⒋ 勢云破威(6) 因縁

 放課後、噛月朱音が学校帰りのこと――


「………骸狩野からかのの野郎、『目羅巳六めらみろく』とかなんとか、確かそんな名前した奴と手を組むのなんの言ってたよな。……目羅巳六、どっかでその名を聞いたことがあったような………………」


「………なら、《強圧一蹴きょうあついっしゅう阿修羅あしゅら》って呼び名には聞き覚えあンじゃねェの?」


「あ?そういやそんな通り名かなんかで呼ばれてた奴がいたような………ッて、誰だオメェ?」


「まだ分からねェのか、《集団狩りの一匹狼》さんよォ!アタシをこんな面にしたこと、忘れたとは言わせねェぞ!」


 気付けば朱音の前に姿を現した彼女-〈目羅巳六ご本人〉は、そう言葉を交わすなり唐突にマスクを外し出した。


 するとそこには痛々しく腫れ上がった傷々、アザだらけの見るに耐えない酷い面が潜んでいた。


「これは他でもェ噛月ィ!!

 テメェとの殴り合いの果てにゆがンじまッた………最早もはや原型の欠片かけらェ、きたねきたねェ最悪のツラさッ!

 あの目神ヤロウが言うには、例え神眼者になって治癒力が高まッたところで、昔受けた傷痕や後遺症まだァァ治らねェんだとよ。

 テメェはそのツラ、一丁前にも小綺麗に整形したみてェだが、アタシが敢えて直しはしねェその理由―それはよォ噛月ッ!

 テメェにツラ汚しされたこの傷を、あの日受けた痛みをいつまでも忘れねェよう………こいつァ言うなれば、アタシ自身に向けたいましめッてやつさ」


「戒めって………単純に金が無かったッてことなンじゃねぇのか?

 なンならウチの親父、ロクに仕事もしねェでギャンブルに明け暮れてた生活ばっかしてる野郎でよ。一丁前に運だけは持ってるみてェで、宝くじで十億当てたことがあんのよ。

 要はそのお金をいくつかかすめ取ってウチは整形した訳だし、巳六おたく一人の治療費代ぐらい、ツケ貸してやったッて良いぜ。

 最近、少し良いことあッたから、その幸せを分けてやッても良いって話さ」


「……何、ざけたこと抜かしてやがんだ、オメェ?分からねェか?

 目に見える傷の一つや二つあると、そんだけ他人の目にも留まるような、なんともまァ………周囲からは哀れな目でしか見られねェような、形跡けいせきかかえてるとよ。

 他でもェ傷を負わせやがッた奴に対する復讐心やら闘争心やら、それらを持って生きていくことでアタシ自身、今よりもッと………ずッと、より高みへと成長しようとする活力源ってやつに繋がるッてもンだろうがッ!」


「……要は気の持ちようってやつか?恨み辛みが募りに募って、その感情をバネにチカラを付けてきたと…………

 ……そう言うことならよ。ウチにはアンタに対し、それなりの責任があるッてことだよな。だッたら、相手してやンよ。ケジメはしっかり付けてやンのが筋ッてもンだろッ!」


「……良いねェ良いねェ、分かってンじゃあねぇか。だったらよォ、早速おっ始めよぉぜェェ、噛月ィィィ―――ッ!」


 その言葉を合図に、巳六は朱音の方へと一直線に飛び出し、襲って来た。


 拳を振り上げる巳六。


 それなりの修羅場ケンカを潜り抜けて来た朱音にとって、拳の一つを避けるのは容易いことだったが、そこは彼女とのタイマンケジメに恥じないおこないを取ろうと、こちらも拳を振り上げ真っ向から向かっていった。


「「へぶっ!」」


 二人の拳は互いの頬をめり込み、打たれた衝撃で両者は鈍い声を上げた。


「噛月ィィ、何だそのなまくらな拳はよォォッ!四年前にはあった、昔の拳の鋭さがまるで無くなっちまってるじゃあねェか。オイオイッ、腕がなまっちまってンじゃあねェのか、あァ?」


「強がりはよせや、先輩よぉ。勝手に拳が鈍ってるだとかどうこう言ってた割には、拳を当てられた瞬間、なんとも情けねェ声、上げてたじゃあねぇかッ!」


「はッ、単にテメェがションベンちびったみてェになんともまァ情けねェ声を上げるもンだからよ、こっちは面白がってテメェの真似して声を上げただけだッての。んなことも気付きやしなかったのか?」


「何、言ってやがンだ?明らかにタイミングは一緒だったじゃあねェか」


「あァ?耳くそ詰まってんじゃねぇのか?良く掃除していますかー?」


「はッ?さっきからピーピー言ってるオメェのそのうざったい言葉に対し、そうやっていちいち反応してンのがその証拠だろうがッ!」


 最早らちがあかない、どうしようもなくくだらな過ぎる討論にいい加減、嫌気が差したのか―


「だぁぁ―――ッ!キリがねェ―――ッ!こんな言い合いはメだメッ!それもこれも、全てはあの日テメェに傷付けられた、痛みの一つ一つがアタシに語りかけてくンのさ。

 《よくもアタシの顔を傷物にしやがってよォ…………。この借りは何倍、いや何十倍何百倍にして返さねェと気が済まねェ。絶対ぜってェあのやろうにも同じ傷を負わせてやる》ッてな。

 だからよ、噛月ッ!さっさと大人しくアタシのサンドバッグになってくれやッ!それが無理なら何一つ口答え出来ぬ程に、その顔面を叩き潰してくれるわッ!」


 目羅巳六は朱音を強制的に黙らせる手段に出ることを決断するのだった。


「大人しく殴られる馬鹿がいると思うかッ!」


 そう言って朱音は頭を横に動かし、巳六の拳から回避しようとする。


 その時だった。


「ぐふっ!」


 気付けば巳六は背後に回っており、朱音の視覚外から彼女の拳が飛んできたかと思えば、何一つ反応が出来ぬままその拳をまともに頬に食らった。


「………な、何が起こって………………」


 明らかに人間の動きを無視した不可視な攻撃を前に、何が何だか分からない様子の朱音。


「まずは一発ッ、大きいの食らわせてやったぜッ!うヘヘッ、まだまだいくぜェェ―――ッ!本番はこれからだからよォォ―――ッ!」


「……うぐっ!…………ごはっ!ぐへっ!」


 確かにこの目で捉えた筈の奴の拳の軌道を避けて避けて、避け続けているつもりが、どんな手品が仕掛けられているのか、避けたかと思えば思わぬ方向から飛んでくるトリッキーな拳の嵐に、朱音は為す術もなく殴られ続けるのであった。


(……可笑し過ぎンだろ……………。避けた筈の拳が別方向から飛んでくるその動きがてんで見えねェ…………。一体全体、どんな手品使ってンだ…………)


 糸口が何一つ見つからず、最早、検討もつかない奴のトリックを前に翻弄される朱音。


 だが、自分がいかに奴に対して無関心であったことに気が付く。


(……あれっ?そういや、骸狩野からかのの奴が言ってなかったか?た、確か……め、めめ………め、なんとかが神眼者だとかって?

 め、めー………めから始まる名前…………え〜っと、なんだったッけか?め、め……の前にいるは、め……ら。…ん?………ら?

 ………あぁぁ―――ッ!そーじゃねぇ〜かッ!目羅めらだよ、目羅巳六ッ!今、目の前にいる奴がそうじゃねェかッ!すっかり頭から抜けちまっていて、大事なこと忘れてたじゃあねェか。

 ……つまりよォ、奴が神眼者ッてンなら、あれは間違いなく目力であることは確定だ。問題はその能力が何だって話だ。

 さっきから奴の動き、気付けばいる筈の地点から移動して現れているようだった。

 ……瞬間移動系の類いか?…………いいや、そいつはちょっとちげェか?

 ………なんかこう、あの時感じた違和感がどうも引っ掛かるッつーか。

 ……あの時、まるで時が止まったみてェに奴が別の地点から現れるまでの形跡が、奴が動いた感覚がまるで感じられなかった。

 あれが何なのかハッキリしねェと、このままじゃあ殴られっぱなしの良い的だ)


 あれこれどうこう頭の中で思考していると案の定、すっかり気分爽快になっていた巳六が口を開く。


「おいおいィ、あの《集団狩りの一匹狼》が何も出来ず一方的に殴られ続けてるなんてよォ、これ以上ェくれぇ実に滑稽こっけいなこった」


「……そりゃあどうも。こんなことで喜んでくれちゃうとは、とんだサディストだぜ。

 ………なんて、本当はあの時殴られたケガが忘れられねェのなんの言っとったからな、《マゾヒスト》って言った方が正しいか?」


「……テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞッ!アタシをそんなに怒らせて楽しいか、あァ?」


「良いや、別に……。えーっと、《強烈異臭きょうれついしゅう悪臭あくしゅう》さん、でしたッけ?」


「………どうやらオメェ、まだまだ甚振いたぶり足りねェみてぇだなァ!」


 瞬間、巳六は舐めた口を聞く朱音に向かって腕を振り下ろした。


 当然、それを躱そうとする朱音。


 確かにその攻撃は避けた………だがそのすぐ直後だった。


「ふぼッ!」


 顔面に一発、重い拳をまともに食らってしまい、やはりどうすることも出来ず、痛手を受ける朱音。


「無駄だよッ、無駄無駄ァァ!テメェにアタシの攻撃は避けられねェんだよッ!絶対ぜってェになァ!」


「………絶対ぜってェ、か。もの凄い自信だな。そいつはさぞかしつえぇ目力なんだろうなァァ!」


嗚呼あァつえェぜェ。なンたってアタシの使う目力は―」


「………なン、だって?……………」


 彼女から何を聞いたのか、それを聞いた朱音の顔はなんとも酷く絶望した顔をしていたのだった。


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[あとがき]

ここで朱音が奴を挑発するような行動に出た理由は、相手の能力を探ろうと、挑発に乗って何かボロを出さないか、敢えての挑発行動に出ています。


だが、奴から能力のことで何かを知った彼女は…………

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