りは涙しそうになったが、その後に語ってくれた彼女の話によると、


 これも因果と言うのだろうか、まるで初めから彼女がになることがさだめられていたかのように――


 救われた命はその二、三日後に事故で落とし、現在彼女はとしてその後を生きているらしい。


 では、悠人が初めて神眼狩りをしたあの時の時間の流れはどのようになっているのかと言うと、『百目鬼瀬良』という人間では無い、別の誰かが《精神転移の能力者》として、同じように彼の手によってGAME OVERとなられたようである。


 瀬良の未来は確かに変わったが、結局は精神操作とは違う別の神眼を所持した一人の神眼者として、その人生を歩んでいるのだった。


 だがそれでも、彼女が生きていたことはあの時――、助けた側としては嬉しいものであり、それを知る三人は素直にそのことを喜ばしく思うのだった。


 そう言えば、朱音があの場面で瀬良を死なせなかったことで、少年院行きはならず、無事に高校を卒業したのでは……と思われたが――、


 どうやらそういう訳では無く、この世界線においても《留年》であることに変わりないらしく………過去を変えても、結局は学生のままの朱音であった。


 他にも変わったことはいくつか存在し、例えば巳六側に付こうとして、【不目吊】たちのメンバーと決裂していた筈の唯羽であったが――


「あッ、あねサン!どこ行ってたンすか、心配したッすよ」


「えっ………?」


 そこにはこちらへと駆け寄って来る、何処どことなく丸くなった印象を見せる――


 最早もはや、別人と言っていいレベルの『骸狩野唯羽からかのゆいは』の姿がそこにあった。


「お、おまッ、本当にあの唯羽か?」


「えッ!ウチのこと、違う人間に見えてンすか。長いこと、一緒に連んできた仲じゃあないッすか」


「いや、オメェのような奴をウチは知らねェ」


「そ、それッてどういうことッすか!」


「ンなの、ウチが聞きてェよ。一体どうなッてやがる。………いや、まさか――」


 そう、朱音には一つ心当たりがあった。


 過去の自分との闘いの最中さなか、朱音がそいつに向けて言ったあの言葉――


『――いいか、オメェの周りにいる身近な連中との繋がりは絶対に大切にしろ。

 自分一人でどうこうあがいて生きるッてのは、結構窮屈なもンさ。

 誰か周りに人がいるッてだけで、それが時に心の拠り所にもなりゃあ、オメェの助けになる時もある………』


「……い、いやいや、いくら何でもこりゃあ、仲が深まってるッてレベルじゃあねェぞ」


「ほら、稔と安奈も何か言ってよ」


「……なにッ!二人も今、一緒にいんのか?ま、まさかッ、あいつらも可笑しく………………」


「何か言ッてくれッたって、一体なんのことだ?」


「確かにそれ」


(あ、二人は変わって無さそ……………)


「あ、姐サン!この馬鹿バカ唯羽が、何か迷惑掛けなかったッすか?」


(…………ん?……)


「まァ、あの骸狩野からかのクンのことだし?

 迷惑の一つや二つ、しでかしてる可能性はあるんじゃあねーッすか?ウチで良けりゃあ、是非相談して欲しいッす」


(…………んん?……)


「くくッ、良い仲間を持ッてるじゃあねェか」


 この状況を面白がるように巳六がそう言うと、朱音は我慢出来ずにそれは言うのだった。


「………ちょッ、ちょちょちょッ!なッ、オメェら、変わり過ぎだろがァァ――――ッ!

 いくらあの時言ッた言葉が、昔のウチを仮にもサマ変わりしたンだとしてもよ。

 こんなにもテメェらと馴れ合うような仲にまで発展してるとか、どうすりゃあこれ程までに変化すン…………、

 はァ………急に大声出しちまッたもンだから、どッと疲れたわ。

 ……まァ、それもこれも全てはウチが掴み取ったオメェらとの絆ッてやつ、か。

 …………こういうのも、ワルかねェな」


「姐サン、何か言ったッすか?」


「……いいや、気にすンな」


 唯羽の返しを濁すように朱音はそう言うと、ここで巳六が口を開く。


「何も変わったことは、それだけじゃあ無いぜ」


「どういうことだ?」


「テメェには元から、そいつら三人の繋がりがあッた。

 ――だがそこに、テメェの過去の行動によって得たものがあるとしたら」


「何を言って…………」


「元はテメェを筆頭に結成された、グループ-【不目吊ふめつ】。

 そいつは今、テメェを含んで四人組だッた集まりそれじゃあねェ。

 こッちの世界線では、テメェ合わせての集まりにへと変化してンだぜ。

 メンバーはこいつら三人とテメェ、それと巳六アタシ、そんでもッて―」


「――アタイだッ!」


 そう言って、これまた稔と安奈の後ろから現れた一人の人物。


「なッ、テメェはッ!

 ……ッて、さッき【不目吊ふめつ】を神眼者しんがんしゃグループだッて…………まさかッ!」


「あ?まさか忘れちまッたンかいな、朱音ちゃン?あの日のことをよォ。

 イぜ、そんな朱音ちゃンの為に話そうじゃあねェの。

 かつてそこの巳六ちゃン率いる、不良グループ-【餓露烏がろう】と廃工場での抗争を繰り広げてたあの日のこと――。

 ――丁度、そこの男と朱音ちゃンによく似た二人組とり合ッてた時、どういうことかそいつら急にどッか消えちまッて…………

 ようやく楽しくなッてきたッて時に、ンなことになッちまッたもンだから、むやみやたらと暴れ回って気を紛らわすにも、どんだけの時間が掛かったことか。

 ……まッ、この話の本筋とはズレっから話戻すけど、結局その勝負は両者、手を引く形で幕を閉じることとなった――。

 闘いが終わって………」


「ちょっと、待て!…‥…その話、長くなるか?」


「チョイチョイ………んな、野暮なこと聞いてくンじゃあねェよ。黙って聞いてりゃあ、すぐに終わることなンだからさ。

 それで……闘いが終わって、廃工場を出たその帰り、バイクに乗って帰ろうとすると、タイヤの調子が可笑しくッて」


 烏羽の話は、続いた――。


「よくよく考えて見りゃあ、その朱音ちゃンに似たヤロウにホイールにバットぶつけられて、でどッかやっちまッたのか、上手いことブレーキが効かず、ドッカーンってな!

 その事故、朱音ちゃンも見てた筈だから覚えてッと思ッたんがなァ、忘れちまッたか、あははッ!」


(……あの時の…………)


 朱音はその時の闘いを思い出す。


(そうか………それで神眼者に………………)


 正直――、朱音は彼女のことを苦手としていた部分があった。


 だがそれでも朱音にとって、メンバーこの中で一緒に連んでいた時間が長かった人物なだけに――


 今や神眼者というこういう形で生きながらに、互いで面と向かい合っているが………


 目の前にいる彼女が――、確かに一度死んでしまったという事実は変わりない。


 あろうことか、知らず知らず間接的に彼女の命を亡くしてしまい、自身の行動が烏羽をゲームに巻き込ませ、本来であればまだまだ生きていた筈の――、たわいない……たった一つのあの行動が、彼女の運命を変えてしまったとなれば…………


「なァに、辛気臭しんきくせツラしてやがんだよ。アタイはこの状況を何も悪く思っちゃあいねェぜ。

 一度はぽっくりと逝ッちまッたが、またこうしてお互い会えたンだ。

 死んでそのままサヨナラなんて、そんな悲しいこたァならず済んでるッてだけで良かッたと、ここは喜ぶとこだぜ」


「………頭目とうもく……」


「オッ、懐かしい呼び方してくれんじゃあねェの。まさかアタイの言葉にうるッときちまッたかいな」


「……う、うッせェ。何でもェよ」


 烏羽は烏羽なりに朱音のことを元気付けるのだった。


 するとここで、巳六が悠人に向かって口を開く。


「……そういや、ガキ……………名前、なんつッたけか?」


「……ゆ、悠人です」


「悠人、オメェにはまだ礼をして無かッたな」


「礼、ですか」


嗚呼あァ。元はと言やァ、オメェの持つ力のおかげでダチを救うことが出来たんだ。

 その礼の一つぐれェ返しもしねェ程、薄情や奴じゃあねェよアタシは」


「礼……そうは言われても…………………あっ!そう言えば…………」


なンだ?」


「今日の分の神眼、まだ回収出来ていませんでした。

 とは言え、仲間たちが回収している場合はあるかもしれないけど、今のこのEPOCHエポックじゃあ連絡も取れないし……………」


「ンなの、気にする必要なんかェよ。丁度良いじゃあねェか。オメェには礼として、神眼の一つをプレゼントしてやるよ。

 ほらッ、稔っ!――確か、神眼持ッてたろ。

 ワリィが、それをこの男にくれてやらねェか?」


「えッ、ですがこれは折角った、ウチらのものであッて……………」


「良いからッ、早くそいつを渡しやがれッ!」


「ひ、ひぃ!すんません!目羅の姐サンアネゴ。は、はいッ!どうぞッす!」


 そう言って、稔は悠人にある一つの神眼を震える手で手渡した。


「えっ!でもっ……………」


「いいんだよ。アタシらにはまだ、神眼のストックが残ってッからよ」


「そういうことなら……………」


 そう言って、悠人は巳六の厚意に甘んじることにし、それを素直に受け取ることにした。


 その様子を遠くから見守る一人の影。


「……これぞ、ってね」


「…………ん?……」


 悠人がその者の存在を一瞬感じたようであったが、周囲に目を向けても誰の姿も映らなかった為、それはすぐに気持ちが抜けるように………


 その存在の視線からは特別――、殺意やら寒気を感じさせるものでは無かったからと、執拗に彼は周囲に目を向けるのをやめた。


「……さて、これからどうなるのか。成長が非常に楽しみだわ」


              ◉


「あーあ。あんなに大勢で集まってるんじゃ、狙いたくとも狙えへんわ」


「あの数では仕方が無いよ、ちゃん。この場は割り切って、ターゲットを変えよう」


「せやな。まだ神眼の一つも回収出来てぇへんしなぁ、今の状況やばない?」


「だからターゲットを変えるんだろ!」


「いや~、そやったそやった。ほんならはよ、行こか。


「………仮にもそれが、親友に付ける呼び名かよ」


----------------------------------------------------------------

[あとがき]

朱音の言葉をきっかけに変われた過去の朱音自分は、唯羽と決裂することは無く、むしろそれ以上に良き一人のダチとして築くことが出来たのだった。


その為、前の時間軸では唯羽との眼球の取り合いが始まる筈であったあの二人は…………


と、こうした流れの変化が起こりつつ、これにて第三部は終わります。次回からまた始まる新しいお話をどうぞお楽しみ下さい。


……ちなみに、初期で出ていた百目鬼瀬良の使っていた目力を本編においては〈精神転移〉と表記していましたが、そちらを彼女は目力:【心偽一対しんぎいったい】とひそかに名付けていたという小さな設定があります。



〈おまけ〉

目崎悠人 ご帰宅後――


「……ねぇ、兄さん」


「………」


「……前回、言っていたよね。家計に優しく――、買った物はきちんと持ち帰るって」


「……はい。確かに言いました」


「それなのに今度は、買い物途中にトイレットペーパーを駄目にしてしまったって本当?」


「……袋が破けて………その、トイレットペーパーを地面に転がしてしまいまして………」


「兄さんは妹のお尻をカピカピにしたいの?」


「そのようなことは決してございません………と……言うより、前回の卵とは違って、流石にトイレットペーパーは切らす前にいつも買い揃えているじゃあ………」


「そう言うことを言っているんじゃないってことぐらい、分かってるよね兄さん。

 尻拭い――、きちんとして下さいますよね?」


「あ、あのそれって………、決して物理的な意味じゃなく、不良漫画に見る………『自分のケツは自分で拭く!』的な漢気を指して言っているんだよな」


「そ、そうに決まってるでしょ!」


「あ………はい。すみません………今度、ツナ玉作りますね」


「その約束は破らないよね?」


「何なら、明日にでも早速作ってやるよ」


「よろしい!………兄さん、大好き♡」

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