⒋ 勢云破威(4) 協力

 噛月朱音と骸狩野唯羽の二人の間で決別が起きてしまったその二、三日後のこと――


「るるる、るる〜、るるるる〜る♪」


 機嫌良さそうに鼻歌でも歌いながら、自由気ままにぶらぶらと外をふらつく一人の少女。


 ピンクのリボンでポニーテールに束ねられたグリーンアッシュの髪、片耳にイヤリング、そこかしこにドクロマークのプリントがされた奇抜な黒マスクを付けた、明らかにひねくれた外見をしたその少女は他でもない、かつて布都部高校の生徒であった――目羅巳六めらみろくその人であった。


 背中に大きく鬼の刺繍が施されたピンクと黒のスカジャンを身に纏い、口を開けたドクロの中にダイヤル盤がめ込まれた、いかにもな腕時計を左腕に身に付け、その手には水の入ったペットボトルが握られていた。


 だがよく見ると、何か丸っこいものがいくつか中に混入している。


 あれは………


「……眼球だ」


 そう呟くのは、少し離れた建物の壁からひょっこりと顔を覗かせる、骸狩野唯羽からかのゆいはであった。


「目的の人物に出会えたのは良いが、ありゃあ何だ?

 どっかから回収した神眼なんだろうが、そんなもの、さっさと回収要請かいしゅうようせい掛けりゃあ良いってのに………もしかするとあれは、神眼者に対する見せしめか?

 良く武将なんかが、討ち取った敵将の耳や鼻なんかを掻き切ってそれを身に付け、自分の強さを周囲に知らしめる的な?……けッ、何とも趣味悪ィぜ」


 唯羽が一人推察をしていると、巳六はすぐそこの角を曲がった。


 見失わないよう、慌てて後を追い掛ける唯羽。


 再び彼女の姿を捉えたところで、唯羽は考える。


「さてと、どうしたら良いものか。奴に協力をあおごうにも、さッきから様子を見る限り、あれやこれや話が通じるような人間には思えねェ。

 あんなものを持ち歩いているくらいだ。

 まともに正面から渡り合おうとすれば、問答無用で目ん玉奪われちまう危険性だってある。かと言って、作戦らしい作戦も……………」


 ここであれこれ考えていても仕方が無い。


 取り敢えず、唯羽は行動することにした。


「あの、目羅先輩ッスよね」


 あのようなことを言っていたにも関わらず、思い切って声を掛けた唯羽。


「るる〜♪………誰だおめぇ?」


「自分、布都部高校の生徒でして、先輩の噂はかねがね聞いてますよ」


 そう言って、ブレザーのポケットから自身の生徒手帳を取り出し、それを巳六に向かって見せ、自身が本当にそこの生徒であることを確認させ、堂々とした行動で、なるべく警戒させないように注意を解く作戦に出る唯羽。


なんでも学生時代は、この頃布都部島ふつべじまを騒がせてた例の事件――大量虐殺した男が刃物を持って逃走したってあれ。

 その犯人の男ッてのが中々なかなかつかまらねェッて、当時色々とニュースになってましたけど………。

 他でも無い、目羅先輩がそいつに偶然にも遭遇した際、素手で返り討ちにしてその結果、犯人逮捕に貢献したそうで」


「…………」


「ニュースによれば、相手は元自衛隊だったって話じゃないッすか。

 そんな相手を自分と一つ違いの学生が、返り討ちにしたッて聞いた時は少しの間、ウズウズが止まりませンでしたよ。

 女だからとナメられることのェ、その強さに惚れたウチは、アンタへの憧れから同じ不良への道に…………なンて――

 ウチがヤンキーになるまでの個人的経緯なンてものは、どうでも良い話でしょう。

 結局の話、そんなつえェアンタが神眼者であったことを知って、是非とも遭遇出来た際には、お近づきになりたいと思ったもンでしてね」


「…………」


「――突然のことでアレですけど、目羅先輩。

 ここは一つ、ウチと手を組ンじゃあ貰えませんか?ウチと目羅先輩、二人で他の神眼者プレイヤー共をっちまうんですよ。

 ウチはいわゆる、二眼持にがんもちでしてね。右目と左目、それぞれ違う神眼を移植していまして、一人で二人分の戦力ってとこッすわ。

 いやほんと、足手まといになるつもりはェんで、是非ともウチをそばに置いてはくれないすかね?」


 ここまで唯羽の話を、黙って耳を傾けていた巳六はようやく一言―――。


「………群れるのは嫌いだ」


 ようやく返してくれた返しがまさかのそれに――唯羽は失意する。


「………えっ?」


「聞こえなかったか?アタシに舎弟はいらねぇッつったんだよッ!」


「………ひっ!」


 彼女の気迫に圧倒され、情けない声を上げる唯羽。


「ノコノコと神眼者プレイヤーがアタシの元に向かって来るとはなァ!

 二眼持ちだか何だが知らねぇが、その目を奪わせて貰うぜッ!」


「くっ!」


 結局こうなってしまうことは薄々想定していたが、ここまで話の通じない相手であったことを、予想していなかった唯羽は唇を噛み締め、状況のヤバさを理解する。


 こうなってしまっては仕方が無い。


 唯羽は神眼を開眼し、自身を守る為にその力を解放しようとする。


 だが、その瞬間だった。


「………なっ!消えたッ!」


 目の前にいた筈の巳六の姿が一瞬にして視界から存在しなくなっていた。


「これで分かったろ?所詮――、どッからか沸いて出て来た雑魚相手に手こずるような……、雑魚がイキがッて束になッて群れて来ようが何だろうが、そこらのゴロツキと群れるまでもェ………

 アタシには十分にこの――、どうしようもねェ世間と張り合えるだけの力は持ち合わせてンだよッ!

 ………アタシにとって仲間と言える存在は、一人だけだ」


 いつの間にか背後を取られ、足を上げ、靴の細革の間に仕込まれたカミソリの刃をちらつかせ、その刃を唯羽の首元に当てる巳六の姿があった。


「あいつ?」


「すでに死んだ奴のことだ。お前のような奴が知らなくて良い」


「………もしかして、かつて目羅先輩の右腕だったという《 》、ですか」


「………何故なぜ、オメェがその名を知っている?」


「………い、いや、ある機会で先生センコーからその名を聞いただけで」


「………仮宮かりみや野郎ヤロウか」


「?」


 何を思ってか、その名を聞いた巳六は足を引き、ひとまず唯羽を始末することを止め、彼女は挑発でもするように、人差し指を内側にクイクイっと曲げるハンドサインをしながら、唯羽に声を掛ける。


「………ほれ、試してやる」


「………えっ?」


「足手まといになるつもりは無いんだろ?アタシと手を組みたいッてんなら、そこそこ対等に渡り合える力があるものか………神眼者しんがんしゃなら、目で語れや!」


 その言葉を始まりに、唯羽は結果的に協力になってくれるこのチャンスを逃さまいと、奴に向かって全力をぶつけるのだった。

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