⒌ 秒視(6) Ⅵ刻目
「さてと、飛んだお邪魔虫を駆除したとこで再戦といこうか。おや?何を青ざめた顔してやがんだ、オメェ?………っまさかッ!さっきの男が勝利への可能性だったなんて言うんじゃあねェだろうな?
アレだろ?男を身代わりに何か仕掛けようとしたんだろ?ほらよッ、どうした?ヤッてこいよ。
こんなんじゃあ不意打ちにもなんねェから、さては通用しねェかもとか思ってんのか?
安心しろッて。テメェの悪あがきには、きちんと付き合ッてやっから。逃げも隠れもしねェよ」
(……逃げも隠れもしねェって、そんな問題じゃあねェんだよ…………)
「………皐月先生と約束したじゃあねェか。馬鹿野郎がッ………!
ウチとヤリ合えるだけの実力あるッてのに、何死んでくれちゃってンだよ。
………クソッ!今日の朝の礼だって、まだ言えてねェってのによ」
「……おやァ?血も涙も
にしても、可愛そうに。その狼クンによっていきなり闘いに巻き込まれてしまったかと思えば、無残にもアタシの手によってこの坊主はお亡くなりになッちまって…………無駄死にじゃあねェか」
「……クソがッ!何だよ、十二の力ッて。一つの神眼でそんだけの能力が備わってるなんてこと…………
確か
結果として彼を無駄死にさせてしまったことを悔む朱音だったが、過ぎたことはもうどうにもならない。
彼の
(だからッて………だからッて、下向いてたッて、立ち止まッてたって、何かが変わる訳でも
過ぎ去ってしまったことをいつまでも悔やんでいる暇なんてありゃあしねェんだ!
一度しくじッちまった以上、ここでまたしくじッちまったら、死んであの世で一年坊主にだって顔向け出来る筈も
下向いてんじゃあねェよ、朱音ッ!顔を上げ、目の前を見ろッ!視界を広げねェと、何一つ道は切り
あの理不尽極まりねェ神様がッ、そんな一人の神眼者に
あの
何か、何か、奴の能力には落とし穴がある筈なンだッ!)
そう思っていたその時、ふと巳六の神眼に対し、違和感を見た。
(……なんだ?奴の目にある数…………
そこには、あの時一瞬急接近で迫られてきた時にあった筈のⅠ~Ⅻの全てのローマ数字の内、何故かⅥという一つの数字だけが消えていたのであった。
そうしてもっとよく観察すると、もう一つ違和感が目に付く。
(……良く見りゃあ、一年坊主から奪っていったあの目…………僅かだが、光ってやがる?)
まさか、時が止まる直前に開眼をしたというのだろうか?
だが、そうでなければこの現象に説明が付かない。
朱音と言う因縁の相手を前に現れた
だが、
掴んでいた眼球を入れようとするその拍子で巳六の腕に付けられたドクロの腕時計が奪った彼のその瞳に何気なく映り込んだ、その瞬間のことだった。
―――――――――……
――――――……
――――……
―……
「――はっ!…………これは、戻れた、のか?」
その手には穴の開いていないトイレットペーパーの袋が握られている。
「………はは、俺の命だけじゃない、トイレットペーパーも無事だ。………そうか。俺は本当に、時戻りってやつをしたのか」
すると彼の右目から、能力を使い切ったようにⅥの数字がゆっくりと消えていく。
「あの時、咄嗟に目力の発動に間に合って、奴から何か一つの能力の吸収に成功したみたいだったが、まさかそれが時を戻す能力だったなんてのは、つくづく毎度ギリギリのところで生きてるって感じだよ。まったく……………」
助かったことに安堵したのか、膝から力が抜け、ズルズルとその場に崩れ落ちる。
(……今思えばあの時の未予の言葉―――、あれは【未来視】で視た未来のことで、俺にメッセージを伝えていたんだな)
あの時、未予が言っていた謎の言葉がどういうことだったのか、それを理解した瞬間だった。
「……はぁはぁ、にしても今度ばかりはマジで死ぬかと思った。こればっかりは、自身の動体視力と反射神経、様様ですわ、ほんと……………」
「…………ふぅ……」
一息付くと、膝に力を入れ、悠人はゆっくりと立ち上がった。
「特売品のトイレットペーパーも無事に無傷となって戻ってこられて、ほんと良かった………って、それもこれも自分の命あってこそだけど」
とてつもなくトイレットペーパーの心配に安堵していたと同時に、彼は思った。
それだけでいいのか、と。
(……俺がこのままこの道を真っ直ぐ行かなければ、トイレットペーパーが駄目になることは無いだろうよ。
けれども、噛月先輩はどうだ?あの時、確かに助けを求めていた。つまり、ピンチの状況にあったってことだ。
誰かに
「ぐぎぃゃああああああぁぁぁぁ―――――――ッ!」
その時、女性の悲痛な叫び声が響いた。
声のした方向は悠人が朱音と巳六の戦闘に出くわした、すぐ目の前に見えるT字路を曲がった先―
嫌な予感しか無い。
「――っ、まさかッ!」
悠人は慌てて声のした方へ颯爽と駆け出し、T字路を曲がるとそこには―
「……
じゃあな、精々、地獄で
朱音の神眼と思しき二つの眼球を手にする巳六の姿があった。
「………な、こんなことって………………………」
「――誰だッ、オメェ!」
「―――くっ!」
思わず声が出てしまったことで巳六にその存在を気付かれてしまい―
「その
すぐさま次の標的対象にされ、一度は自分を殺した相手であるがゆえに、身体がビクついてしまう悠人。
「……なんてことだ。俺が、俺が
……駄目だ、切り替えろ目崎っ!あの時の、斬月の妹さん
どうやら俺はとんでもなく厄介な泥沼に足を掴まされてしまったみたいだが、俺と先輩の命、両方が救われる未来を、最悪の泥沼から這い上がっていくことだけを考えろっ!
過ぎてしまったことをくよくよしていたって、何も変わらない。あの時とは違うんだ!」
「何をごちゃごちゃ言ってやがんだ、オメェ?こちとら
テメェみてェな部外者が突然来ちまッたせいで、180度気分害しちまッたじゃあねェか。
嗚呼だこうだとくっちゃべってイラつかせなくとも、そう急かさなくッたって、すぐにテメェの目ン玉も抜き去ってそこの
そう、言い終えた直後の一瞬だった。
ブシャッ!
突然血飛沫が舞ったかと思えば、そこには右目があった筈の部分がぽっかりと眼窩という名の穴が空き、中からだらだらと血が流れ出していた。
悲鳴を上げる間も無く、意識が薄れていき横に転がり落ちた……………
―――――――――……
――――――……
――――……
―……
「――はっ!一度経験したこととは言え、やっぱり目覚めの良いものでは無いぜ、こいつは」
彼の瞳からⅥの文字が消滅する。
己の手にはトイレットペーパーの袋が握られている。
再び時間の巻き戻しに成功したのだった。
「……さて、どうしたものか。やはり
こんなんじゃあ、いつまでも繰り返したところで
けど、だからと言って、先輩が死ぬことを知っていて、このまま見て見ぬフリをして引き返すなんて馬鹿な真似……………今更考える訳も無いって話だ。
トイレットペーパーか人の命、どちらを守るかなんて言うまでも無いことだろうがっ!」
そうして悠人は自らを鼓舞し、今度は素早く行動を開始した。
朱音の悲鳴を聞いた後からでは、もう手遅れであることは前回で学んだからである。
「………ちっきしょう。何か打開策を考えてる暇は
彼はすぐさまトイレットペーパーの袋を投げ捨ててまで懸命に駆け出した。
彼女らのいる方向に向かって。
到着すると、そこにはまだ朱音が死んでいないことが確認された。
「無駄ッ、無駄ァッ!アタシの能力を持ってして、テメェの攻撃が届くことなど一切ありやしねェんだよッ!」
今回の良いところは、巳六がまだ朱音に意識が向いていて、悠人の方へ注意が向いていないところだ。
これはチャンスである。
「待てよ。この状況ならば―」
彼は何か打開策でも思い付いたのか、すぐさま行動に出た。
突然、彼は片っぽの靴を脱いだかと思えば、それを明後日の方向へと放り投げ、音を立てる。
「――誰かそこにいるのかッ!出てきてその
狙い通り、巳六が明後日の方向へと視線を逸らす。
ゲームルール上、一般人に神眼を見られでもしたら、一発退場を食らわせかれない
己の命が掛かっている以上、それが
まさに
瞬間、彼は勢いよく駆け出し、巳六の顎を目掛けて一発アッパーを食らわせた。
「――ッ、
「――くそっ、気絶させられなかったか」
どうやらここで彼女の意識を
自分の姿を視認されてしまわれた以上、
ゲームオーバーである。
「いっぺん、死んどけッ」
瞬間、彼の視界は真っ黒になった……………
―――――――――……
――――――……
――――……
―……
それからも、何度も何度も彼は
死亡―
巻き戻し―
死―
戻り―
……
そうして、死んでは戻ってを繰り返すこと、実に十回目になるところでいつもと違う変化が彼にあった。
十回目の死の後、時戻りが行われようとしたその時、彼の意識がふいに目覚めた。
「……あれ、
妙な浮遊感に襲われ、周囲の風景がグルグルと目まぐるしく変化していく。
まるで時間が巻き戻っていく流れを形として見ているような…………
もしかすると、何度も時を巻き戻す能力を繰り返し使用していたことで、能力のコントロールが向上した結果に起こっている現象なのだろうか?
「……ぃ、………んのか…………ェ……………」
そこに何かが聞こえてくる。
「…………ぃ、ぉい、オイッて、聞いてんのかオメェッてさッきから何度も言ッてんだろうがッ!はよ、返事しろや、クソがッ!」
声がはっきりと聞こえ、その時初めて彼のいるその空間に一人の人影があることに気が付く。
どこかで聞いたことのある声かと思えば―
「……お前は、噛月先輩と一緒にいた……………」
「
彼の隣に並び立った目羅巳六が突如そんなことを口にする。
「
「オイオイィ、何やら好き勝手にアタシの
元はと言やァ、
この空間はそう………言葉で言い表すなら、
今はまさにそこを渡り歩いて目的の時間へと進んでる……というより、さっきまで声掛けなきゃあ、テメェは無意識下にある一定の時間へと進んでた、と言ったとこか。
まァそんな細けェ話は、今どうだって良い話だし、これ以上は話す必要性が無いからスルーすんぜ。
そんでだ。つまり何が言いてェのかッつーと、時間干渉の出来るアタシにとっては、言うなればここは自由に出入り出来る
だからこの空間にアタシが介入してるこの状況も、単にテメェから勝手にアタシの
だから今、アタシがここにいる理由、つまりは意味分かんだろ」
「そいつはつまり、俺が何度も何度も時間を巻き戻してる状況をこの空間内で発見し、それがどういう状況か理解したから、キリが無いと見てこうして俺に直接声を掛けてきた、と。
それでさっき言っていた
「存外、理解出来てんじゃあねェか。それなら、話が早ェ。なら今すぐに時を戻して奴を助けようなんざ馬鹿な真似はヤメやがれッ!」
「奴って、噛月先輩のことか?」
「先輩?そうか、テメェは奴の後輩なのか。なんだオメェ、まさかアイツの舎弟にでもなってんのか?」
「まさか、それならむしろ良いように扱う先輩のことなど、わざわざ助けになんかいかない筈だろうに」
「それもそうだな。ならそうじゃあ
「人殺し?」
「
ほら、
まァ?んなこたァどうだっていい話だがよ、とにかくアタシはどうしても
復讐なんかして、失った相棒が戻る訳では
けどよ、だからッてその相手を黙って目の前で見ていられる程、憎しみッてのはそう易々と消えるもンじゃあ無ェこたァくれェ、そいつも誰しもが知ってる話だろうよ。
オメェにはまだ友を失う
「確かに………その気持ちは分からなくも無いよ。誰だって、大切な人を失った時のそれを奪った人への憎しみや怒りが絶えることは無いことぐらい、理解しているつまりだ。俺だって、妹が死んだらと思うと…………
だが、そこで必ずしも相手を殺していいことに繋がっていい訳では無い、とは思う」
「………とは思う?」
「だがそれと一緒に、憎しみがそう簡単に消えることが無いことも確かだ。それこそ、その相手をこの世から消し去りたい程に」
「……そうだよ。まさしくテメェが言ったその通りだよ。
そこまでの思考が出来んなら、何故アタシを止めやがる。アタシのこの気持ちを、汲み取るぐれェの頭があンならよォ、わざわざ止めてねェで無視してりゃあ、いいじゃあねェかッ!
そうすりゃあ、何もテメェの命までが犠牲になることなんざ、ありゃあしねェってのによォォッ!」
「だったらそれこそ、時を巻き戻すその力で、あんたの、巳六さんの一番の
「そんなのッ、
「何故?」
「どうやら時を巻き戻せるッて言っても、アタシが神眼者として目覚める以前の時間より前に巻き戻すことが出来ねェよう、能力が
それこそ、過去を変え次第でこのゲームから逃れられることだって出来なくもねェからだろうよ」
「何だよ。そこは上手いこと出来ているッてことかよ」
「……だからよ、こんな力を持ってしたって、過去に戻ってアイツを救ってやるッつー、肝心なことが出来ねェんだしよォ。
もう一度言うが、邪魔さえしなけりゃあ、テメェの命までは奪わねェでやっから。
――なぁ、こんなクソみてェなループ、もうやめちまおうぜ。テメェだって、こんなの何回も繰り返して、もう飽きたろ?だからさ…………」
と、巳六が何か言い掛けた、その時だった。
「………邪魔さえしなければ、俺の命は奪わないって。そんな口だけの約束、信じられるかよッ!」
「何をッ…………」
その時、彼の中で感情が燃え上がった。
「何もこの行いは、自分が凄い人間だとは思ってやっての行動じゃない。
俺には、皆を救ってやれる絶対的力ってやつも――、ましてこの世の誰一人欠けることなく救ってみせるなんて大層――、ヒーローじみた非現実的な思想を持ち合わせている訳では無い。
何が善だとか、何が正しいだとか、そんなのは捉える人によって考え方が様々だ。
かと言って、自分の正義の為にやっているだとか、そんな個人的理想を
単純な話だ。――俺はただ、目の前で知っている人の死に顔なんか、見たくは無いんだよっ!
そんな胸糞悪い展開を、誰が好き好んで人の
俺自身の命の保証も、まして先輩の命も一緒に助かる道を掴んでこそ、
だからこそ俺は、絶対にその道に辿り着くまでは諦めたりはしねぇ!」
「何が……何がッ、知ってる人の死に顔を見たかねェだ。
この殺しは自分の命を守ることにだって繋がる訳なンだしよォ。結局は
それにこいつは奴とアタシ一人の問題だ。第三者が入ってくるような
「そいつは違う。そんな復讐ついでに人を殺す理由を付けるのは、人としての理性を失った殺人鬼への入り口だ。
こいつは……あんたという人間がまだ人としての理性を見失ってしまう前に、人が人であり続けられる為に、人の道を踏み外してしまうその前に、人を人として救ってやらねぇと、
「……可哀想、だと?ふざけたこと抜かしてんじゃあねェぞ、このクソガキがァァ!何がッ、人を人として助けるだ。
なら、勝負するかよ。テメェの救いとアタシの憎しみ、どッちが勝るか」
「俺はどちらも見捨てない。必ずや両方共救って見せる。勿論、あんたも救う対象だ。乗りかかった船だ。
どうせなら、皆で
そう言って、彼はもう一度過去へと飛ぶのだった。
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[あとがき]
どうしてもストーリー上、多くの登場キャラクターは入れどやはり主人公にスポットが当たってしまうことは
命の灯火、生命を感じさせられます。
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