第三部 ⒍ 羅威勢

⒍ 羅威勢(1) 烏羽 薫

「「ワァァァァァァ―――――ッ!」」


【西の餓露烏がろう】と【東の不飢蛾ふうが】の両者不良グループが激しく正面衝突を繰り広げていた中、金髪の少女-『百目鬼瀬良どうめきせら』と目が合ってしまった悠人。


「――あ?何見てんだ、おめぇ?」


 そう言って、こちらへと歩み寄ってくる瀬良。


「……………」


 予想もしていなかった人物を前に、彼は固まってしまって動けなくなっていた。


「てめぇに言ってんだよっ!そこの白髪坊主ッ!」


「……――ッはっ、わ、悪い」


「悪い、じゃあねぇよ。何見てたんだって言ってんだよっ!」


「い、いや、知り合いに似た顔をしていたから」


 あながち間違いでも無いことを口にし、面倒にならない内にその場を切り抜けようとする悠人。


「……そうかよ。けどだからッて、ジロジロ見てンじゃあェよ。気持ちワリィ」


「わ、悪い。そう見てたって訳じゃないけど、こういうのって気分良くないよな。俺が悪かった。素直に謝らせてくれ」


 そう言って、すんなりと頭を下げて謝る悠人の姿を見て、何とも言えなくなった瀬良は怒る気が失せたのか、声色がどこと無く変わった。


「……まァ、なんだっていいや。………って、おいッそこの、その隣にいるヤロウ、オメェのツラ………やけに不飢蛾ふうがの一匹狼とおんなじツラしてねェか?」


「………ギクッ!」


 瀬良に存在を気付かれ、少し動揺する朱音。


「まさかッ…………」


 声色がまたも恐くなったような………


「………ごくりッ」


 ひょっとすると、ここに来た目的である筈の守るべき存在とドンパチする展開になってしまうのか?


 それだけは避けたい。


 彼女の言葉はこう続いた。


「双子、だったのか?」


「へっ?」


 いきなり殴り掛かれるのも予想して構えていたが、それ以上にそっくりな顔をした人物が二人いることに、彼女は指摘せずいられなかったようである。


「……あ、えっと、そ、そうだ!そうだな!ウチは朱音の双子の姉だ」


 まさかの言葉が飛び込んできたことで一瞬、動揺してしまうも、それを聞いた朱音は突拍子も無い嘘を付き、どうにかこうにか状況を切り抜けようとする。


 だが、そんな状況はすぐに雲行きが怪しくなっていく。


「大方、てめぇも餓露烏がろうを攻めに来たッて魂胆か?

 けッ、あいつに双子の姉妹がいたなんて情報は聞いてねェんだがよォ、おめぇもアレか?あのヤロウ同様、喧嘩強ェッてタチか?」


「まッ、待ちやがれッてンだッ!ウチはそのアイツを止めに来たンやッ!アンタとドンパチやる気はさらさらェッ!」


「はァ?姉妹同士の喧嘩なんぞ、この戦場に私情を持ち込むなやッ!そんなものはよそでヤッてろッ!」


「駄目だ!すぐにでも止めてやらねェと、アイツが後悔することになる」


「後悔……?――は?なんでそうなるのさ?」


「それは………と、とにかくアンタは奴と闘うのはよせッ!自分アイツを止められるのは自分ウチしかいねェ。

 こちとら、余計な犠牲を増やしたくはねェんだッ!……それに、アイツにだッて、つまンねェ過ちをさせたかェ……………」


「てめぇ、ざけてんのかっ!あいつと闘うのはよせ、だと?

 まさか俺が負けるとでも思ッてんのか?アイツの姉だかなんだか知らねェが、餓露烏がろうの弐番隊隊長に向かって舐めた口、利いてんじゃあねェぞッ!」


「譲れねェこたァ、分かッてる。弐番隊隊長として、餓露烏がろうを引っ張る一人の立場として、プライドがあるアンタだからこそ言ってンだ。

 ウチだから知ってるが、本気で喧嘩狂いになッたあの頃の自分アイツは危険だ。

 いくら立場が、プライドがあるからッて、こンなとこで命落としちゃあ、己の人生、つまンねェだろうがッ!」


「うっせぇ!俺のこと知った口、利くんじゃあねぇよッ!アイツを止められるのはウチしかいねェ、だァ?

 そんなに腕に自信があるッてんなら、てめぇから先にシバいたろか?」


「だからウチは何度も言うように、アンタとシバキ合いする気はェッて言ってンだろうがッ!クソッ、聞き分け良くしろッてンだッ!」


 ここで争うことになってしまうのか、朱音が覚悟を決めようとしたその時である。


「先輩!ここは俺に任せて、早く彼女を止めに行って下さい」


 そう言って彼女の前に立ち塞がったのは、他でも無い悠人だった。


「クソがッ、邪魔すんじゃあねぇっ!」


「そうは言っても、俺たちには俺たちのやるべき事があってここにいるんだ。悪いが、あんたの相手をするのは俺だ」


「んなもん、知るかッ!いいから、そこ退けッつってんだろうがッ!」


「いいや。何度言われようが、俺には退く気なんて無いぜ」


「……なんなんだ、なんなんだよ、おめぇ!」


「そう……だな。こんな形で出会わなければ、その内――宿命の相手となっていたかもしれなかった、一人の男とでも言ったところか?」


「何を訳分かんねェこと、ほざいてやがるッ!

 あんまり調子付いたこと言ッてるようなら、即刻てめぇをぶちのめして、すぐに朱音もこの手で始末してくれるわ」


「言っておくが、そう簡単にやられる気は無いぜ。これでも俺は、しぶとさにはそれなりに自信がありますからね。と言う訳で………先輩、頼みましたよ」


 …………………


「邪魔だ、どけェェ―――ッ!」


 悠人が瀬良を足止めしている間、朱音は自分のやるべき事を――、過去の自分を止めようと目の前の不良男女ヤンキー共を蹴散らしながら、前に前に向かって突き進んでいた。


「あ?なンだ、アイツ?」


 迫り来る一人の人物の存在に気付いた様子の《過去の朱音》。


「あれは……ウチ?なンでおンなじツラした奴が………どうなッてやがる?」


 全くもって、その通りの反応を見せる《過去の朱音》に対して、《未来の朱音》はにやりと一笑いすると、昔の自分の頬に向かって一発重い拳をぶつけてやった。


「――ぐふッ!」


「よう、会いたかったぜェ。昔の馬鹿なウチよォォ!下手な真似する前に、早いとこ戦線離脱してくたばってくれやッ!」


「このッ、唇切ッちまッたじゃあねェか。何、言ッてンのか、訳分かんねェしよォォ……。

 人のこと、一発殴ッて意気イキがッちまいやがッて!相当痛い目、見てェようだな。テメェ………タダじゃあおかねェぞッ、オラァッ!」


 すると直前までやり合ッていた様子の、完全に決められノビちまった一人のスケバンの胸ぐらを力強く掴み取り、そのまま朱音の方へとそのスケバンを投げ飛ばしてきた。


 なんとも人間離れしたその力ではあるが、朱音にして見ればそこまで驚くようなことでは無かった。


 この当時、まだ自分が目力に目覚めていなかったという事実を他でも無い、朱音自身が分かっていたことだが――、


 それでも神眼者になった頃から感じていた身体的異変により、力強い力が引き出されていたことには今尚いまなお感じていることゆえ、納得がいったのである。


 朱音は飛んで来たスケバンの襟を掴むとそのままこちらへと向かって来る、他の不良男女ヤンキー共に向かって投げ飛ばし、複数人を一気に片付けた。


 だが、前に飛んで来たスケバンは、ただの囮。


 横へと投げ飛ばし、正面から退かした瞬間――、《過去の朱音》の接近に気付くのが遅れた朱音は彼女の真っ正面からの重い一発を避けきることが出来なかった。


「ごふッ!」


 顔面に一発、拳を食らい、当たり所が悪かったのか、一瞬目の前の視界がグラッと揺らめいたがすぐに姿勢を立て直し、殴り返して見せた。


「――へぶゥッ!……効いたぜ、今の一発。

 流石は、喧嘩狂いだッただけのことあッて、大した拳してるじゃあねェかッ!」


「……そう言う、テメェもな!」


 そんな時である。


「ブンブーンッ!ブブブーンッ!ブンブブーンッ!」


 何処どこからか軽快なリズムでバイクのエンジン音を口ずさみながら、豪快にエンジンを吹かせて接近してくる一人の人物がいた。


 その者は漆黒の改造バイクにまたがり、カラスのシルエットがプリントされたロケットカウル。

 鳥の尾のように、空高く掲げられた三段シート。ヤンキーの改造バイクには、お馴染みの鬼ハンドル。

 天高く舞い上がって行きそうな、両翼の直管型ロングマフラー。

 ――そして、バイクに増設された、謎の黒い筒状の長細いボックス。


 何ともド派手なバイクを悠々ゆうゆうと乗り回し、一種のパフォーマンス的な動きで蛇行運転やら――回転やら――、華麗なバイクアクションで周囲の不良男女ヤンキー共を次々になぎ払っていった。


「ヘイヘーイ!!――ノってッか、テメェらッ!パラリラッ!パラリラッパラリラッ!」


 羽を広げた横向きのカラスの形を模した、白の眼帯。


 頭頂部周辺は黒く、そこから下に落ちる髪はまさに、とっちめたヤンキー共の沢山の返り血で染まり固まったような、赤黒い色で構成されたツートンカラーの長い髪。


 ジャラジャラと銀のブレスレットを左手首に巻き付け、オープンショルダータイプのNEMTDネムテッド-PCを身に纏い――、


 覗かせた右肩のところにはカラスのタトゥーが刻まれた、何とも個性の強い【東の不飢蛾ふうが】の頭目かしら-その二つ爪紅ツマベニの裏切りガラス》:『烏羽薫からすばかおる』の姿がそこにはあった。


烏羽からすば頭目とうもくッ!」


 《過去の朱音》が彼女の名を口にすると、《未来の朱音》はその者の存在を思い返す。


(……烏羽………思い出したッ、烏羽薫からすばかおるじゃあねェかッ!……そういやいたな、こんな奴。コイツのノリ、苦手だッた覚えがあるわ。

 つーか、今にして思えば、ウチの周りにこういう変なヤロウがいたからこそ、あんま人と群れんの好きじゃあ無かッたンじゃあねェの?

 ……そういやコイツ、今どうしてンだ?

 少なくとも例のリストに、その特徴的なツラしたヤロウは載ッちゃあいなかッた。

 そもそも死んじくたばッちまったなんて話を、当時の不飢蛾ふうがの連中からも聞いちゃあいねェしな。

 ――まァ、どッかしらで元気にやッてることだろ)


「なになにィ?朱音ちャン、ピンチッぽいじゃあねェの。

 ここはアタイの助力が必要なんじゃあねェの?――ッてか、これどっちが本物の朱音ちャンだァ?

 ……なァんて、くだらね冗談はどッかへと置いといて、そこの小綺麗な格好した朱音ッツラアマ、オタクには可愛い舎弟朱音ちャンをイタぶッてくれた礼を嫌と言う程、味わわせてやッからよォォ―――ッ!

 さァさァ、カチコミと行こうぜェェ―――ッ!ヒャッハ―――ッ!」


 一言ひとこと啖呵たんかを切ってやると、乗っていた改造バイクから降りては、横に取り付けられた筒状の長細いボックスからこれまた――深紅の釘バットが取り出されると、それを肩の上へと持って行き、今にもおっぱじめる気満々になっていた。


 そうして二人の喧嘩が始まるかと思ったその時――、


「……あのよォ、ヤル気んなッてるとこワリィんだけど、こいつはウチとアイツの真剣勝負タイマンなンだ。

 頭目だろうがなンだろうが、勝負の最中に水を差すッつーのは、礼がってねェッてもんじゃあねェのか?

 仮にも、ウチのこと思っての行動なンだッてんなら、頭目らしく仲間の勝利を信じて、ドッシリと構えてりゃあいいンだよッ!

 ンなことよりも、【西の餓露烏がろう】の頭目とやり合ってた最中さいちゅうだッたんじゃあねェのか?

 ――ほぉ~れッ、すぐそこまで追ッて来てンぜ」


 《過去の朱音》が烏羽の背後を指差すように、親指をそっちの方へと向けると、何者かが周囲の不良男女ヤンキー共を蹴散らしながら、勢いよく駆け上がっていた。


「テメェ、烏羽ッ!アタシとの勝負の最中に逃げバックれてんじゃあねェぞ、コノヤローッ!」


 そう言って、追って来た人物は鉄パイプを手にした、これまた見覚えのあるグリーンアッシュの髪をした一人のスケバン。


 【西の餓露烏がろう】の一番隊長兼を務める《強圧一蹴きょうあついっしゅう阿修羅あしゅら》:『目羅巳六めらみろく』の姿がそこにはあった。


「誰が逃げバックれてたッて?この、ド阿呆がッ!

 よう、見てみ。頭目として可愛い舎弟の心配すんのは、当たり前だろうがッ!

 それともアレか?勝負を無視されて、嘆いてンのか?ハハッ、可愛いとこあンじゃあねェの」


「ンな訳あるか、ボケェッ!ウチがそンなガキみてェなヤロウと、一緒にすンじゃあねェよッ!」


「おーよちよちィ~、寂しい思いをさせて悪かったねェ、甘えん坊のベイビー巳六ちャ~ンッ!」


「――殺スッ!」


 瞬間――、巳六は怒りに任せ、烏羽薫に向かって思いっきり鉄パイプを振り回した。


 だがそれを何一つ慌てず、烏羽は迫り来る鉄パイプをひょいッと簡単に避けてしまうと、噛月の方へと視線を向けて口を開いた。


「……いやー、こんなンなッちまったからには、最早もはや助けたくとも助けられなくなッちったわ。しゃあねェ、それまでどうか朱音ちャン堪えてくれよォ~ッ!」


「誰に向かッてナメた口利いてやがる。そっちこそ、よそ見する余裕なんてあンのか?」


「何を―?」


「その通りだぜッ、生意気口の女番長おちゃらけヤンキーッ!」


 一度目の怒りのままに力任せなスイングとは違い、俊敏なスイングがそこには飛ぶ。


「……おーッ!おーッ!危ねェじゃあねェの、ベイビーッ!――おっと、ほっ、ほいっ、おっ!さッきのは惜しかッたな。

 ……まァまァ、そうカリカリすんなッて。テメェの大事なツラにシワ寄ッちまうぞ」


 しかし烏羽はこの通り、そんなスイングにも簡単に避けてしまい、巳六を軽くあしらう始末。


「けッ、いらぬ世話なンだよ。

 テメェにやァ――、これ以上ざけたことかすことが出来ねェよう、黙ってアタシのに殴られて、そのうざッたい口を開かなくしてやンよッ!」


「ちょいちょ~い!――さッきの話、ちャんと聞いて無かッたンか、ベイビー巳六ちャ~ンッ?

 そう、カリカリすんなッつったろ?もっと気楽に、喧嘩を楽しもうぜェェ―――ッ!」


ワリィがテメェみてェに、はしゃぐ気分にはなれねェよッ!」


 今度は互いの素手がぶつかり合う。


「くぅぅ~~、シビれるこぶししてるじゃあねェの。だッたら、こいつはどうよ」


 そう言って、烏羽は興奮気味に手に持った――、深紅の釘バットを振り被る。


 すかさず巳六も、持っていた鉄パイプでそれを弾き返す。


 その勢いで思い切り右腕が後ろへ持って行かれ、すぐに巳六はその隙だらけな腹に向かって、鉄パイプをぶつけようとする。


 だが、烏羽は軽く後方へと飛び、そこから釘バットのヘッド部分を地面に付けたかと思えば――、


 突出した釘がいい感じに支柱となって、一点にバランス良く立てられたそのバットを軸に――グリップエンドに片手を付けながら彼女は身体を一回転させ、そのまま器用に足蹴りして巳六から鉄パイプを手放して見せた。


「ちィィ、相変わらずテメェは変則的な動きをしてきやがる」


「まァ?運動神経の良さだけがアタイの取り柄な訳だしィ?」


 手に持った武器を失い、慌てて巳六は忍ばせたナイフを懐から取り出そうとするが、それよりも先に鋭く尖った釘が食い込んだバットのヘッド部分を――彼女の喉元に突き立てていた。


「くッ…………」


「勝負あり、ッてか?」


「………なわけ、ェだろッ!」


 そう言って、丁度よく巳六の足元に転がり落ちていた――年季の入った空き缶を蹴り飛ばすと、見事なコントロールで釘バットを持っていた右手に缶がぶつかり、瞬間手放してしまった。


「やッべ。しまッ……………」


 この好機を逃す筈が無く、巳六は懐からナイフを取り出し、切っ先を喉元に差し向けた。


「逆転だな」


「まァ、待ちィや。いくらなンでもアタイに怒ってるからッて、本気で刺そうッて訳じゃあェよな。

 ――変な気、起こさねェよな?――早まった真似、しねェよな?……おいおい、マジかよ。

 返事してくンねェと、不安になるじゃあねェかよォォ~ッ!」


 両手を挙げ、降参のポーズを取る烏羽。


 だが、その時である。


「……ま、アタイにはどッちだって関係ねェけど」


 瞬間――、喉元に突き付けられたナイフを避けるように、烏羽の頭が後ろに下がったかと思えば………、


 そのまま後転するように二回スピンをし、器用にも両足の間に挟んで掴み取っては着地の瞬間――、掴み取ったナイフを滑らせるように、遠くへと蹴り飛ばした。


「ざけやがッて!」


 見事なまでのバク転からのバク宙を見せ付け、瞬く間に武器を手放されてしまわれたことで、収まるどころかピンチを撥ね除けるトンだ舐められた真似され、更に怒りが増して仕方が無い様子の巳六。


「オイオイィ、おふざけでこんな芸当が出来るとでも思ッてンのか?

 こいつは日々オメェらと暴れ回って成し得た技だとか、賜物たまものだとか何かこう……、言いようがあンだろ」


「だから、テメェのそういうとこがふざけてるッつってンだよッ!」


「そう、オラつくなッて。こんなのは、ただのジョークに決まッてンだろう?

 ――つーかよォ。アタイはそういう激しくボコり合うッてのが、好きじゃあェのよ。

 出会い頭にドンバチやッてたって、そんなオラついてるだけの喧嘩、つまんねェ

じゃんか。

 人生楽しく!人間、日常を豊かに充実に満たせられっようッ、気ままに動いたもンが最高に得ッてもンだろ」


「………はァ、そうだな。テメェは根ッからの、『お気楽お馬鹿なスカしヤロウ』だッたぜ」


「にッしッし!分かれば、良いッてことよ。……それで、どうする?まだ続けるか? 

 アタイは巳六ちャンがへばるまで、とことん付き合うぜ」


「……いや、今回のところはこれ以上、オメェとヤリ合う気はェよ。

 久々にお前のそういう行動理念に触れて、阿呆アホらしくなッちまいやがった。

 すッかり、イライラも失せちまいやがッたもンだし、テメェとまたヤリ合ッて、再熱する意味もェからな。――お先に降りさせてもらうぜ」


「そうか?アタイとしては、まだまだヤリ足りなかッたとこだが、他でもェ巳六ちャンがそう言うとあらば、仕方がェ。

 そンじゃあアタイは気晴らしにでも、残りの餓露烏がろうの舎弟共とヤリ合うことにすッかな。

 ま、巳六ちャンと比べッと、見劣りする連中ばッかりな気もするが―――」


「……はァ、なンでこうもテメェんとこの連中は、喧嘩好きな奴ばッかいやがるンだか」


「オイオイィ、巳六ちャンだッてこんなことしてる訳だし、喧嘩好きじゃあェッてのか?」


「そう……だな。自分の力量が何処どこまで通用すンのか、そンな単純な興味だとか、己の自己主張なんつー………自分の存在を他人に認めてもらいてェだとか、そんなもンじゃあェし。

 強いて答えを出すとなりゃあ……多分よ、若気の至りッつーの?単にアタシは馬鹿騒ぎすンのが好き、なンだろうな。

 ほら、あンだろ?嫌なことなど全部忘れて、頭空っぽにして余計なこと考えず、騒いで暴れて、親とか人の目とか、とにかく色々なもンから気を紛らわしてェって時。

 そういう意味では、オメェの人生楽しくッて理念それと似てッかもな」


「……なンだよー、アタイらおんなじ者同士じゃあねェか。じゃあ巳六ちャンも『お気楽お馬鹿なスカしヤロウ』ッてか?」


「……違いねェ」


「「………ぷッ!あはははッ!」」


 互いに面白可笑しく笑い出し、その後に烏羽は巳六とのヤり合いで手元から離れた、愛用の深紅の釘バットを拾い上げ、手持ち無沙汰にバットを持ってポンポンと己の肩を叩く。


「………さてと、あッちはどうなッてっかねェ」


 そう言って、烏羽が二人の朱音の方へと目を向けた。


 そんな二人の朱音はと言うと………


「「おらァああああああぁぁぁ―――ッ!」」


 互いの拳と拳を激しくぶつけ合いながら、闘争を続けていた。


「ウチとおんなじツラしやがッて、気持ちワリィんだよッ!」


「そりゃあ、誰でもェオメェ自身だからな。ま、何言ってッか意味、分かんねェだろうけど」


「オメェ自身だァ?ウチは正真正銘、ここにいるだろうがッ!トチ狂ッたこと言ってンじゃあねェぞ、ボケがッ!」


「……うっわ、これほんとにウチかよ。昔のウチ、口悪過ぎンだろ」


「……何なンだよ、オメェ。ウチウチ言ッてて、ほんと、誰なンだよッ!」


「……何を言おうが、オメェはウチだ。馬鹿な昔の自分ウチを止めに来た、ちょッぴり馬鹿じゃあ無い今の自分ウチだよ」


「また訳の分かンねェことを……………ンなの、答えになッてねェだろがッ!」


「……ああ、そうだな。ンなこと、テメェには理解出来ねェこたァ、分かッてる話さ。

 所詮、真実を言ッたとこで信じられねェだろうよ。根拠足るものッたって、ンなの今のウチという存在――そんくれェなもンだしな。

 ……別にウチとオメェがおンなじだとか、そんな話は今はどうだッていい。

 大事なのは、間違いを起こさないッてことだ。オメェには、それを変えられるチャンスがあンだよ。

 ――実の話、テメェは今日この戦場において、殴り合いが激化して一人の人間を手に掛けてしまう。

 ふざけた話のように聞こえて言いたいこともあるとは思うが、取り敢えずは最後まで聞いちゃくれねェか?」


「…………」


「……ほら、ウチッつーかオメェッつーか、喧嘩狂いなとこあンだろ。ま、今となッちゃあウチはそうでも無くなッた訳だけど。

 まァそこはどうでも良いとして、餓露烏がろう頭目ヘッドの右腕で知られる百目鬼瀬良どうめきせらッて金髪女子いたろ。

 そいつとはナワバリ争いで当然のように、殴って蹴ってボコスカリ合う訳だけど、その争いで喧嘩狂いのオメェは調子に乗ってボコっちまッた結果、百目鬼は命落とした」


「はァ?何をご冗談言ッて……………」


「冗談なんかで人が死ぬだなンてこと、言うとでも思ッてンのかッ!」


「……何、マジになッてンだよ。そんな強く言うこたァェだろうよ」


「マジじゃなきゃあ、今ウチがこんなとこに――いやしねェだろがッ!」


「……はいはい、分かッたよ。要約すると、こう言いたい訳だろ。

 まずテメェは未来からやって来たウチ自身であり、下手に手出し出来ねェよう、ウチがその相手とぶつかる前にここで叩き潰しに来た………そンなとこか?」


「言い方はあれだが、要はそう言うことだ」


「えっ、何ッ?それでは過去の過ちを食い止めようと、ウチ自身が未来からやって来た訳だから、瓜二つのツラをしていると………?

 何を言ッてやがンだ、オメェ?一体、何処どこのSF世界だよッ!……まァ?百歩譲って、本当に未来からやって来た人間だッてのが本当なンだッて話を聞き入れてやるとしてもだ。それが何故なぜ当時の――、今のウチと全くおんなじツラしてんだッて話だよ。

 何年先の未来からお越し頂いたンだかンねェけど、テメェの時代には歳取らねェ薬やら若返りの薬やらが出来てるッて話か?

 えェ?なんか言ッてみやがれッてンだ!」


「……しゃあねェ、やむなしか。いくら口で言ッたとこで信用出来ねェってンのなら、お前にしか分からねェ《秘密》を見せてやンよ!」


 そう言って、朱音は自分の背で死角を作り、真正面にいる昔の自分彼女だけに見えるような形で


「その、目ン玉は…………ッ!」


「見覚えあるに決まッてるよな。なンたッて、テメェはこの奇怪な目ン玉を持ッていやがる訳だしよ。

 こんな紛い物、普通の人間にあるかッつったら、そうじゃあ無いだろ」


「……だ、だからッて、それがテメェとウチの見た目が変わンねェことに、どう関係すンだッて話だよッ!」


「それはだな、テメェはまだこの目ン玉を手にしてッから、日があせェこッたから分かンねェことだろうけど………

 一度命を落とし、この謎の目ン玉を変なヤロウに植え付けられて以降、何歳と年取ッても見た目がその当時のまんま変わンなくなッちまったのさ」


「……マジ、かよ」


嗚呼あァ、マジだ。そんでもッて、ここだけの話だが、神眼そいつが抜き取られでもしねェ限り、心臓潰されようが生きていられる。

 ほとんど、不老不死に近い存在になッちまってるッて話さ」


「……は?意味分かンねェ…………意味分かンねェが、それでもテメェが真剣なツラして話してるとこを見てッと、それらがおふざけで言ッてる訳じゃあェってこたァ感じ取れる。

 だが、かと言って信じるかどうかは別の話だ。どうしても止めたいッてンのなら、ちからずくで掛かってきなァッ!」


「なッ…………」


 瞬間――、彼女は身を捻らせ、そこから放たれる回し蹴りローリングソバットが襲うと、その足裏は《未来の朱音》の顔面を突き、鼻血を出す勢いで強く打ち付けられた朱音はそのまま後方へと飛んでいった。


「来いよッ!本気でやンねェと、テメェが辿った道筋通りに一人ミンチにしちまッたって良いンだぜ」


「くッそ、……面倒くせェことになりやがッて。昔の喧嘩狂いな自分を呪いてェぜ」


 右手の甲でぐいっと雑に鼻血を拭き取ると、片膝を付いてゆっくりと立ち上がった。


「……しゃらくせェ。なンでこうも、ヤンキーッてのは口より拳で語り合いたがるンだか。………ッて、過去の自分に対してこんなこと、あれこれ言ッてやがンのも、可笑しな話だが―――」


「そンじゃあ、ウチらの殴り込みカチコミの開始とこうぜェェ―――ッ!」


 今ここに、人生の分岐点を変える、二人だけの闘いが始まるのだった。

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