⒌ 秒視(4) 十二視

「クソッ……!クソがッ……!何故、拳が届かねェッ………!」


「オイオイィッ、一体何処どこに向かって、拳を振り上げてんだオメェ?

 そんなンじゃあ、いつまで経ってもアタシに拳は届きやしねェよッ!」


 その後も一方的に反撃叶わず、ジワジワといたぶられ続けたのか――、


 ボッコボコに打ちのめされた様子の朱音が、それでも諦めず巳六に向かって何度も何度も拳を振り上げる姿があった。


 だが、その拳が当たりそうになるたび、いつの間にか全く違う地点へと巳六は姿、朱音のことを挑発してきては度々たびたび容赦のない殴打を叩き付けていた。


「無駄ッ、無駄ァッ!アタシの能力を持ってして、テメェの攻撃が届くことなど一切ありやしねェんだよッ!」


 そんなことを言われて、黙っていられる朱音では無い。


 ならばと目力を行使して、奴の自由を奪おうと何度もそう試みるのだが――、


 先程から巳六との目線が一向に合わず、発動条件となる睨みガン飛ばすことが叶わない状況に、舌打ちを出さずにはいられなかった。


 考えられるとすれば、恐らくは事前に唯羽が自分の扱う能力の発動条件でもバラしたのだろう。


 一体全体、奴はどんな能力を使っているのか?


 否、朱音はそれをすでに知っている。


 何故ならば、あの時――


嗚呼あァつえぇぜェ。なんたってアタシの使う目力は―』


 瞬間、一定の距離で話していた筈の――巳六の顔が目の前に


 足を動かしていた訳ではない。気付けば『目羅巳六』というその少女は音も無く――、目と鼻の先とでも言っていい程、至近距離まで近付いていた。


『瞬間移動…………ッてェのは嘘で、本当の力はそんなチンケなもんじゃあねェ。

 何故なら、アタシの本当の力は能力。なんつーの、確かそう言うのッて、【時間操作】とかどうのッつったっけか?

 効果対象は現存する全ての生物。〈腹の虫〉や〈老眼や難聴等感覚器系の老化〉など、あらゆる生き物が感覚として持つ『時間』という概念に私の力は干渉する。

 従って、力の一端である《時間停止》をいくら振るおうが、それは本当の意味で全てのものが活動停止している訳じゃあないから、地球の自転そのものが停止してしまうような、全くもって使い物になりやしねェッてことにならねェところが、まさに使用者の都合良過ぎな強能力ッて感じで良いンだよなァ」


『………なン、だって?……………」


 あまりの力の規模の大きさに己の耳を疑うレベルで、思わず自然と間抜け面で締まりの無い声が出てしまった朱音。


「とは言え、(停止の力を)使用している間は、(使用者に対して)殆ど酸素が無いに等しい事態が起きてしまうのは、難点ネックなもンよ。

 それもこれも、(停止した時間の中で起こり得る)『固定概念』とやらに捉われてしまう、人のさがに関係あンのか無いのか、よぉ分かンねェけど………。

 NEMTD-PCに搭載されている、万が一の外的環境の急激な寒暖差から来る、血圧変動による動悸症状を緩和させる為の、酸素同調装置機能の中――、ある奴に教えられた呼吸法駆使して、出来るだけ酸素を温存し、適度に能力のONオン/OFFオフを行うこッて、初めて賄えるッつーか」


 一体何を言っているのか、そもそも……《ある奴》とやらも、朱音にとってはさっぱり分からないが、大きく【時間操作】なんて物騒な単語が出てきていたところから、例えば《時間停止》や《時間移動》などといった、特定のものだけを指した時間操作能力に限ったかもしれないのでは無いということだけは、少なからず嫌な予感を感じていた。


 どうやらその考えが的中してしまったかのように――、それを象徴するかのように――


 一瞬、奴の顔が近付いて来た時、チラリと見えた彼女の目には『Ⅰ~Ⅻ』のローマ数字の形をした瞳孔が確認され、それらは不気味にユラユラと揺らめいていたり――、瞳の中をウヨウヨとただようように動く――その様子はまるで――――


 『時間』という、形として存在する筈の無い不安定な状態を表しているかのように、《歪み》という不安定な空間の上を―――、それら数字がウロウロと彷徨う動きを見せながら、天鵞絨色びろうどいろをしたその瞳は眼光を輝かせていた。


 確かにそれらのいくつもの数字が時間操作という曖昧で不明瞭で想像付かずな部分だらけの能力の数々を扱うことが出来るのだと示しているようにも見えるが、それともやはり……………


 朱音は観察する。


 巳六の力の本質を見極めるべく、みたび彼女に向かってその手を伸ばした。


 だがその手は、やはり巳六に届くこと叶わず…………瞬間、それは起こった。


 無の空域――


 自らが足を止め、その手が届かなかった訳ではない。


 足を止めなかった訳では無いのなら、当然ながら巳六に向かって前を行く運動エネルギーが働き続ける筈だ。


 何度も言うようだが、足は止めていない。


 そう、止めていない筈なのだ。


 だがしかし、だがしかしだ。


 足を止めたつもりは無いのに、足が止まっている。


 そんなような気もするし、そんなような気がしただけなのかもしれない。


 時は一瞬にして、その記憶が一切感じられない。


 だが、何度も得体の知れないそれを繰り返されると、依然として何かあったと分かることは無いのだが、どうも観察してしまう―――何か奇妙な突っ掛かりを感じられずにはいられなかった。


 何も出来ない――、何も感じない――、意識なき無の境地。


 時間感覚の切り取られた………不思議な状態に辺りが包まれている中、ただ一人だけが自由に動き回る。


 だが、その動きを朱音は決して、捕らえられることは出来ない。


 これが時を支配する、というものなのだろうか?


 当然ながら、一切そんなことを考えられもしない、噛月朱音。


 スッ―――!


 朱音もまた動き出し、伸ばした右手はそれまでそこにいた筈の巳六の代わりに、虚空を掴む。


 そこで得るものは神眼では無く、モヤモヤとした感情。


 手が届かない………、手が届かない………、手が届かない………。


 くそッ、何がどうなってんだよッ!


 せめてもの手掛かりの一つや二つ、何でもいい。奴の能力に繋がる何かしらのモノを掴むことが出来れば…………


『―――はッ!』


 一つ、彼女の違和感に気付いた朱音。


 時折――、何処どこか一点を見つめる、謎の目見。


 瞳孔の動き、つまりはである。


 その視線の先にあったもの、それは彼女が左腕に付けているであった。


 ――こいつが、鍵かッ!


 そう思った時には、朱音の行動は早かった。


 ……手が届かねェならよォ…………、斜め上からこの状況の突破口を導き出してやるまでッ!


 ――さいわい、近くに使えそうなもンがあることだしよ。


 何を狙っているのか、変わらず馬鹿一直線に巳六に向かっていく。


 そして、巳六の眼球を狙うかのように右手を前に伸ばす。


「ハッ、馬鹿かオメェ?性懲しょうこりも無く向かってくるたァァ、いッくら馬鹿だろうと、あんだけやって傷一つ付けられねェとなりゃあ、無様に抵抗するだけ無駄だと、理解出来るもンだろうがッ。

 学生の本文は、勉強ッて言うくれェなんだからよ、ちったあ学生それらしく、学習しろやッ!

 ………だが、その諦めの無さに免じて、この際だ。テメェのその心が折れるまでとことんヤッてやろうじゃあねェの。

 アタシもこの程度の制裁じゃあ、右腕殺したオメェへの鬱憤うっぷんがスカッと晴れやしねェんだわ。

 だからよォォ、こうなったらとことん最後まで、付き合おうじゃあねェのォォォッ!」


「そいつは何とも―――、有り難い誘いで………ッ!」


 瞬間、朱音はよろめいて体勢が崩れた。


「……なんだ、オメェ?ボッコボコにされて、よろめいてんの……………」


 決して、そういう訳では無かった。


 そう見せかけることに、狙いがあったのだ。


 朱音はけるように身をかがませると、地面に落ちていたを手に取り、すかさずそれを奴の左腕に付けた腕時計に向かって放り投げた。


「クソがッ!しょうもェ不意打ちしやがッて………………」


 直前で朱音の動きに気付いた巳六は、その事象をシャットアウトする―――。


 ―――シ―ン――――――……


 物音一つ無い、全てのものに動きが消えた世界が――、巳六一人にだけ広がっている。


 黙って、襟元をぐっと指で押し込むと、中に内臓されているセンサーが反応し、襟が変形。


 巳六の口元に組み替え式酸素マスクが形成されると、NEMTD-PCのラインの上を奔る管を通じて、服内部に埋め込まれているフレキシブルチューブに繋がれた小型酸素発生器から、内側よりマスクに向かって酸素が供給されていく。


 朱音が放り投げた石が飛んでいく弾道から逸れるように、静かに横へと独歩する。


 再び襟元を指で押し込むと、元の襟の形状へと戻っていった。


 ……能力解除刻は動き出す――――


 あたかも瞬間移動したように、別の地点へとその姿を現す―――。


 躱されてはしまったが、巳六が腕時計を庇うところを見るに、やはり能力の発動条件は《時計を見る》ということで間違い無いのだろう。


 なんせすぐに彼女は―――


「……あァ、成る程。時計を狙ったッてこたァ、アタシの能力の発動条件が何か時間を計測するモノを目にする………細かく言やァ、メンチ切るみてェに鋭く睨むことでってとこだが、何しろ腕時計コイツに目がくたァ、大した目ェしてんじゃあねェか」


 一人勝手に納得をし、わざわざ口に出して言ってくれたので、それが確信へと繋がった。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 そもそも、腕時計に当たらねェのは、想定の範疇はんちゅう。ウチの狙いは、奴が避けたその先――


 びゅん、と石が巳六がいた筈の地点のその先に向かって飛んでいく。


「へっ?」


 何処どこか聞き覚えのある、間抜けな声がその先から聞こえてきた。


 ビリッ!


 何か、袋のようなものが破ける音がした。


「う、嘘だろぉぉぉ――――ッ!学校帰りに思わず目に留まってついつい、特売品の激安トイレットペーパー12ロール180円を買った手前だって言うのに、こんな………こんなことって……………

 なんでいきなり、石なんか飛んでくるんだよぉぉぉ――――ッ!最悪なことに袋突き破って、中身飛び出しちまったじゃねぇかぁぁぁぁぁ―――――ッ!安い値段だけあって、袋もちゃちいってか。そんなこと言うだけ、悲しくなるだろがぁぁぁ―――――ッ!」


 当たり所が悪かったのか、物の見事にパックリと袋に穴が開き、ドサドサッと中身のトイレットペーパーが転がり落ちる。


 そう、石を投げた先にいたのは、穴の開いたトイレットペーパーの袋を持って一人悲しむ目崎悠人。


なんだァ、この騒がしい野郎は?」


「おい、一年坊主ッ!死にたくなかったらここは黙って、ウチに協力しやがれッ!」


「はっ?何を言って………………」


「協力?………そうか、こいつも神眼者しんがんしゃかッ!」


 そう理解した巳六の行動は早かった。


「ならそこのテメェには、登場早々、退場してもらおうかッ!」


「えっ?」


 巳六の右手には、すでに一つの眼球が握られていた。


 右の眼窩が露わになり、そこから血を流しながらバタリと倒れる悠人。


 悠人が間抜けな声を上げたのを最後に、一瞬光った彼の右目をのだった。


「……嘘、だろ……………ッ」


よえェなァ………弱過ぎンぜ、まったくよォ。………と言うより、アレか?この力が強過ぎるのか。

 この――時間の波を暴れ回す、アタシだけの時間領域テリトリー。誰だろうと立ち入ることの出来ねェ、言わばアタシの独壇場。

 文字盤ダイヤルの時数同じく、計を有する、介入不能の時荒らし-【時暴時期じぼうじき】を前にはよォ」


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[あとがき]

巳六の能力の発動条件がメンチを切るというように表現しましたが、実はちょっとした小ネタを表しており、朱音の能力は対照的にガンを飛ばすといったものですが、実は一般的に東日本の地域に住んでいらっしゃる、いわゆるオラオラ系な方々はガンを飛ばす、西日本の地域に住んでいらっしゃるオラオラ系な方々はメンチを切るというふうに、東と西で基本的な言い方が異なるそうです。(ネット調べだけど)


東の不飢蛾、西の餓露烏、かつてそれぞれが所属していたチームは違いますよね。


それが何を指しているのか、おおよそご理解頂けたことでしょう。

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