⒍ 羅威勢(3) 二人の朱音

「おんなじツラした奴が、突ッ掛かりやがッて!ムカつくんだよッ!」


「オイオイ、オメェは鏡見た自分のツラでムシャクシャすンのか?」


「はッ?馬鹿抜かせッ!単におんなじツラしたヤロウとタメ張ッてる、この状況が気持ちワリィッつってんだよッ!」


「おおよそ、そんなことだろうとは思ッてたがな。そうじゃあなけりゃあ、危うく昔の自分を本気で気持ち悪がるとこだッたぜ」


 朱音朱音、対面する筈の無い両者が何やら言い合いながらバチバチと拳と拳をぶつけ合う。


「……おい、見ろよ。なんや一匹狼と一匹狼が闘いヤリ合ッてやがンぞ」


「はァ?何を馬鹿なこと、そないな話あるわきゃあ………ッて、嘘やろ。一匹狼が二匹になって………オイオイ、どうなってやがンだ、こりゃあ」


「この、ド阿呆アホがッ!ほんと何言ってやがンだ、オメェら。その足りねェ頭で考えてみろや。こんなンどッからどう見たッて、双子か何かに決まッてンだろがッ!」


「テメェこそ何様のつもりだ、あァん?」


なンだァ、オメェ?俺様に口答えすンのか?いい度胸してンじゃあねェか」


「オ、オイッ!オメェら、そこで争ッてる場合じゃあねェぞ。不飢蛾ふうがの烏羽頭目とうもくがこッちに来てやが…………ぎぃやぁぁぁぁ――――ッ!」


なにィッ!早く逃げねェとすぐに、ボッコボコに叩き潰されちま…………ぎょえぇぇぇぇ――――ッ!」


「………はぁぁ~っ、なんやあいつら楽しそうなことしてンじゃあねェか。いいなァ、アタイ参戦しちゃあ駄目かなァ~。

 けどそンなことしたら、巳六ちゃンに邪魔されッかもしれねェしなァ~。

 あーあこんな雑魚ばッかボコしたッて、なンらつまらな過ぎてしゃあねェ。

 ――どッかに骨のある相手でも、いやしねェもンかねェ~」


【西の餓露烏がろう】と【東の不飢蛾ふうが】の両者不良グループの舎弟たち、それと烏羽薫からすばかおるがあれやこれやと騒がしくしている最中さなか彼女朱音らはそんな言葉一つ一つに耳を傾けている様子も無く、己の手足を動かし、ボコりボコられを繰り返す。


「……テメェに過ちは起こさせやしねェ。その為にウチはここにいるンだからよ」


「……また訳分かンねェこと、ウチの邪魔すンじゃあねェよッ!…………あァもうッ、キリがェ。テメェなんざこれで…………ッ!」


 そう言って《過去の朱音》はグループ同士の抗争で倒れていった、不良たちの置き土産であろう一本の金属バットを拾い上げるとそいつを勢いよくぶん回し、朱音の顔面目掛けてフルスイングを決めようとする。


 だが、それをまともに受けてやる《未来の朱音》ではない。


 これまた転がっていた警棒を手に取ると、それを振るって金属バットのスイングを見事に受け流した。


「………にしてもいきなりのことであれだッたがよ、警察官サツの武器がなンで転がッてンだ?」


「………なンでかッて?そんなの、決まッてンじゃあねェか。こういうことだよッ!」


 カチャッ!


 何かの……安全装置の外れたような音が聞こえると、そこには朱音の姿があった。


「……まさかとは思うが、オメェ、警察サツに手を………………」


「おっと、妙な誤解はよしな。何もウチが手ェ出した訳じゃあねェ。こいつもオメェと同様、落ちてたものを拾ッただけだぜ。

 どうせその警棒も、この拳銃チャカだッて、そこらで転がッてる連中の誰かしらが島の警察サツから掠め取ってパクってきたもンだろ。

 つーか、んな話はどうだッていいンだよッ!さッさと両チームに属していない者部外者にはご退場願おうかッ!」


 バンッ!


 引き金を引き、銃声の音が木霊こだまする。


 朱音に向かって真っ直ぐに飛んだ銃弾は朱音の身体を貫くように思えたが――


 キンッ!


 人体に貫通したには鳴る筈の無い、何か金属に当たったような音が聞こえたかと思うと、そこには先端が被弾した衝撃で煙を噴かした、警棒を持った《未来の朱音》の姿があった。


「なッ…………」


ワリィな。変な目ン玉を移植されてッから、異様に視界が良くなッちまったもンだからよ。打ち返すこんくらいの芸当は朝飯前だぜ」


「化けもンがッ………!」


「そいつァ、褒め言葉として受け取っておくぜ」


「クソがァァ!さッさと、くたばりやがれやッ!」


 喧嘩を買われた《過去の朱音》はその挑発に乗って、バンバンッと銃弾を放つ。


 だが、《未来の朱音》はその言葉通り、神眼の高い視力を見事に利用した立ち回りで警棒で打ち返すなり――、躱すなりして――、目の前から飛んでくる銃弾からかすり傷の一つも負うこと無く対処して見せる。


 カチッ、カチカチッ!


「ちィッ!」


 避けようの無い銃弾の一発を口でキャッチするような、無茶し過ぎな荒技までもが披露されたところで弾切れを起こし、気を悪くし苛立った《過去の朱音》が舌打ちすると拳銃を投げ捨て、再び金属バットを雑に振り回し始めた。


「ふざけるなッ!こんなの、可笑しいじゃあねェか。

 銃弾全弾避けるだァ打ち返すだァ、んなの、人間業じゃあねェぞ、クソッたれっがッ!何なんだッ!オメェは一体、何者ナニもンなんだコノヤロウがッ!」


 咥えていた銃弾を吐き捨てると、《未来の朱音》も同様に口を開いた。


何者ナニもンッつったって、それはさッきも言うようにウチはオメェだッてそう言ッてるだろ。

 それともアレか?テメェが聞きてェのはウチの目ン玉のことについてか?

 それならアレだ。今この時代の過去の自分ウチにそないなことベラベラと話しちまって、余計な知識を付けさせちまったが為に未来が変わッちまうッてのも面倒だからよ。

 そいつに答えられることとなりゃあ、とにかく目が良いッてことぐらいだな」


「目が良いッて、銃弾の動きが見れる程の視力なンざある訳が無ェだろがッ!馬鹿にしてンのか、オメェは!」


「一切馬鹿にしちゃあ、いねェよ。そもそもウチの目ん玉は、この生物のもンじゃあねェ。

 もっと分かりやすく言うなりゃあ本来――、地球上に存在しない眼球の形した異物、《神からの贈り物》ッてやつだな」


「《神からの贈り物》だァ?ますます意味分かんねェこたァ、言いやがってッ!馬鹿にしてねェってんなら、アレか?人のこと、おちょくッてンのか、あァ?」


「あー、そういや天国であの日の記憶ッて、ハッキリしてェんだったッけか。

 かく言うウチもあのクソゲーが開催されるッて言う、変な建物ン中で一時的に隔離されたあの日にああ言われて、思い出したッてとこあるしな。そういう反応すンのは普通か」


「くッそ、テメェとは何を話したッて分かりゃあしねェしよォ。

 ただただウチの邪魔するヤロウには、消えてもらう他ェなァ、オイッ!」


「嫌なこッた。自分に消されるなンざ、冗談でも笑えねェしよ。

 それに、そもそもウチはやられる為に来てンじゃあねェ。

 ――他でも無ェ、自分オメェの人生を変える為に来てンだよッ!」


「………あァクソッ、うざッてェ。何、ウチなんかの為に熱くなッてンだよッ!

 こンな幸せ無くして生きている中身の無ェ人間に、かまッてなンぞいてよォ。

 止めるだとか――、変えるだとか――、どうこう言いやがッて、初対面のテメェにあれこれ言われる筋合いは無ェんだよッ!

 なンで………なンで………ウチのことなんざ、ほっときゃあいいだろがッ!しつけェんだよッ!」


「てめぇの意見なんざ、知ッたことか!」


「はァァ?いいか、ウチにとッて、唯一信じられることは己の拳だけだ。

 ウチに立ちはだかる奴らは、全員この手で切り開く。――それがウチの全てだッた。そうして今まで生きてきた。

 なのに……、なのになのになのにッ、どうしてッ!

 いつまでもテメェは、そこに居続けやがるッ!

 ウチの道を遮るンじゃあねェよッ!

 ……退けよッ!退けッて言ってンだろうがッ!」

 

「知るか、ボケッ!」


「今更、今更………手を差し伸べられたとこで、なンだってンだッ!今になッてよォ………、助けなんざ必要としてねェんだよッ!

 ウチはこれまでも、そしてこれからも一人の力で突き進む。

 いいからテメェは、邪魔立てすンじゃあねェよッ!

 ………ほんと、今更過ぎンだよ。

 どうせなら、ウチが虐待されてたあの日に、ウチがこうなる前に救いの手がありゃあ…………

 ――いくらなンだッて、遅過ぎンだよ」


「………遅かァねェよ。なんつッたって、未来のウチが変われたンだぜ。

 だから過去のオメェなら、尚更のこと――、より良い方向へと変えられる筈だろうよ。

 他の誰でもェ、自分オメェ自身の言葉以上に信じられる証言があるかッての」


「……変わる…………ウチが…………?」


嗚呼あァ、その為にもウチからのアドバイスとして、一つ助言しといてやる。

 いいか、オメェの周りにいる身近な連中との繋がりは絶対に大切にしろ。

 自分一人でどうこうあがいて生きるッてのは、結構窮屈なもンさ。

 誰か周りに人がいるッてだけで、それが時に心の拠り所にもなりゃあ、オメェの助けになる時もある。

 人ッてのは悲しいことに、一人でどうこう出来る万能な生きもンじゃあない」


「何を………」


「そりゃあ、そうだろうよ。そもそも人は集団で生活をし、繁栄してきた生きもンだ。

 大昔ッから野郎は生きる為に野生動物を集団で狩りをし、女は狩りの代わりに料理やら――、子供の世話やら――、共に手を取り合いながら、生活していたらしいじゃん。

 ッつっても、こいつァ昔見た本の内容の受け売りだけどよ。

 ――けど実際、そうだとは思うぜ。一人の力で出来ることには、必ずしも限界がある。

 もしも人が独立して生活するような生きもンだッたら、ここまで生き残るこたァ無かッただろうよ。

 一人で生きられやしねェなんて、とんでもなく不便にも思えッけど、それでも人ッてのは複数が集まりゃあどんな壁をも乗り越えられる力がある。

 時に誰かといがみ合い――、ぶつかり合い――、絡み合いながらも切磋琢磨せっさたくまし、その繋がりはいつしか団結を持ッて、互いを助け合える存在となる。

 そりゃあ、相性ッてもンもある。簡単に周囲と繋がりが出来るたァ、限らねェ話だがよ。

 だがそうして色々と経験してこそ、初めてオメェにも人の《温もり》ッてやつに触れられるのかもな」


「………《温もり》……?」


「そう、だな。なんて説明したら良いンだろうか。

 こう……、なンつーか今まで感じたことの無い感情が身体中から溢れてきてだな。上手く言葉で説明するこたァ、出来ねェけどよ。

 とにかくそれは、悪い気分はしねェってことだ」


「……そうか…………そいつァ、いつか感じて見たいものだな」


「そんな日はいつか必ず、訪れる筈だぜ。

 なンたッて、ウチもその《温もり》ッてやつに触れた、一人の自分オメェなンだからよ」


「けッ、すでに自分は知ッてますってか?それがどういうものなのか、上手く説明も出来なかッたってのによ」


「生意気言いやがッて。良い顔するようになッたじゃあねェか。そろそろ、この勝負にもケリを付ける時が来たか?」


「馬鹿言えッ!こッちはハナッからそのつもりだッたっての。テメェがあれこれ言ッてるから、こんなにも長引いてンだろうがッ!」


「そいつァ、悪ィな」


 その瞬間――、二人は同時に武器を捨て、互いの拳と拳を交え、体力の続く限り、闘い続けた。


 だがそれは喧嘩と言うにはあまりに奇景で、そこには一切の怒りや葛藤が感じられず、誰の目から見てもそれは、清々しいまでの暴れようであった。


 同一人物であるがゆえに、二人は拮抗きっこうした闘いを見せるも、その時は訪れようとしていた。


「「うぉらぁぁぁぁ――――ッ!」」


 互いが右腕を前に伸ばし、その拳は互いに相手の顎を狙いに掛かって飛んでいった。


 だが顎に直撃するその瞬間、一方のその拳からは力が抜け、それはまるで自らこの勝負を降りるかのように、もう一方の拳がその者の顎を捉えると――


 その者-《過去の朱音》は直撃をもらうと、そのまま流れに身を任せ、何一つ抵抗もなく静かに倒れていくのだった。


「……最後、ガラにもェことしやがッて……………これで勝負に勝ったなンざ、思わねェからな。けどまァ………オメェはよく頑張ッたよ。

 これ以上、テメェが手を汚すこたァねェ。オメェはオメェなりの幸せッてやつを、掴んでくれや。

 ――じゃあな。一足先にテメェが掴んだ未来ッてやつを、見させてもらうぜ。今はただ、静かに眠ッとけや」


 倒れゆく彼女が見せた顔は何処どこか幸せそうに笑みを浮かべていた、そんな風にも見えるのだった。

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